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遡った時間

32:皇女は中間管理職の悩みに直面する

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「ちょっと店長はいるか?」
近くにいる店員にシドンは普段の気安い雰囲気をなくして高圧的にそう言った。すると、当たり前のように店員は警戒したようにシドンと側にいた私を頭の先からから爪先まで二三度視線でなめていく。
その視線を行き来させていると、店員の視線があるところで止まった。視線をたどれば、シドンのカフスの位置である。

「少々お待ちください」

何度か瞬きをしてカフスを確認していた店員はそう言うと奥へ入って行ったので、すかさず聞いてみる。
「あの方、シドンのカフスを見て表情を変えたわ」
「さすが。よく気がつきますねぇ」
「お世辞は良いから…それはなんなの?」
「このカフスは『商人の地位』を表します。こう見えてシュケレシュは中々に有名なのですよ」
「へぇ…パッと見て分かる物なの?」
私のその言葉にシドンは右手の方のカフスを外して私の手に乗せる。
小さなそれは、金の枠に黒い石ーーオニキスかしらーーがハマっており、石の上には金細工の竜がかたどられていた。中々に凝った物である。
「色で階級が分かるようになってます。黒が1級。10カ国以上の貴族と10種類以上の分野の商品をやり取りをさせていただいている商団の会頭に与えられます。次が紫、青、赤、黄色、緑となっています」
「この竜の細工は?」
「ルカは龍をご存知なのですか」
「ええ。ペルラは水の生き物を信仰してますから」
「なるほど…今度皇帝にお会いする時にはリビュアの龍の細工をお持ちしましょうかね。ーーこの細工はシュケレシュがリビュア人の集団である事を示しています」
「カフス一つでそんなに分かるものなのねーーちなみにカリドゥスここは何色なの?」
「良くても黄色かと。赤以上であれば、何かしらの集まりで顔を見ているはずなので」
なるほど。
随分と差のある間柄のようだ。そんな上の立場の人間からそう言われては店長を呼ばずにはいられまい。いえ、店長程度ですむのかしら。

「お待たせしてしまい申し訳ございません。どうぞこちらへ」
先ほど奥へ行っていた店員が肩で息をしながら戻ってくると、そう言って私たちを奥へ案内してくれた。


案内された部屋に入れば、中に痩せた男がひとり私たちを立ったまま待っていた。
「お待たせしてしまい申し訳ございません。ようこそ、コスメ・カリドゥスへ!私は統括をしておりますボナ・メルカトルと申します。本日はどのようなご用件で?」
満面の笑みをみせてから、メルカトルはシドンと私へ、カエオレウムに来てから目にした中で最も丁寧なお辞儀を見せてくれた。
「シュケレシュのシドンだ。メルカトルさん、分かっているんだろ?」
「お噂はかねがね…立ち話もなんですから、是非座って下さい。そっ、そうだ御茶をご用意させますから」
「時は金と同じだ。単刀直入に言おうか、軟膏の件だよ」

いつもと全く違うシドンの雰囲気を見た私はメルカトルと同じく、驚いた表情を隠せない。丁寧さ一切ない高圧的で荒っぽい様子にイメージを替えざる得ない。きっと私たちに魅せている姿は向けで、今の彼が素に近いのだろう。
今目の前に居るシドンを見てしまうと、いつもの仕草の方が違和感が出てしまうから不思議だわ。
なんてぼんやりと思っていると、メルカトルは諦めたようにため息をついてソファに座ってしまった。

「軟膏…魔法の軟膏のことですね」
「ああ。あれは我々が皇女様に卸してる物だ」
「存じております。私も、この店の店員皆が。シュケレシュに歯向かうなんて馬鹿げていると言った、私の元上司はおとといでクビになりましたよ」
「先見の明がある人だな。それで、お前達はどうする?」
「どうしようもございませんよ。我々平民が、カリドゥス子爵に歯向かうと?言われた通り、軟膏を、やんごとなき姫様の軟膏として売り出すしかないのです。姫様がこの事に気がつくはずもないし、平民がどうなろうとカエオレウムこの国では問題にならないのです」
「その軟膏で問題が起きても良いと?」
「良くはありません。しかし、そうするしかないのです。私には家族がいます。ここの従業員だっています。貴族にどうやって意見をして仕事がなくなったらどうすれば?私だって本当はこんな事はしたくありませんよ」
「なら売らなければ良いではないか」
シドンの言葉にメルカトルは俯いていた顔を上げて、無言でシドンの顔を見つめた。

売らなければ良い?でもコスメ・カリドゥスであるこの店が、カリドゥスから売るように指示がある製品を売らないのには無理があるでしょう。
突拍子もないシドンの発言に私もメルカトルも理解が追いつかない。

「売らないっていうのは無理なんじゃない?」
「コスメ・カリドゥスの店員じゃなくなれば売る必要はないじゃないですか」
「でもそうしたらこの方達の生活はどうなるの?」
「ルカは優しいですね。問題ありませんよ。大丈夫です。に悪いようにはいたしません」

私たちがそうやって話しているのをメルカトルが不安そうに見上げていた。
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