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新学期、すっかり仲直りして、落ち着くところに落ち着いた二人は、学校に登校すると藤本にいきなり「おめでとう」と言われた。

「なっ、な、何言ってるんだ」

動揺する悠は、不覚にも耳まで真っ赤にしてうろたえる。

隣にいた清盛は、いたって普通に「ありがとう」と返した。

すると珍しく反応を露わにする悠をからかって、藤本は携帯電話であるメールを見せてくる。

「俺たち無事に結ばれました、って清盛からメール来た。今年初めてのメールが新年の挨拶じゃなくて、これだぞ?」

いつの間にそんなメールを送ったのだろう。

確かにそこにはそう書いてあり、身も蓋もない表現にギロリと清盛を睨む。

しかし、それでおとなしくなる清盛でもなく、それどころか、後ろから抱きついてきた。

「手ぇ出すなよ? これ俺のだから。からかっていいのも俺だけだから」

「ちょっ、何勝手なこと言ってんだよっ」

そんなこと大声で言わないで欲しい。

抱きすくめる腕を解こうともがくが、逃がさない、と言うように清盛の腕は強かった。

大晦日の夜から、清盛はこうやってくっついてくることが多くなった。

その中にはセクシャルな触れ方をするのもあるから、悠は困っている。

周りの目が気になるのも当たり前だが、すぐに身体が反応してしまいそうで、それに戸惑っているのだ。

今も、どさくさに紛れて腰を撫でられ、変な声を上げてしまう。

「こら、人前でいちゃつくな」

藤本も呆れて悠を放してやれ、と助け舟を出す。

開放された悠は、大きなため息をついた。

人前でいちゃつき慣れている清盛は、不満顔だ。

そこでチャイムが鳴り、話を止めてそれぞれ席に着く。

休み前の席替えで、清盛だけ離れた席になってしまったが、落ち着いて勉強できるので、助かっている。

「それにしても相当な浮かれ具合だな」

隣の席の藤本がぼそりと呟いた。

「お前、休み中に無理させられなかったか? 清盛のあの調子じゃ、怪我するかもしれないぞ?」

さらに声を落とした藤本は、心配そうに悠を見てくる。

清盛のあの浮かれっぷりに、相当な我儘を言われてないか、心配しているのだろうか。

しかし、怪我とは何だろう? と悠は首をかしげる。

「……無理はしてないけど……怪我ってなんだ?」

「だから、身体のケアはきちんとしてるのかって……まさか、あぁ、うん、お前ならあり得るな……」

一人納得したらしい藤本は、あのな、と前置きをする。

「もしかしなくても、まだしてないんだな?」

「するって、何を?」

それを聞いた藤本は、やっぱり、とため息をついた。

「今日、放課後空いてるか?」

詳しく話す、と言った藤本は今じゃ駄目なのか、と聞いても取り合わなかった。

それほど大事なことらしい、と悟ると、放課後まで待つしかない。

そして休み時間、ことあるごとに悠にいちゃつく清盛に、藤本は「タダでさえ弊害が多いんだから、デリケートな悠のことも考えてやれ」と釘を刺した。

すると思うところがあったのか、清盛は驚くほど大人しくなり、しまいには目に見えて凹んでしまった。

放課後、藤本と大事な話があると言ったら、非常に警戒していたが、藤本に言われたことを思い出したのか、すぐに引き下がった。

帰ったら家に寄るから、と言うと、嬉しそうに笑うから憎めない。

帰り道、一月の冷たい空気が肌を刺す。

今年は大晦日に雪がちらついただけで、ほとんど雨も降らなかった。

乾燥する空気に二人とも無言になり、そのまま目的地へと向かう。

そうして、藤本に付いていった先は、二階建てのアパートだった。

博美ひろみさん、連れてきた」

「ああ、待ってたよ」

慣れた感じで玄関から入っていく藤本に、悠は付いて行けず、立ち尽くす。

この部屋の主は博美さんという人で、しかも、今声を聞く限り男の人のようだ。

何故自分はここに連れて来られたのだろうか。

「ほら、早く入って来い」

「あ、おじゃまします……」

シンプルで整頓されているが、温かみがある部屋は、住人の性格を表しているようだ。

促されるまま中に入って突き当たりの部屋に入ると、そこには線の細い男性が座っていた。

顎の辺りで切った髪は、ウェーブがかかっていて、一見女性のような雰囲気がある。

しかし、骨格は男性そのもので、身長も一七〇後半はあるだろう。

「わぁ、聞いたとおりの子だね。すごく可愛い」

悠を見て微笑んだ彼は、繊細で儚げな印象が強い。

座って、と促され、ローテーブルの側に座ると、飲み物を入れたコップを、藤本から渡される。

「あ、あの……」

何が何だか分からないまま、悠は助けを求めるように藤本を見た。

「ああそうか、紹介する。俺の彼氏で坂田博美」

「えぇっ?」

あまりにもさらっと紹介されて、悠はビックリした。

そんな身も蓋もない、と坂田は苦笑しているが、事実だからしょうがないだろ、と藤本は平静だ。

「お前だから紹介したんだぞ。清盛にはそのうちバレると思うけど、他には言うなよ?」

「も、もちろん……」

そんな藤本の彼氏を交えて、一体何の話をするのか。

悠には検討もつかない。

「それでだ、春名にはちょっとつらいかもしれないけど、ここはきちんと話をしないと駄目だから。清盛とも話すんだぞ?」

「あの、それなんだけど、一体何を話すんだ? さっぱり検討がつかなくて……」

悠がそう言うと、藤本はがっくりうなだれた。

今朝から何度も匂わせてるのに、本当に鈍いんだから、と呆れられてしまう。

そこへ、坂田が会話に入ってきた。

「君の恋人……清盛くんだっけ? 付き合い始めたのはいつなの?」

優しい、穏やかな口調は、悠の緊張を解かし、いつの間にか入っていた肩の力を抜いた。

正直に答えると、坂田は笑顔でうなずく。

華やかさはないが、控えめな甘さが漂う坂田に、悠は好感を持った。

「ごめんね、幸太から話は大体聞いてるんだけど、こいつおせっかいだから、春名くんと清盛くんがつらい思いをするのが嫌なんだって」

「それは今言わなくたっていいだろ」

拗ねたような藤本の声がする。

普段は面倒見が良くて、大人びた印象の藤本だが、恋人を目の前にすると、歳相応の顔が出るようだ。

「それで、僕たちが一番気にしてるのは、男同士のセックスは危険だから、春名くんがつらい思いをしていないかってこと」

「でも、まだしてないっぽいぜ」

藤本の言葉に坂田は「時間は関係ないよ、内容が大事なんだから」とおっとり制す。

「そういう話は清盛くんとしたことある?」

悠は正直に話すか迷った。

しかし、前まではそういう話題が出るだけでも気分が悪くなったのに、今は不思議と大丈夫だ。

それは、目の前に自分と同じようなカップルがいるからかもしれないし、その一人が友達だからかもしれない。

坂田の話し方は穏やかで、決して悠の精神を波立たせないのもあるかもしれない。

「いえ……ただ、両想いになった日に、強引にするわけにはとか、無茶させちゃだめだからとか言ってて。何のことか分からなくて……」

「そう……清盛くんは君をとても大事にしてるんだね」

「俺が懇切丁寧に教えてやったからな」

「幸太が教えちゃったから、清盛くんは爆発しそうなんじゃないか」

たまには我慢しやがれ、とこぼす藤本。

今までの清盛の付き合い方で思うところがあったらしい。

目の前のカップルに置いていかれたように感じた悠は、大事な話なんだから、ついていかなくちゃ、と二人の話を聞く。

元々、そういうことに対して欲がない悠は、清盛にかなり我慢させているらしい。

他の人間関係でもそうだが、そういうズレは話し合うなりなんなりして解決させるものだ。

しかし、悠にはろくな関係を持てる人間はおらず、そういうことをしたことがなかった。

ずっと清盛が側にいて、彼さえいれば良かったのだ。

「清盛くんは、男同士でも、女の子と変わらないセックスができると聞いて、君としたくてしょうがないんだよ。だけど、勿論君は女の子じゃないから、注意する点もたくさん出てくるんだ」

「女の子……」

オウム返しにそう呟いたら、記憶の一部がよぎった。

無理矢理顔に押し付けられた、アレと同じ扱いをされる場所が、悠にもあるというのか。

あのグロテスクでおぞましい、汚いものを、清盛は欲しがっているのだろうか。

先程は大丈夫だと思ったのに、ちょっとしたきっかけで血の気が引いてしまうのは、自分でも情けなく思う。

「あー……博美さん、やっぱりちょっとしんどそうだ」

急に顔色をなくした悠を見て、藤本がつぶやく。

坂田もそれを認めて、そうだね、とうなずいた時だった。

藤本の携帯が鳴り、ディスプレイを見ると、清盛からの着信だ。

藤本は顔をしかめて電話に出る。

「何だ清盛、まだ話は終わってないぞ。……バカ、そんなことするかよ。……は? 落ち着けって……」

どうやら清盛はかなり興奮しているらしい。

大きな声が悠まで漏れて聞こえる。

悠にいくら電話してもつながらないから、藤本が何かしたんじゃないか、と怒鳴っている。

今から迎えに行くから、場所を教えろとわめいていて、観念した藤本は場所を教え始めた。

「春名くん、いい? 嫌だったらちゃんと言うこと。清盛くんはそれを聞いてくれるはずだから……もし聞かなかったら、僕のところにおいで。そういうことに関しての怪我は、幸太よりも僕の方が分かるから」

柔らかに微笑んで坂田は言うと、携帯電話の番号とアドレスを交換しようと言ってきた。

こういうことを相談できる人がいた方がいい、という彼の言葉に同意して、自分の携帯電話を取り出すと、電源が切れていた。

そりゃつながらないね、と坂田は笑い、悠は改めて電源を入れ、彼の電話番号とアドレスを手に入れた。
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