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131. いざ戦地へ

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 聖骸がここスザンの神殿に安置されてから四日後、ついに二国の雌雄を決する最終決戦が始まりの時を迎えようとしている。
 だが肝心の私はというと軟禁状態で部屋の外に出る事もままにならないのだが、それはいくらでもやりようがあるので焦りは無い。

 (聖獣の皆は無事に帰れただろうか…)

 儀式を終えた次の日、スザンを発つ前に見送った私は聖獣たちにもみくちゃにされた…。 何と言うかとにかく皆ハイテンションで、いきなり像の鼻で振り回されたと思ったらキリンの頭に乗せられて滑り台みたく首を滑り、背中を飛び出したら跳躍したブルココさんが口でキャッチ…。

 その一部始終を見て他の聖獣はしゃいでいるので、何でこんな事をするのか聞いてみた所、嬉しさを表現したとの事だった。 宿命の子の力によって世界を食む邪悪な者たちを駆逐する…それが命ある者の宿願でありようやく叶う時が来たのだと。

 それにしては扱いがぞんざいなので文句の一つでもいってやろうと思ったが、嬉しそうにしている皆を見ていると何も言えなくなってしまう。 しかし、一部始終を見ていた聖獣の長に強く咎められてしまうと、先ほどの騒がしさから一転して誰もが「しゅん」となる…。
 
 なので「まるで先生に怒られた生徒みたいだ」と揶揄すると意外な答え、というか本当にそのような関係なのだとの回答が長より返って来た。
 どういう事なのかと言うと、ここに集う聖獣たちは元生徒であり「長」というのは人と関わり合いを持つ事になる聖獣に、どのよう接して行くかを教える先生のような存在だと言うのだ。
 
 教育を受けた者が各都市を守護する為に赴き、誰もがその役目を立派に果たしているので人々からの信頼も絶大なものだという。 
 そんなに凄いとは思いもよらなかったのだが、話はあの神殿に祀られた聖獣に移る。

 優秀な聖獣を数多く輩出した「ア・ズー」…因みにこれは長となった時に名乗るものであり、本来の名があるのだが、それは長となった時点で捨てねばならない。 無私なる存在でなければならない、との考え方によるものだと言うが私にはいまいち、ピンと来なかった。
 まあそれは置いておいて彼にもそこはかとない悩みがあった、それは孤独……。 聖獣の中にあっても師と崇められているが故に、彼と対等である存在は身近には居ない。
 常にどこか満たされない、心の内に言い知れようの無い寂しさを抱えていた彼は、時間があれば海を眺めていた。
 
 海の向こうにある未開の大陸に思いを馳せていれば、孤独もいくらか紛れていたそんな折、ふと入江から声を掛けられた、そう…これがクジラの聖獣「ヌフスス」との出会いだった。
 海に暮らす聖獣には陸の理は関係が無い、長と呼ばれる彼と対応な関係を築ける存在であり、二体は直ぐに打ち解ける。 特に海に生きる彼が見聞してきたことは人よりも長く生き、知を蓄えている長であっても知らない事が多く、その知的好奇心を刺激したのだ。

 元々彼は、海竜の危険から逃れる為に温水の低い極地の海に中間と共に暮らしていたのだが、外の世界を知りたいという欲求に勝てずに同調する仲間数名と出奔した。 
 深い海を避けて陸に沿うようにして移動する事でリスクを減らして旅を行ったのだが、竜やサメに襲われる脅威はゼロには出来ずに命を落とす者もおり、途中立ち寄った赤道直下の島が点在する海域では、ここで暮らすと旅を離脱する者も現れた。
 そこにはアザラシやペンギンといった聖獣の大きなコロニーがあり、何故か竜もおらず皆平和に暮らしていたと言う。 それ以降も旅の仲間は減って行き、ついには一体となってしまい自分も終の棲家を探すかと思っていた矢先、海を眺める長が目に留まったので何となく声を掛けたのが交流するきっかけとなった。

 無二の友となった長と海の聖獣…。 だがその関係は長くは続かなかった、海竜の少ない海域ではあったのだが彼の入江に行くという習慣を学習した個体が居たのだろう。
 襲撃を受けても何とか逃げ延びたのだが、傷は深く泳ぐ事もままにならなかったその身は入江を外れて砂浜にその打ち上げられた。 危機を察知して長が駆け付けた時には手遅れであり、その最期に彼が告げた内容はこれまで話してきた通りの運びとなる…。

 長の深い悲しみを感知した教え子たちも駆け付けて今に至るのだが、聖獣がここまで来たのにはまた別の理由がある。 それはーー

 『キミには成さねばならない事がある、だがその前に…別の成したい事がある、違うかね?』

 「ええ…どうしてそれを?」

 『何となく…私たちもキミと同じ考えだろうから。 だから私たちの力を使って欲しい、戦いの鳥をここへ…』

 言われるままに想いの翼を召喚すると、聖獣たちは目を閉じやがてはその体から光の粒子が立ち上る。 やがてそれらは五色の光となった翼と交わり溶けるようにして同化して行く…。

 光が消えると皆目を開いて満足気な表情になるのだが、あの時の光が一体何なのかは正直言って良くは分かっていない、いないのだが。

 (多分、これから役に立つ…そんな気がする)

 
 『…そろそろかな?』

 「うん、そうだね…」

 時刻は間もなく午前九時になろうとしているのだが、もう直ぐ戦闘が始まる時間だ。 余り遅すぎるといたずらに犠牲者を増やす事になるので、出立せねばならない。

 『因みにどうやって部屋を出るのかな?』

 「…ちょっと怖いけど、窓から飛び降りて直ぐにあなたを召喚すれば問題無いと思う」

 『そう簡単に行くかな?』

 「え! 失敗したら私、地面と激突するんだけど!?」

 『フフ大丈夫、そんな事にはならないさ』

 しょうも無いやりとりをしている間にも時刻は迫ってくる…意を決して窓を開けると、扉をノックする音が聞こえてくる。

 「…誰だろう?」

 このまま飛び出して行っても良かったのかもしれないが、何となく気になって扉を開けてみるとそこには意外な人物が立っていた。

 「あれ? アトル王子…」

 「羽音殿、こちらです」

 王子に促されて部屋を出ると、そこに番兵の姿は無かった…私の事を見張っていなければならない筈なのに、どういう事か問いただすと意外な答えが返ってくる。

 「貴女が余りにも素直に従うものですから、何かあると思っていたのです」

 「……」

 「戦いはしない、だが戦地へは赴く…そうですね?」

 「ばれてましたか…」
 
 どうやらお見通しだったようだが私が逃げるかもしれないと言うと、それも一笑に付されてしまう。 

 「それが出来ない事くらい存じていますよ」

 そんなやり取りをしている内に建物の屋上へと到着する、ここから飛び立てば良いのだろうが軟禁していた者が脱走した体になると、責任問題になるのでは無いかと心配したが回答はこうだ。

 「そもそも、戦鳥の戦士を我らが抑える事など不可能です…誰も咎める事など出来ませんよ」

 笑いながら答える王子を見ていると「それもそうだな」と思い直した、心配が取り越し苦労だった事を確認すると想いの翼を召喚して、その背に飛び乗る。 
 
 「それでは行ってきます…王子、私は必ずーー」

 「分かっています、貴女の想いのままに…」

 …最早これ以上の言葉は不要だと思い、翼をはためかせて地上を後にする。 彼も私が何をしたいのか、何となく察知しているのかもしれない。 

 「急ぎましょう、もう戦いは始まっているわ」

 「了解」

 目指すは決戦の地、ギナンの荒野だ。




 「マウラ隊長、対厄災部隊の戦況を報告します」

 「…どうなっている?」

 「現在交戦中ですが厄災が多数転移しております、その数は約三百…まだ増えております」

 「前回以上か…」

 「ハッ、ですが…」

 「どうした?」

 「転移してくる厄災は、その…次々と撃破されておりまして」
 
 「何? もしかして、あの新な戦鳥が…」

 生まれ変わったとされるリーネ王女、もとい理音様の戦鳥、その名も「輝く希望の翼」…全く未知数の力を持つ翼であり、本来なら苦戦を免れない数を一方的に駆逐していると言うのだが、一体どのような攻撃を行っているのだろうか…。
 


 「…凄い、三十体以上は居た筈なのに」

 『これでは我々の出番は無いな…』

 物の数分で撃破してしまったのだがこのような芸当が出来るのは、肩や足、背中に備わっているあの短刀…いや、あれはただの剣では無く、その身を一たび離れると執拗にターゲットを追尾し切り刻み、時には光の矢すら放って攻撃を加える事が出来る。 
 斬撃も射撃も思いのままの無数の刃を操り、次々と厄災を撃破して行くのだがあのような攻撃が出来るものなのかと感心するより他は無い。

 『あれを避けきれる自信は無いな…』

 「大翼の機動力を持ってしても厳しいわね」

 肩部の砲も刃へと変貌を遂げているが光の矢を放つ事が出来るようだ、腰の砲は失われいるが二丁の銃があるので問題は無いだろう。 
 まだ他にも武装があるのかもしれないが、いつまでも見とれている訳にもいかない、厄災を任せる事が出来るのであれば、私とキアであちらの二翼の相手が出来る…高速戦闘は不可能でもキアの実力も上がってきているのだ。
 
 手負いの翼を仕留める。 いや命までもは奪いたくない、だが負けを認めなければ…取り敢えずはキアとの合流だが先決だ。



 
 「…見えてきた」

 「ああ…」

 もうもうと砂煙の舞う中、兵士たちが戦っているのが遠目にも分かる…戦いは始まったばかりだろう、とにかくこの戦場の中心地へと赴かねばならない。

 「人が戦っているよりも更に先…あっちが厄災なんだ」

 「ここからでは遠すぎて様子が分からないな」

 厄災も気にはなるが取り敢えずは人々の争いを止めるのが先だ。

 『…ここが中心地だ』

 「よーし…想いの翼よ、我が身をまとえ!」
 
 その掛け声で足場となっていた鳥の体は分解し、その身は宙へと放り出される。 だが、体に吸い付くようにパーツが覆って行くと確かに飛んでいるという感覚が体を支配し、天高く舞う。
 
 「さあ……初めよう!」
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