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157. 過去からの亡霊

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 『目が覚めたか、良かった』

 「貴方は誰? 私は一体…」

 体を起こすと、自分が柔らかい物に横たわっていた事が判明するのだが、手を付いてみるとカサカサしているような感触が伝わってくる。
 
 「これって干し草? 薄暗くて良く見えない」

 『ああそうか、今明かりを点けるよ』
 
 声からしてどうやら二人いるらしい、明かりが点けば分かるとして徐々に壁が青白く光り出したので、私が思っていたのとはイメージが異なるのだが、十分な光度が得られると声の主が判明する。 
 その正体とは…。

 「む、虫……ぎゃぁぁあーー、むむむ、虫ーー」

 『うわっ! うるさいな~』

 「むむ虫、虫が喋った!?」

 『キミ、恐ろしいのは分かるが落ち着いてくれないか?』

 『ホント、騒ぎ過ぎ大げさ』

 『仕方が無いさ、彼女からしたら我々は異形だ』

 『異形ってのは、あの災禍の事を言うんじゃないかなぁ?』

 『ヒトの言葉で言うなら厄災、だったかな?』

 「厄災…そうだ!!」

 思い出した、大翼のような高速戦闘を行う厄災と交戦していたら、また暴走してしまったのだ。 そしてここは恐らくクレーターの内部…この虫の形をした存在はここに生息しているという事なのだろうか。

 (にしても…怖いよ)

 長い触覚に鋭い刃のような顎、姿かたちを例えるならカミキリムシが近いかもしれない、にも関わらず二足歩行であり前足を手のように振るっているので挙動は人に近しい。

 (真ん中の足は? あ、胴のとこで組んでるんだね何だかベルトみたい)

 『私たちはキミに危害を加えたりはしない、安心して欲しい』

 「あ、はい…」

 『少しは落ち着いた?』

 「ち、近い…まあ、何とか」

 『バム、離れなさい』

 『はあい』

 「…あなたはバムと言うの?」

 『ああ、この子はバム、そして私はビムどうか宜しく』

 「私は羽音です、こちらこそ宜しくお願いします」

 彼ら?の容姿は虫が嫌いな私にとっては恐怖ではあるのだが、いつまでもそれに駆られていては何も始まらない。 言葉が通じるのは幸いだとして、どうやって話をしているのだろう…もしかしたら聖獣と同じような理屈なのだろうか。

 『しかし、災禍と戦っているヒトが存在していたとは…しかも空を飛べる』

 「災禍…そう言えば私、助かったんだ」

 『ああ、アレなら…』

 ビムさんは私と厄災の戦闘を目撃しており、曰く私と錐揉みしながらクレーター内部に侵入してきたのだが、こちらが力尽きて地面に落ちて行くのを見届けた後、何処となく消え去っていったという。
 話だけ聞くと何だか見逃したように感じるのだが、どうして留めを刺さなかったのだろう? またとないチャンスだった筈だ。

 『地面に倒れこんだキミを私が保護した、何にせよ大事が無くて良かった』

 「ありがとうございます、助かりました」
 
 『礼には及ばない…さ、地上へ案内しようまたアレが来たら厄介だ』

 「え? あ…いえ、地上には戻れません」

 『戻れないない? 何故…?』

 「それは…」

 二匹、もしくは二人に転移晶の説明をかいつまんで行い、私の他にも翼をまとう厄災と戦う仲間が居る事も告げる。 
 表情は変わらないものの、深く頷いたり両手を組んだり時に腰に当てたりするリアクションを見ていると、大分興味津々に聞いているのでは無いかと感じてしまう。
 それにしても顔を動かす度に長い触覚が揺れているのだが、邪魔では無いのだろうか…。

 『なるほど、転移晶か…』

 「こことは違う世界…私の居た世界に転移した厄災を、倒す為に必要なんです」
 
 『ねえ父さん、彼女の言っているのって…もしかしてこれ?』

 「あっ、それは!?」

 漆黒に鈍く輝く楕円形の結晶…サンプルとしてラウ城で見せて貰った物とほぼ相違無いのだ、大きさは野球の硬式ボールと同じくらいだろうか。
 問題は純度なのだが、こればっかりは舟に戻って計測してみないと分からないので、一度戻る必要がある。 もしかしたらこれで事足りるかもしれないのだ。

 「やった! 早速発見!!」

 『ふ~ん…あいつらが集めていたから、何だろうと思っていたけど、そんなに重要な物なんだ』

 「あいつらって、厄災が転移晶を?」 

 『ああ、そうだ』

 厄災は度々クレーター内部に現れては転移晶を回収していたので、それを見たビムさんは先回りして集めていた。 
 何故そんな事をしたのかと言えば、彼らもまた同族を連れ去られてしまう被害にあっていたので、その忌まわしい存在が集めている物であれば、活動を邪魔する事になるのでは無いかとの考えからだそうだ。

 「でも、どうして厄災が転移晶を…」

 『その転移の為、じゃない?』
 
 「う~ん…」

 あれらが転移するのは私たちと理屈が異なると思う、故にここで晶を回収している理由は私たち人間が転移するのを阻む為、ではないだろうか。

 「転移装置が活用されると、人や物の流通が盛んになる…」

 『ヒトの文明が発達するのを災禍は嫌っているのか』

 『陰湿なヤツらだな~』
 
 
 「…他に転移晶は無いんですか?」

 『他に、か…』

 まだあるのであれば、それらも持ち帰って分析するのが効率が良いのだが、それを訪ねるとビムさんの顔が曇る。 いや、そういった表情が出来る訳では無いのであくまでも雰囲気を察してそう判断したのだが。

 『あるっちゃあるけど…女王が守っているからなぁ』
 
 「女王?」

 『ここよりも更に地下、奈落に住んでいる我らの女王さ』

 ここより地下深くは奈落と呼ばれており、そこに女王は同族と共に暮らしているそうだが、何でもこの晶が特別な力を秘めているのは彼ら「インセクト」にも何となく分かるそうで、その中でも特に力の強い晶を厄災が持ち出さぬよう、女王直々に厳重に保管しているとの事だ。

 「なら女王に転移晶を譲って貰えるよう、お願いしに行きたいです」

 『危険だから、止めといた方がいいと思うよ~』

 「危険?」

 『奈落に住まう者たちは、ヒトに敵意を抱いている…迂闊に近づくのは危険だ』
 
 「え? どうしてヒトに敵意を?」

 『フム…』

 話は過去にさかのぼる…かつて「インセクト」は地上で暮らしていた。 それが何故クレーター内部の地下で暮らすようになったのかと言うと、ヒトによる侵略により土地を奪われてしまったからとの事だ。

 「ヒトによる侵略…そんな事があったんですね」

 『ヒトは摩訶不思議な力を使い、我らの祖先を追い出したんだ』

 地上の住処を奪われた彼らは、やむ無く地下で暮らす事になったのだが、草花に覆われた地上から一転、草木一本生えぬ場所での生活は困難を極めた。
 一方で土地を収奪した者たちは、気候に恵まれた豊な地上で暮らし繁栄したというのだから、彼らが恨むというのも無理からぬ話ではある。

 「でも、今は…地上に居た人は何処へ行ったんですか?」

 『死んでしまった、全滅したんだ…』

 「そんな…!」

 ある日突然、ヒトに不幸が降りかかる…次々と人々は倒れ命を落としたそうだが、どうやら疫病の類が流行ったらしく急速に人口を減らして行った。
 それだけならまだしも、気候変動も重なってしまい緑豊かな大地は乾燥し、不毛の土地へと変貌していったのである。

 『この気候変動で、疫病を生き延びた者たちも命を落としてしまった…』

 「……」

 ヒトは地上から姿を消したが、生命を拒む大地に変貌した場所にインセクトが戻って来る事は決して無かった。 ヒトさえ来なければ、地上で暮らせていた筈なのに…そう思う彼らは今でもヒト恨んでおり、そこへ行くのがどういう事なのかは嫌でも理解出来る。

 「それでも行かなきゃ…私たちには転移晶が必要なんです」

 『決意は固いようだね、ならば案内しよう女王の所へ』

 『ええ~、あそこに行くのかぁ…』

 『無理に付いてこなくてもいい』

 『う~ん、留守番も嫌なんだよねぇ』

 「…すいませんビムさん、案内お願いします」

 目指すはインセクトの女王の居る奈落、そこには高純度の転移晶が存在するのだ、何としても手に入れねばならない。

 
 
 「ちょっと遅くなってしまったかしら」

 「急いで戻りましょう」

 我が師、イーラッドの墓参りを追えて城へと戻る。 私にとって師である彼は、ヒナにとって弟子であったのだが、この奇妙な縁は厄災無しには起こり得なかった事なのだ。

 「因果なものね…」

 「何か?」

 「ううん、何でも…」

 『通信が入っている』

 「どうしたのかしら?」

 
 「世良、ヒナ、聞こえる? 厄災が現れたわ、今出辺ポイントに向かっている」

 「やはり…」
 
 「急ぎましょう!」

 予測していた厄災の襲撃、果たしてどのような個体が現れたのだろうか…。

 (過去からの亡霊…でなければ良いのだけれど)


 
 「見えてきたわね」

 『傘か、戦闘機型がこちらに向かってきている数は七…いや』

 「どうしたの?」

 『ダイヤモンドの先頭…アンノウンだ』

 「もしかして、北極に現れた?」

 『可能性はあるな』


 王都を襲撃する厄災…果たしてその正体とは? 

 転移装置を守りきり、晶を手に入れた時、再び異世界への扉が開かれる。 

 その時こそ厄災との最後の戦いとなるのだ…。
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