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182.宙(そら)へ

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 「…絶望を希望に変える? フフ、アハハハァ!」

 「笑うな! おかしくなんかない!!」

 「ならば…ならばこの状況をどう覆す! 私に勝てる要素など何処にも無い!!」

 「それは私が決める事よ!!」

 「ぬぬぬぅ…」

 
 「羽音…」

 「一体どうするつもりなの?」

 圧倒的な強さを誇る最後の厄災…宿命の子たる羽音、その想いの翼の力を持ってしても太刀魚出来ずに万策尽きてしまった筈なのだが、当人は諦めるような素振りも無く勝つつもりでいるようだ。
 その様相を見て、かつての王国の女王は苛立ちを隠せないでいる。

 「もういい! 絶望するまでも無くここで力尽きてしまえ!!」

 「力尽きるのは貴女の方よ!」

 「まだ言うかぁ!!」

 
 「そうよ、私は知った…厄災の力が強大であるという事を!」

 「なら諦めて絶望しろおぉぉぉ!」

 
 「絶望? 冗談じゃないわ…厄災の力が強大であるのなら、それを利用させて貰うまでよ!!」

 「!?」

 「羽音?」

 「一体なにを…!?」

 
 「翼よ!!」
 

 「!?おい、ヒナあれを見ろ!」
 
 「あれは何? 想いの翼?」

 「何なのですか! あの巨大な翼は!?」

 その身に不釣り合いな巨大な翼が顕著するのは、実体を持たぬが故であろう。 だがこの翼で何をしようというのか、何が出来るというのだろうか…。

 
 「翼よ!! 厄災の力を…我が物に!!」

 
 「なっ!?」
  
 「何をする!?」

 次の瞬間に見た物は、巨大な翼が伸長し厄災の本体に突き刺さっている光景だった。 これは本体への攻撃…のようには見え無い、だがその身を抉られた本体は左右に揺れて苦痛を訴えているようにも見える。

 「はあぁぁぁああ!!」

 
 「あの黒いのは! 厄災の力…?」

 「翼で吸い上げているのか!?」

 「羽音殿!?」

 「そんな、羽音…」

 「まさか、有り得ない…」

 本体から伸びる黒い筋は、まるで葉脈のように翼に広がりそして想いの翼へと流れ込んで行く。 これが想いの翼の切り札、厄災の力を転化し我が物にしようというのだが果たして…。

 「おおおおおおぉ!!」

 「バッ、バカな!? こんな事が! 我々の…厄災の力を取り込むというのか!?」
 
 本体から伸びる黒い筋が消失した時、翼も元のサイズに戻るとしてその力を十分に取り込んだとでも言うのだろうか。
 力を奪われた本体はその身をふらつかせ、やがては大きな音を立てて頭を地面に突っ伏してしまう。

 
 「羽音!」

 「待って下さい理音さん! …様子を見ましょう」
 

 「どうなっている? 大丈夫なのか!?」

 「分からないわ…」

 「ヒナ殿…」

 「厄災の力を取り込むなんて、そんな事をしたら…一体どうなってしまうのか」
 
 今の所は特に動きは無いが、どす黒いオーラを身にまとい滞空している様を見ていると、到底無事で済んでいるとは思えない。
 だがこれは彼女の決断…何とかなるという算段があったのか、それとも無かったのか。

 
 「ハァ、ハァ、ハァ……ハハハ、やった」

 「羽音?」

 「やった! ヤッタ! コノ…ち、カラハーワタシノ、もノダー!!」

 「何を言っているの! しっかりしなさい!!」
 
 「ハァ、ハハハ…チカラがぁ、アフレテクル! ヒャヒャヒャ…」

 
 「羽音!」
 
 「何てこと…」

 「ダメ、だったのか」
 
 「そんな!」

 聞こえて来るのは厄災の力に魅入られた者の声…もしかしたら、既に人格を失っているのかもしれない。 ならば、残った者だけで何とかせねばならないというのか、宿命の子ですら敵になってしまったかもしれないのに。

 「今なら…力を取り入れたばかりなら倒せるかもしれない」

 「世良殿!? 何を言い出すのですか!」

 「そうだな、早い方がいい」
 
 「ノーマまで! 羽音殿を失っても良いのですか!?」

 「いい訳ないだろう!! だが迷っている時間は…無い!」

 「羽音、本当に取り込まれてしまったの?」
 
 「私は信じたいです…彼女を奇跡を」

 厄災の力を取り込む事がリスクである事は百も承知で行った。 取り込まれてしまう可能性も想定済みだったかは判断出来ないとして、正気を失ってしまうという事はそれは即ち、コアと成り果てた彼女もそうなのでは無いかという想定が成されるのだが。

 (いや、今はそれよりも…)
 

 「羽音、お願い戻ってきて!」

 「ヒナ? …そうだ! 戻って来い羽音!!」

 「羽温殿! お願いします!!」
 
 「羽音しっかりして! 貴女を倒したくは無い!」

 「ちゃんとしなさい! 家族が待っているのよ!!」

 
 「アハ……ホラホラ、皆が呼んでいますよ? 応えてあげたらどうです?」

 「ヒャッ、ヒャッ、ヒャ…ワレがアタラシキ、コア、ニィィーー」

 「フッ、仲間の呼び声ももう聞こえない、か…しかもコアなどと大それたことを」

 
 「ヒヒヒ、コアに……チ、ガウ」

 「ム!?」

 「チガウ、チガ、う……違う!!」

 「羽音!!」

 「ワタシ、ハ……私はコアに、厄災になどなら無い! うわあぁぁぁーー!!」

 「何? クッ…」

 
 その雄たけびと共に大気は振るえ、目に見えない何かが想いの翼から弾き出されたような、そのような感覚があるのだが、果たして想いの翼はどうなってしまったのだろうか。

 「はぁ、はぁ、はぁ……危なかっ、た」

 『全くだ、一時はどうなるかと思ったよ』

 「声が聞こえたの…」

 『声?』

 「皆の呼ぶ声が…それで何とかなったと思う」

 『皆の声が引き留めてくれたか』

 「何かテンプレだけど、こんな事って実際にあるんだね……あ、システムチェックをお願い」

 『もうやっている…取り敢えずは問題なさそうだが』

 「色々変わっている所もあるかな?」

 『取り敢えずは外観だ』と想いの翼が言うと、モニターにはシルエットが浮かび上がるので確認を行うと、どうやらかろうじて残っていたアーマーは装甲と融着し一体となってしまったようだ。
 それでも鳥の形態になるのには問題が無いと言うのでそれは良いとして、腕や足の節々に黒い装甲が見られるのでこれが厄災を取り込んだ証となるのだろう。

 「さあ…仕切り直しよ!!」

 「フン! あのまま取り込まれてしまえば生きながらえたものを…」
 
 「取り込まれ無くとも生きていられる…私は必ず勝つ!」
 
 「またそれかぁ!」

 勢い良く接近してくるのでこちらも距離を詰める、だがその方法はこれまでとは違い一風変わったものになるのだが。


 「あれは! 正気に戻ったの?」

 「あの加速…イヤ違うあれは加速じゃ無い」

 「一瞬で距離を…あれはもしかして」

 「転移…? そんなまさか」


 「なっ! そんなバカな!?」

 「うぉおお!!」

 「ハッ、だがこちらを攻撃する武器など残っていない!」 
  
 「それはどうかな? でええぇぇい!!」

 「何ィ! グハアッ!」

 
 一撃、だが乾坤一擲とはまさにこの事を言う、そしてこれは反撃の嚆矢ともなるのだ。

 
 「何だ? 武器を持っているのか?」
 
 「全て失ったのでは無かったですか?」

 「そんな…あれはまさか」

 「世良?」

 「見て! 外殻にヒビが!!」

 「そうよ、見間違える筈が無い…あれは」
 
 
 これまで破る事の出来なかった外殻に目に見えて大きな亀裂が入っているとして、その入りは決して深くは無いので、完全に破壊する為には更に攻撃する必要があるようだ。
  
 「どうかしら? 流石の外殻もこの武器の前には無力のようね」

 「何故だ、何故その武器を持っている!?」

 「何故? 私が貴女たちの力を取り込んだのをもう忘れてしまったのかしら?」
 
 「グヌヌ…だからと言ってぇ!」
 
 これはかつて英雄王が邪悪な存在を退ける戦いに用いた伝説の武器…尋常では無い硬度を誇るこの武器は役割を終えた後、英雄王と共に永遠の眠りについた。
 だが、今ここで長きに渡る眠りから解き放たれたその伝説の武器の名とは。
 
 「あれはアデアの槌…どうして羽音が?」
 
 
 「ぐ……ウ」

 「案外丈夫ね、まだ貫けないか」

 「グぅ…そんな物! 破壊してくれる!!」

 全ての砲から展開する刃、それを槌で受け止めるのだがゴルフクラブのシャフト程の太さしか無い柄でありながら、高出力の光の刃を受け止めても尚決して折れも曲がりもしないのだから、恐るべき硬度である事が改めて判明される。

 「無駄よ!」

 「うおっ!」

 
 「凄い…」

 「デタラメな強度ね」

 「でも…あれなら!」


 「何故だ…何故その槌を? 何故だぁ!!」

 「厄災の力であっても不可能、でも私の翼はその想いを叶えてくれるのよ!!」

 「ギギギ…まだだぁ! まだ終わらない!」

 「? 待ちなさい!」

 突如として上昇する死の翼…よもや逃げようとしている訳でも無いだろうが、このまま逃す訳にもいかない。 

 「何処へ行くの!?」

 上昇して追いかけていると砲で攻撃してくるのだが、高速で移動しているが故に狙いなど碌に定まらないので牽制にもなっていない。
 しかもそのスピードは徐々に速まって行くので、一体何処へ向かおうとしているのかと思わずにはいられないのだが…。

 「どうしようというの? このままでは宇宙に飛び足してしまうわ」

 『もしかしらたら、そのつもりかもしれないね』

 まさかそんな事が、と思っている間にも更に加速して行くのでこちらも追いかける速度を速める。 すると青一色の景色に黒色が混ざって来るのだが、これはいつか見た光景だ。

 『羽音、間もなく大気圏を離脱する…シールドを展開して摩擦に備えるんだ』
 
 「…了解」

 
 (本当に行こうというの? そらへ…)
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