閉じたまぶたの裏側で

櫻井音衣

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嫉妬する資格なんかない

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「芙佳……またあいつと会ってたのか」

苛立たしげに呟く低い声に無性に腹が立って、私は思いきり勲の胸を押し返した。

「なんで……?もうここには来ないでって言ったでしょう?私が誰と会おうがあなたには関係ないじゃない!!」

その手を振り払った私を、勲はまた強い力で引き寄せる。

「関係なくない!!俺は芙佳が好きだって言っただろ?!もう来るなって言われてもずっと会いたくて、芙佳があいつと一緒にいると思うとイライラして悔しくて……もうおかしくなりそうだ!」
「勝手な事言わないでよ!あなたが結婚したって知った後、私がどれだけそんな思いをしたかわかる?恋人だと思ってた人が、知らないうちに他の人の夫になったのよ?私を裏切ったのはあなたでしょ?!」

あの時の惨めな気持ちが蘇り溢れそうになった涙を堪えると、應汰が口にした『嫉妬する資格なんかない』という言葉が脳裏を掠めた。
嫉妬する資格がないのは應汰じゃなくて勲の方だ。

「私の事が好きなんて言ったって、何も捨てられないくせに。私が誰と何しようが、あなたには嫉妬する資格なんかない」

うつむいて私の言葉を聞いていた勲が、拳をギュッと握りしめてゆっくりと顔を上げた。
思い詰めたその眼差しに一瞬怯みそうになったけれど、ここで勲との関係をきっぱりと終わらせるという決意を翻すわけにはいかない。
何を言われても負けちゃダメだと自分に言い聞かせる。

「俺がもし……仕事も親も何もかも捨てて離婚するって言ったら、芙佳は俺のところに戻ってきてくれるのか?」
「……え?」

まさか、そんな事ができるわけがない。
それに仕事はともかく、親を捨てるってどういうこと?
どんなに考えても、私には勲の言葉の意味が理解できない。

「元々は俺自身が望んだ結婚じゃない。俺は……本当は芙佳が出向を終えて戻って来たら、プロポーズするつもりだった」

それから勲は、なぜ七海と結婚したのかを話し始めた。
勲の両親は小さな町工場を営んでいて、この不景気で、常に資金繰りに苦労していたらしい。
両親の会社の得意先の多くが、今勤めている会社の関連会社だった事を勲は知っていた。
七海との縁談を持ち掛けられた時、私との結婚を考えていた勲は一度は断ったそうだが、それが原因で両親の会社は次々と得意先に縁を切られ、たくさんの在庫を抱えたまま倒産の危機に陥ったのだと言う。
その時専務が、七海と結婚すれば両親の会社の事はなんとかしてやると言ったのだそうだ。
七海との結婚を決めた事で、離れていった得意先は戻り、新たな出荷先を与えられ、専務が経営資金を援助してくれて、両親の会社は活気を取り戻したらしい。

両親を助けるために七海と結婚したなんて、私は今まで知らなかった。
勲の事情など何も知らず、愛していたからこそ私を裏切った勲を憎んだ。
私はずっと、私から勲を奪った七海に狂いそうなほど嫉妬して、この手で勲を奪い返す事ができればどんなにいいかと思っていた。
『俺が好きなのは芙佳だけだ』と勲に言われるたびに心のどこかで、結婚しても勲に愛されていない七海を哀れんで、私を好きだと言う勲を七海の元へ帰す事で優越感に浸り、捨てられた自分を哀れで惨めな女にしないように精一杯の虚栄心で身を守り、七海を侮蔑する事で心の安定を得ていた。
そんな事をしたって虚しいだけだと気付いた時にはもう、勲との不倫から抜け出せなくなっていた。
勲を好きでいるほど私の心は醜くなって行く。
本当は、嫉妬する資格なんかないのは、私の方なのかも知れない。

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