▞ 戦禍切り裂け、明日への剣聖 ▞ 生まれる時代を間違えたサムライ、赤毛の少女魔導士と複座型の巨大騎兵を駆る!!

お城に帰るまでが遠征です！

　なお、大破したクラウソラス二番騎及び三番騎はリヒティア公国首都の工房で修理する運びとなり、細かい手筈てはずは駐在官のザイゼルに任せている。

　加えて戦死した二番騎の操縦者達の家族に対する補償などに関しては、公国側から支払われる予定の謝礼金を一部充あてる事になり、細かい事は国元の魔術師長ブレイズに取り計らって貰う予定だ。

　ひと仕事終えた道中にて、これからすべき事後的な諸々に思考を割きつつ、その一環で後方の騎体スヴェルS型に念話装置経由で語り掛ける。

『琴乃、率直に聞く…… このまま続けられそうか？』
『ん～、正直に言うと怖いけどね』

　初陣が思いのほか激戦となったので、彼女が騎体を降りると言い出しても不思議ではないものの、明け透けな言葉が返ってきて少々面喰う。

『リヒティアの軍人さん…… 騎士国うちらよりも多くの犠牲を出してたけど、戦わないと街で見掛けた人達がさ、一杯死んじゃうよね』

『概ね、その通りだな』

　ありきたりな事実を飾らずに伝えて待つ事暫ことしばし、沈思黙考していたのだろう琴乃が小声で呟く。

『…… もう少し頑張るよ、あたしの知らないところで皆に死なれても嫌だから』
『無理だと感じたら遠慮なく言ってくれ、意思は尊重する』

『ありがとう、その時は蔵人くろうどさんの側室になるから養ってね♪』
『それはイザナ…… いや、小姑殿サリエルに相談すべきか』

　すぐさま王城の空き部屋に拉致されて、隻眼の魔術師に矯正指導される様子が思い浮かび、乾いた笑いが漏れた。

　それでなくとも、日頃から鍛錬や書類決裁などでイザナと一緒の時間を過ごせておらず、この援軍派遣に至っては二週間近く放置している始末だ。

　流石に申し訳なく思っていると、前方を歩むアッシュグレイの騎体から割り込みで念話が届く。

『何やら聞き捨てならないね、側室の件はエレイアが先約だよ』
『まぁ、お兄様ったら♪』

『矢鱈やたらと懐かしいな、あれは本気だったのか……』
『勿論、妹に生涯最高の伴侶を見つける事は兄の務めだろう？』

　当然の如く聞き返してくるシスコン騎士に溜息して、銀髪碧眼のルナヴァディス兄妹と出会った当初を思い出しながら、どう切り返してやろうかと思案している最中さなかにコホンと可愛らしい咳払いが聞こえてきた。

『お兄様と添い遂げられない以上、独り身で朽ち果てる事も吝やぶさかではありませんけれど、クロード様さえ良ければ宜しくお願い致します』

『丁寧なだけで、二番煎せんじのように言われてもな』
『ふふっ、紛れもない事実ですから』

　何の呵責かしゃくも感じさせず御無体ごむたいな台詞を吐くエレイアに呆れ、先程から大人しいレヴィアに助けを求めれば、やや不機嫌な音色が耳元で響く。

『むぅ～、ロイドさんの話は初耳だよぅ。というか、私が満身創痍のベルちゃんを頑張って制御してるのにッ、クロード達は楽しそうだね』

『可笑しいな、最初は真面目な話の筈だったが……』
『ごめん、脱線させたのあたしだわ』

　若干の恨みがましさを含む相棒の言葉通り、騎体ベルフェゴールは出力限界を超えて稼働させた事でガタがきていた。

　コッソリと魔導核の自律制御プログラムを弄って、自種族特有の人工知能型に書き換えていた双子エルフに責任は取らせたが、出先での補修作業には限界がある。

　故に魔力制御を担うレヴィアの負担は大きく、愚痴る彼女を琴乃と一緒に宥なだめ透かしつつ、旅程を消化していた頃…… 騎士国の王城では、物憂ものうげなイザナが御付の魔術師と午後の紅茶を嗜たしなんでいた。

『…… それにしても、やはり犠牲は出ますか』

　ぼそりと独り言のように紡ぎ出された言葉を拾い、隻眼を閉じたサリエルは一昨日おとといに行われた伝令小隊との謁見を思い返す。

　リゼル・リヒティア・バルディアの連合軍が“滅びの刻楷きざはし”を撤退させた事や、騎士王や幼馴染みの少女らが健在だという報告を受け、思わず綻ほころんだイザナの表情は続く言葉で曇ってしまった。

(他国の損耗率を鑑かんがみるなら重畳ちょうじょうと言えなくもありませんが、そういう問題では無いのでしょうね)

　心根の優しい妹分を元気づけるため、隻眼の魔術師はフィーネ嬢自家製の乾燥カモミールが使用されたハーブティを一口だけ飲んでから、諭さとすように語り掛ける。

「戦えば被害を避けられず、騎士達は承知の上で護りたい誰かを想って戦地へ赴おもむくのです。待つ身としての心苦しさもありますが、帰還してくる彼らを暖かく迎えましょう」

「ありがとう、エル姉さん。気を遣つかわせましたね」

　僅かに微笑んだ彼女は両手で抱え持った木彫りのマグを傾け、琥珀色の香草茶を飲み干した。これから居残り組のライゼス副団長や、ブレイズ魔術師長と遠征組に関連した打ち合わせがある。

　当然ながら王都エイジアの臣民はリヒティア公国への援軍派遣を周知しており、先んじて状況を伝える“御触れ”なども必要だ。

(文屋ぶんやさんが市井しせいに広めてくれるので、書面を用意するだけの簡単なお仕事ですけどね)

　抜け目のないライゼスは大衆向けに誇張した表現を好みそうだが、伴侶であるクロードは過剰な吹聴を嫌う性格なので、ここは頑張らなければと意識を切り替えたイザナが廊下を歩んでいく。

　そんな彼女の密かな奮闘を知る事無く…… 夕刻に凱旋してきた騎士王は疲れていたのか、湯浴みと食事を手早く済ませ、言葉少ことばすくなに就寝するのだった。