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第十六話
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はあ、と透はため息をついた。今はホテルのベッドの上で、時間は朝だ。正直、疲れて泥のように眠ったのは久しぶりで、こんなに深く寝たのはあのひとと抱き合って眠った時以来だな、と思い出しかけて、思考を停止した。
「お、起きたか」
シャワーを浴びていたらしいリョウスケが、頭をタオルで拭きながらこちらへやってくる。
透はリョウスケを睨んだ。
「やりすぎだよ」
「ん? まあ、一回二万円ってところか。相場的にはそこそこだな」
「ふつーは一回だろ!?」
ベッドの上で半身を起こし怒鳴ると、リョウスケは無料で飲めるミネラルウォーターを、冷蔵庫から出す。それをこちらに投げて寄越した。
「そんなの、確認しないお前が悪い」
キスだけでとろんとしてたくせに、とニヤニヤされ、透はう、と言葉を詰まらせた。それでも、リョウスケは透に気持ちいいことしかしなかった。セックスの間もいたわるように左手首を撫でていたので、いつものただ疲れるだけのセックスじゃないものを感じる。
「……なぁ、オレの話聞いてくれる?」
「あ? やだね、ホテル代もバカにならん」
透はこの時、なぜかリョウスケに、あのひとのことを聞いて欲しいと思った。最初に感じた、自分とリョウスケは同じものを持っているという感覚に、間違いはないと確信したのだ。
「早く出るぞ。お前もシャワー浴びて着替えろ」
「……うん」
透は少し残念だ、と思いながら浴室に向かう。
リョウスケの言う通りシャワーを浴びて着替えると、彼は待っていてくれた。お金だけ置いて出ていくこともできたのに、と透は言うと、懐かれた犬は置いていけない、と犬に例えられ、透は頬を膨らませる。
ホテルを出ると、既に日差しが目に痛い程だった。リョウスケはこれから仕事だから、と駅前で別れを告げられる。
「あの……」
「ん?」
眼鏡の奥の優しい瞳。透はその黒い瞳を見つめて、言葉を絞り出す。
「つ、付き合わない? オレたち……」
透は言ってから、全身が熱くなった。こんな告白、生まれて初めてだし、身体の相性が良いからとかではなく、彼のことを知りたいと思った。そんな感情を持つのはあの人以外に初めてで、透はそわそわと返事を待つ。
するとリョウスケは苦笑した。
「多分俺は恋愛向きじゃない。こうして遊んでる方が性に合う」
それに、とリョウスケは透の左手首を取る。透は反射的に手を引くと、案外するりと解放された。
「それに触られるの嫌だろ? そこも愛されてもいいって奴と付き合え」
そう言われ、透は言葉の意味を理解した。そして、敢えて明るい声で、両手を頭の後ろで組んで言うのだ。
「あはは。こんなの、好きなやついるかよ」
多分、そこに触れられてもいいと思うのは一人だけだ。何も話していないはずなのに、リョウスケは一体どこまで分かっているのだろうか? やはり話を聞いて欲しかったな、と少し残念に思う。
「それが好きというよりかは、それごと愛してくれる人、だな」
リョウスケは笑った。多分リョウスケは気にしないタイプなのだろう。けれど今、透が手を引いたように、透の方こそ、そこに触れられたくないのだ。
深い心の傷が、そこにはあるから。
「……リョウスケ、しばらく遊んでくれるって言ったのに、残念。オレの名前も呼んでくれなかったし」
その言葉に、リョウスケは曖昧に笑う。そして、この生活、お前には向いてないから早めに止めろよ、と財布を取り出し、お札を渡してくるのだ。
分かっている、これは遊びで、どちらかが本気になったら苦しくなる。そして、リョウスケは本気にはならないのだろう。
透はそれを素直に受け取る。
「……サンキュ。リョウスケ、今まで遊んだ中で一番いい奴」
透がそう言うと、リョウスケはひら、と手を振って歩き出した。それからは全く振り返らなかった彼に、リョウスケもいつか、いい奴見つけろよ、と呟く。
透はお札をしまうと、回れ右をして歓楽街へと向かった。
透の家は今はない。その日暮らしで身体を明け渡した相手の家や、ホテルに泊まる。
さて、どうしようか、と考えた。
リョウスケの言う通り、真っ当な生活をした方がいいのかもしれない。けれどこの三年間で色んなものを見てきて、リョウスケの言葉とは逆に、自分はこの生活の方が合ってるのでは、と思うのだ。
今なら分かる、バイト先で絡まれていた意味。みんなどこかで、透を性暴力対象として見ていたのだ。
男なのにどうして、と思うこともあった。けれどこの世界を見てそれは偏った考えだと知ったし、その方面で透はモテることも知った。
透は胸元をシャツでパタパタと扇ぐ。長袖はやっぱ暑いな、と思って左手首を握った。
──あの人は、今頃どうしているだろう?
そう思ったら無性に会いたくなってしまった。
透はそのまま早足で歩き、スマホで電話を掛ける。
「あ、ユーイチさん? 昨日はごめんね。これから会えないかな?」
ユーイチとは、昨日ドタキャンした相手だ。この人は完全に透とのことを遊びと割り切っているので、少々ドタキャンしたくらいでは怒らない。けれど透は、ザワザワする肌を抑えるために、また男に抱かれようとするのだ。
他の男に抱かれながら、あのひとに抱かれる妄想をするために。
「……うん、会いたい」
伸也に会いたい。
届かない声を、透は心の中で呟いた。
「お、起きたか」
シャワーを浴びていたらしいリョウスケが、頭をタオルで拭きながらこちらへやってくる。
透はリョウスケを睨んだ。
「やりすぎだよ」
「ん? まあ、一回二万円ってところか。相場的にはそこそこだな」
「ふつーは一回だろ!?」
ベッドの上で半身を起こし怒鳴ると、リョウスケは無料で飲めるミネラルウォーターを、冷蔵庫から出す。それをこちらに投げて寄越した。
「そんなの、確認しないお前が悪い」
キスだけでとろんとしてたくせに、とニヤニヤされ、透はう、と言葉を詰まらせた。それでも、リョウスケは透に気持ちいいことしかしなかった。セックスの間もいたわるように左手首を撫でていたので、いつものただ疲れるだけのセックスじゃないものを感じる。
「……なぁ、オレの話聞いてくれる?」
「あ? やだね、ホテル代もバカにならん」
透はこの時、なぜかリョウスケに、あのひとのことを聞いて欲しいと思った。最初に感じた、自分とリョウスケは同じものを持っているという感覚に、間違いはないと確信したのだ。
「早く出るぞ。お前もシャワー浴びて着替えろ」
「……うん」
透は少し残念だ、と思いながら浴室に向かう。
リョウスケの言う通りシャワーを浴びて着替えると、彼は待っていてくれた。お金だけ置いて出ていくこともできたのに、と透は言うと、懐かれた犬は置いていけない、と犬に例えられ、透は頬を膨らませる。
ホテルを出ると、既に日差しが目に痛い程だった。リョウスケはこれから仕事だから、と駅前で別れを告げられる。
「あの……」
「ん?」
眼鏡の奥の優しい瞳。透はその黒い瞳を見つめて、言葉を絞り出す。
「つ、付き合わない? オレたち……」
透は言ってから、全身が熱くなった。こんな告白、生まれて初めてだし、身体の相性が良いからとかではなく、彼のことを知りたいと思った。そんな感情を持つのはあの人以外に初めてで、透はそわそわと返事を待つ。
するとリョウスケは苦笑した。
「多分俺は恋愛向きじゃない。こうして遊んでる方が性に合う」
それに、とリョウスケは透の左手首を取る。透は反射的に手を引くと、案外するりと解放された。
「それに触られるの嫌だろ? そこも愛されてもいいって奴と付き合え」
そう言われ、透は言葉の意味を理解した。そして、敢えて明るい声で、両手を頭の後ろで組んで言うのだ。
「あはは。こんなの、好きなやついるかよ」
多分、そこに触れられてもいいと思うのは一人だけだ。何も話していないはずなのに、リョウスケは一体どこまで分かっているのだろうか? やはり話を聞いて欲しかったな、と少し残念に思う。
「それが好きというよりかは、それごと愛してくれる人、だな」
リョウスケは笑った。多分リョウスケは気にしないタイプなのだろう。けれど今、透が手を引いたように、透の方こそ、そこに触れられたくないのだ。
深い心の傷が、そこにはあるから。
「……リョウスケ、しばらく遊んでくれるって言ったのに、残念。オレの名前も呼んでくれなかったし」
その言葉に、リョウスケは曖昧に笑う。そして、この生活、お前には向いてないから早めに止めろよ、と財布を取り出し、お札を渡してくるのだ。
分かっている、これは遊びで、どちらかが本気になったら苦しくなる。そして、リョウスケは本気にはならないのだろう。
透はそれを素直に受け取る。
「……サンキュ。リョウスケ、今まで遊んだ中で一番いい奴」
透がそう言うと、リョウスケはひら、と手を振って歩き出した。それからは全く振り返らなかった彼に、リョウスケもいつか、いい奴見つけろよ、と呟く。
透はお札をしまうと、回れ右をして歓楽街へと向かった。
透の家は今はない。その日暮らしで身体を明け渡した相手の家や、ホテルに泊まる。
さて、どうしようか、と考えた。
リョウスケの言う通り、真っ当な生活をした方がいいのかもしれない。けれどこの三年間で色んなものを見てきて、リョウスケの言葉とは逆に、自分はこの生活の方が合ってるのでは、と思うのだ。
今なら分かる、バイト先で絡まれていた意味。みんなどこかで、透を性暴力対象として見ていたのだ。
男なのにどうして、と思うこともあった。けれどこの世界を見てそれは偏った考えだと知ったし、その方面で透はモテることも知った。
透は胸元をシャツでパタパタと扇ぐ。長袖はやっぱ暑いな、と思って左手首を握った。
──あの人は、今頃どうしているだろう?
そう思ったら無性に会いたくなってしまった。
透はそのまま早足で歩き、スマホで電話を掛ける。
「あ、ユーイチさん? 昨日はごめんね。これから会えないかな?」
ユーイチとは、昨日ドタキャンした相手だ。この人は完全に透とのことを遊びと割り切っているので、少々ドタキャンしたくらいでは怒らない。けれど透は、ザワザワする肌を抑えるために、また男に抱かれようとするのだ。
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