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蕎麦屋にて、時空連続体を学ぶ
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「これは……」
扉をくぐり抜けた瞬間、この世界に迷い込んで一月程にも関わらず、既に多大な懐かしさを生じさせてくれる和の内装に感嘆する。
「リゼル騎士国に派遣した教導技術者達から、貴方がジャパニーズだと聞いていたから…… ふふっ、その表情を見る限り正解のようね」
「心遣いに感謝する、正直に嬉しいな」
「あ、でも座敷席はお断りよ、正座なんて足が痛くなるじゃない」
微笑を浮かべたニーナが振り返り、板の間座敷と置かれた座布団を眺めていた俺に気付いて、そっちじゃないと釘を刺す。確かに彼女の大胆なドレス姿では浮いてしまうだろう。
(細かく言い出したら、俺自身も内装に合ってないしな……)
此方に来た時、大森林の戦いでボロボロになったスーツや当時の私物は寝室の洋式箪笥へ大切に収納してあり、イザナとの婚姻以降は騎士用の軍装と外套を好んで着用していた。
その外套を外して片手に持ち、蕎麦と天麩羅の匂いに食欲を刺激されながら、御令嬢と共にカウンター席へ腰掛けた。
「いらっしゃいませ、ニーナ様」
「久しぶりね、源蔵、元気にしていたかしら?」
「お陰様で…… そちらが例の?」
「えぇ、クロード殿よ」
藍色に染めた割烹着姿の50代くらいの男が無言で頭を下げたので、俺もそれに合わせて会釈する。軽く視線を交わした後、俺達に熱いお茶を出してくれた彼は再び調理に戻った。
「前領主に拾われる前のからの知り合いでね、源蔵は頑固だけど良い奴なの」
「褒めても何も出ませんぜ」
ぶっきらぼうに言い放って茹で上がった蕎麦の湯を切り、二つのザルに揚げて薬味を添えたツユと一緒にテーブルへ出す。
「まさか、蕎麦が喰えるとは……」
「大半の料理は頑張れば再現できるんじゃない? ここ実は地球だしね」
「…… なん、だと!?」
思いがけない発言に凝視するも、彼女はしてやったりな表情で詳しい話は待てという。
仕方ないので折に触れて感じていた食べ物や風習などの類似性、断片的に得ていた地理的な情報を統合して、先ほどの言葉の信憑性を検証するが…… 魔獣や恐竜がいて、巨大騎士と殴り合っている時点で無意味な気がした。
暫し詮無きことを考えている内に海老や烏賊、旬野菜などの天麩羅を揚げて、大皿に盛り合わせた源蔵がそれを卓上に置き、浅漬けと吸い物も並べていく。
「本来、天麩羅は一品ずつ揚げたてを出したいんですが、私が居ては込み入った話ができないでしょうからね…… 失礼させて頂きます」
一通りの品を揃えた後、割烹着姿の初老男性が調理場より離れ、此方に見えるように俺達が入ってきた料理屋の出入口から外へ出た。
きっちり扉が閉まるまで確認してからニーナと向き合い、この世界が地球だという根拠を聞こうとするも彼女は器用に箸を扱って天麩羅を掴み、天つゆに浸けて口元へ運んでいる最中だった。
「ん、サクサクして美味しい、天麩羅はやっぱり海老よね」
「あぁ、そうだな」
美しくとも普段はきつめの表情を綻ばす様子に、別段焦ることは無いと考えを改め、俺も箸を片手に大皿の盛り合わせから白身魚を摘まもうと…… したら横合いからニーナの箸でブロックされる。
「それ、私の好物だから……」
「奇遇だな、俺も白身魚は好物だ」
ちゃんと二人分が用意されているので遠慮なく振り切り、確保したそれを天つゆに浸けてから齧りつく。
「ぐぬぅッ、レディファーストという言葉を知らないのかしら、東洋人は!」
「…… ニーナ殿の分も一切れあるだろう」
理不尽な台詞にぼやきつつも残った白身魚の天麩羅を口内に放り込み、しっかりと味わって美味しく頂いた。もう一切れあった同種のそれに小さく齧りつく彼女を横目にして、蕎麦にも手を付ける。
「それで此処が地球という話だが……」
「ん~、詳しく説明するとややこしいのだけど、時空連続体って分かる?」
「三次元に時間軸を足して、四次元多様体として考えるだったか」
要点だけ纏めれば“空間的連続性”に“時間的連続性”を加え、宇宙規模で考えたモノが“時空連続体”の筈だ。
「概ね、その認識で構わないわ…… ずずッ」
双方の蕎麦を啜る音が響く中、現状の雰囲気にそぐわない会話を続けていく。どうやら彼女の出した結論では、この世界は俺達の知る地球から分岐した平行世界になるらしい。
時空連続体の内部に於いて微細な変化が収束点、つまり現在に於いて生じた場合、世界は分かたれて並行世界が生まれるとの事だ。
「派生した直後の世界だけど、別の時空連続体として拡散する前に何某かの修正力もあって、大抵は元の世界と統合されるの」
「つまり、俺がさっき白身魚の天麩羅を譲った世界があったとしても、それは大局に影響を及ぼさないから、可能性の世界は広がらずに店を出る頃には統合されていると?」
「へぇ…… 貴方、頭良いのね、説明の手間が省けるわ」
関心を見せながらも彼女は不敵に嗤い、あり得ない例え話を語り出す。
「実は私が無類の白身魚好きで、譲って貰えなかった事が許せず、人族の天敵がいる状況下でリゼル騎士国に敵対宣言するとしたら?」
「大局に影響するかもな…… あぁ、バタフライエフェクトの話だな」
どこかで蝶が羽搏くだけの小さな事象でも、波及効果を重ねて想定外の結末を導き出すなどと言う、カオス理論の一種を不意に思い出した。
扉をくぐり抜けた瞬間、この世界に迷い込んで一月程にも関わらず、既に多大な懐かしさを生じさせてくれる和の内装に感嘆する。
「リゼル騎士国に派遣した教導技術者達から、貴方がジャパニーズだと聞いていたから…… ふふっ、その表情を見る限り正解のようね」
「心遣いに感謝する、正直に嬉しいな」
「あ、でも座敷席はお断りよ、正座なんて足が痛くなるじゃない」
微笑を浮かべたニーナが振り返り、板の間座敷と置かれた座布団を眺めていた俺に気付いて、そっちじゃないと釘を刺す。確かに彼女の大胆なドレス姿では浮いてしまうだろう。
(細かく言い出したら、俺自身も内装に合ってないしな……)
此方に来た時、大森林の戦いでボロボロになったスーツや当時の私物は寝室の洋式箪笥へ大切に収納してあり、イザナとの婚姻以降は騎士用の軍装と外套を好んで着用していた。
その外套を外して片手に持ち、蕎麦と天麩羅の匂いに食欲を刺激されながら、御令嬢と共にカウンター席へ腰掛けた。
「いらっしゃいませ、ニーナ様」
「久しぶりね、源蔵、元気にしていたかしら?」
「お陰様で…… そちらが例の?」
「えぇ、クロード殿よ」
藍色に染めた割烹着姿の50代くらいの男が無言で頭を下げたので、俺もそれに合わせて会釈する。軽く視線を交わした後、俺達に熱いお茶を出してくれた彼は再び調理に戻った。
「前領主に拾われる前のからの知り合いでね、源蔵は頑固だけど良い奴なの」
「褒めても何も出ませんぜ」
ぶっきらぼうに言い放って茹で上がった蕎麦の湯を切り、二つのザルに揚げて薬味を添えたツユと一緒にテーブルへ出す。
「まさか、蕎麦が喰えるとは……」
「大半の料理は頑張れば再現できるんじゃない? ここ実は地球だしね」
「…… なん、だと!?」
思いがけない発言に凝視するも、彼女はしてやったりな表情で詳しい話は待てという。
仕方ないので折に触れて感じていた食べ物や風習などの類似性、断片的に得ていた地理的な情報を統合して、先ほどの言葉の信憑性を検証するが…… 魔獣や恐竜がいて、巨大騎士と殴り合っている時点で無意味な気がした。
暫し詮無きことを考えている内に海老や烏賊、旬野菜などの天麩羅を揚げて、大皿に盛り合わせた源蔵がそれを卓上に置き、浅漬けと吸い物も並べていく。
「本来、天麩羅は一品ずつ揚げたてを出したいんですが、私が居ては込み入った話ができないでしょうからね…… 失礼させて頂きます」
一通りの品を揃えた後、割烹着姿の初老男性が調理場より離れ、此方に見えるように俺達が入ってきた料理屋の出入口から外へ出た。
きっちり扉が閉まるまで確認してからニーナと向き合い、この世界が地球だという根拠を聞こうとするも彼女は器用に箸を扱って天麩羅を掴み、天つゆに浸けて口元へ運んでいる最中だった。
「ん、サクサクして美味しい、天麩羅はやっぱり海老よね」
「あぁ、そうだな」
美しくとも普段はきつめの表情を綻ばす様子に、別段焦ることは無いと考えを改め、俺も箸を片手に大皿の盛り合わせから白身魚を摘まもうと…… したら横合いからニーナの箸でブロックされる。
「それ、私の好物だから……」
「奇遇だな、俺も白身魚は好物だ」
ちゃんと二人分が用意されているので遠慮なく振り切り、確保したそれを天つゆに浸けてから齧りつく。
「ぐぬぅッ、レディファーストという言葉を知らないのかしら、東洋人は!」
「…… ニーナ殿の分も一切れあるだろう」
理不尽な台詞にぼやきつつも残った白身魚の天麩羅を口内に放り込み、しっかりと味わって美味しく頂いた。もう一切れあった同種のそれに小さく齧りつく彼女を横目にして、蕎麦にも手を付ける。
「それで此処が地球という話だが……」
「ん~、詳しく説明するとややこしいのだけど、時空連続体って分かる?」
「三次元に時間軸を足して、四次元多様体として考えるだったか」
要点だけ纏めれば“空間的連続性”に“時間的連続性”を加え、宇宙規模で考えたモノが“時空連続体”の筈だ。
「概ね、その認識で構わないわ…… ずずッ」
双方の蕎麦を啜る音が響く中、現状の雰囲気にそぐわない会話を続けていく。どうやら彼女の出した結論では、この世界は俺達の知る地球から分岐した平行世界になるらしい。
時空連続体の内部に於いて微細な変化が収束点、つまり現在に於いて生じた場合、世界は分かたれて並行世界が生まれるとの事だ。
「派生した直後の世界だけど、別の時空連続体として拡散する前に何某かの修正力もあって、大抵は元の世界と統合されるの」
「つまり、俺がさっき白身魚の天麩羅を譲った世界があったとしても、それは大局に影響を及ぼさないから、可能性の世界は広がらずに店を出る頃には統合されていると?」
「へぇ…… 貴方、頭良いのね、説明の手間が省けるわ」
関心を見せながらも彼女は不敵に嗤い、あり得ない例え話を語り出す。
「実は私が無類の白身魚好きで、譲って貰えなかった事が許せず、人族の天敵がいる状況下でリゼル騎士国に敵対宣言するとしたら?」
「大局に影響するかもな…… あぁ、バタフライエフェクトの話だな」
どこかで蝶が羽搏くだけの小さな事象でも、波及効果を重ねて想定外の結末を導き出すなどと言う、カオス理論の一種を不意に思い出した。
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