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状況は分からずとも、暴れるのはやぶさかでない

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 肌寒い廊下の端にある書斎ではランプと暖炉の明かりに照らされた少女が安楽椅子に腰かけ、祖父アルダベルトの残した兵法書の一篇『謀攻虚実』を紐解ひもといて、故人に思いを馳せていたのだが、訪ねて来た者を捨置くことはできない。

 鳴り響いたノックの音に応じて許可を与えると、“武力にらず主導権を握る” 手法が論じられた書を閉じて、入室してきた相手を微笑で迎える。

「ご苦労様です、ウィルバ殿」
「夜分に失礼致します、お嬢様。斥候より、詳報が届きましたので……」

 恐縮しているような物言いとは裏腹に、はばからない態度で語り出した部隊長の言葉に暫し耳を傾け、時々相槌あいづちや質問なども挟んでいた老翁の孫娘ウルリカは藤色の瞳をつむり、脚に弧形の木材が付いている稀人由来の椅子ロッキングチェアを前後へ揺らし始めた。

 キィ、キィと軋む音を聞きつつ黙考すること数十秒、元々の所有者がしのばれる光景に少し魅入っていた将校の虚を突き、おもむろに自身の所感を述べる。

「想定外の誤差はありますけど… おおむね、修正可能な範疇です。ヘイゼン卿の次男坊さん、エルベアト殿でしたか? 中々に良い動きをしていますね」

「恐らくは利害が一致しているだけで、我々の内情を察している事はないと愚考しますが、勘づかれる危険性も否めません」

 もし誘拐の経緯が明るみに出れば、妻子を残して自領と地続きの北部王国へ逃亡する手筈の自分達はかく、主君を死なせた引責で “除隊処分” になった護衛兵らの凶行と強弁しても、ホルスト辺境伯家は批難のまとになるだろう。

 謀略と関係ない表側の間者まで相当数を動員して、異形の襲撃で身内を失った人々に働きかけ、現リグシア侯爵家をおとしめる扇動役としていた案件に付き、実直なウィルバは再考を求める。

「ん… 彼らアルマイン領の者達が此方こちらに代わって、中核都市ライフツィヒの領民を惑わしてくれるなら、お任せ致しましょう」

 其々それぞれの陣営が損得勘定に基づく合理的な選択をする状況下、自分達だけ “一文の得にもならない” 私怨で嫌がらせをしているために露見の可能性が低いとは言え、慎重を期するに越したことはない。

 暗躍させていた人員を絞って、適度に妨害工作を緩めながら事の推移を見守るのも妙手みょうしゅだと、象牙に近しい色彩の髪を片側でまとめて前に垂らした少女はわらった。

「どうせ、すぐにはかどわかした御仁の身内も死亡宣告を出せません。その隙に都市を救済した英雄達の一人、リグシア領軍旅団長のラムゼイ男爵を次期領主に仕立てるつもりでしょう」

「誰が神輿みこしを担ごうとも、結果的に変りませんか……」
「所詮、私達は日陰者の身、これ見よがしに恩も売れないですからね」

 白々しく嘆き、あまつさえ泣き真似などしているが、くだんの旅団長とウルリカ嬢は遠縁の間柄だったりする。

 好色な祖父が孕ませた数々の女性には優秀な帝国軍人を輩出している一族の娘もおり、有益な異母兄弟らとの繋がりをアルダベルト老が秘密裏に堅持していた事から、孫娘も少々面識を持っていた。

 多分に漏れず傍流ぼうりゅうの血縁が表沙汰になれば面倒な上、いざという時に警戒されてかせないため、関係者以外はほとんど知らない話に言及せず、将校を退室させる。

「さて、どう転ぶのでしょうかね、お爺様」

 年季の入った安楽椅子に深く身体を預けて呟いた後、少女は羊毛製のひざ掛けにせていた兵法書を手に取り、夜が更けるまで熟読していく。

 以後数日、過激な強硬手段を選んだホルスト領の一派は鳴りを潜め、最新鋭騎を率いて西部戦線入りした長兄に負けじと、エルベアトや配下の乱破らっぱ達が事実に噓も織り交ぜて亡き侯爵の信用を失墜させ、群衆の抗議活動を煽っていたのだが……

 軌道に乗ったにもかかわらず、天運に見放されて進退きわまっていた。

「申し訳ありません、周辺の路地は封鎖されているようです」
「突破を試みた連中が敢え無く捕縛されたあたり、一兵卒に至るまでが手練れ」

「隠密に徹していたゆえの手違いですね、恐らくは隣国の盟友かと」
「最悪だ… 十中八九、扱いされているぞ」

 つい数日前からアルマイン領も女狐殿の派閥に鞍替えしている事を公言した手前、話せば折り合いが付くだろうと貴族の次男坊は思案するも、時既に遅く間借りしていた商館の窓が魔弾で次々と割られ、硝子の砕ける音が幾重いくえにも響く。

 それは彼らのいる二階客間も同様であり、木枠の残骸を物ともせず、が得意とする風魔法の上昇気流アップドラフトを身体に受け、空高く跳躍した外套姿の剣術つかいが突入してきた。

「ちッ、ままよ!」
「動くな、撃つぞッ!!」

 有無を言わさずに乱破らっぱの二人が単発式の拳銃を抜くも、構える前に縮地の如き速度で懐へ踏み入った相手はを一閃して片方の得物を弾いた。

 さらに返し刃の峰打ちで意識を刈り取ると剣戟の勢いのままかがんで、もう一人が遅れて突き付け直した銃口の下側より、地を這う野獣のような低い姿勢で飛び込み、その鳩尾みぞおちに左拳を喰い込ませる。

「がはッ!?」

 肺の空気を吐き出してくずおれる乱破らっぱの手からも、念のために柄打ちで拳銃を落とさせた剣士は素早く退いて、右斜め前方の女騎士が振り落とした剣腹でのわざと紙一重で回避した。

 その直後に剣身を軍靴の底で踏みつけ、帝国だと珍しい太刀を握り締めた右拳のフックで整った横顔を打ち抜く。

「ぐッ、この!!」

 口端より血を流した女騎士は悪態を吐くが、間髪入れずに放たれた左拳で顎先を穿うがたれて昏倒し、あっという間に健在なのは某次男坊だけとなった。
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