▞ 戦禍切り裂け、明日への剣聖 ▞ 生まれる時代を間違えたサムライ、赤毛の少女魔導士と複座型の巨大騎兵を駆る!!

騎士王、模擬戦にて人外認定される

　一方、王都エイジアを離脱した骸むくろの騎士ガイウスは途中から飛竜に乗り、約半日を掛けて“滅びの刻楷きざはし”が壊滅させた旧フランシア王国へと帰還していた。

　彼の居城があるローヌ=アルブ領の中核都市リオンに人影は一切無く、荒廃した都市を異形の怪物達が闊歩かっぽし、開けた場所では体長十数メートルに及ぶ巨大虎の魔獣サーヴァエルなども寛くつろいでいる。

　本来、召喚された異形種らは精霊門が大地から吸い上げた“星の息吹”を地脈経由で供給されており、周辺の土地が枯れ果てない限りは飲まず食わずでも行動可能なのだが……

「グァアアァウッ」

　大きく欠伸をした虎の魔獣が身動みじろぎ、起き上がって狩りの為に原野へ歩き出す。どうやら、野生の本能は抑えられないのだろう。

　その上空では鳥の小型異形らが宙を舞い、僅かに中型としては稀有けうな飛翔能力を持つグリフォンの姿も混じっている。

　なお、大型かつ飛翔可能ともなれば生き長らえている数体の古龍しかおらず、強力な彼らは“節理の盟約”に然さほど縛られていない。

　故に大陸侵攻へも消極的な態度を取っている事実があり、飛べない巨大騎士ナイトウィザードに依存する人類側の現状維持を可能としていた。

　人間を劣等種と見下している白エルフらは膠着こうちゃく状態に不機嫌極まりないものの、骸の騎士は然さに非あらず。

　盟約による精神支配の影響で性格的な変調はあれども、小城で玉座に座したガイウスは互角の闘争を忌憚きたんなく楽しんでいた。

　それは軍団を率いての事に限らず、個としての覇を競うも同様。

「…… 何ヤラ嬉シソウデスナ、我ガ主」
「邪魔ハ入ッタガ、新シイ騎士王ハ良イ武人デナ」

見て見ろと言わんばかりに黒衣をずらして、配下の死霊クライスに甲冑の脇腹を示し、長剣で穿たれた孔を露あらわにする。
　
「其レハ重畳ちょうじょう、失礼ヲバ……」

　魔術師の外套がいとうを纏まとい、深くフードを被った死霊が裾布を引きずりながら浮遊してきて、おもむろに不可視の手を翳かざす。

「万物流転、我ガ意ニ従エ」

　錬金魔法の心得でもあるのか、破損部の金属が独りでに蠢き、徐々に元の形状へ復元されていった。

「スマナイナ、次ハ不覚ヲ取ラヌ…… 進軍ノ準備ハ？」
「今暫ク御待チ下サイ」

　人間側に悟られぬよう、隣接するリヒティア公国との小競り合いに配下の異形を順次投入していく傍かたわらで、密かに大型異形を増強する事は難しい。

　敵方が支配域に忍ばせた密偵兵の目を欺あざむく必要もあり、少なく見積もっても未だ一月半以上の期間が掛かる。

「フム、“機械仕掛ケノ魔人マギウスマキナ”ヲ駆ルノハマダ先カ」
「マァ、我ラニハ悠久ノ時ガ有リマス故、急ク事モナイカト」

　死霊の魔術師が恭しく首を垂れるのに応じ、骸の騎士は不敵に笑う。

　この遣やり取とりの後、公国が誇る迎撃都市ラディオルに向けた大規模侵攻の報せが届くまで、リゼル騎士国では平穏な日々が数ヶ月ほど過ぎていくのだが…… 件くだんの騎士王は気を緩める事無く、城郭内の野外鍛錬場にて刃引きされた鉄剣を構えていた。

　そこを挟むように対面で設けられた一段高い閲兵えっぺい用の観覧席では、何処か心配そうな表情のレヴィアが両手をきゅっと握り締めている。

「うぅ、危ない気がするよぅ」

「大丈夫でしょう、魔導錬金製ペイント弾が当たっても死なないし、模擬戦用の錫杖なら魔法の威力も激減するから」

　楽天的な性格の影響なのか、寧ろ期待を込めて見守るリーゼに同意して、隣のディノが相棒の言葉を補う。

「一応、目を保護するゴーグルも着用済みだし、フィーネも控えている」
「治癒魔法で対処できる範囲なら、善処致します」

　事前に王から治療役を頼まれていた騎士団長の義娘はゆるりと頷き、偶々鍛錬場に居た彼らと同じく眼下へ視線を注いだ。

　自身と義父が仕える相手の正面には普及している単発式拳銃を持った衛兵二名に加え、錫杖を構えた女性の魔術師一名が佇たたずんでいる。

「本当に宜しいんですか、陛下？」
「あぁ、生・身・での銃器や魔法を想定した鍛錬は必須だ」

　先日の襲撃に際して必要性を痛感した俺は更なる研鑽を重ねており、何処まで通用するか不明なものの同意を返した。

「では、直ぐに終わらせて貰いますね…… 焼き焦がせッ、群焔ぐんえん」

　やや呆れ顔で俺よりも少し年上くらいの魔術師が腕を突き出し、発動段階で保持していたのだろう火属性の範囲攻撃魔法スプレッドファイアを先制して放つ。

　手にした錫杖の細工で威力が不殺まで低められている群焔ぐんえんに対して、近頃感じ取れるようになった魔力の流れを把握し、その組成を断つように鉄剣を叩き込んだ。

「えッ、嘘！」
「馬鹿なッ！？」

　斬撃で焔幕えんまくの一角を切り崩して炙あぶられつつも突破し、油断していた衛兵二人が咄嗟とっさに向けた銃口の射線から逃れ、ペイント弾を最小限に留めた左右の動きで避けながら肉迫していく。

「くッ、当たらねぇ！」
「どうなってんだッ」

　焦る衛兵二人が単発式の拳銃を投げ捨て、剣戟を繰り出そうとする刹那に低い姿勢で横手から飛び込み、片方の軽装鎧の隙間へ軽く刃を差し込んだ。

「くぅ、殺られッ、うおぉ！？」

　模擬戦上で死亡扱いとなった相手に左掌を添え、体重を掛けて押し退けると同時に踏み込み、さらに奥側の衛兵目掛けて右手一本で刺突を繰り出す。

「しゃッ！」
「ぐうぅ」

　喉元で切っ先を寸止めして残る衛兵も無力化した直後、高まる魔力と連動して振り向きざまに鉄剣を薙ぎ払い、近距離から放たれた焔弾を紙一重で弾いた。

「ッ、もはや人外だわ！」
「失礼な奴だな、おいッ」

「痛ッ、うぅ…… 降参です」

　最後に魔術師の額を剣柄で軽く小突き、遠隔攻撃を主とした相手との模擬戦は終了して…… 結果的に何故か、勝利した筈の俺だけが初撃で火傷を負う羽目になっている。

「威力を低減された上で、これは…… 無謀だな」
「はい、手加減無しだと陛下もかなりの手傷を負っていますよ」

「そうなると以後の我々との戦闘も支障があったでしょう」
「自分も同意です、技量だけに頼るのは限界があるかと……」

　対戦相手からの貴重な意見に深く頷き、俺は既に何本かの刀を打ち始めている宗一郎爺さんや、魔術師長のブレイズに対魔法兵装の相談をする事に決めた。