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私の主人、風評被害をうける

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「ガスピアージェ様!」

領地経営学の授業へ向かおうと渡り廊下を歩いているところで、聞き慣れない声に呼び止められました。
振り返るとくだんのラーム嬢ことベグマン公爵令嬢がいらっしゃるではないですか。引き寄せの法則か何かでしょうか。

「ベグマン様ではないですか、私に何か御用でしょうか」
「次のお時間って空いていらっしゃいますか?」
用件を先に言わないで、都合だけを聞く非常に小狡いやり口です。けれども彼女はたしか『ヒロイン』だとシニフェ様がおっしゃっていた人物なので無下にもできませんね。でも私に何の用事なのでしょうか。
今までベグマン侯爵令嬢本人とも、親の関係でベグマン公爵家とも接点があった記憶もなく、会話をした事もないはずです。
考えられるとすれば、わざわざ接点のない私に声をかけてくるのですからシニフェ様関係で間違いないでしょう。

「ええ、空いておりますよ」
「ここではなんですから、どこか・・・人にあまり見られない場所が良いのですが」
「そうですかーーでしたら裏庭園のガゼボにでもいきましょうか」
こちらから提案してやると、自分から声をかけたにも拘らず何も考えていなかったらしいベグマン様はほっとしたようにはにかんでいた。
素朴で穏やかそう、非常に肯定的に見ればそのような表現が出来ますが、公爵家の令嬢らしくはない印象を受けます。素直な女性は良いとされますが、それは平民でのことであって、まともな貴族女性であれば感情を表に出すことの危険さくらい知っているでしょうに。

その点、シニフェ様の笑みは凛としており優雅さとそこはかとない気位の高さを感じさせます。けれど表面上では親しみを感じさせつつ気品もあるので、おいそれと近寄ってはならない空気をつくりだすのです。あれぞ高位貴族の手本。あれほど典雅に微笑を浮かべる令嬢には出会った事がないので、おそらくシニフェ様にしかできない表情なのでしょう。

裏庭まで行く間もベグマン様は私が話題を振らない限り口を開く事がなく、話題を出しても「ええ」だとか「まぁ」だとか曖昧な返しかなさらないというのはどういう了見なのでしょう。
私と話したくないだけなのでしょうか、それともこれが公爵家流の正しい礼儀かなにかなのでしょか。
まさか、爵位という偏った物差しだけで判断する方なのかもしれないですね。それでは万が一、シニフェ様と関わりが出来た際に目に見える爵位だけでシニフェ様を見くびるような事をする可能性もありますし、そのような浅薄な女性は近づかせてはなりませんね。

「少々歩かせてしまいましたね、気が回らず申し訳ございません」
「いいえ、私から声をかけましたので・・・」
ぼそぼそとした返事をするだけで、この方は本題を言い始めもしません。
なんなんでしょう、本当に。
これならば授業に出ていれば良かったですね。
「ベグマン様、こうしているのもあなたとしてはよろしくないのではないでしょうか?私はしがない子爵家の人間です。ご一緒しているところを人に見られるのはあなたとしても具合は良くないでしょうし、単刀直入にご用件をおっしゃっていただいた方がお互いのためでしょう」
「あっ、いえ、そんなこと・・・。そんなつもりではなくってよ、本当よ。でもそれもそうよねーーあなたにもお時間をとっていただいているんですものね。こほん、お時間を取っていただいたのは、グランメション様についてです」
「ですよね。それくらいしか共通の話題はないでしょうし」
「あなた普段と随分態度が違いませんこと?」
「そうでしょうか?それで、シニフェ様の件とは?」
本題を切り出すと、ベグマン様は辺りを見回し人気がない事を確認すると、深呼吸をされました。

「グランメション様がグロワ様に関わるのを止めていただきたいのです!」
「は?」
グロワ?グロワというと、クーラッジュ・グロワのことでしょうか。クーラッジュとは最早クラスメイトとさえ言えない程、私もプランも、勿論シニフェ様も係わり合いはないのですが。
「お話の趣旨が分かりかねるのですが」
聞き返された事に苛立ったようにベグマン様は唇を歪め、私を睨みつけてきます。
「ですから!クーラッジュ様を誘惑するのは止めていただきたいのです!」
「ゆっ誘惑!?」
と言うと、私の声が大きかったのでしょうか。ガゼボの屋根の止まっていた鳥達が一斉に飛び立ちました。

全くもっておっしゃっている意味がわかりかねます。
それにしてもあなた、急に印象が変わり過ぎではないですか。
「クーラッジュ様ったら、私と一緒にいてもやれ『グランメション様は先日の剣技の発表で素晴らしかった』だの『グランメション様と縄脱けの術で実技ペアになっていたアンシニッフィヨンが羨ましい』だとか、そんなのばかりなのです!!」
「それは・・・なんと言いますか・・・お気の毒様です」
「そうなのです!クーラッジュ様は私がどれだけアプローチしようとも私の事など全く気にされていないのです!」
「慰めにしかならないかもしれませんが、ベグマン様とグロワ様では身分が違いますから、グロワ様もベグマン様からアプローチをされているとは思いも寄らないだけなのでは?公爵家の令嬢と男爵家の三男坊ではあまりに身分違いすぎますし」
「そんなもの!私は一人娘なのですから、跡を継いでくださる人である必要があるのですわ」
意外に色々考えていますね。それに興味深い事を聞きました。ベグマン公爵家は彼女しか子女がいないとは存じませんでした。

「ははぁ・・・。まぁそれはお二方でお話をされてはいかがでしょう。シニフェ様も私たちもグロワ様とはあまり馴染みがないですし、今後もソレは変わりません。ここ2年程まともに話をした記憶もないのです。これ以上どうしようもありません」
私の言葉にベグマン様は怪訝そうな表情をしてみせていますし、納得してなさそうです。しかし、本当に『シニフェ様が悪役になるのを回避する』と決めたあの日から、クーラッジュとはほとんど接点がないので今よりも関わるなというのは同級生でなくなるくらいしか方法がありません。
さすがにそれはできませんし、いなくなるとすればクーラッジュの方でしょう。
この事を言うのは気が引けますが、教えて差し上げるべきですかね。

と思っていると、眉間に皺を寄せながらベグマン様の方が口を開きました。
「言われてみれば、あなた方とクーラッジュ様が一緒にいらっしゃるのをここ数年見た事がーーないですわね。ーーあら?でも、では、どうしてグロワ様は?」
不思議そうに私の方を見てきますが、それはむしろ私があなたに問いかけたいことです。一体どんな話の流れでそのようなおかしなことをクーラッジュが言うのか興味があります。
確かに先日のシニフェ様の剣技は見事でしたから、その点については首肯しかございませんがね。
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