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44. カタストロフへの序章
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(……抜き足……差し足……忍び足……)
音を立てないように細心の注意を払って階段を下りる。 絶対に一階に下りる事を気取られてはならない……。
そして、誰にも悟られないようにこっそりと外出するのだ。
そっ、と最後の一段から足を離して無難に一階に降り立つが、後は廊下を歩いて玄関まで辿りつけば当座のミッションは終了だ。 廊下はややスピード優先で行く作戦なのだが、慎重に歩いて時間をかけていると家族に発見されてしまう恐れがあるからだ。
(よしっ、到着っと……)
無事に玄関に辿り着けた。 さあ、出かけるぞ、と意気込んだその時だ。
「ん? おい羽音何処に行くんだ? 外出禁止だろ」
しまった……二階に上がろうとしたのであろう、おにいに見つかってしまった。 だが、もう遅い、後は靴を履いて玄関を出るだけなのだから。
「ごめんなさい! 行ってきます!」
「あっ、おい待てよ!」
急いで靴を履き、玄関を開けると脱兎の如く掛けるが、少なくとも家を出て五十メートルほど走ってもおにいは追いかけてくる事は無い。
流石に、中学生の妹を高校生の兄が追いかけるなど、ご近所の恥さらし以外の何物でも無いからだろう。
追っ手が無い事をもう一度確認すると、走るのを止めて歩く。
(さて、どうしようかな……。 道中長いから、バスで行きますか……)
バス停で待っているとほど無くしてバスがやって来る。 割りと乗っていそうなので、座る事が出来無いかもしれない。 まあ、それは仕方が無いと思いつつカードをタッチすると、入れ違いで中年の女性が降りるのでラッキーと思ったが、女性が立ったのは奥の二人用の席で窓際には男性が座っている。
どうしようかなと思ったのは一瞬だった。 窓に座る男性をじっと見ていたら、あちらも視線に気づいたのだろう。 こちらを見ると驚いた表情になるが、やや間抜け面に見える。
「や、やぁ……」
「どうも……」
これはもう運命……イヤ、イヤ、そんな事は絶対に有り得ない……絶対にだ。
「先輩はどちらに行かれるんですか?」
「ん、駅の近くにある本屋にね。 予約した本が届いたって連絡が来たから、取りに行くんだ」
「本、ですか……もしかしてラノベとか?」
「あー、そうとも言えるかな? 少し違うけど」
なんだか煮え切らない答えだが、余り大っぴらに言いたくないのだろうか。 ひいばあがこの世界の出自で無い事を告白した後、異世界とはどんな所なのだろうと俄然興味が沸いた。 国が滅んでしまった事もあり本人にあれこれ聞くのは躊躇われたので、異世界について友達なり詳しそうなクラスメイトに聞いてみた。
結果、ラノベの話になる事が多かったのだが、チートやハーレムなどと言った単語が出る度に何だかな……と思い仕舞いには敬遠してしまった。
私自身、悪役令嬢は好きだが、あれはバットエンドを回避しようとあれこれ手を尽くすのが面白いのであって、最近のように”ざまあ”みたいなのが入るのも、それが過ぎると如何なものかと思ってしまう。
人を呪わば穴二つなのだ……。
「……本のタイトルなんて言うんですか?」
「タイトルか……魔女の犬だよ」
「魔女の犬?」
何だか変わった名前だなと思い、どのような物語なのか気になったので聞いてみたのだが、先輩が内容を語りだしたタイミングでバスは終点の駅前に付いてしまった。
先輩の目的地は直ぐそこだが、私の目的地はまだまだ先だ。 道草を食っている時間は無いので、早々に別れの挨拶を行い電車に乗るべくホームへと向かおうとしたその時ーー
「あっ、あのさ、ダメじゃ無ければ……ついて行っても良いかな?」
「はい!?」
思いもよらない言葉に一瞬思考が停止してしまった。 だが、慌てて回答する。
「なっ、何言ってるんですか。 先輩は本を買いに来たんですよね? 私についてくるってどういう事ですか?」
「本はさ、取りに行く日を具体的に回答してる訳じゃ無いから、別に今日で無くてもいいんだ。 それより、キミの行く所に興味があって……」
「駄目です! 遊びに行くんじゃ無いんですよ!」
「え? じゃあ、何しに……」
何をしにと言われてもまさか本当の事を話す訳にもいかない。 どのように答えようか悩んでしまうが、直ぐに思考を切り替える。
「……分かりました。 良いですよ」
「ホント? やった!」
実に嬉しそうな笑顔だが、それを見ると軽くため息が出てしまう。 もう、こうなったら一緒に行くしかない。 何だかんだでこれまでもそれで上手くやってきた。
そう考えると、むしろ一緒に行くのが筋のようにも思えてしまうから、慣れというのは恐ろしいものだ。
ホームに降りて電車を待つ。 電光掲示板を確認すると後三分ほどで電車は来るようだが、待っている間も先輩はかなりご機嫌の様子だ。
「先輩……まさかデートみたい、だなんて思ってないですよね?」
「え! い、いや……そんな事は……お、思ってないよ? うん……」
「……」
「と、ところでさ、キミの目的地ってどこ? 都内なのは間違いないよね」
「……ここです」
どうにもこの人は憎めないなと思いながら、目的地までのルートが表示されている携帯の画面を見せる。 電車の乗り換え等を事前に調べておいったものだ。
「へー、なるほど……新橋か品川で降りて、浅草線に乗り換えだね」
目的地までは一時間ほど。 まだ時間はあるので、先ほど中断した本の話を再開する。
「そう言えばあの本、どうして予約が必要だったんですか?」
「魔女の犬? あれは元々海外の原作で、訳してある本も少ないんだ。 そんなに人気も無いしね……」
「海外ですか……じゃあ、原作者は外国の人?」
「うん、ヤング・ストンって名前なんだけど、結構謎の人なんだ。 出身とかよく分かってないし、生没年も不明なんだよね……」
「ええ……」
「名前にしてもペンネームだろうしね。 謎に包まれた人だし、一風変わったファンタジーを書いているから知る人ぞ知る作家だよ」
「そんな人がいるんですね……」
少なくとも今の流行りのようなファンタジーでは無いようだが、マイナーというかコアな作品が好きだと言うのは先輩らしいと言えば先輩らしいと思う。
「元々僕は外伝から入ったんだよね。 光と闇の間の子ってタイトルに惹かれてさ、外伝だって知ったのは読んでる途中からだった」
「いや、表紙で気付きそうなもんですが……」
「それがさ、英文の翻訳でしかも全然メジャーじゃないから結構大雑把で……初版は外伝だってのが抜けてたんだよね……」
「適当ですねー」
電車を乗り継いでも話は殆ど本の話ばかりだった。 目を輝かせて喋る様はある程度予測はしていたのだが、この手合いの人は、語りだすと止まらないのはある程度承知している。
しかし……道中電車の中でも熱心に話続けていたのだが、ちゃんと声のボリュームはわきまえていたものの、他の乗客……特に年配の女性からは若いカップルみたいな目で見られていたのが、何とも複雑だった。
「あー、やっと着いたー」
目的地への到着は先輩の話す長い話からの解放だ。 道中、幸いにも座りっぱなしでいられたが、体が強張ってしまったように感じるので、思いっきり伸びをする。
そして、ひとしきり伸びた後に改めて自ら目に映る建造物に目を見張った。
~東京スカイタワー~
高さ六百三十三メートルの独特の円柱の形状をした巨大な塔。 電波塔としては世界一のギネスに認定されている事もあり、完成時には都心の新しい顔として期待された観光スポットでもある。 その為、多くの人でにぎわっているのだが、今日も大盛況のようだ。
「さ、行こうか」
「え?」
「うん? 登らないの?」
「いえ、まあ……」
確かにここまで来て登らないのはおかしいかもしれないが、ここに来た目的はそこでは無い。 しかし、このままと言う訳にもいかず、先輩の提案を仕方無しに受け入れる。
(何か本当にデートみたい……)
「うわー! 高いなー」
「凄いですよね。 私、ちょっと怖いです……」
展望台からはおぼろけながら富士山が見える。 他にも都心の名立たる名所を一望出来るのだが、ついつい目的を忘れて見入ってしまう。
ここに来た目的ーーそれは、ここに戦鳥の戦士が舞い降りる。 私の夢がそう告げたのだが、それは同時に厄災の出現に繋がるかもしない。 そうなれば一大事なのだが、未だ厄災は都心に現れた事が無い。
故にここでは都内近郊のような警戒も無く、人の往来が活発なのだ。 少なくともこれまで厄災の現れた地域では、外出の制限もかかろうとしているのにも拘わらずに……。
「とろでさ、キミはどうして今日一人なの? 友達とかいつも一緒なのに珍しいよね?」
「それは……たまには、そういう日もありますよ」
一人で外出せねばならなかった理由……それはひいばあからの外出禁止令があったからだ。 夢を見た私は例によって戦鳥の出現を伝えたのだが、ひいばあは場所だけを聞き出そうとした。 私を連れて行かないつもりなのが何となく分かったので、付いていく事を条件に教えると言ったら外出禁止を食らったのだ。
「そっか、でもまあ……」
そこまで言うと彼は私をじっと見つめる。
「どうかしました?」
「え? いや、制服じゃないから何か雰囲気違うなーって思って。 でも、良く似合ってるよ」
「なっ、何なんですか! 急に……」
今日は都内に出かける事もあって普段のようなラフな恰好はしていない、紺のスカート(膝上丈)に白のブラウスと小さめのハンドバッグそれに……。
「いいよね、ニーハイソックス」
「ふーん……そこですか」
「い、いや。 それだけじゃ無いよ。 うん」
何でもクラスの男子曰くニーハイとスカートの間を絶対領域と言うらしいが、詳しい事は分から無い。 分からないが、本当に男子と言うのはどうしようもないと思ってしまう。
「あ、ほら、あっちで何かイベントやってるよ。 行ってみよう!」
そう言うと彼は私の手を掴み、人だかりの方へ向かっていく。 手を引くと言う大胆な行動に出るのも以外だが、自然体で行っているのは、もしかして場慣れしているからだろうか。 人は見かけによらないとは言うが……。
「わー、ジャグリングだ」
「……」
「地上四百五十メートルで一輪車に乗りながらお手玉だって、すごいね!」
「……」
「どうかした?」
「……」
私は無言の理由である原因を無言のまま、ちょいちょいと指で差す。
「ああっ、ゴ、ゴメン。 つい……」
それだけ言うと先輩はパッと手を離す。 この様子を見るとわざとでは無いようだが、繋いでいた自分の手をじっと見つめ一体何を思っているのか……。
こちらも、温かい手の感触が残っている。 まあ……そんなに悪い感じはしないと思ってしまうのは、これまでの経験で感覚がマヒしてしまっているからだろうか。
「ハハ……ねえ、混みだす前にごはん食べない?」
「それもそうですね。 何にしましょうか?」
何にすると言っても学生二人での外食なんて、食べられるものは限られている。 タワーから降りて周辺施設にあるマクドに入り、定番とも呼べるハンバーガーとポテト、コーラのセットを頼む。 早めの昼食だが、考えている事は皆同じなのだろう。 それなりに混んでおり、相席は無かったので窓辺の席に並んで座って食べる。
「ねえ、この後どうする?」
昼を食べ終わるとこれからどうするのかと聞かれるが、それこそこっちが聞きたいところだ。 しかし、このままだと本当に空振りに終わってしまう事になる。 私の夢が外れてしまったのか、それともこの場所では無かったのか……。 しかし、夢で見たのは間違いなくこのタワーだ。 他に高い建物は旧スカイタワーもあるが、あの赤い色では無かったと思う。
「ホント、どうしましょかねぇ……」
このまま帰るしかないのだろうか。 帰ったら間違いなく説教になると思うとかなり憂鬱だが、これ以上ここに居る意味も無い。 そう思ったその時だったーー
”ドン”いう音と共に地面が垂直に揺れたように感じた。 周囲の人々も足を止めて辺りを伺っているので、気のせいでは無い。
「なっ、何だ? 地震?」
「おっ、おい! 皆、あれを見ろ!」
空を見上げた若い男性の声に、その場に居合わせた人々は空を見上げるがその顔は一同、驚きの表情を張り付けており微動だに出来ない。
「な、何あれ……」
空からこちらを見下ろす、四つの赤く巨大な目ーー
あれが目だと認識出来るのは、徐々にその全容ーー輪郭はっきりと見えてくるからなのだが、鼻は黒く窪んでおり
歯はむき出し。 まるで、人間の頭蓋骨のようだが、赤く光る四つの目と肉食獣のような鋭い歯が異質さを際立て手いる。
そして何よりその大きさーー
空から覗くその顔の大きさとタワーを比べてみても一目瞭然だ。 あの顔に釣り合った体であれば、恐らくはタワーの高さと同じ……。
「あ、あれは……例の化け物!?」
「そんな……あんな巨大な厄災、一体どうすればいいの?」
音を立てないように細心の注意を払って階段を下りる。 絶対に一階に下りる事を気取られてはならない……。
そして、誰にも悟られないようにこっそりと外出するのだ。
そっ、と最後の一段から足を離して無難に一階に降り立つが、後は廊下を歩いて玄関まで辿りつけば当座のミッションは終了だ。 廊下はややスピード優先で行く作戦なのだが、慎重に歩いて時間をかけていると家族に発見されてしまう恐れがあるからだ。
(よしっ、到着っと……)
無事に玄関に辿り着けた。 さあ、出かけるぞ、と意気込んだその時だ。
「ん? おい羽音何処に行くんだ? 外出禁止だろ」
しまった……二階に上がろうとしたのであろう、おにいに見つかってしまった。 だが、もう遅い、後は靴を履いて玄関を出るだけなのだから。
「ごめんなさい! 行ってきます!」
「あっ、おい待てよ!」
急いで靴を履き、玄関を開けると脱兎の如く掛けるが、少なくとも家を出て五十メートルほど走ってもおにいは追いかけてくる事は無い。
流石に、中学生の妹を高校生の兄が追いかけるなど、ご近所の恥さらし以外の何物でも無いからだろう。
追っ手が無い事をもう一度確認すると、走るのを止めて歩く。
(さて、どうしようかな……。 道中長いから、バスで行きますか……)
バス停で待っているとほど無くしてバスがやって来る。 割りと乗っていそうなので、座る事が出来無いかもしれない。 まあ、それは仕方が無いと思いつつカードをタッチすると、入れ違いで中年の女性が降りるのでラッキーと思ったが、女性が立ったのは奥の二人用の席で窓際には男性が座っている。
どうしようかなと思ったのは一瞬だった。 窓に座る男性をじっと見ていたら、あちらも視線に気づいたのだろう。 こちらを見ると驚いた表情になるが、やや間抜け面に見える。
「や、やぁ……」
「どうも……」
これはもう運命……イヤ、イヤ、そんな事は絶対に有り得ない……絶対にだ。
「先輩はどちらに行かれるんですか?」
「ん、駅の近くにある本屋にね。 予約した本が届いたって連絡が来たから、取りに行くんだ」
「本、ですか……もしかしてラノベとか?」
「あー、そうとも言えるかな? 少し違うけど」
なんだか煮え切らない答えだが、余り大っぴらに言いたくないのだろうか。 ひいばあがこの世界の出自で無い事を告白した後、異世界とはどんな所なのだろうと俄然興味が沸いた。 国が滅んでしまった事もあり本人にあれこれ聞くのは躊躇われたので、異世界について友達なり詳しそうなクラスメイトに聞いてみた。
結果、ラノベの話になる事が多かったのだが、チートやハーレムなどと言った単語が出る度に何だかな……と思い仕舞いには敬遠してしまった。
私自身、悪役令嬢は好きだが、あれはバットエンドを回避しようとあれこれ手を尽くすのが面白いのであって、最近のように”ざまあ”みたいなのが入るのも、それが過ぎると如何なものかと思ってしまう。
人を呪わば穴二つなのだ……。
「……本のタイトルなんて言うんですか?」
「タイトルか……魔女の犬だよ」
「魔女の犬?」
何だか変わった名前だなと思い、どのような物語なのか気になったので聞いてみたのだが、先輩が内容を語りだしたタイミングでバスは終点の駅前に付いてしまった。
先輩の目的地は直ぐそこだが、私の目的地はまだまだ先だ。 道草を食っている時間は無いので、早々に別れの挨拶を行い電車に乗るべくホームへと向かおうとしたその時ーー
「あっ、あのさ、ダメじゃ無ければ……ついて行っても良いかな?」
「はい!?」
思いもよらない言葉に一瞬思考が停止してしまった。 だが、慌てて回答する。
「なっ、何言ってるんですか。 先輩は本を買いに来たんですよね? 私についてくるってどういう事ですか?」
「本はさ、取りに行く日を具体的に回答してる訳じゃ無いから、別に今日で無くてもいいんだ。 それより、キミの行く所に興味があって……」
「駄目です! 遊びに行くんじゃ無いんですよ!」
「え? じゃあ、何しに……」
何をしにと言われてもまさか本当の事を話す訳にもいかない。 どのように答えようか悩んでしまうが、直ぐに思考を切り替える。
「……分かりました。 良いですよ」
「ホント? やった!」
実に嬉しそうな笑顔だが、それを見ると軽くため息が出てしまう。 もう、こうなったら一緒に行くしかない。 何だかんだでこれまでもそれで上手くやってきた。
そう考えると、むしろ一緒に行くのが筋のようにも思えてしまうから、慣れというのは恐ろしいものだ。
ホームに降りて電車を待つ。 電光掲示板を確認すると後三分ほどで電車は来るようだが、待っている間も先輩はかなりご機嫌の様子だ。
「先輩……まさかデートみたい、だなんて思ってないですよね?」
「え! い、いや……そんな事は……お、思ってないよ? うん……」
「……」
「と、ところでさ、キミの目的地ってどこ? 都内なのは間違いないよね」
「……ここです」
どうにもこの人は憎めないなと思いながら、目的地までのルートが表示されている携帯の画面を見せる。 電車の乗り換え等を事前に調べておいったものだ。
「へー、なるほど……新橋か品川で降りて、浅草線に乗り換えだね」
目的地までは一時間ほど。 まだ時間はあるので、先ほど中断した本の話を再開する。
「そう言えばあの本、どうして予約が必要だったんですか?」
「魔女の犬? あれは元々海外の原作で、訳してある本も少ないんだ。 そんなに人気も無いしね……」
「海外ですか……じゃあ、原作者は外国の人?」
「うん、ヤング・ストンって名前なんだけど、結構謎の人なんだ。 出身とかよく分かってないし、生没年も不明なんだよね……」
「ええ……」
「名前にしてもペンネームだろうしね。 謎に包まれた人だし、一風変わったファンタジーを書いているから知る人ぞ知る作家だよ」
「そんな人がいるんですね……」
少なくとも今の流行りのようなファンタジーでは無いようだが、マイナーというかコアな作品が好きだと言うのは先輩らしいと言えば先輩らしいと思う。
「元々僕は外伝から入ったんだよね。 光と闇の間の子ってタイトルに惹かれてさ、外伝だって知ったのは読んでる途中からだった」
「いや、表紙で気付きそうなもんですが……」
「それがさ、英文の翻訳でしかも全然メジャーじゃないから結構大雑把で……初版は外伝だってのが抜けてたんだよね……」
「適当ですねー」
電車を乗り継いでも話は殆ど本の話ばかりだった。 目を輝かせて喋る様はある程度予測はしていたのだが、この手合いの人は、語りだすと止まらないのはある程度承知している。
しかし……道中電車の中でも熱心に話続けていたのだが、ちゃんと声のボリュームはわきまえていたものの、他の乗客……特に年配の女性からは若いカップルみたいな目で見られていたのが、何とも複雑だった。
「あー、やっと着いたー」
目的地への到着は先輩の話す長い話からの解放だ。 道中、幸いにも座りっぱなしでいられたが、体が強張ってしまったように感じるので、思いっきり伸びをする。
そして、ひとしきり伸びた後に改めて自ら目に映る建造物に目を見張った。
~東京スカイタワー~
高さ六百三十三メートルの独特の円柱の形状をした巨大な塔。 電波塔としては世界一のギネスに認定されている事もあり、完成時には都心の新しい顔として期待された観光スポットでもある。 その為、多くの人でにぎわっているのだが、今日も大盛況のようだ。
「さ、行こうか」
「え?」
「うん? 登らないの?」
「いえ、まあ……」
確かにここまで来て登らないのはおかしいかもしれないが、ここに来た目的はそこでは無い。 しかし、このままと言う訳にもいかず、先輩の提案を仕方無しに受け入れる。
(何か本当にデートみたい……)
「うわー! 高いなー」
「凄いですよね。 私、ちょっと怖いです……」
展望台からはおぼろけながら富士山が見える。 他にも都心の名立たる名所を一望出来るのだが、ついつい目的を忘れて見入ってしまう。
ここに来た目的ーーそれは、ここに戦鳥の戦士が舞い降りる。 私の夢がそう告げたのだが、それは同時に厄災の出現に繋がるかもしない。 そうなれば一大事なのだが、未だ厄災は都心に現れた事が無い。
故にここでは都内近郊のような警戒も無く、人の往来が活発なのだ。 少なくともこれまで厄災の現れた地域では、外出の制限もかかろうとしているのにも拘わらずに……。
「とろでさ、キミはどうして今日一人なの? 友達とかいつも一緒なのに珍しいよね?」
「それは……たまには、そういう日もありますよ」
一人で外出せねばならなかった理由……それはひいばあからの外出禁止令があったからだ。 夢を見た私は例によって戦鳥の出現を伝えたのだが、ひいばあは場所だけを聞き出そうとした。 私を連れて行かないつもりなのが何となく分かったので、付いていく事を条件に教えると言ったら外出禁止を食らったのだ。
「そっか、でもまあ……」
そこまで言うと彼は私をじっと見つめる。
「どうかしました?」
「え? いや、制服じゃないから何か雰囲気違うなーって思って。 でも、良く似合ってるよ」
「なっ、何なんですか! 急に……」
今日は都内に出かける事もあって普段のようなラフな恰好はしていない、紺のスカート(膝上丈)に白のブラウスと小さめのハンドバッグそれに……。
「いいよね、ニーハイソックス」
「ふーん……そこですか」
「い、いや。 それだけじゃ無いよ。 うん」
何でもクラスの男子曰くニーハイとスカートの間を絶対領域と言うらしいが、詳しい事は分から無い。 分からないが、本当に男子と言うのはどうしようもないと思ってしまう。
「あ、ほら、あっちで何かイベントやってるよ。 行ってみよう!」
そう言うと彼は私の手を掴み、人だかりの方へ向かっていく。 手を引くと言う大胆な行動に出るのも以外だが、自然体で行っているのは、もしかして場慣れしているからだろうか。 人は見かけによらないとは言うが……。
「わー、ジャグリングだ」
「……」
「地上四百五十メートルで一輪車に乗りながらお手玉だって、すごいね!」
「……」
「どうかした?」
「……」
私は無言の理由である原因を無言のまま、ちょいちょいと指で差す。
「ああっ、ゴ、ゴメン。 つい……」
それだけ言うと先輩はパッと手を離す。 この様子を見るとわざとでは無いようだが、繋いでいた自分の手をじっと見つめ一体何を思っているのか……。
こちらも、温かい手の感触が残っている。 まあ……そんなに悪い感じはしないと思ってしまうのは、これまでの経験で感覚がマヒしてしまっているからだろうか。
「ハハ……ねえ、混みだす前にごはん食べない?」
「それもそうですね。 何にしましょうか?」
何にすると言っても学生二人での外食なんて、食べられるものは限られている。 タワーから降りて周辺施設にあるマクドに入り、定番とも呼べるハンバーガーとポテト、コーラのセットを頼む。 早めの昼食だが、考えている事は皆同じなのだろう。 それなりに混んでおり、相席は無かったので窓辺の席に並んで座って食べる。
「ねえ、この後どうする?」
昼を食べ終わるとこれからどうするのかと聞かれるが、それこそこっちが聞きたいところだ。 しかし、このままだと本当に空振りに終わってしまう事になる。 私の夢が外れてしまったのか、それともこの場所では無かったのか……。 しかし、夢で見たのは間違いなくこのタワーだ。 他に高い建物は旧スカイタワーもあるが、あの赤い色では無かったと思う。
「ホント、どうしましょかねぇ……」
このまま帰るしかないのだろうか。 帰ったら間違いなく説教になると思うとかなり憂鬱だが、これ以上ここに居る意味も無い。 そう思ったその時だったーー
”ドン”いう音と共に地面が垂直に揺れたように感じた。 周囲の人々も足を止めて辺りを伺っているので、気のせいでは無い。
「なっ、何だ? 地震?」
「おっ、おい! 皆、あれを見ろ!」
空を見上げた若い男性の声に、その場に居合わせた人々は空を見上げるがその顔は一同、驚きの表情を張り付けており微動だに出来ない。
「な、何あれ……」
空からこちらを見下ろす、四つの赤く巨大な目ーー
あれが目だと認識出来るのは、徐々にその全容ーー輪郭はっきりと見えてくるからなのだが、鼻は黒く窪んでおり
歯はむき出し。 まるで、人間の頭蓋骨のようだが、赤く光る四つの目と肉食獣のような鋭い歯が異質さを際立て手いる。
そして何よりその大きさーー
空から覗くその顔の大きさとタワーを比べてみても一目瞭然だ。 あの顔に釣り合った体であれば、恐らくはタワーの高さと同じ……。
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