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第1章

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ここはどこだ?

なぜか意識を取り戻した私は辺りを見渡す。
何もない。
崖から落ちたはずなのに、車もない。
景色は白一色、目が痛い。
おかしくなりそうだ。
体は動く、声も出る。
のそりと立ち上がってみると、突然男が現れた。
七三分け、黒髪、黒縁眼鏡で黒スーツ、白シャツに黒ネクタイ。
普通のサラリーマンのようだ。

「ようこそ、よくここに来れましたね。少し歓迎しますよ。」

「え?歓迎ですか?私は一体……?」

「不思議ですかね。崖から落ちた貴方が生きている。そしてこの場にいることが。」

「え、ええ……まあ……私は死んだとばかり……」



「死にましたよ。当然でしょうに。」

雨が降ったら濡れる。そんなの当たり前だと言わんばかりの口調で男は淡々と告げる。

「え、いや、でもこうして生きてるような……」

姿勢を正し、男は答える。

「申し遅れました。私は転生管理局第三課所属、かなや=さぬはらと申します。貴方の来世のお手続きに参りました。」


なんだこいつ?
転生?
管理局?
かなや=さぬはら?
わけが分からない……

男は薄っすらと笑顔を浮かべ続ける。

「混乱するのも無理はありません。大抵の生物はここに来るのが初めてですからね。まずはご説明いたしましょう。
ここは転生管理局と言いまして、まあ税関みたいなものです。
生前貴方が積み上げた『徳』に応じて来世が選べるシステムになっております。」

「徳……ですか。私は教師をしていましたが、普通程度のことしかやっていません。それでも徳……とやらは貯まっているものでしょうか……」

あんだけ真面目に普通に仕事してたんだから多少は貯まってんだろ。


「もちろんです。貴方が教師として導いた子供達の将来も多少ポイントになりますし、犯罪歴がないだけで随分と高得点ですよ。
貴方のポイントでしたらいくつかお選びいただけますね。」

「選ぶ? ですか……? 来世を私が選べるということでしょうか……」

クソっマジで死んだのか、まさかこんなドッキリなんかあるわけないし、辺りの景色も現実感がない。
よく見たら俺白衣を着てるじゃないか!

「そうです。選択肢は多くありませんがゆっくりお選びください。」

一、天界
二、地獄界
三、異世界

「あ、あの~、日本にもう一度生まれるのはだめなんでしょうか?」

天国は気になるが、絶対日本の方が無難そうだ。
間髪入れず返答が来る。

「申し訳ありませんが『徳』が足りません。もう少しだったのですが、両親・恋人を残して先に亡くなったことで大幅にマイナスが出ております。」

嘘だろ。
現代日本は天国より居心地がいいってことなのか?

「ご説明いたします。まず天界ですが、とても良い所です。
朝日と共に目覚め、夕日と共に眠る。
日中は皆と共に瞑想をし、徳を高めます。
夜間は夢の中で瞑想をし、やはり徳を高めます。
そうして体感で百年も過ごせばどこでも好きな世界に転生できるほどの徳が貯まるでしょう。私の一押しです。」

「次の地獄界ですが、こちらも意外とオススメです。
文字通り地獄のような苦しみですが、何も考えず身を任せるだけでよい分、怠け者の方々に最適です。
最短でわずか十年で転生の許可が出ます。」

「最後に異世界です。こちらはあまりオススメできません。と言いますのが、徳が貯まりにくい世界だからです。
天界が一日に三貯まるとすれば、こちらは一年がんばっても十ぐらいです。」

「まあ異世界でも来々世のことなど考えず、普通に暮らすなら問題はありませんよ。」

あぁ天国じゃなくて天界なのか。
違いなんて分からないが、誰もが想像する楽園とは別物らしい。

「いくつか質問よろしいでしょうか。
異世界とやらは地球ではないということでしょうか?
赤ちゃんとして生まれるわけですよね?」

「そうです。もっとも地球でないと言うより貴方の知ってる宇宙ですらありません。世界そのものが異なるわけですから。
そして転生という観点からすれば変ですが、赤子かそのままかお選びいただけます。」

「えっと? そのままとは今の私の能力や体格、知能がそのままってことでしょうか?」

意外と異世界が良さそうなのか?

「その通りです。ただし言語や一般常識の問題がありますので、赤子からをオススメいたします。」

なんてこった。
赤ちゃんからやり直すしかないのか……
いや、待てよ?

「記憶はどうなりますか?そもそも異世界ってどんな世界なのですか?」

「それも徳に応じてお選びいただけます。
あまりやりすぎますと来世では徳が零からの開始になりますが。
今回転生可能な異世界は二つ。
一つは地球で言うところの中世、魔法を中心として発達した世界です。
もう一つは近世、魔法はない代わりにもう少し頑張れば産業革命が起こりそうな世界です。」

こいつ、説明するとか言って最低限しか言わないつもりだったのか?

「詳しくお伺いしたいのですが、私の徳だと記憶の持ち越しは可能でしょうか。
それに魔法ってあの魔法ですか!? 私でも使えるんですか!?」

そりゃ魔法が使えるんなら行くだろ。でも中世か、汚いんだろうな。
治安も悪そうだし、すぐ死ぬのは嫌だ。
産業革命前なら上手くやれば大儲けできそうか? 記憶ありでこっちにするか……

「記憶はそのままにすることは可能です。徳は足りてますよ。
魔法も努力次第ですが使えるでしょう。
ギターやピアノの練習と同程度にお考えください。」

魔法……さすがに惹かれるものがある。
現代人にとっては無視できない魅力がある。
多少の危険も魔法があれば何とかなるのではないか?
そんな甘い考えが頭をよぎる。

「どんな魔法がありますか? また私から見て異能と思えるものは魔法だけでしょうか?」

「日本の方が想像する魔法は大抵ありますよ。
また異能と言うか魔法っぽくないもので、個人魔法と呼ばれるものがありますね。
火とか水とか土に風なんかは魔法らしいですよね。
それに対して個人魔法は千差万別です。
例えば、
・かゆい所をすぐに掻くことができる魔法
・トイレに行かなくても尿、便を直接トイレに転移させる魔法
・手がきれいになる魔法、そもそも手が汚れない魔法
・挨拶をすると必ず挨拶を返してもらえる魔法
挙げるとキリがないんですよ。」

「普通の魔法、火とか水が出せるような魔法は誰でも習得できるんですよね?
個人魔法はその辺どうなんでしょう?」

もしかして意外と役に立つんじゃないか?
カスみたいな能力も使いようだろ。

「その通りです。誰でも努力次第で習得できますよ。
個人魔法は才能が全てですから何とも言えません。
全員が持っている能力でもありませんしね。」

「それってポイントで先に習得できませんか?」

もし私の考えが正しいなら、この魔法、能力は使える。
ダメならダメで諦めるしかないが。

「できますよ。まぁ、あまり役に立つとは思えませんが、その分ポイントも少なくて済みますね。」

若干うんざりしたような顔に見える。
しかしそんなの知ったことではない。
聞けるだけ聞いておかなければ。

「それなら、約束を守る魔法ってできますか?」

「もちろん可能です。
ただそれならわざわざ個人魔法にしなくても契約魔法がありますよ?」

「それはいいですね! 個人魔法と比べた場合、コストや強制力、使い勝手はどんなもんですか?」

「個人魔法はほぼノーコストです。
いわゆるMP、魔力と呼ばれるものを少ししか消費しません。
個人魔法で約束を守る魔法を使うとしたら、契約魔法と比べてタダみたいなものだと思いますよ。
約束する相手の魔力次第ですから正確には分かりませんが。
相手と自分の魔力差の一、二割程度を消費すると考えておけばいいでしょうね。
もし貴方の方が上ならほとんど消費しない計算です。」

「ということはもしかして、ポイントで魔力を高めにしておけば約束を守る魔法は使い放題でしょうか?」

「その通りですね。記憶、個人魔法、高い魔力。
これらを満たすぐらいポイントはあります。」

おお、これなら上手くいくか。
でも怖いから確認しておこう。

「私が思い描く約束を守る魔法とは『双方の合意に基づいて約束したことは、必ず守られる』ということです。
例えば『いつまでに貸した金を返す。返せない時は自分の手で自分の鼻と口を空気が通らないように塞ぐ』
といった具合ですが、できそうでしょうか?」

「エゲツないことをお考えですね。
条件を守れない時は死ぬ、ではなく具体的に指定されましたね。
これならほぼノーコストで契約魔法並みかそれ以上の効果が出るかと思いますよ。
ただまあ恨みを買ってあっさり殺される可能性の方が高い気もしますけどね。」

「ありがとうございます。
中世の方で決めようと思いますが、もう説明をするのも質問を聞くのも面倒でしょう?
スパッと情報をまとめて貰える方法はないんですか?
かなやさんって天使みたいな方なんですよね? できるんでしょ?」

初めからこうすればこいつも楽だったろうに。

「あー、まあできるんですがね、私の査定に響くんですよね。
もう面倒だからやりますけど。
暇な乳児期に少しずつ頭に入るようにしておきますよ。
では、もう二度と来ないでくださいね。カス教師さん。」

「ありがとうございます。かなやさんの分まで精一杯頑張ります。どうもお世話になりました。」

未練もあるし、両親や彼女にも申し訳なく思うが、もうどうしようもない。
来世で一からがんばるとしよう。
ところで私はカス教師なのか?
あんなに子供達のために頑張ったのに。
それなりに『徳』も積んでたんだろう。
ポイントとやらで来世は楽ができそうだ。
それにしてもだんだん態度が悪くなっていきやがったな。これもお役所仕事なのか。





一方かなや=さぬはらだが、ネクタイを緩め一息ついていた。

「ふー、やっと行きやがった。あー疲れた。
どうせまた似たような人生で似たような死に方をするんだろうよ。
あいつもう百回はここに来てるのに、進歩しないよな。初めてなワケないだろ。バカな奴。
素直に天界で徳を積んでれば、来々世は日本どころか異次元レベルの高度な文明を持つ世界や、平和で長閑な世界への転生もできたのによ。
さっきは驚いたが、あんなカス魔法で生きていけるような世界じゃないはずだがな。
今回の転生でポイントを使い果たしたことだし、少しは長生きして徳を貯めておかないと、来々世はマジで大腸菌だな。
そうなるともう徳なんか積みようがない。
詰みかもな。何回転生しても解脱できんだろうな。
ま、それでも犯罪者になって『業』を溜めて千年地獄ってよりはマシかもな。
何がしたいんだか、まあカスの考えることは分からんな。
モンスターだらけなのは異世界も日本も変わらんだろうに。
いや、変わらないから中世への抵抗がないのか?
さてと、次の客は普通の奴だといいんだが。」







「かーなーやー、お前また途中でサボりやがったな!
課長に報告しておくからな!
転生者には親身に丁寧に対応しろって言ってんだろ!
俺ら三課の査定に響くだろうが!」

「あー先輩、いや途中までしっかりやってたんすよ。でもあいつが小難しい質問してきやがってだんだんめんどくなってしまって。」

「そりゃ分からんでもないけどさー、それは説明できないんです、とか言って適当にごまかせよ!」

「あーそうですよね。いやーあいつのカスっぷりに嫌気がさしてたもんで。」

「まぁ、あいつはあいつで大変だったと思うぞ?
倒すことが不可能なモンスターと毎日戦ってな、精神をどっさりすり減らしたみたいなんだよな。」

「あー見ましたよ。ちなみにあのガキやらその親やらって死後は何課が担当なんですか?
前科が多分付かないでしょうから五課とかですか?」

「いや、それがな、上の方でも揉めてる。
どの課も対応したくないのさ。
前科持ちや逃げきった犯罪者なら六課が担当するだけなんだが。」

「もしどの課も担当しなかったらどうなります?」

「そりゃ転生不可能さ。市役所のロビーでいつまでもいつまでも待たされる状態だな。無間地獄より終わりがないぞ。」

「そりゃー大変ですね。普通に地獄に行った方がよっぽどマシっすね。」
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