上 下
17 / 33

17

しおりを挟む
「それでは、文化祭の催し物を決めたいと思います」

秋と言えば文化祭。肇はこの季節が来たか、と興味無さげに欠伸をした。

とはいえ、高校生になってから初めての文化祭だ、クラスのみんなも浮き足立っているのが分かる。

肇の学校では、クラス毎に催し物をやるらしい。何をやるのか、今から決めるところだが、噂によると優勝したクラスには、生徒会から打ち上げ代として寸志が出るらしいと聞いて、学校全体でも異常に気合いが入っている。

「じゃあ、候補がある人言ってー」

実行委員がチョークを持って黒板の前に立つ。

「はい! 女装喫茶が良い!」

「はぁ!?」

女子の提案に、肇は大きく反応してしまった。

「女装って……男子ばっかり笑いものにされんのかよ」

男子の声が上がる。

「それだったら、定番の焼きそばとかが無難じゃね?」

男子は自分たちが笑いものにされるのを嫌がり、必死で代替案を挙げる。

「お化け屋敷とかなら、男女関係ないんじゃない?」

肇は嫌な汗が出てくるのを感じた。やばい、女装喫茶だけは絶対に阻止しないと。

「ってか、女子も男装すれば? それならフェアじゃん?」

誰かの声に、男子からの拍手が上がる。いや、それじゃあ肇が女装をやらされるのは免れない。

「お前ら、女子が男装すれば、自分が女装するのは良いって事かよっ?」

思わず肇は立ち上がって声を上げる。だって、面白そうだし、と学級委員長が言った。

「俺は焼きそば! うん、焼きそばが良い! ほら、オレ一応バイトで厨房入ってるしさ、簡単だし美味いし」

「美味しいだけじゃ、優勝狙えないよねー」

女子のムードメーカーが反論する。

「考えてみろよ、男装は笑われたりしないけど、女装は笑われるだけだぞ? お前らそれでも良いのか?」

肇は何とかこの流れを止めないとと必死だ。

「じゃあ多数決取るぞー。まず焼きそば」

「はい!」

肇の言葉を半分無視して、実行委員が多数決を取る。手を挙げたのは、肇だけだった。

「次、男装女装喫茶」

案の定、肇の必死な主張も虚しく、肇以外の全員が手を挙げた。

「何でだよ……」

肇はガックリ肩を落とす。

それから、放課後は文化祭の準備に充てられた。肇もバイトがない日は準備に参加する。湊のクラスは変わり種お好み焼き屋らしいが、肇のクラスは何をやるか、絶対に湊には教えなかった。

(俺が言わなくても、クラスの誰かが話してるだろうから、湊の耳にも届いてるかもしれないけど)

肇はため息をつく。公平を期すために、全員がウエイター、ウエイトレスを時間制でやる事になった。要らない公平性だ。





「ねぇ小木曽くん」

「なに?」

「多賀先輩と、バイト先一緒なんだよね?」

ある日、女装用の衣装を作っていると、女子からそんな事を聞かれる。

「そうだけど……それがどうかしたか?」

「多賀先輩の……制服借りれないかなぁ?」

「はあ? 何で?」

「だって……先輩の制服着てやりたいんだもん」

きゃー、と女子は頬を赤らめて顔を隠している。肇はそんな事で俺を使うな、自分で言え、と突き放した。

肇はまたため息をつくと、決まってしまったものはしょうがない、と衣装製作の続きをやる。

後は何とかして乗り切るしかない。

(しかし手縫いで作るの面倒だな……帰ってミシンで一気に縫いたい……)

そうは思うけれど、それをやったらコスプレ趣味までバレそうで怖い。既製品をアレンジするのも一苦労だ。





そしてあっという間の当日。肇は極力地味なウイッグとメイクで目立たないようにそっと更衣スペースから出た。

「小木曽終わったか? あれだけ嫌がっていたから、みんなで笑ってやろうって……」

そう言ったクラスメイトが、途中で言葉を止める。

「おい、小木曽……だよな?」

「何だよ、あんまり見んなっ」

クラスメイトの様子に疑問に思った他のクラスメイトも、肇の所に寄ってくる。

「え、ちょっと……お前だけクオリティ違うんだけど」

「可愛いな」

「うん可愛い……ちょっと俺、ムラムラしてきた」

クラスメイト数人に囲まれて、肇は逃げ場が無くなった。

「お、おい? 冗談やめろって」

おかしい、自分の中ではかなり地味にしたのに、どうして注目されているのだろう?

ジリジリ寄ってくるクラスメイトの一人が、尻を撫でてくる。ゾワッと背筋に何かが這ったような感触がして、撫でてきたクラスメイトを思い切り殴った。

「ひ……っ、おま、ふざけんじゃねぇ!!」

「いってぇ!」

肇はその隙に、彼らの間を通り過ぎる。必死だったため周りが見えておらず、気付いたら今度は女子の中心にいた。

「え? 小木曽くん?」

「めっちゃ可愛いんだけど!」

そしてあっという間にまた囲まれる。イベントでもこんな風に囲まれた事無いぞ、と肇は引きつった笑いを浮かべる。どうしよう、今日はずっとこの調子なのか、と早くも帰りたい気分になった。

「小木曽くん看板娘に決定ね! 飲食店でバイトしてるみたいだし、フルでウエイトレスお願いっ」

「は!? 何でオレが……っ」

「みんなー、小木曽くんが頑張ってくれるから、優勝目指して頑張ろー!」

ムードメーカーの彼女は、クラス全体に声を掛けて士気を上げる。いや余計なことすんなよ、と肇は肩を落とした。

しかし肇の願いは虚しく、男装女装喫茶は大繁盛になる。

「な、なぁ……ちょっとくらい休憩させてくれよ」

さすがに動き詰めでは疲れる、と近くの女子に相談すると、彼女は頷いた。

「分かったわ……って、多賀先輩! やっぱり休憩ちょっと待って!」

女子の口から湊の名前が出てドキッとする。しかし休憩はお預けとはどういう事だろう?

「小木曽くんが相手するのよ、ほら早く行って!」

「え? 何でオレが!?」

「校内一のモテ男には、看板娘をあてがうのが常識でしょ?」

そんな常識知らねぇよ! と肇は騒ぐけれど、みんなに背中を押されて湊の前に出てしまった。

「……肇?」

「……………………よぉ」

確認するような湊の声に、肇は短く挨拶する事しかできない。できれば湊には、見られたくなかった。

「このクラス、すごい人気だって聞いたから来てみたら……そういう事ね」

湊は辺りを見渡す。

周りの視線が痛い。湊は湊で注目されているし、肇は逃げ出したい気分でいっぱいだ。

「はぁぁ……美男美女……尊い……」

どこかでそんな声がする。肇は声がした方を睨んだけれど、声の主を特定するまでには至らなかった。

「……注文は?」

「紅茶で」

肇は形だけウエイトレスをして、紅茶を取りに行く。

「はい、紅茶とクッキー。しっかり相手しておいでっ」

女子にそう言われ、店の趣旨が違うだろ、と睨むけれど彼女は知らん顔だ。

「小木曽くんと多賀先輩、あなた達が並んでるとお客さんが増えるのよっ」

「何だよそれっ」

グイグイと背中を押すクラスメイトに、肇は嫌々ながら湊の元へ戻る。

(あ……)

湊は案の定、この短い間に女子に囲まれていた。そして、彼があのいけ好かない笑いを浮かべていることにも気付く。

「多賀くん一緒に回る子、いないの? 私たちと一緒に見て回ろー」

「あはは……」

湊は笑うだけで何も言わない。こりゃダメだ、と肇はつかつかとその間に入った。

黙って紅茶とクッキーを置くと、ぐい、と腕を引かれる。

突然の事で抵抗できなかった肇は、湊の膝の上に座らされ、後ろから抱きしめられた。

「ちょ……っ!」

「この後この子と見て回る予定なんです。先輩方、ごめんなさい」

湊の前にいるので顔は見えないけれど、とても良い顔をしているのだろう、声で分かる。

どこかで悲鳴に近い声がした。肇は慌てて立ち上がろうとするけれど、湊の腕はビクともしない。

先輩だったらしい女子たちは、一瞬肇を睨むけれど、何故かすぐに視線を逸らして、用事を思い出して去っていった。

「いいタイミングで来てくれたね、ありがとう」

湊が解放してくれる。突然の事でパニックになった肇は、言葉が出ず口をパクパクさせるだけだ。

「おま、何すん……っ」

「肇が戻ってくるの分かってたから。さすがに女子相手に今のをやると、その子が可哀想でしょ」

先輩に目をつけられるから、と湊は言う。

「だからって、オレを使うなよっ!」

「逆に、肇にしかできないよ、こんな事」

ニッコリ笑って言われて、肇はまた言葉が出なくなった。

「ね、このあと一緒に回らない?」

「……ん? ああ……オレ、ずっとここにいなきゃいけないんだ」

「良いよ良いよ! 小木曽くん多賀先輩と見に行きなよ!」

横から声がして見ると、ムードメーカーの女子が何故か涙を浮かべていた。

「良いもの見せてもらったからそのお礼! ホントありがとう!」

肇は、先程尊いとか言ってたのは彼女か、と察する。なにやら、同じ匂いがしてしょうがない。

「何だ……あんた腐女子か」

「えっ?」

そう言われた彼女は、視線を泳がせながら、何の事やらさっぱり、とか言っている。

「そうか……てっきり同類かと思ったのに。オレはレイヤーだから」

そう言って、肇は湊に着替えるから待ってろと言い残し、更衣スペースに引っ込んだ。

(何だろ……前までオタバレするの、すっげぇ嫌だったのに)

今はすんなり、しかも自分から言えた事に自分でも驚く。

(湊と会ってからだ……)

あの柔らかい笑顔に、肇の心も解されたのだろうか?

何だか、心が温かいもので満たされる。

肇はそれの正体が何なのか、分からなかった。けれど、嫌な気はしない。

肇は素早く着替えて、外で待つ湊の元へ戻った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

瀧華国転生譚 ~処刑エンド回避のために幼い病弱皇子を手懐けようとしたら見事失敗した~

飛鳥えん
BL
【病弱捨てられ皇子(幼少期)と中身現代サラリーマン(外見・黒い噂のある美貌の文官青年)】 (中盤からは成長後のお話になる予定) 社会人の芦屋は、何の前触れもなく購買した乙女ノベルゲーム「瀧華国寵姫譚(そうかこく ちょうきたん)~白虎の章~」の世界に取り込まれていた。そのうえ、現在の自分の身上は悪役として物語終盤に処刑される「蘇芳」その人。目の前には現在の上司であり、のちの国家反逆の咎で破滅する「江雪(こうせつ)」。 このままでは自分の命が危ないことを知った芦屋は、自分が陰湿に虐げていた後ろ盾のない第3皇子「花鶏(あとり)」を救い、何とか彼が国家反逆の旗振りとならぬよう、江雪の呪縛から守ろうとする。 しかし、今までの蘇芳の行いのせいですぐには信用してもらえない。 それでも何とか、保身のため表向きは改心した蘇芳として、花鶏に献身的に尽くしつつ機をうかがう。 やがて幼い花鶏の師として彼を養育する中で、ゲームの登場人物としてしか見てこなかった彼や周りの登場人物たちへの感情も変化していく。 花鶏もまた、頼る者がいない後宮で、過去の恨みや恐れを超えて、蘇芳への気持ちが緩やかに重く積み重なっていく。 成長するに従い、蘇芳をただ唯一の師であり家族であり味方と慕う花鶏。しかしある事件が起き「蘇芳が第3皇子に毒を常飲させていた」疑いがかけられ……? <第1部>は幼少期です。痛そうな描写に※を付けさせていただいております。 R18 サブタイトルも同様にさせていただきます。 (2024/06/15)サブタイトルを一部変更させていただきました。内容の変化はございません。 ◆『小説家になろう』ムーンライト様にも掲載中です◆  (HOTランキング女性向け21位に入れていただきました(2024/6/12)誠にありがとうございました!)

【完結】たんぽぽ!

大竹あやめ
BL
絶対に、認めさせてやる。 幼い頃に観た、初めての舞台。英はその時から演劇とその当時主演だった月成に夢中になった。その後、なぜか月成は突然俳優を辞め、脚本演出家になる。 あれから十年、月成を追いかけて養成所を卒業した英は若手俳優の登竜門、月成脚本の主役に選ばれて大喜び。しかし、そう簡単には月成作品の主役は務まるはずがなかった。 この作品は、ムーンライトノベルズ、fujossy、エブリスタにも掲載しています。

婚約者の恋

うりぼう
BL
親が決めた婚約者に突然婚約を破棄したいと言われた。 そんな時、俺は「前世」の記憶を取り戻した! 婚約破棄? どうぞどうぞ それよりも魔法と剣の世界を楽しみたい! ……のになんで王子はしつこく追いかけてくるんですかね? そんな主人公のお話。 ※異世界転生 ※エセファンタジー ※なんちゃって王室 ※なんちゃって魔法 ※婚約破棄 ※婚約解消を解消 ※みんなちょろい ※普通に日本食出てきます ※とんでも展開 ※細かいツッコミはなしでお願いします ※勇者の料理番とほんの少しだけリンクしてます

トイの青空

宝楓カチカ🌹
BL
(2020.9.11 完結しました)全203話。 「同じくらい……苦しめて、やりたい。憎い、アンタが死ぬほど──憎い」 かつて受けを玩具として扱っていた金持ちの鬼畜系俺様美人×スラム育ちの心優しき孤児の少年。 孤児のトイは、人でなしな青年たちに誘拐され、監禁され、輪姦され、弄ばれ、地獄のような酷い日々を過ごした挙句飽きて壊されゴミ捨て場に捨てられた。 虫の息だったトイを救ってくれたのは優しいシスター。彼女と共に、育児院で子どもたちの面倒を見ながら日々を過ごしていたある日、かつてトイを監禁し、玩具のように凌辱し続け挙句の果てに壊して捨てた4人の男のうちの一人であるソンリェンがトイの前に現れ、トイの優しい日常は再び砕かれた。 怯えるトイを「生きてたとはな」と冷笑し、再び激しく犯しながらソンリェンは冷たく言い捨てた。「お前は俺のもンなんだよ」と。 傷つけられながら攻めの不器用な想いに困惑する受けと、素直になれない不器用すぎる人でなしな攻めが、互いの過去に向き合うお話。 *攻めは「殺す」「黙れ」「うるせえ」「クソが」が口癖の口の悪い中華系ドクズ美人です。 申し訳ありませんが閲覧は自己責任でお願い致します。pixiv、ムーンライトノベルズ様にも投稿しています。

ファーストカット!!!異世界に旅立って動画を回します。

蒼空 結舞(あおぞら むすぶ)
BL
トップ高校生we tuberのまっつんこと軒下 祭(のきした まつり)、17歳。いつものように学校をサボってどんなネタを撮ろうかと考えてみれば、水面に浮かぶ奇妙な扉が現れた。スマホのカメラを回そうと慌てる祭に突然、扉は言葉を発して彼に問い掛ける。 『迷える子羊よ。我の如何なる問いに答えられるか。』 扉に話しかけられ呆然とする祭は何も答えられずにいる。そんな彼に追い打ちをかけるように扉はさらに言葉を発して言い放った。 『答えられぬか…。そのようなお前に試練を授けよう。…自分が如何にここに存在しているのかを。』 すると祭の身体は勝手に動き、扉を超えて進んでいけば…なんとそこは大自然が広がっていた。 カメラを回して祭ははしゃぐ。何故ならば、見たことのない生物が多く賑わっていたのだから。 しかしここで祭のスマホが故障してしまった。修理をしようにもスキルが無い祭ではあるが…そんな彼に今度は青髪の少女に話しかけられた。月のピアスをした少女にときめいて恋に堕ちてしまう祭ではあるが、彼女はスマホを見てから祭とスマホに興味を持ち彼を家に誘ったのである。 もちろん承諾をする祭ではあるがそんな彼は知らなかった…。 ドキドキしながら家で待っていると今度は青髪のチャイナ服の青年が茶を持ってきた。少女かと思って残念がる祭ではあったが彼に礼を言って茶を飲めば…今度は眠くなり気が付けばベットにいて!? 祭の異世界放浪奮闘記がここに始まる。

異世界に召喚されたのでどすけべアピール頑張ります♡

桜羽根ねね
BL
タイトル通りのらぶざまハッピーエロコメです! 口が少し悪い攻めと敬語攻めに、平凡受けがふたなりに変えられたり洗脳されたり愛されたりします。 とあるプレイはマロでいただいたものを参考に書かせていただきました。送っていただいたマロ主さん、ありがとうございます。 何でも美味しく食べる方向けです!

僕は社長の奴隷秘書♡

ビビアン
BL
性奴隷――それは、専門の養成機関で高度な教育を受けた、政府公認のセックスワーカー。 性奴隷養成学園男子部出身の青年、浅倉涼は、とある企業の社長秘書として働いている。名目上は秘書課所属だけれど、主な仕事はもちろんセックス。ご主人様である高宮社長を始めとして、会議室で応接室で、社員や取引先に誠心誠意えっちなご奉仕活動をする。それが浅倉の存在意義だ。 これは、母校の教材用に、性奴隷浅倉涼のとある一日をあらゆる角度から撮影した貴重な映像記録である―― ※日本っぽい架空の国が舞台 ※♡喘ぎ注意 ※短編。ラストまで予約投稿済み

全く興味なかったのに急に泣いたりするから可愛がってあげることにしました♡

AIM
恋愛
異世界のシェアハウスで暮らす菜乃葉はいわゆる清楚系ビッチで、日本のOL時代から変わらず快楽を求めて男漁りをしている。そんなある日、菜乃葉が街のバーで飲んでいると、同じシェアハウスに住んでいて菜乃葉に一目惚れした俊輔に見つかって連れ出されてしまう。うんざりしながら「興味無いんだって」といつもより強めに断ったら、俊輔がいきなり泣き出して……。 黒髪ロングヘア、和顔、小柄で快楽主義者なヒロイン×細身、色白、黒髪、塩顔で一途なヒーローがぐっちゃぐちゃに愛し合うお話♡ ※♡喘ぎにご注意!主にヒーローが喘いでます。 ※ヒロインへの挿入はありますが、立場は最後まで逆転しません。 ※各種小説投稿サイトにも投稿しています。

処理中です...