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遡った時間
44:実直な侍従を皇女は好ましく思う
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私の問いかけにセルブスは迷うように私たちと、そしてフルクトスの顔を見比べている。言うか言うまいか、何度か口を少し開けては閉じるという動作を繰り返していた。
「セルブス、私もずっと気になっていたのだ。何故ここに閉じ込められているような私に、ナッリやお前は気を遣うのだ?私はなぜここで生まれたのだ?」
フルクトスのその言葉に、とうとうセルブスは諦めたと俯きながら眉間を右手で摘むと、息を細長く吐き出して顔を上げた。
そして私と、アケロンを真っすぐ指差すと言い放った。
「皇女様と不審な賢者のことを完全に信じた訳ではない。もしここでの話を王宮に持って帰るつもりなら、私も黙っていませんよ」
「問題ないわ。今の私に王宮で発言権があるとお思い?市井のことに詳しいのでしょう?私の立ち位置もご存知ではなくて?」
「…少なくとも世論は貴女寄りですよ。ーーまぁいいです。ここに来たことが王やオケアノス殿下にバレる方が私が今から話すことと同じくらいマズいので、取引にはちょうど良いでしょう」
「セルブス!皇女様になんて口の聞き方をするんだ」
「私が仕えているのはフルクトス様だけですので」
しれっとそう口にするセルブスの姿は素敵だと思う。誰にでも腰を低くするよりも、上辺だけで笑みを見せるよりもずっと小気味良いじゃないの。
「素敵な侍従ですね。私の侍女の次に素敵だわ」
「でしょうか。ーーですね」
「さぁ、セルブス様、教えて下さいませ」
私とアケロンは、アケロンが用意した椅子に腰を下ろしてセルブスに話を促した。
セルブスは前置きとしてこう言った。
「私も実は半信半疑でしかない。母から聞いていることになるがーー」
話は少し遡り、フルクトス・ネレウスが生まれる前のことになる。
亡国の支配者であったネレウス家の一人娘レドピラ・ネレウスがカエオレウムに嫁いで来たことはカエオレウム貴族からしたら衝撃的であった。レドピラは自国の言い方では名前をパラロッサ・ネレオといい、遡れば貴族ですらない家柄の娘である。新興国とはいえ、王家に元を正せば貴族ですらない女が来たことに、王国中の貴族は反発を隠さなかった。
では何故このような婚姻がまかり通ったのかというと、ネレウス家の持つ莫大な財産を他国と戦争ばかりしているカエオレウム王家が欲したからということ、そしてもう一つがレドビラは普通の人間ではあったが、ネレウス家が魔法使いが生まれる血筋であるということだった。
一国分にも等しい持参金を持ってやって来た女を、現国王は初めはそれなりに扱おうとしたが、レドビラの整った顔、そしてその賢さに一気に夢中になり、2人は周囲が予想していた以上に幸せな家庭を築き上げていた。それを面白く思わなかったのが、カエオレウム貴族の筆頭であったポリプス公爵家だ。ポリプス公爵家こそ、現在の王妃の生家であり、当時の宰相のアトラメンタム・ポリプスの家系であった。
ポリプス公爵は自分の娘を王妃にし、権力を握りたいと昔から思っていた。そうして自分の娘がようやく適齢期になったと思った所でやって来たレドビラを邪魔だと思った。後ろ盾もなくやってきたくせに、上手くやっているレドビラ、そしてその一族を目の敵にしていた。
しかし、そこは政治家としても一国を支配していたネレウス家である。一筋縄にはいかせない。指を咥えるのはいつもポリプス公爵の方であった。法令の施行についてもネレウスの一族は1枚も2枚も上手であったし、財政面の政策に関しても元々が金融業を営んでいた所以もあり抜群であった。
そうこうしているところで、国王はポリプス公爵の思いも汲んだのだろう。ポリプス公爵の娘についても側妃として迎え入れることにしたのである。
この王の対応に喜んだポリプス公爵を更に有頂天にしたのは、自分の娘がレドビラよりも先に男の子を産んだことであった。娘は側妃ではあるが、この孫、オケアノスが王になれば自分は外戚として権力が振るえるぞ。ポリプス公爵はそうほくそ笑んでいた。
未来を待ち望むポリプス公爵の幸せな日々がずっと続けば、あんなことは起こらなかったであろう。
オケアノスが生まれて半年経った頃のこと、ポリプス公爵はレドビラが妊娠していることを知ってしまったのである。
王妃であるレドビラが生んだ子供が万が一男の子であったら、そしてその子が魔法の素養を持っていたとしたら、自分が国王の祖父になるという夢は潰えてしまう
。
ポリプス公爵の毎日は、天国から地獄へ一気に落ちて行った。
そしてとうとう、決意をする。
地獄に堕ちる前に、自分と同じようにネレウス家を邪魔に思っている貴族達を集めてネレウス一族を陥れることを企んだのである。
「セルブス、私もずっと気になっていたのだ。何故ここに閉じ込められているような私に、ナッリやお前は気を遣うのだ?私はなぜここで生まれたのだ?」
フルクトスのその言葉に、とうとうセルブスは諦めたと俯きながら眉間を右手で摘むと、息を細長く吐き出して顔を上げた。
そして私と、アケロンを真っすぐ指差すと言い放った。
「皇女様と不審な賢者のことを完全に信じた訳ではない。もしここでの話を王宮に持って帰るつもりなら、私も黙っていませんよ」
「問題ないわ。今の私に王宮で発言権があるとお思い?市井のことに詳しいのでしょう?私の立ち位置もご存知ではなくて?」
「…少なくとも世論は貴女寄りですよ。ーーまぁいいです。ここに来たことが王やオケアノス殿下にバレる方が私が今から話すことと同じくらいマズいので、取引にはちょうど良いでしょう」
「セルブス!皇女様になんて口の聞き方をするんだ」
「私が仕えているのはフルクトス様だけですので」
しれっとそう口にするセルブスの姿は素敵だと思う。誰にでも腰を低くするよりも、上辺だけで笑みを見せるよりもずっと小気味良いじゃないの。
「素敵な侍従ですね。私の侍女の次に素敵だわ」
「でしょうか。ーーですね」
「さぁ、セルブス様、教えて下さいませ」
私とアケロンは、アケロンが用意した椅子に腰を下ろしてセルブスに話を促した。
セルブスは前置きとしてこう言った。
「私も実は半信半疑でしかない。母から聞いていることになるがーー」
話は少し遡り、フルクトス・ネレウスが生まれる前のことになる。
亡国の支配者であったネレウス家の一人娘レドピラ・ネレウスがカエオレウムに嫁いで来たことはカエオレウム貴族からしたら衝撃的であった。レドピラは自国の言い方では名前をパラロッサ・ネレオといい、遡れば貴族ですらない家柄の娘である。新興国とはいえ、王家に元を正せば貴族ですらない女が来たことに、王国中の貴族は反発を隠さなかった。
では何故このような婚姻がまかり通ったのかというと、ネレウス家の持つ莫大な財産を他国と戦争ばかりしているカエオレウム王家が欲したからということ、そしてもう一つがレドビラは普通の人間ではあったが、ネレウス家が魔法使いが生まれる血筋であるということだった。
一国分にも等しい持参金を持ってやって来た女を、現国王は初めはそれなりに扱おうとしたが、レドビラの整った顔、そしてその賢さに一気に夢中になり、2人は周囲が予想していた以上に幸せな家庭を築き上げていた。それを面白く思わなかったのが、カエオレウム貴族の筆頭であったポリプス公爵家だ。ポリプス公爵家こそ、現在の王妃の生家であり、当時の宰相のアトラメンタム・ポリプスの家系であった。
ポリプス公爵は自分の娘を王妃にし、権力を握りたいと昔から思っていた。そうして自分の娘がようやく適齢期になったと思った所でやって来たレドビラを邪魔だと思った。後ろ盾もなくやってきたくせに、上手くやっているレドビラ、そしてその一族を目の敵にしていた。
しかし、そこは政治家としても一国を支配していたネレウス家である。一筋縄にはいかせない。指を咥えるのはいつもポリプス公爵の方であった。法令の施行についてもネレウスの一族は1枚も2枚も上手であったし、財政面の政策に関しても元々が金融業を営んでいた所以もあり抜群であった。
そうこうしているところで、国王はポリプス公爵の思いも汲んだのだろう。ポリプス公爵の娘についても側妃として迎え入れることにしたのである。
この王の対応に喜んだポリプス公爵を更に有頂天にしたのは、自分の娘がレドビラよりも先に男の子を産んだことであった。娘は側妃ではあるが、この孫、オケアノスが王になれば自分は外戚として権力が振るえるぞ。ポリプス公爵はそうほくそ笑んでいた。
未来を待ち望むポリプス公爵の幸せな日々がずっと続けば、あんなことは起こらなかったであろう。
オケアノスが生まれて半年経った頃のこと、ポリプス公爵はレドビラが妊娠していることを知ってしまったのである。
王妃であるレドビラが生んだ子供が万が一男の子であったら、そしてその子が魔法の素養を持っていたとしたら、自分が国王の祖父になるという夢は潰えてしまう
。
ポリプス公爵の毎日は、天国から地獄へ一気に落ちて行った。
そしてとうとう、決意をする。
地獄に堕ちる前に、自分と同じようにネレウス家を邪魔に思っている貴族達を集めてネレウス一族を陥れることを企んだのである。
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