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胎動編

第33話 託された物

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「ふぅ……なんとかなったわね」

「ルークスの旦那!! おい!生きて――ルークスの、だん……な? 子供?」

 どうやら、ジェロウムさんも無事に狼型のシャドウイーターを倒したらしい。
 慌てた様子で、こっちに向かって駆け寄ってきて、少し手前で困惑した表情で足を止めた。

「ジェロウムさん? ああ、ごめんなさい、心配かけたみたいで。中に居た私は無事よ」

 ルークスは大破状態に近いけど。

 まぁ、フレーム部の大半は無事だし、装甲は派手に全壊してるけど、直せない事も無い。

 一番痛いのは、関節部を覆ってた皮素材ね……
 こればっかりは私じゃ直せないし。

「中にって……なんだこりゃ? 鎧じゃ……ないのか……?」

「ゴーレムよ、ゴーレム」

「ゴーレム? これがか?――いや、そんな事より、これの中に居たって、嬢ちゃんは何なんだ?」

「何って? 私は、このルークスを中から操縦してたのよ。名前は――」

「あっ、いや、待ってくれ! それ以上は聞かない方がいいと俺の冒険者としての勘が言っている」

「そう? ならいいけど……ん? 何かしら、これ?」

 壊れたルークスの部品類を回収しようか悩んでいると、足元に黒い靄を内部に閉じ込めた様な結晶体が落ちていた。

「それは魔石だ。先ほど嬢ちゃんが倒した奴のじゃないか?」

「へー、これが魔石……こういうのって、どうすればいいの? 私が、もらっちゃって良いのかしら?」

「まあ、そうだが。魔石を見るのも初めてか?」

「加工前のを見るのは初めてね。ポーチはどこかしら……あったあった」

 ベルト部分が千切れていたけどポーチ部分は無事だったので、拾って、その中に魔石を仕舞いこむ。

 ルークスに関しては、どうしよう?
 収納魔法に入れてしまうか、応急修理だけでもして、乗って移動させるか……

 ああ、でも、ジェロウムさんの目があるのか。
 私に関する厄介事を抱えたくないって感じだし、変な事を見見せるのもアレよね……

 ほんと、どうしたものか。

「ん? なんだ嬢ちゃん? あー……とりあえず確認なんだが、ルークスの旦那は嬢ちゃんだったって事で良いんだよな? ああいや、良いんですか?」

「ええ、そうね」

「て事は、嬢ちゃんの護衛はしなきゃならない訳か……」

 ジェロウムさんも、この状況をどうするべきか悩んでいる様子で頭をガシガシと掻いて呟いている。

 まだ他の所では戦闘が継続中だし、のんびりもしていられないし……

 あら?
 この魔力は……

 広範囲にわたって濃密な魔力が漂い始めているのが見える。

 これはミアの物かしら?

「どうやら、お迎えが来ちゃったみたいね……ジェロウムさん。はい、これ。今の内に渡しておくわ。ここで依頼は達成って事にしときましょ?」

 私はポーチの中に手を入れ、収納魔法から鉛筆と依頼の達成伝票を取り出し、それにサインをしてジェロウムさんに差し出す。

「おいおい、いいのか? こっちとしては助かるが……ん? 雨?」

 ジェロウムさんが達成伝票を受け取ると、その紙面にポタリと雨粒が落ちてきた。

 空を見ても雲などは一切無く、まるで狐の嫁入りみたいな現象だけど、その雨はもっと不思議な物だった。

 体に当たっても濡れる事は無く、沁み込むように消え去り、それと共に体の疲れまで洗い流していくかの様な感じがした。

 それだけではない。

 周辺に居るシャドウイーターが、その雨に打たれると、そこから徐々に凍結していき。
 やがては全身が凍り付き、そのまま崩れ去る様に消え去って行ってしまったのだ。

「おいおい……これは、広域複合水魔法か? 誰がこんな高等魔法を」

「ひーめーさーまーー!」

 ジェロウムさんが雨の魔法に驚いていると、少し遠くから聞きなれた声が聞こえて来た。

 声のした方を見てみると、少し上空を水流に乗って飛んでくるミアの姿が見える。

「探しましたよぉ! 姫様!」

 彼女は近くまで来ると、水流から飛び降り、水の様な青い髪を靡かせて地面に降りると、私の両肩をガシッと掴んできた。

「なんでこんな所に居るんですかぁ!」

「ごめんなさい、ミア。ちょっと散歩してら迷っちゃって」

「さらっと嘘を言わないでください!」

 チッ……さすがに騙されないか。

「もー……ベディさんから緊急信号が来てなかったどうなってたか……。姫様は城門の外にいるし、周囲は魔物でいっぱいだし、気が付いた時には生きた心地がしませんでしたよぉ……」

「そんなに心配しなくても大丈夫だったわよ。中型の魔物までは自力で倒せたわ」

「そう言う事じゃないですぅ! ゴーレムさんも、こんな状態になってるし! ……はあ、もう。ところで――この人は誰ですか? 見た所、ハンター……いえ、冒険者の方でしょうか? なぜ、姫様のおそばに?」

 ミアは私の無事を確認しホッとした表情をしてたが、ジェロウムさんに目を向けると、いきなり冷たい表情と声音に変わった。

「この人は、たまたま近くにいただけよ」

「左様ですか。そこの方、、一応、ギルド証を拝見させていただきます。ご提示を」

「あ、ああ……これだ」

 ジェロウムさんもミアに気圧されるように、あわてて首元から金属プレートのタグみたいな物を取り出す。

「Aランククラン……ジェロウムさんですね。しばらくすれば騎士団が参りますので、それまで、ここで待機していてください。今回の件の聴取や褒賞等のお話もございますので」

「わかった」

 彼女の指示に、ジェロウムさんも神妙な面持ちで頷く。

 うーん……
 ミアって、こういう表情とかもするのね。

 ジェロウムさんも庇ってあげたいけど、変にあれこれ喋ると藪蛇になりそうだし、黙っておいた方がいいか。

 とりあえず、変な事をするわけにもいかないし、後の事はミア達に丸投げした方が良いかな?

「ねえ、ミア。ルークス……じゃなくて、このゴーレムの回収と運搬も騎士団の人に頼んで良い?」

「え? あー、そうですよねぇ……そうした方がいいですよねぇ」

 と、ミアにルークスの回収を相談した時だった。

 急に、胸元のベディが小声で話しかけて来た。

「(ティアル、まだ気を抜くな)」

「(え? 何よ急に?)」

「(神託にしては、魔物の規模が少ない感じがする。それに、まだ周囲のマナには強い魔物の意思が漂っているからだ)」

 まだ何か居るっていうの?

 ミアが来てくれたけど、ルークスはこんな状態だし、どうしたら――

 その時、一瞬、足元が、ぐらりと揺た。

 地震かと思ったが、そうでは無い。

 私達の居る街道の10mほど先の地面が、いきなり裂け、そこから黒い影が噴き出す様に出現したのだ。

 現れた影は巨大だった。

 地面から吹きあがった影は、中空で形を変え、巨大な一塊の影の玉に姿を変える。
 そこから巨大な爪を備えた腕と足と生やし、長い首と尻尾を伸ばす。
 そして、鋭い牙が並ぶ巨大な顎を大きく開けると、空気がビリビリと振動する様な咆哮と共に巨大な羽を広げた。

「なッ!? シャドウイーターなのか? しかも大型種だと!?」

 それを見てジェロウムさんが声を上げて驚く。

「ド、ドラゴン……?」

 巨大なシャドウイーターが模った姿を見たミアが呟いた。

 そう、ドラゴンだ。

 大きさは、軽く見積もっても十数mは超える。
 その大きさとフォルムだけでも、危険度が一目でわかった。

 その姿に圧倒され、私も思考が追い付かない。

 ドラゴンは鎌首をもたげると、顎を大きく開き、その奥にドス黒い魔力を貯め込み始める。

 それを見たジェロウムさんは、私達をかばう様に、前に出ようと飛び出そうとしている。
 ミアも私を抱えて庇おうと、飛びつこうとしている。

 そんな二人の姿がスローモーションの様に見えるが、私は、どうすれば良いのか分からず、立ちすくんだままだ。

 これはアレか?
 事故の時などに、一瞬の出来事が、何秒にも感じるっていう――

「落ち着け、ティアル。ゆっくりと見えるのは、私が君の時間知覚を引き延ばしているからだ」

「――ベディ!? あなたが……?」

「そうだ。だが、あまり時間は無いし、状況的には最悪だ。このまま、あれがブレスを東門に向けて吐いた場合、かなりの死傷者が出ると予測できる」

 ベディの言う通り、私達を挟んで真後ろには、真っ直ぐに街道が東門へと続き、未だ門は大きく開け放たれている。
 そこを、避難する人達と、外に向かおうとする騎士達とが、ひしめき合い、門の向こう側にも野次馬らしき人々が多く居る。
 街道の途中にもハシジェーロのメンバーや、冒険者の人達が居るし、それらの間に障害物なんて一切ない。

「ベディの防御魔法で防げない? 私の魔力とかも使って良いから」

「可能だが、一時しのぎにしかならないだろう。一般の者達が避難し終えるまで持つかは不明だ」

「何か他の方法は?」

「ある。ブレスを吐かれる前に、一撃で奴を倒す事だ。だが、それにはティアルの協力が必要だ」

「私の? わかったわ。何をすればいいの?」

「あのシャドウドラゴンと私達の間に、巨大な剣を作ってくれ」

「巨大な剣……?」

「一太刀振るえれば十分だ。だが、あれを一刀両断できる物を頼む」

「それで、ベディは何をするの?」

「クーゲルからの預かり物を使う」

 預かり物?

 まあいいわ――

「――考えてる時間もなさそうだし……やるわよ! ベディ!!」

 あのシャドウドラゴンを一刀両断できる剣を――全力で!!

 材質は鋼!

 大きさは、残りの魔力で作り出せる最大!

 ありったけの魔力を、この剣に!!

 私達とシャドウドラゴンとの間に、私の魔力の奔流が荒れ狂う。

 それと同時に、上空に巨大な異次元収納魔法の出口が開くのが見えた。

 私のではない。
 だとすると、あれはベディの収納魔法?

 そこから巨大な鉄の塊の様な腕が飛び出し、私が生成途中の剣を掴み取る。

 それに続き、全身が姿を現す。

 それは、鈍く輝く、鉄の鎧に包まれた巨人だった。

 巨人は大地を砕きながら着地をし、その質量で空気を押しのけ、周囲に衝撃波と強風をまき散らした。

 その姿に、そこに居る全ての者が目を見開き息をのむ。

 シャドウドラゴンさえもが、自身を超える大きさの巨人の出現に驚いたのか、一瞬動きが固まった。

「いけ……アイゼンクーゲル」

 胸元のベディが呟き、その命令に従う様に、巨人は私の作った巨剣を重々しく振り上げ、両手で天高く掲げた。
 そして、その巨体の持つ力を叩きつける様に、真っ直ぐに振り下ろす。

 シャドウドラゴンも発射寸前だったブレスを巨人に向けて吐いたが、そんな物は無意味だった。
 巨人はブレスの黒い炎を意にも介さず、巨剣を振り下ろし、そのままシャドウドラゴン諸共に切り裂く。

 正しく、一刀両断だった。

 その瞬間、ベディによる時間知覚の引き延ばしが途切れ、巨人の攻撃による衝撃と音が私達の全身を揺さぶった。

 正中線に真っ二つにされたシャドウドラゴンは、その衝撃と共に爆発する様に弾け、そのまま煙となり消え去る。

 その光景に、辺りが静寂に包まれた後、一拍置いて、大きな歓声が沸き上がった。

「ベディ、これって……」

「ああ、クーゲルから託されていた物だ」

「こんな良い物があったんなら、最初っから出しなさいよ」

「馬鹿をいうな。今の挙動だけで、君も私も、魔力が、ほぼ空だぞ? こんな物、あいつでなければ使っていられん」

「たしかに、へとへとだけど……」

 そびえたつ巨大な人影を、歓声に包まれながら見上げる。



 まあでも、この光景は最高だわ……

 やっぱ、巨大ロボットって、人々のピンチを救ってこそよね!

「とりあえず、大きな魔物の気配は周囲のマナからは感じられなく――」

 ベディの言葉が、段々と小さくなっていく……

 魔力切れで、喋る力も無くなったのだろうか?

 いや、これは、意識が遠のいてるのは私の――


 ―― 第一章 胎動編 完 ――
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