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第1章

137 カース、聴く

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「バイオリン練習曲『タランテーラ』よ。じゃあ弾くから……」

うおっ、なんという滑らかな指遣い……細い指が指板の上で踊っている……
それでいて音の粒が揃っている……基礎的な修練を怠っていない証拠だ……
うう、指と音が加速していく……音圧が室内を埋め尽くし、私を酔わせる……すごい……





圧巻だった……
演奏時間は長かったのに、一瞬で終わったように感じる。アレックスちゃんのバイオリン演奏は上手かった、かなり……
私の耳など当てにはならないが前世で聞いたバイオリン曲との違いが分からない。
もちろん曲そのものは初耳だが、音色や技巧に違いを感じない。かなりの高レベルだと感じた。
むしろバイオリンそのものはこちらの方が品質が上なのか?

私は何も言えないでいる。
すごすぎて言葉が出てこないのだ。

アレックスちゃんは心配そうに聞いてくる。

「そ、その、どうだった?」

「う、うん、どう言っていいか分からないけど凄かったよ。まさかこんなに上手だと思わなかった。今まで気付かなかったけど、かなり練習してるよね? その指。」

「み、見ないでよ。ボロボロなんだから!」

「そう? すごく綺麗だと思うよ? その感じだと指が血だらけになっても練習し続けたんだよね? そうやって作り上げた指ってバイオリン並に芸術品だと思うよ。」

「カースのくせに……ありがと……」

それから私達は色んな話をした。
領都での生活、クタナツに来てから、初登校。
バイオリンとの出会い、厳しい教師、伸び悩み。
クタナツで楽器を嗜む人間などいないから誰にも話してなかったようだ。
また、私達と友達にはなったが、誰も遊びに来てくれないことも気にしていたらしい。
それでもみんなで遊ぶことがとても楽しかったとか、それは私もだ。



「少しバイオリン弾いてみていい?」

「うん、誰にも触らせてはいけないって言われているけどカースは特別なんだから!」

「ありがとう。じゃあ慎重に……」

私はギターを弾くようにバイオリンを構える。ピックがあればいいのに。
ギターとバイオリンでは押さえる位置が近かったりする。ギターなら弾けるのだ。
そこでドレミの曲を弾いてみた。音は外すし隣の弦まで弾いてしまうし散々だ。

「変な弾き方する癖に基本ができてそうな動きね。初めてじゃないの?」

「いやーリュートのつもりで弾いてみたんだよ。やっぱり弓の扱いは難しいね。」

「リュートですって? 最近王都の貴族間で流行り始めてるらしいじゃない? そのウエストコートと言いカースは流行に敏感なのね。」

「え? ウエストコートってまだ王都で流行ってるの? これを貰ったのは数年前だよ? 兄上からのお土産を無理矢理サイズ直ししつつ着てるんだよね。カッコよくて気に入ってるからさ。」

「流行ってるどころか加熱してるらしいわよ。腕のいい職人は取り合いらしいし。」

「へぇーすごいんだね。ところでピアノはどう? かなり高いって聞いたけど。」

「話が飛ぶわね。ピアノは高いわよ。父上の本家にはあるらしいわ。ちなみに私のバイオリンは安物よ。でもピアノには安物なんてないわね。」

「へえー、それにしても普段学校で話さないような話題を二人だけで話すのも青春だよね。」

「そう、ね……」

そこにノックの音が聞こえる。

「失礼いたします。夕食の用意が整いました。カース様にはマーティン夫人より着替えを頂いて参りました。」

もう夕方? 楽しい時間は本当にあっという間だ。
そして着替えか。泊まることがないからすっかり忘れていた。まあオディ兄直伝の洗濯魔法と乾燥魔法があるから風呂に入っている間に自分で洗うこともできるんだよな。

それにしても、こんなに長居していいのか?
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