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87. 翼の謳(うた)
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正王国が思ったよりも窮地に立たされている事を知った戦鳥の戦士二人は、軍属として戦う事を決意する。 明後日には降伏を促す使者が来るというのだが、受け入れねば真王国軍に総攻撃を受けてしまうのは避けられない。
緊迫した情勢ではあるものの、戦士の助力に対してささかな宴の席を設けているというのだが、果たしてこちらの宴というのは一体どういうものなのだろうか…。
「羽音様、お召し物の準備が出来ました」
「あ、うん…ありがとう」
「どうかなさいましたか?」
「ううん、何でもない」
私に話しかけて来る少女の名はアシャ、こちらでの滞在期間中に身の回りの世話をしてくれるとの事だ。 しかし、世話してくれる人がいるのは助かるとして、このようなVIP扱いもどこかこそばゆいものを感じてしまうのは、やはり庶民としての感覚故だろう。 しかし、それにしても…。
「あの…私の顔に何かついていますか?」
「えっ! あっ、ごめん、ボーっとしてて…早く着替えなきゃ」
「はい、お手伝いします」
ついつい見とれてしまったが、この常に穏やかな笑顔の美しい少女は、私と同い年だという理由で世話係の白羽の矢が立ったと言っていた。
(話を聞いた時はある程度美人を想定してたけど…想像以上だなぁ)
髪が白いのはツア族の特徴であり、長い髪をかんざしでまとめ上げているのだが、これはもしかしてべっ甲で作られているのではないだろうか。 身に着けている衣装はアオザイのように見えるのだが、スカイブルーの色あいが似合っているし、何より体のラインが強調されていても問題ないのが羨ましい…。
「今着ているお召し物は洗濯するので、こちらのかごへ入れて下さい」
「うん」
「下着はどうしますか?」
「えっ?」
「ついでと言っては何ですが、このタイミングで下着もこちらの物に変えてしまってはと…」
「う~ん…今はいいや、後で変えるよ」
「分かりました」
同性同士とはいえ下着姿でも見られることにやや抵抗があるし、まして風呂でも無いのに裸を見せるのはどうなのだろうと思ってしまう。 まあ、文化の違いと言ってしまえばそれまでの話だが…。
「出来ました。 お似合いですよ」
鏡に映る自身の姿を見れば、馬子にも衣裳とはこのことをいうのだろうかと思ってしまうのだが、この衣装を例えるならインドのサリーに似ていると思う。 色はピンクというよりは桜色が近しく、絵柄の花も何だか桜に似ているので、個人的にはかなり気に入った。
「さあ、次は髪を梳かしましょう」
「はい…お願いします」
「まあ、私に対して遜らなくても良いのですよ? 羽音様は国賓なのですから」
「ええ…うーん…」
いくら国賓とはいえ、同い年の女の子に対して居丈高に接する事など出来はしない。 かと言って私がラフに接するようにお願いしても改める可能性は低いだろう…それに、無理に実行させても彼女の対応が問題視される事が関の山だ。
「綺麗な髪です。 黒くて艶やかで…」
「そうかなぁ? 私、髪質が太くて量が多いから、寝ぐせがつくと大変なんだよね…それに湿度が高いと膨らんじゃうし」
「フフ、そうなんですか?」
「むしろアシャのような細い髪質が良かったと思うんだけど…」
「髪が細いと中々まとまりにくいです。 パーマをかけても直ぐにとれてしまいますし…自分の好きな髪型も長時間キープ出来ないのが悩みです」
「一長一短だね」
髪の質などとこのような他愛ない話をしたのはいつ以来だろうか…仲の良かった級友二人がふと思い出される。
(みすちーとハッシ、元気かな…私が居なくてもきっと問題は無いだろうな…)
「…髪型はどうしますか?」
「え? 髪型か…どうした方がいいかな?」
「羽音様は首筋がお綺麗なので、上げてしまった方が良いかと思います」
「いや、私あんまり長くはないし…ん、首筋?」
「ええ、チャームポイントはうなじでは無いかと…」
「うなじ…ううん、いい、このままで」
「分かりました。 化粧はどうしますか?」
「ええっ、化粧もするの?」
「はい…あっ、もしかしてあちらには化粧の習慣が無いのですか?」
「そんな事は無いけど…」
同年代くらいでも化粧をする子はいるが、私は抵抗があるし母も良く思っていないので、化粧などはしたことは無い。 それこそ、七五三の時に口紅を差した位ではないだろうか。
「抵抗があるなら口紅だけでも…」
「うーん…やっぱりいい、ほら食べたり飲んだりするからさ…」
「…分かりました」
「なんかごめんね…良かれと思って言ってくれているのに、拒否してばかりで…」
「いえいえ、お気になさらないで下さい。 羽音様の思うようにしてよいのですよ」
準備が終われば後は宴の会場に向かうだけだ。 時間には余裕があるとしても、遅刻だけは絶対に避けねばならないので、アシャの案内の元目的地へ向かう。 それにしても、部屋に案内されるまでに建物の内部を見たのだが、今こうして見ても改めて凄いと思わざる負えない。
(いやはや、凄い光景だな…)
ここ、正王国の行政機関である巨大な円柱状の建物は、その中央は頂上付近の階を除いて吹き抜けとなっているのだ。 更にその中心部分からは水が滴り落ちており、まるで滝のようになっているのだが、各階の人々は滝には目もくれずに忙しそうに往来しているのが、ガラスの壁越しに見る事が出来る。
「さあ、こちらです」
「うん」
アシャに導かれて上階へと向かう途中もエレベーターを使用した際も、ここで働く人たちとすれ違う事は無かった。 それもそのはずで、私が居た階層は国賓が宿泊するフロアであり、更に上の階層は王族とその関係者とごく限られた人物しか入る事が出来ない場所なのだ。
「…そう言えばここはお城、では無いんだよね」
「ええ、王族の方々も居住してはいますが、敢えて城とは呼ばずに総督府と称しています」
「総督府…」
「はい、ゆくゆくはラウ城を奪還し、遷都するのが目的なので城とはしなかったのです。 と、表向きではなっていますが…」
「何かあるの?」
「ここだけの話、正王国は他国から国とは認めらていないのです…それもあって城と称するのは憚れるというのもありまして…」
「えーっ、そうだったんだ…」
「すいません、この事は余り他の方へお話しないようにお願いします」
「うん…」
まさかそのような事情があったとは…色々と複雑なようだが、今は詳しく聞いている時間は無い。 エレベーターを降りると、そこが賓客を招き会食を行うフロアに出るのだが、この真下が滝の吹き出し口なのだと言う。 会場の扉の前に既に準備を済ませたひいばあと世良さんが立っている。
「お待たせしました」
「あら羽音、似合っているわね。 いい感じよ」
「へへ、そうですかね?」
「馬子にも衣裳ね」
「…自分でもそう思うよ」
二人の装いは私と近しいのだが、サリー調のドレスをまとう世良さんの衣装は黒く、右肩から左腰まで銀の刺繍が施してあり、聞けば銀河をイメージしているのだと言う。
一方のひいばあは赤を基調とした装いであり、グラデーションによってその色合いにも変化があるが、これは流れ出るマグマをイメージしているとの事で、良くみれば左の脇下から腰にかけて茶色い活火山のような刺繍が施してあるのが分かる。
「二人とも似合ってますね」
「あら、ありがとう」
にこやかに笑う世良さんの口元を見ると口紅を差しているのが分かる。 見てみるとひいばあもそうなので、私もそうすれば良かったかもと、今更ながら思ってしまう。
「皆さまお揃いでしたか…遅れてしまい申し訳ありません」
「いえ、ん…誰?」
「あら、ソネイさん皆今来た所です」
「ええ! ソネイさん!?」
「あなた驚きすぎよ」
この紺色のドレスをまとった人物こそは、対厄災戦用特殊部隊の隊長であるソネイさんその人なのだが、バッチリとメイクをしているが故に一瞬誰だが本当に分からなかった。 しかも、話はそれだけでは終わらないのだが、彼女の傍らにいる男性が話をしだすと更に驚愕の真実を告げられる。
「皆さま、初めまして…でも無いのですが、私の名はマウラ。 特殊部隊の副隊長を任されております」
「まあ、その節はどうもお世話になりました」
「いえ、そして私はソネイの夫であります」
「はいー!? 夫!!」
私のリアクションにやや苦笑い気味のこの若い男性は何とソネイさんの夫だという。 彼女は五十代前半だとして、彼はどう見ても二十代前後なのだから、年齢が予測と合っていれば何と三十歳差の年の差婚と言う事になるのだ…。
マウラさんの紹介にソネイさんは恥ずかし気味の様子だが、ウエーブかかった黒い髪に、日焼けした浅黒い肌の逞しい男性は照れている彼女を微笑ましく見ている。 因みに着ている服の色は二人とも紺色でお揃いなのだが、これは所謂ペアルックと言うヤツなのだろうか…。
そんなこんなで扉の前で騒いでいると、やがては王子がやって来る。 その傍らにはキアが付いているのだが、純白のドレスを身にまとっており、一通り化粧も施しているように見えた。 何より、随分かしこまっているというか緊張した面持ちなのだが、普段横柄な態度のキアとは似ても似つかないので、そっくりさんかと思ってしまった。
「皆さまお揃いのようですね。 さあ、行きましょう」
王子の号令で部屋に入ると、料理の良い匂いが漂って来る。 席は丸テーブルが二つあり、二手に別れて座るのだが、私たち三人に何故か先に来ていたハスカーさんの四人で座り、王子とキア、それにソネイさんとマウラさんが向かいのテーブルに着席した。
因みに将軍はこのような席が苦手との事で、ソネイさんたちがその代理だという。 そのような理由でパス出来るとは何とも大らかなものだが、料理が運ばれて来ると余りその事も気にならなくなる。 何気にお腹が空いており今にも腹の虫が泣きそうなので、恥ずかしい思いをする前に早く食べ物を口に入れたいのだ。
並べられた料理は肉や魚、サラダや果物と例によって食べきれないくらいなのだが、もちろん食事の前にはお祈りが入る。 王子が仕切っているためか思ったほど長くは無く早々に食べ始められるのだが、同時に余興も始まり舞台では、奇抜な面を付けた男性八人によりる演武が始まった。
旗の付いた長い槍を巧みに操り、回転させながらすれ違い打ち合う様は中々迫力があると感じる。
皆どちらかというと食事もそこそこに舞台に集中しているのだが、どうやらガツガツと食べる事を優先される事は憚られるようだ。 現に食い意地の張った世良さんも、飲み物は口にしているが、食事には一切手を付けてはいない。
演武が終わると次の準備までの間、談笑したり食事を食べたりするようだ。 巨大なステーキ肉を頬張り、飲み物を口にすると炭酸飲料である事が判明するのだが…。
「何これ、お酒じゃない!」
「はい、ひいばあのお酒じゃない、頂きました」
飲み物をノンアルに変えて食事を楽しんでいると、次のショーが始まる。 セットは変更されており、どうやら街並みを再現しているようだが、老若男女が出演し庶民の暮らしぶりをユーモアたっぷりに演じている。
特に笑えたのが、角材を抱えている男性が呼び止められて振り向くと、話しかけた人物に角材が直撃し倒れてしまうコントなのだが、このような笑いのセンスは世界を越えるのだなと、感慨深いものもあった。
食事と余興は続いて行く、この時ばかりは今後来るであろう戦いの事を忘れて、しばし楽しむ時なのだ。
しかし、この余興では思わぬトラブルが発生してしまうのだが、その解決方法は思わぬものになる。
緊迫した情勢ではあるものの、戦士の助力に対してささかな宴の席を設けているというのだが、果たしてこちらの宴というのは一体どういうものなのだろうか…。
「羽音様、お召し物の準備が出来ました」
「あ、うん…ありがとう」
「どうかなさいましたか?」
「ううん、何でもない」
私に話しかけて来る少女の名はアシャ、こちらでの滞在期間中に身の回りの世話をしてくれるとの事だ。 しかし、世話してくれる人がいるのは助かるとして、このようなVIP扱いもどこかこそばゆいものを感じてしまうのは、やはり庶民としての感覚故だろう。 しかし、それにしても…。
「あの…私の顔に何かついていますか?」
「えっ! あっ、ごめん、ボーっとしてて…早く着替えなきゃ」
「はい、お手伝いします」
ついつい見とれてしまったが、この常に穏やかな笑顔の美しい少女は、私と同い年だという理由で世話係の白羽の矢が立ったと言っていた。
(話を聞いた時はある程度美人を想定してたけど…想像以上だなぁ)
髪が白いのはツア族の特徴であり、長い髪をかんざしでまとめ上げているのだが、これはもしかしてべっ甲で作られているのではないだろうか。 身に着けている衣装はアオザイのように見えるのだが、スカイブルーの色あいが似合っているし、何より体のラインが強調されていても問題ないのが羨ましい…。
「今着ているお召し物は洗濯するので、こちらのかごへ入れて下さい」
「うん」
「下着はどうしますか?」
「えっ?」
「ついでと言っては何ですが、このタイミングで下着もこちらの物に変えてしまってはと…」
「う~ん…今はいいや、後で変えるよ」
「分かりました」
同性同士とはいえ下着姿でも見られることにやや抵抗があるし、まして風呂でも無いのに裸を見せるのはどうなのだろうと思ってしまう。 まあ、文化の違いと言ってしまえばそれまでの話だが…。
「出来ました。 お似合いですよ」
鏡に映る自身の姿を見れば、馬子にも衣裳とはこのことをいうのだろうかと思ってしまうのだが、この衣装を例えるならインドのサリーに似ていると思う。 色はピンクというよりは桜色が近しく、絵柄の花も何だか桜に似ているので、個人的にはかなり気に入った。
「さあ、次は髪を梳かしましょう」
「はい…お願いします」
「まあ、私に対して遜らなくても良いのですよ? 羽音様は国賓なのですから」
「ええ…うーん…」
いくら国賓とはいえ、同い年の女の子に対して居丈高に接する事など出来はしない。 かと言って私がラフに接するようにお願いしても改める可能性は低いだろう…それに、無理に実行させても彼女の対応が問題視される事が関の山だ。
「綺麗な髪です。 黒くて艶やかで…」
「そうかなぁ? 私、髪質が太くて量が多いから、寝ぐせがつくと大変なんだよね…それに湿度が高いと膨らんじゃうし」
「フフ、そうなんですか?」
「むしろアシャのような細い髪質が良かったと思うんだけど…」
「髪が細いと中々まとまりにくいです。 パーマをかけても直ぐにとれてしまいますし…自分の好きな髪型も長時間キープ出来ないのが悩みです」
「一長一短だね」
髪の質などとこのような他愛ない話をしたのはいつ以来だろうか…仲の良かった級友二人がふと思い出される。
(みすちーとハッシ、元気かな…私が居なくてもきっと問題は無いだろうな…)
「…髪型はどうしますか?」
「え? 髪型か…どうした方がいいかな?」
「羽音様は首筋がお綺麗なので、上げてしまった方が良いかと思います」
「いや、私あんまり長くはないし…ん、首筋?」
「ええ、チャームポイントはうなじでは無いかと…」
「うなじ…ううん、いい、このままで」
「分かりました。 化粧はどうしますか?」
「ええっ、化粧もするの?」
「はい…あっ、もしかしてあちらには化粧の習慣が無いのですか?」
「そんな事は無いけど…」
同年代くらいでも化粧をする子はいるが、私は抵抗があるし母も良く思っていないので、化粧などはしたことは無い。 それこそ、七五三の時に口紅を差した位ではないだろうか。
「抵抗があるなら口紅だけでも…」
「うーん…やっぱりいい、ほら食べたり飲んだりするからさ…」
「…分かりました」
「なんかごめんね…良かれと思って言ってくれているのに、拒否してばかりで…」
「いえいえ、お気になさらないで下さい。 羽音様の思うようにしてよいのですよ」
準備が終われば後は宴の会場に向かうだけだ。 時間には余裕があるとしても、遅刻だけは絶対に避けねばならないので、アシャの案内の元目的地へ向かう。 それにしても、部屋に案内されるまでに建物の内部を見たのだが、今こうして見ても改めて凄いと思わざる負えない。
(いやはや、凄い光景だな…)
ここ、正王国の行政機関である巨大な円柱状の建物は、その中央は頂上付近の階を除いて吹き抜けとなっているのだ。 更にその中心部分からは水が滴り落ちており、まるで滝のようになっているのだが、各階の人々は滝には目もくれずに忙しそうに往来しているのが、ガラスの壁越しに見る事が出来る。
「さあ、こちらです」
「うん」
アシャに導かれて上階へと向かう途中もエレベーターを使用した際も、ここで働く人たちとすれ違う事は無かった。 それもそのはずで、私が居た階層は国賓が宿泊するフロアであり、更に上の階層は王族とその関係者とごく限られた人物しか入る事が出来ない場所なのだ。
「…そう言えばここはお城、では無いんだよね」
「ええ、王族の方々も居住してはいますが、敢えて城とは呼ばずに総督府と称しています」
「総督府…」
「はい、ゆくゆくはラウ城を奪還し、遷都するのが目的なので城とはしなかったのです。 と、表向きではなっていますが…」
「何かあるの?」
「ここだけの話、正王国は他国から国とは認めらていないのです…それもあって城と称するのは憚れるというのもありまして…」
「えーっ、そうだったんだ…」
「すいません、この事は余り他の方へお話しないようにお願いします」
「うん…」
まさかそのような事情があったとは…色々と複雑なようだが、今は詳しく聞いている時間は無い。 エレベーターを降りると、そこが賓客を招き会食を行うフロアに出るのだが、この真下が滝の吹き出し口なのだと言う。 会場の扉の前に既に準備を済ませたひいばあと世良さんが立っている。
「お待たせしました」
「あら羽音、似合っているわね。 いい感じよ」
「へへ、そうですかね?」
「馬子にも衣裳ね」
「…自分でもそう思うよ」
二人の装いは私と近しいのだが、サリー調のドレスをまとう世良さんの衣装は黒く、右肩から左腰まで銀の刺繍が施してあり、聞けば銀河をイメージしているのだと言う。
一方のひいばあは赤を基調とした装いであり、グラデーションによってその色合いにも変化があるが、これは流れ出るマグマをイメージしているとの事で、良くみれば左の脇下から腰にかけて茶色い活火山のような刺繍が施してあるのが分かる。
「二人とも似合ってますね」
「あら、ありがとう」
にこやかに笑う世良さんの口元を見ると口紅を差しているのが分かる。 見てみるとひいばあもそうなので、私もそうすれば良かったかもと、今更ながら思ってしまう。
「皆さまお揃いでしたか…遅れてしまい申し訳ありません」
「いえ、ん…誰?」
「あら、ソネイさん皆今来た所です」
「ええ! ソネイさん!?」
「あなた驚きすぎよ」
この紺色のドレスをまとった人物こそは、対厄災戦用特殊部隊の隊長であるソネイさんその人なのだが、バッチリとメイクをしているが故に一瞬誰だが本当に分からなかった。 しかも、話はそれだけでは終わらないのだが、彼女の傍らにいる男性が話をしだすと更に驚愕の真実を告げられる。
「皆さま、初めまして…でも無いのですが、私の名はマウラ。 特殊部隊の副隊長を任されております」
「まあ、その節はどうもお世話になりました」
「いえ、そして私はソネイの夫であります」
「はいー!? 夫!!」
私のリアクションにやや苦笑い気味のこの若い男性は何とソネイさんの夫だという。 彼女は五十代前半だとして、彼はどう見ても二十代前後なのだから、年齢が予測と合っていれば何と三十歳差の年の差婚と言う事になるのだ…。
マウラさんの紹介にソネイさんは恥ずかし気味の様子だが、ウエーブかかった黒い髪に、日焼けした浅黒い肌の逞しい男性は照れている彼女を微笑ましく見ている。 因みに着ている服の色は二人とも紺色でお揃いなのだが、これは所謂ペアルックと言うヤツなのだろうか…。
そんなこんなで扉の前で騒いでいると、やがては王子がやって来る。 その傍らにはキアが付いているのだが、純白のドレスを身にまとっており、一通り化粧も施しているように見えた。 何より、随分かしこまっているというか緊張した面持ちなのだが、普段横柄な態度のキアとは似ても似つかないので、そっくりさんかと思ってしまった。
「皆さまお揃いのようですね。 さあ、行きましょう」
王子の号令で部屋に入ると、料理の良い匂いが漂って来る。 席は丸テーブルが二つあり、二手に別れて座るのだが、私たち三人に何故か先に来ていたハスカーさんの四人で座り、王子とキア、それにソネイさんとマウラさんが向かいのテーブルに着席した。
因みに将軍はこのような席が苦手との事で、ソネイさんたちがその代理だという。 そのような理由でパス出来るとは何とも大らかなものだが、料理が運ばれて来ると余りその事も気にならなくなる。 何気にお腹が空いており今にも腹の虫が泣きそうなので、恥ずかしい思いをする前に早く食べ物を口に入れたいのだ。
並べられた料理は肉や魚、サラダや果物と例によって食べきれないくらいなのだが、もちろん食事の前にはお祈りが入る。 王子が仕切っているためか思ったほど長くは無く早々に食べ始められるのだが、同時に余興も始まり舞台では、奇抜な面を付けた男性八人によりる演武が始まった。
旗の付いた長い槍を巧みに操り、回転させながらすれ違い打ち合う様は中々迫力があると感じる。
皆どちらかというと食事もそこそこに舞台に集中しているのだが、どうやらガツガツと食べる事を優先される事は憚られるようだ。 現に食い意地の張った世良さんも、飲み物は口にしているが、食事には一切手を付けてはいない。
演武が終わると次の準備までの間、談笑したり食事を食べたりするようだ。 巨大なステーキ肉を頬張り、飲み物を口にすると炭酸飲料である事が判明するのだが…。
「何これ、お酒じゃない!」
「はい、ひいばあのお酒じゃない、頂きました」
飲み物をノンアルに変えて食事を楽しんでいると、次のショーが始まる。 セットは変更されており、どうやら街並みを再現しているようだが、老若男女が出演し庶民の暮らしぶりをユーモアたっぷりに演じている。
特に笑えたのが、角材を抱えている男性が呼び止められて振り向くと、話しかけた人物に角材が直撃し倒れてしまうコントなのだが、このような笑いのセンスは世界を越えるのだなと、感慨深いものもあった。
食事と余興は続いて行く、この時ばかりは今後来るであろう戦いの事を忘れて、しばし楽しむ時なのだ。
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