上 下
11 / 35

第11話

しおりを挟む
「……あれ? お前の分は?」

 ふと、運ばれてきた食事は一人前だと気付く。目の前にはホカホカのご飯にハンバーグとソースとサラダ、目玉焼きが乗っていてとても美味しそうだ。

「俺?」

 聞かれた友嗣は意外だとでもいうように、首を傾げる。駿太郎はこの状況で一人だけ食事をするとは思っていなかったので、どうして自分の分だけなのかと聞いた。
 すると友嗣は笑いながら言う。

「シュンに食べて欲しくて」
「……」

 駿太郎は開いた口が塞がらなかった。そうだとしても、一人分だけ作る意味がわからないし、一緒に食べたらいいだろ、と言う。すると彼はまた嬉しそうに笑うのだ。

「美味しいよ? あーんしてあげようか?」
「いい!」

 なんのプレイだ、と慌ててスプーンを取ると、友嗣は目を細めて駿太郎の頭を撫でる。駿太郎はその手を払うと、ハンバーグをひと口大に切ってご飯と一緒に掬い、友嗣の前に突き出した。

「自分だけ食べるのは居心地が悪い。お前も食え」

 やっぱり、何を考えているのかわからないけれど、駿太郎は友嗣を嫌いきれないのだ。そしてそういう態度を見せると、友嗣は本当に嬉しそうに笑う。

(懐かれたってのは、本当らしい)

 ぱくりとスプーンに食いつく彼は、ニコニコ笑いながら咀嚼している。それがなんとなく小さい頃の弟のように見えて、肩の力が抜けた。どうやら身構えているのは、駿太郎だけのようだ。一人だけガミガミしても疲れるだけだし、いっそ弟のように扱えばいいか、と開き直る。

「……美味いか?」
「うん。シュンも食べて?」

 ウキウキを隠さない友嗣は目をキラキラさせてこちらを見ている。本当に、昨日までの胡散臭い笑みはなんだったのだろう、と思う。
 駿太郎はハンバーグと目玉焼きを切って口に運んだ。
 友嗣の料理は、連日【ピーノ】で外食しても飽きないほど美味い。だからこれも美味いのだろうと予想はついた。 案の定、卵白のぷりぷり食感とハンバーグの肉の甘み、グレイビーソースの塩気が口の中に広がって、一気に唾液が出る。

「え、何これ美味い……」

 思わずそう呟くと、残りもどうぞと言われたので、駿太郎は具材とご飯をそれぞれ半分に分けた。

「一緒に。美味いから独り占めしたくない」

 そう言って皿とスプーンを友嗣に差し出す。すると彼は、驚いたように目を見開いた。そして今まで見たことがない、屈託ない笑顔を見せたのだ。

「シュンが全部食べてよ」
「いや、だってお前、何も食ってないだろ」

 食え、と再び皿を突き出すと、その手を取られて引き寄せられた。完全に不意打ちだった駿太郎は、友嗣の唇をそのまま受け入れてしまう。
 ちゅ、と音を立てた友嗣は、満足そうに笑った。キス一つでこんなに嬉しそうにする友嗣に、なぜか駿太郎の心臓は跳ねる。

「……やっぱりシュンは特別だ」
「なんで? 何もしてない……」

 そうだったこいつは節操なしだった、と落ち着かない心臓を宥めるために思い出す。ちょっと一瞬――本当に一瞬、友嗣がかわいいと思った自分を脳内で叩く。

「うん。姉ちゃんみたい」
「……」

 笑ってそう言う友嗣に、駿太郎は脳内で「前言撤回!」と叫んだ。確かに彼の言動は弟気質だなと思うものの、姉に例えられて喜ぶ成人男性がどこにいるだろうか。
 とりあえず食べろ、と皿とスプーンを渡すと、これまた嬉しそうに友嗣は受け取る。そして美味しそうに頬張るので、やっぱり駿太郎は肩の力が抜けるのだ。

(肩肘張らない……こういう関係もありなのか?)

 居心地が良いという言い方が、合っているのかわからない。けれど、友嗣は確実に今までの恋人とは違う。少なくとも、昨晩あれだけ乱れた姿を見せても、引かなかった相手は初めてだ。

「半分食べたよ。シュンもどうぞ」

 満足気に皿を渡してくる友嗣。将吾が聞かせてくれた話でも、友嗣はいつも追い出されてお付き合いが終わるんだったな、と思い出す。

(イケメンで、料理が上手くて……)

 多少言動が子供っぽいところはあるけれど、世話好きならハマる人は多いだろう。バイで節操なしというところを除けば。

(いやいやいや、そここそが俺の譲れないところだろ)

 だから元恋人に浮気されたとき、自分でも驚く行動をした自覚はある。そのおかげで性指向が周りにバレたし、それに懲りてルーティンを崩さず大人しく過ごしていた。

(……まだ、裏切られるのが怖いんだな)

 しかも友嗣は引く手あまたの上に節操なしだ。本気で付き合ったら痛い目を見るのは明らか。でも、身体の相性はこれ以上なく良い。

「……シュン?」
「ん? ああ悪い、いただきます」

 食べ始めるのを待っていた友嗣は、考えごとをしていた駿太郎に気付いたらしい。小首を傾げてこちらを見ている。やはり弟のように見えてしまうな、と内心苦笑した。

 こうして、友嗣の良いところがほんの少し見つかったところで、その日は友嗣を仕事に見送る。昼から買い物や家事をし、ふと、晩ご飯をどうするかと考えた。

「……」

 【ピーノ】に行ってもいいけれど、多分友嗣は先程のことも将吾に話しているだろう。からかわれるのがオチなので、今日はやめておこう、と決めた時だった。
 スマホが通話の着信を知らせる。画面を見るとまた光次郎だ。
 今朝も話したのに、とうんざりしてため息をつき、通話に応答する。すると真っ先に聞こえてきたのはため息だった。

『兄さん、俺だけど』
「何? さっき話したばっかりだろ?」
『親戚への挨拶回り、今回は大晦日にしてくれって本家から』
「え、なんで?」

 ただでさえ気が重い挨拶回りなのだ、早く終わるならそれで良いと思った。けれど、三が日ではなく大晦日というのは、今までにない。一体どうしてだろうと尋ねると、呆れたように光次郎はまた、ため息をついた。

『本家の絹代きぬよちゃん、元日に結婚相手の家と祝賀パーティーだと』

 彼の言葉を聞いて、ドキリとする。本家の絹代は駿太郎より一つ下だ。なんとか三十前に、と本家の人たちは息巻いていたので、喜びもひとしおだろう。けれど歳下の彼女が結婚すると決まったら、「次は誰だ?」「駿太郎はまだか?」と質問攻めに遭うのは目に見えている。

『兄さん、遊んでる場合じゃないんだぞ。父さん母さんを悲しませてもいいのか?』
「お、お前だって……」
『兄さんより先に結婚するなって言われてるのに?』

 そんな意見、聞かなくていい、と喉まで出かかった。
 光次郎は何よりも両親を大切にしている。周りの意見を聞いておくことで、両親が矢面に立たされるのを避けているのがわかるから、駿太郎は何も言えない。
 そして、長男なのに実家の両親を弟に任せ、気ままに一人暮らしをしている兄には、光次郎も文句は言いたくなるだろう、と思うのだ。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

エリート上司に完全に落とされるまで

琴音
BL
大手食品会社営業の楠木 智也(26)はある日会社の上司一ノ瀬 和樹(34)に告白されて付き合うことになった。 彼は会社ではよくわかんない、掴みどころのない不思議な人だった。スペックは申し分なく有能。いつもニコニコしててチームの空気はいい。俺はそんな彼が分からなくて距離を置いていたんだ。まあ、俺は問題児と会社では思われてるから、変にみんなと仲良くなりたいとも思ってはいなかった。その事情は一ノ瀬は知っている。なのに告白してくるとはいい度胸だと思う。 そんな彼と俺は上手くやれるのか不安の中スタート。俺は彼との付き合いの中で苦悩し、愛されて溺れていったんだ。 社会人同士の年の差カップルのお話です。智也は優柔不断で行き当たりばったり。自分の心すらよくわかってない。そんな智也を和樹は溺愛する。自分の男の本能をくすぐる智也が愛しくて堪らなくて、自分を知って欲しいが先行し過ぎていた。結果智也が不安に思っていることを見落とし、智也去ってしまう結果に。この後和樹は智也を取り戻せるのか。

愛玩人形

誠奈
BL
そろそろ季節も春を迎えようとしていたある夜、僕の前に突然天使が現れた。 父様はその子を僕の妹だと言った。 僕は妹を……智子をとても可愛がり、智子も僕に懐いてくれた。 僕は智子に「兄ちゃま」と呼ばれることが、むず痒くもあり、また嬉しくもあった。 智子は僕の宝物だった。 でも思春期を迎える頃、智子に対する僕の感情は変化を始め…… やがて智子の身体と、そして両親の秘密を知ることになる。 ※この作品は、過去に他サイトにて公開したものを、加筆修正及び、作者名を変更して公開しております。

溺愛アルファの完璧なる巣作り

夕凪
BL
【本編完結済】(番外編SSを追加中です) ユリウスはその日、騎士団の任務のために赴いた異国の山中で、死にかけの子どもを拾った。 抱き上げて、すぐに気づいた。 これは僕のオメガだ、と。 ユリウスはその子どもを大事に大事に世話した。 やがてようやく死の淵から脱した子どもは、ユリウスの下で成長していくが、その子にはある特殊な事情があって……。 こんなに愛してるのにすれ違うことなんてある?というほどに溺愛するアルファと、愛されていることに気づかない薄幸オメガのお話。(になる予定) ※この作品は完全なるフィクションです。登場する人物名や国名、団体名、宗教等はすべて架空のものであり、実在のものと一切の関係はありません。 話の内容上、宗教的な描写も登場するかと思いますが、繰り返しますがフィクションです。特定の宗教に対して批判や肯定をしているわけではありません。 クラウス×エミールのスピンオフあります。 https://www.alphapolis.co.jp/novel/504363362/542779091

秘花~王太子の秘密と宿命の皇女~

めぐみ
BL
☆俺はお前を何度も抱き、俺なしではいられぬ淫らな身体にする。宿命という名の数奇な運命に翻弄される王子達☆ ―俺はそなたを玩具だと思ったことはなかった。ただ、そなたの身体は俺のものだ。俺はそなたを何度でも抱き、俺なしではいられないような淫らな身体にする。抱き潰すくらいに抱けば、そなたもあの宦官のことなど思い出しもしなくなる。― モンゴル大帝国の皇帝を祖父に持ちモンゴル帝国直系の皇女を生母として生まれた彼は、生まれながらの高麗の王太子だった。 だが、そんな王太子の運命を激変させる出来事が起こった。 そう、あの「秘密」が表に出るまでは。

幽閉王子は最強皇子に包まれる

皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。 表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。

キンモクセイは夏の記憶とともに

広崎之斗
BL
弟みたいで好きだった年下αに、外堀を埋められてしまい意を決して番になるまでの物語。 小山悠人は大学入学を機に上京し、それから実家には帰っていなかった。 田舎故にΩであることに対する風当たりに我慢できなかったからだ。 そして10年の月日が流れたある日、年下で幼なじみの六條純一が突然悠人の前に現われる。 純一はずっと好きだったと告白し、10年越しの想いを伝える。 しかし純一はαであり、立派に仕事もしていて、なにより見た目だって良い。 「俺になんてもったいない!」 素直になれない年下Ωと、執着系年下αを取り巻く人達との、ハッピーエンドまでの物語。 性描写のある話は【※】をつけていきます。

ハイスペックストーカーに追われています

たかつきよしき
BL
祐樹は美少女顔負けの美貌で、朝の通勤ラッシュアワーを、女性専用車両に乗ることで回避していた。しかし、そんなことをしたバチなのか、ハイスペック男子の昌磨に一目惚れされて求愛をうける。男に告白されるなんて、冗談じゃねぇ!!と思ったが、この昌磨という男なかなかのハイスペック。利用できる!と、判断して、近づいたのが失敗の始まり。とある切っ掛けで、男だとバラしても昌磨の愛は諦めることを知らず、ハイスペックぶりをフルに活用して迫ってくる!! と言うタイトル通りの内容。前半は笑ってもらえたらなぁと言う気持ちで、後半はシリアスにBLらしく萌えると感じて頂けるように書きました。 完結しました。

十七歳の心模様

須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない… ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん 柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、 葵は初めての恋に溺れていた。 付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。 告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、 その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。 ※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。

処理中です...