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私の主人、閃かれる

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なにもかもが分からないことばかりなので、最近は図書館で古い新聞や伝承を読む機会が増えています。
禁書の類いをこっそりと読む技術も上がってしまって、良いのか悪いのかわかりませんが、こんなに簡単に読めてしまうような保管方法なのですから読んでも問題ないということでしょう。

調べたいことは、今は3点ほどです。
一つ目は魔王という存在について。
二つ目はそれを封印した所以について。
最後が、侯爵が魔王を呼び出す理由について。

二つ目に関してはベグマン公爵家が関わっているというのが言い伝えですが、そんな重大な事柄を一貴族に管理を任せる理由が理解出来なかったのですが、先日の話で合点が行きました。そして仮説を立てました。
初代ベグマン公爵は秘技を持っていたのではないか?
これについては各家系に関してまとめている『紳士目録』を遡る事ですぐにわかりました。予想通り、初代ベグマン公爵は秘技持ち家系の末端でした。では次の仮説です。その秘技が保管に適していると考えればーーー

「なぁエノーム、まだかかるのか?」

熟考の沼に沈み込んでいるところで、この世で最も馴染みのあるお声に意識を引っ張り出されました。
取り乱しながら慌てて前を向くけば、シニフェ様が向かい側の席にいらっしゃるではないですか。己の目の前に座っていらっしゃるのに声をかけられるまで全く気がつかないなど、私は失格です。

「シニフェ様!?いつからそちらにいらっしゃたんですか。気がつかず申し訳ございません」
「ん?今さっき来たばっかだから気にしなくて良いよ。で、もう終わる?」
「はい、今、たった今終わりました!」
「課題?ーーじゃなさそうだな」
私が積み上げた本や新聞のタイトルを見て、それから私の方を見上げられました。
「俺に直接聞けばいいのに?信用してないってこと?」
不満げにじっと突き刺される視線に居心地の悪さを感じて肩をすくめて見せますと、頬を膨らませて不機嫌そうにされました。無意識にその膨らんだ頬を手の甲で触れるとすり寄ってこられるので、なんだか猫をあやしている気分になってくるほどでした。
手の甲に感じる温い体温で私は自分の手がとても冷たくなっている事に気がつきました。こんな冷えた手で触れたら体温を奪ってしまう、と思い手を引こうとしましても重心をこちらに預けてしまわれたようで傾けられた頬が追いかけてくるのです。

「滅相もない。一から十まで聞くのは恐縮ですので。お手を煩わせる部分を少しでも減らしたく」
私がそう申し上げると、トロリとしていた目を急に大きく見開いて、椅子から立ち上がられました。
「手を抜けるところは抜く事!命令!」
びしっと、私の鼻先へ指を指されてしまいました。この仕草は、幼少期からのクセだと思っております。人格が変わったと言われても、こういったところでやはりお変わりないのだと思うのです。


そうして2人で図書室を出ますと、実技場にいたプランにも声を掛け、3人でグランメション家の馬車に乗り込みました。
「ではシニフェ様、教えていただきたいのですが侯爵様は何故魔王を呼び出すのです?」
「そこがちょっと記憶が曖昧というか、ちゃんと理解してないんだけど」
「……先ほど『直接聞け』と仰ったのに、惨い事をおっしゃいますね」
思わず半目になってしまいますと、慌てて言い訳をされ始めます。
「だって難しかったんだもの。仕方ないじゃないか。だからうろ覚えなんだけど、そこは許せ。借金のカタでベグマン公爵家から鏡を貰うって話はしたよね?お父様としては特に手に入れたいって言うのはなかったんだよ。でも手に入れたら、何故かその鏡に洗脳されて神経を支配されてしまうんだ」
「なんでベグマン公爵は平気だったんでしょうね」
プランの正直な疑問にシニフェ様は困った顔をされた。
「そこらへんが、ちょっと字が多かったから読み飛ばしちゃって…」
「先程読んでいた『紳士目録』によるとベグマン公爵の初代は秘術持ちの家系だったそうなのでその関係かもしれませんね」
とお伝えしますと、シニフェ様は右手の拳で左掌を叩きました。
「思い出した!ラーム嬢の固有必殺技、『品行方正』!あれが秘術だったのかな?」
「品行方正‥ですか?」
「ベグマン嬢が?大人しいとは思うけど~ちょっと違うと思うよぉ」
「技の名前だからな。でもラーム嬢は大人しいしあながち間違ってもいないんじゃないか?」
「ん~、シニフェ様はそのままでいて欲しいですが、そのままだと変な女に捕まりそうだから、エノームちゃんと見てた方が良いよぉ」
暢気な口調ながら、的を得たプランの指摘に心の中で大きく賛同しておきます。
「なんだそれ。いいけどさ、騙されたくないし、エノームがずっと見ててくれるなら安心だし。でさ、」
「ふゅぉ!?」
なんです今の言葉。
ずっと見ていて欲しいという事でしょうか?!

「大丈夫かエノーム、今の声どっから出た?」
「い、いいえ。ごほっ失礼致しました。少し気管が詰まったようです。どうぞお気になさらず続けてください」
「ゲームのキャラクターは特殊技を持ってたんだ。ラーム嬢は『品行方正』って技名で、出来る事は3ターン状態異常の無効化。毒とか眠りとか混乱とか、即死とかにかからなくなるんだ」
言葉の意味はなんとなく分かりますが、毒だとか即死とか物騒な世界ですね。ますます、そのゲームとやらの世界にはシニフェ様を巻き込みたくなくなりました。同じ世界だとシニフェ様はおっしゃいますが、この平和な、馬車から見える長閑なご夫婦の姿や流行の洋服屋の店先を覗く女性達、店に立ちながら世間話をする店主達の姿を見ているとどうにも別世界の事と思えます。
魔王、そんなもの本当にいるのでしょうか。
いいえ、シニフェ様を疑っているのではないのですが、そんな存在がこの世にいるなんて信じられないのです。

「シニフェ様、もう一つ気になっているのですが」
「なに?」
「その『ゲーム』という世界で、取り憑かれたにしろ侯爵様は魔王の力で何をなさろうとしたのでしょうか?」
私のもう一つの疑問にプランが異を唱え始めました。
「取り憑かれてるんだから、侯爵のしたい事なんじゃなくて魔王が復活したかっただけでしょう?」
「それなら魔王は復活して、何がしたかったのでしょう?世界を支配下にする?そもそも魔王は何故封印されてしまったのでしょう?」
魔王などというのですから、悪事の親玉なのでしょうが、どんな邪悪な行いをしたのかについての記述は何も残っていないのです。
封印された理由がどの書物にも伝説にも残っていないのです。
禁書にすらソレが残っていないのです。
まるで意図的に残さなかったかのように。
「しかも書物もそうですが、オプティミス先生や他の教授陣に聞いてみてもご存知ないんです。さすがに不自然じゃありませんか」
「シニフェ様ぁ、そのゲームってのでなんか理由はなかったんですか?」
とプランが水を向けますと、シニフェ様は眉間を寄せて唸っています。
「言われてみればそうだな。ゲームだと『邪悪なる王』っていうのがキャラ設定だから悪いヤツなんだな、やっつけるのが最終目的なんだな位にしか思ってなかったし。そんなわけで悪いヤツって説明しかないんだよ。『世界を恐怖に包み込んだせいで封印されていた魔王』ってことしかない。んでお父様も俺も、『王の御代の為に!』しか考えてなくて、その王を復活させて支配者にする為に手下になるんだ」
「絶対悪ですか。まあ、英雄と魔王っていう勧善懲悪はストーリーが組み立て易いですから、そこはあまり追求しないのかもしれませんね。ただ、現実となりますと背景が気になりますね」
この国で意図的に残さなかったのなら、外国なら?

「それほどの大きな力を持っていた人物であれば、他国でも伝聞が残っているでしょうが、手に入れられないでしょうか」
私がふっと思いつきを口にするとプランが答えてくれました。
「うーん、普通の歴史書とかなら手に入るかもしれないけど、もしエノームが言うように意図的に国が排除しているとすると検閲で引っかかっちゃうねぇ。外国出身の人に何か知っているかを聞くのが一番じゃないかなぁ。外国から来て、それも外交とかウチの国の事をある程度調べてきている人ってことになりそうだけど・・・」
「他の国ご出身の学校の教授達にも伺いましたが、特に教えていただける事柄はなかったですね」
そもそも他の国出身の教員は、語学や冒険学、生物学が専門だったせいかあまり伝承等に興味はないようでした。プランが言うような人物かまたは逆に海外の事に詳しいこの国の人間となりますと……

「完全に一致する人がいる」
シニフェ様が閃いたと眼を輝かせ、そして窓から御者に指示を出されるといつもとは異なる進路に進み始めました。
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