14 / 35
第14話
しおりを挟む
そして年の瀬、大晦日。通年の挨拶とは違い、今回は結婚する絹代へのお祝いの言葉も用意し、家族で本家に向かった。
本家はそれこそ親戚中が集まることができるほど広いので、宴会場のような客間に用意された料理をいただきながら、という形だ。もちろんこれらは絹代をはじめ、親戚中の女性が休む間もなく動いて、料理やビールを切らさないようにしている。
駿太郎はさっさと一通り挨拶とお酌を済ませ、部屋の隅を陣取った。会話は農協についてや政策、政治家先生の話などで、入っていけないのはいつものことだ。そう思うと、父や光次郎は違和感なく会話に混ざっているから、すごいなと尊敬する。
「やあやあ久しぶりだね」
すると、ビール瓶を持った従兄弟が隣に来た。従兄弟といっても歳が離れているので、おじさんと呼ぶ方がしっくりくるような人だ。彼は駿太郎が持ったグラスにビールを注ぐと、お返しに駿太郎も彼にビールをつぐ。
「駿太郎くん、太ったけどストレス?」
顔を寄せ、小声でそんなことを言ってきたのでギョッとして従兄弟を見ると、彼は眉を下げて続けた。
「よければ良い医者を紹介しようか? ……ほら、受験に失敗してから失敗続きなんだろ?」
ストレス溜めるとよくないよ、と従兄弟は言う。余計なお世話だ、と無視を決め込むと、彼はさらに続けた。
「それに、浮いた話もないみたいじゃないか。医者に相談したら、その辺の考えも治るかもよ?」
駿太郎は思わず彼を睨んだ。コイツは、こちらを心配する素振りで自分をバカにしてきている。一体どこから駿太郎の性指向がバレたのか。
考えられるのは駿太郎の家族、三人しかいない。しかしいまは、それが誰かを特定している場合じゃない。はなからこちらを嘲笑うためにきたな、と嫌悪感を露わにする。
駿太郎の視線に、従兄弟は目を細めて笑った。こちらが思い通りに怒ったことが嬉しいのだろう。
だっておかしいじゃないか、と彼は声のボリュームを上げた。
「三十にもなって女に興味がないなんて、何かの病気に決まってる。治療が必要だろ?」
みんなどうしてコイツを放っておく? と従兄弟は辺りを見回す。その瞬間しんとなった部屋。凍りついた空気と視線に耐えきれなくなって、駿太郎は彼を睨めつけたまま、口を開いた。
「今どき、そんな化石みたいな思考で生きてるんですか? こんな、受験に失敗して何もかも平均のただのゲイなんて放っておけば良いのに、わざわざ絡みに来て……何をそんなに警戒してるんです?」
極力冷静に返すと、相手は駿太郎が言い返すとは思っていなかったのか、狼狽えたように目を泳がせた。ゲイとして生きると決めた自分に、そんな小言で勝てると思ったのだろうか。
よし、と駿太郎は立ち上がる。驚いたような顔の光次郎が見えたけれど、いいチャンスだ、と腹に力を込めて声を出した。
もう、打算と腹の探り合いで本家の言いなりな風習には、ついていきたくない。
「いい機会なので。こういうふうに、センシティブな問題をネタに、人を貶めようとする人とはいたくありません。……ここにはもう来ないので」
一気にそう言うと、コートを掴んで客間を出た。誰かにぶつかりそうになり足を止めると、料理を持った絹代だったので駿太郎は微笑む。
彼女に罪はない。だから言うべきことは言っておかないと。
「絹代ちゃん、結婚おめでとう。場を乱してごめんね」
「……えっ? シュンちゃん!?」
彼女の反応も待たず足を進めると、慌てたような声が後ろから聞こえた。けれど駿太郎は振り返らず、長い廊下を抜けて玄関から外へ飛び出す。
外へ出ると、どこまでも広がる青い空があった。自分が決めた道なのに、小さなことで傷付いた自分が情けなく、すぐに息を詰めて歩き出す。
田舎だけれど、車や、公共交通機関を使うという頭は、この時の駿太郎にはなかった。心頭滅却し、ただひたすら一定のリズムで足を動かし歩く。こうしていれば、いま破裂しそうなほど大きく動いている心臓は、歩いているせいだと勘違いするかもしれない、そう思った。
「……っ」
まだ、女性を紹介された方がましだと思った。病気だから治せと、面と向かって言う神経を疑ったけれど、毎回あんなふうに針のむしろにされるのは勘弁だ。
(ゲイとして生きると決めたのは自分。こうなることもわかっていたじゃないか)
腹を括っていたとしても、傷付かない訳じゃない。両親と光次郎には悪いことをしたな、と少し落ち着いてきた頭で反省する。
(フォローは……あの人たちはしないだろうけど、これで無理して付き合わなくて済む)
そう考えたら清々したじゃないか、と歩みを緩めて深呼吸をした。ようやく辺りを見回すと、冬だな、と思うほど寒々しい畑が広がっている。
「……帰ったら、光次郎に小言言われまくるんだろうなぁ……」
なんのつもりだ、と目尻を釣り上げて詰め寄ってくる弟の姿が想像できる。今回の挨拶のメインであった絹代にも、迷惑をかけた自覚があるから、黙って説教は受けよう、なんて考えた。
「でも、間違ったことは言ってないぞ、俺は」
やり方には工夫が必要だったかもしれないけれど、あれは反論していいやつだ。昔、弟がいじめられていた時も、拳では勝てないけれど口では勝てた。そんな自分を、目をキラキラさせて見ていた光次郎の姿は、今は見る影もない。
「……俺の方が弟に間違われるしな」
乾いた笑い声を上げると、田んぼにいたカラスが「かぁ」と鳴いた。
自分がゲイであることで、家族に混乱を招いていることは重々承知している。だからといって自分にも、他人にも嘘をつくのは嫌だ。
(俺が……離れるだけじゃ問題はなくならないのか?)
よかれと思って外に出たものの、光次郎はことあるごとに連絡を寄越すし、いくら放っておけ、自分の将来だけ考えろと言っても聞かない。
――駿太郎が帰省したくない一番の理由が、光次郎だと彼自身は気付いているのだろうか?
「……光次郎は、俺に長男として、いて欲しいだけなんだろうな」
じゃなきゃ、実家に戻れだの両親に孝行してやれだの、言うはずがない。
「……はぁ」
どうしたものか、とため息をつく。結局、友嗣もだが光次郎も、駿太郎は嫌いきれないのだ。
自分のこういう甘いところが、相手につけ込まれるところなのかもな、とまたため息をつくと、カラスがまた「かぁ」と鳴いた。
本家はそれこそ親戚中が集まることができるほど広いので、宴会場のような客間に用意された料理をいただきながら、という形だ。もちろんこれらは絹代をはじめ、親戚中の女性が休む間もなく動いて、料理やビールを切らさないようにしている。
駿太郎はさっさと一通り挨拶とお酌を済ませ、部屋の隅を陣取った。会話は農協についてや政策、政治家先生の話などで、入っていけないのはいつものことだ。そう思うと、父や光次郎は違和感なく会話に混ざっているから、すごいなと尊敬する。
「やあやあ久しぶりだね」
すると、ビール瓶を持った従兄弟が隣に来た。従兄弟といっても歳が離れているので、おじさんと呼ぶ方がしっくりくるような人だ。彼は駿太郎が持ったグラスにビールを注ぐと、お返しに駿太郎も彼にビールをつぐ。
「駿太郎くん、太ったけどストレス?」
顔を寄せ、小声でそんなことを言ってきたのでギョッとして従兄弟を見ると、彼は眉を下げて続けた。
「よければ良い医者を紹介しようか? ……ほら、受験に失敗してから失敗続きなんだろ?」
ストレス溜めるとよくないよ、と従兄弟は言う。余計なお世話だ、と無視を決め込むと、彼はさらに続けた。
「それに、浮いた話もないみたいじゃないか。医者に相談したら、その辺の考えも治るかもよ?」
駿太郎は思わず彼を睨んだ。コイツは、こちらを心配する素振りで自分をバカにしてきている。一体どこから駿太郎の性指向がバレたのか。
考えられるのは駿太郎の家族、三人しかいない。しかしいまは、それが誰かを特定している場合じゃない。はなからこちらを嘲笑うためにきたな、と嫌悪感を露わにする。
駿太郎の視線に、従兄弟は目を細めて笑った。こちらが思い通りに怒ったことが嬉しいのだろう。
だっておかしいじゃないか、と彼は声のボリュームを上げた。
「三十にもなって女に興味がないなんて、何かの病気に決まってる。治療が必要だろ?」
みんなどうしてコイツを放っておく? と従兄弟は辺りを見回す。その瞬間しんとなった部屋。凍りついた空気と視線に耐えきれなくなって、駿太郎は彼を睨めつけたまま、口を開いた。
「今どき、そんな化石みたいな思考で生きてるんですか? こんな、受験に失敗して何もかも平均のただのゲイなんて放っておけば良いのに、わざわざ絡みに来て……何をそんなに警戒してるんです?」
極力冷静に返すと、相手は駿太郎が言い返すとは思っていなかったのか、狼狽えたように目を泳がせた。ゲイとして生きると決めた自分に、そんな小言で勝てると思ったのだろうか。
よし、と駿太郎は立ち上がる。驚いたような顔の光次郎が見えたけれど、いいチャンスだ、と腹に力を込めて声を出した。
もう、打算と腹の探り合いで本家の言いなりな風習には、ついていきたくない。
「いい機会なので。こういうふうに、センシティブな問題をネタに、人を貶めようとする人とはいたくありません。……ここにはもう来ないので」
一気にそう言うと、コートを掴んで客間を出た。誰かにぶつかりそうになり足を止めると、料理を持った絹代だったので駿太郎は微笑む。
彼女に罪はない。だから言うべきことは言っておかないと。
「絹代ちゃん、結婚おめでとう。場を乱してごめんね」
「……えっ? シュンちゃん!?」
彼女の反応も待たず足を進めると、慌てたような声が後ろから聞こえた。けれど駿太郎は振り返らず、長い廊下を抜けて玄関から外へ飛び出す。
外へ出ると、どこまでも広がる青い空があった。自分が決めた道なのに、小さなことで傷付いた自分が情けなく、すぐに息を詰めて歩き出す。
田舎だけれど、車や、公共交通機関を使うという頭は、この時の駿太郎にはなかった。心頭滅却し、ただひたすら一定のリズムで足を動かし歩く。こうしていれば、いま破裂しそうなほど大きく動いている心臓は、歩いているせいだと勘違いするかもしれない、そう思った。
「……っ」
まだ、女性を紹介された方がましだと思った。病気だから治せと、面と向かって言う神経を疑ったけれど、毎回あんなふうに針のむしろにされるのは勘弁だ。
(ゲイとして生きると決めたのは自分。こうなることもわかっていたじゃないか)
腹を括っていたとしても、傷付かない訳じゃない。両親と光次郎には悪いことをしたな、と少し落ち着いてきた頭で反省する。
(フォローは……あの人たちはしないだろうけど、これで無理して付き合わなくて済む)
そう考えたら清々したじゃないか、と歩みを緩めて深呼吸をした。ようやく辺りを見回すと、冬だな、と思うほど寒々しい畑が広がっている。
「……帰ったら、光次郎に小言言われまくるんだろうなぁ……」
なんのつもりだ、と目尻を釣り上げて詰め寄ってくる弟の姿が想像できる。今回の挨拶のメインであった絹代にも、迷惑をかけた自覚があるから、黙って説教は受けよう、なんて考えた。
「でも、間違ったことは言ってないぞ、俺は」
やり方には工夫が必要だったかもしれないけれど、あれは反論していいやつだ。昔、弟がいじめられていた時も、拳では勝てないけれど口では勝てた。そんな自分を、目をキラキラさせて見ていた光次郎の姿は、今は見る影もない。
「……俺の方が弟に間違われるしな」
乾いた笑い声を上げると、田んぼにいたカラスが「かぁ」と鳴いた。
自分がゲイであることで、家族に混乱を招いていることは重々承知している。だからといって自分にも、他人にも嘘をつくのは嫌だ。
(俺が……離れるだけじゃ問題はなくならないのか?)
よかれと思って外に出たものの、光次郎はことあるごとに連絡を寄越すし、いくら放っておけ、自分の将来だけ考えろと言っても聞かない。
――駿太郎が帰省したくない一番の理由が、光次郎だと彼自身は気付いているのだろうか?
「……光次郎は、俺に長男として、いて欲しいだけなんだろうな」
じゃなきゃ、実家に戻れだの両親に孝行してやれだの、言うはずがない。
「……はぁ」
どうしたものか、とため息をつく。結局、友嗣もだが光次郎も、駿太郎は嫌いきれないのだ。
自分のこういう甘いところが、相手につけ込まれるところなのかもな、とまたため息をつくと、カラスがまた「かぁ」と鳴いた。
122
お気に入りに追加
282
あなたにおすすめの小説
エリート上司に完全に落とされるまで
琴音
BL
大手食品会社営業の楠木 智也(26)はある日会社の上司一ノ瀬 和樹(34)に告白されて付き合うことになった。
彼は会社ではよくわかんない、掴みどころのない不思議な人だった。スペックは申し分なく有能。いつもニコニコしててチームの空気はいい。俺はそんな彼が分からなくて距離を置いていたんだ。まあ、俺は問題児と会社では思われてるから、変にみんなと仲良くなりたいとも思ってはいなかった。その事情は一ノ瀬は知っている。なのに告白してくるとはいい度胸だと思う。
そんな彼と俺は上手くやれるのか不安の中スタート。俺は彼との付き合いの中で苦悩し、愛されて溺れていったんだ。
社会人同士の年の差カップルのお話です。智也は優柔不断で行き当たりばったり。自分の心すらよくわかってない。そんな智也を和樹は溺愛する。自分の男の本能をくすぐる智也が愛しくて堪らなくて、自分を知って欲しいが先行し過ぎていた。結果智也が不安に思っていることを見落とし、智也去ってしまう結果に。この後和樹は智也を取り戻せるのか。
溺愛アルファの完璧なる巣作り
夕凪
BL
【本編完結済】(番外編SSを追加中です)
ユリウスはその日、騎士団の任務のために赴いた異国の山中で、死にかけの子どもを拾った。
抱き上げて、すぐに気づいた。
これは僕のオメガだ、と。
ユリウスはその子どもを大事に大事に世話した。
やがてようやく死の淵から脱した子どもは、ユリウスの下で成長していくが、その子にはある特殊な事情があって……。
こんなに愛してるのにすれ違うことなんてある?というほどに溺愛するアルファと、愛されていることに気づかない薄幸オメガのお話。(になる予定)
※この作品は完全なるフィクションです。登場する人物名や国名、団体名、宗教等はすべて架空のものであり、実在のものと一切の関係はありません。
話の内容上、宗教的な描写も登場するかと思いますが、繰り返しますがフィクションです。特定の宗教に対して批判や肯定をしているわけではありません。
クラウス×エミールのスピンオフあります。
https://www.alphapolis.co.jp/novel/504363362/542779091
秘花~王太子の秘密と宿命の皇女~
めぐみ
BL
☆俺はお前を何度も抱き、俺なしではいられぬ淫らな身体にする。宿命という名の数奇な運命に翻弄される王子達☆
―俺はそなたを玩具だと思ったことはなかった。ただ、そなたの身体は俺のものだ。俺はそなたを何度でも抱き、俺なしではいられないような淫らな身体にする。抱き潰すくらいに抱けば、そなたもあの宦官のことなど思い出しもしなくなる。―
モンゴル大帝国の皇帝を祖父に持ちモンゴル帝国直系の皇女を生母として生まれた彼は、生まれながらの高麗の王太子だった。
だが、そんな王太子の運命を激変させる出来事が起こった。
そう、あの「秘密」が表に出るまでは。
紹介なんてされたくありません!
mahiro
BL
普通ならば「家族に紹介したい」と言われたら、嬉しいものなのだと思う。
けれど僕は男で目の前で平然と言ってのけたこの人物も男なわけで。
断りの言葉を言いかけた瞬間、来客を知らせるインターフォンが鳴り響き……?
英雄様の取説は御抱えモブが一番理解していない
薗 蜩
BL
テオドア・オールデンはA級センチネルとして日々怪獣体と戦っていた。
彼を癒せるのは唯一のバティであるA級ガイドの五十嵐勇太だけだった。
しかし五十嵐はテオドアが苦手。
黙って立っていれば滅茶苦茶イケメンなセンチネルのテオドアと黒目黒髪純日本人の五十嵐君の、のんびりセンチネルなバースのお話です。
幽閉王子は最強皇子に包まれる
皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。
表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。
【完結】友人のオオカミ獣人は俺の事が好きらしい
れると
BL
ずっと腐れ縁の友人だと思っていた。高卒で進学せず就職した俺に、大学進学して有名な企業にし就職したアイツは、ちょこまかと連絡をくれて、たまに遊びに行くような仲の良いヤツ。それくらいの認識だったんだけどな。・・・あれ?え?そういう事ってどういうこと??
キンモクセイは夏の記憶とともに
広崎之斗
BL
弟みたいで好きだった年下αに、外堀を埋められてしまい意を決して番になるまでの物語。
小山悠人は大学入学を機に上京し、それから実家には帰っていなかった。
田舎故にΩであることに対する風当たりに我慢できなかったからだ。
そして10年の月日が流れたある日、年下で幼なじみの六條純一が突然悠人の前に現われる。
純一はずっと好きだったと告白し、10年越しの想いを伝える。
しかし純一はαであり、立派に仕事もしていて、なにより見た目だって良い。
「俺になんてもったいない!」
素直になれない年下Ωと、執着系年下αを取り巻く人達との、ハッピーエンドまでの物語。
性描写のある話は【※】をつけていきます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる