4 / 52
不毛な関係
4
しおりを挟む
昼休みが終わる直前、スマホのトークアプリの画面を開いた。
勲は自分の席でパソコンに向かっている。
周りに誰もいない事を確かめて、すばやく入力した短いメッセージを送った。
【金曜日は友達と約束があるから来ないで】
勲はトーク通知音に気付いてスマホをポケットから取り出した。
トーク画面を開いてメッセージを確認した勲は面白くなさそうに顔をしかめて、スマホの画面に指を滑らせている。
すぐに勲からの短いメッセージが届いた。
【男と会うのか?】
一体どの面下げてそんなことが言えるのか。
どうやら勲は勘違いしているようだ。
私はあなたのものじゃないの。
そしてあなたも、私のものじゃない。
一緒にいる時でさえ、あなたを私に縛り付ける事はできない。
だから私は少しだけ、あなたを惑わせたい。
【あなたには関係ない】
関係ない。
自分で言っておいて余計に虚しさが増した。
恋人でも夫婦でもないのに、嫉妬も独占欲もないよね。
小娘じゃあるまいし、こんな駆け引きみたいな事したって、なんの意味もないのに。
ホントに馬鹿げてる。
会議の後、会議室の片付けをしていると、誰もいなくなるのを見計らって勲が私の隣に立った。
「さっきのあれ……関係ないって何?」
「なんの事ですか、主任?」
「とぼけるなよ」
ここは会社だと目一杯牽制しているつもりなのに、どうしてそれがわからないんだろう?
「俺以外にも男がいるのか?」
──呆れた。
私以外に妻という女がいるあなたには言われたくないわ。
「用がないならどいて下さい」
勝手な言葉を無視して片付けを進めようとすると、勲は私の腕を掴み、強く握った。
「はぐらかすな」
「痛いです。離してください、主任」
ドアの向こうに会議室に入って来ようとする誰かの足音が聞こえて、勲は渋々手を離した。
人に言えない関係なんだから、会社でこんな事をするのはやめて欲しい。
誰かに知られて困るのは、私よりも勲だ。
勲は何事もなかったような顔をして、会議室を出て行った。
その背中に焦りと苛立ちをにじませて。
私が誰と何をしたって、勲には文句を言う資格なんてない。
3年前、私と付き合っていたはずなのに、七海と結婚したのは勲だ。
仕事を終えて、自宅に帰ってお風呂に入り、適当に夕食を済ませた。
一人の夕食なんて味気ないものだ。
何を食べてもたいして美味しくはない。
だから一人の時は出来合いの物を買ったり、冷蔵庫にあるもので簡単な物を作ったりして済ませる。
毎日手料理を作ってあげたいと思える人がいれば、また違うのかな。
私は勲のために料理を作ったりはしない。
だって私は彼女でも妻でもないから。
勲に喜んでもらいたくて一生懸命料理を作っていた頃が、私にもあった。
それはまだ勲が七海と結婚する前。
私たちが恋人同士だった頃の事だ。
入社して1年半が経った頃、同じ部署の先輩だった勲と付き合い始めた。
付き合い始めてから1年が経った頃、私は子会社の工場の事務員として半年間出向する事になった。
その工場が本社から車で3時間ほどもかかる場所だったので、住まいを工場の寮に移して生活した。
最初のうちこそ、たまに電話やメールで連絡を取ったりもしていたけれど、次第にその頻度は減り、メールをしても返事がない事も珍しくなかった。
その頃勲は新商品の開発チームに入ったと言っていたので、仕事が忙しいのかもと思った私は、あまり返事を催促したりはしなかった。
なんの疑いもなく、元の部署に戻ればまた前のように毎日会えると思っていた。
だけど、半年後に元の部署に戻った時には、勲は七海と結婚していた。
一体なんの冗談かと思ったけれど、知らなかったのは私だけだった。
社内恋愛が禁止されているわけではないけれど、同じ部署の者同士が付き合っていると暗黙の了解でどちらかが異動になるので、他の人たちには私たちが付き合っている事は知らせていなかった。
だからって、彼女の出向中に専務の娘と結婚するなんて、いくらなんでもひどすぎる。
それがわかった時点で別れようと思った。
けれど、3年経った今も私は勲の嘘に溺れている。
『本当に好きなのは芙佳だ』という、愛のない見え透いた嘘に。
勲は自分の席でパソコンに向かっている。
周りに誰もいない事を確かめて、すばやく入力した短いメッセージを送った。
【金曜日は友達と約束があるから来ないで】
勲はトーク通知音に気付いてスマホをポケットから取り出した。
トーク画面を開いてメッセージを確認した勲は面白くなさそうに顔をしかめて、スマホの画面に指を滑らせている。
すぐに勲からの短いメッセージが届いた。
【男と会うのか?】
一体どの面下げてそんなことが言えるのか。
どうやら勲は勘違いしているようだ。
私はあなたのものじゃないの。
そしてあなたも、私のものじゃない。
一緒にいる時でさえ、あなたを私に縛り付ける事はできない。
だから私は少しだけ、あなたを惑わせたい。
【あなたには関係ない】
関係ない。
自分で言っておいて余計に虚しさが増した。
恋人でも夫婦でもないのに、嫉妬も独占欲もないよね。
小娘じゃあるまいし、こんな駆け引きみたいな事したって、なんの意味もないのに。
ホントに馬鹿げてる。
会議の後、会議室の片付けをしていると、誰もいなくなるのを見計らって勲が私の隣に立った。
「さっきのあれ……関係ないって何?」
「なんの事ですか、主任?」
「とぼけるなよ」
ここは会社だと目一杯牽制しているつもりなのに、どうしてそれがわからないんだろう?
「俺以外にも男がいるのか?」
──呆れた。
私以外に妻という女がいるあなたには言われたくないわ。
「用がないならどいて下さい」
勝手な言葉を無視して片付けを進めようとすると、勲は私の腕を掴み、強く握った。
「はぐらかすな」
「痛いです。離してください、主任」
ドアの向こうに会議室に入って来ようとする誰かの足音が聞こえて、勲は渋々手を離した。
人に言えない関係なんだから、会社でこんな事をするのはやめて欲しい。
誰かに知られて困るのは、私よりも勲だ。
勲は何事もなかったような顔をして、会議室を出て行った。
その背中に焦りと苛立ちをにじませて。
私が誰と何をしたって、勲には文句を言う資格なんてない。
3年前、私と付き合っていたはずなのに、七海と結婚したのは勲だ。
仕事を終えて、自宅に帰ってお風呂に入り、適当に夕食を済ませた。
一人の夕食なんて味気ないものだ。
何を食べてもたいして美味しくはない。
だから一人の時は出来合いの物を買ったり、冷蔵庫にあるもので簡単な物を作ったりして済ませる。
毎日手料理を作ってあげたいと思える人がいれば、また違うのかな。
私は勲のために料理を作ったりはしない。
だって私は彼女でも妻でもないから。
勲に喜んでもらいたくて一生懸命料理を作っていた頃が、私にもあった。
それはまだ勲が七海と結婚する前。
私たちが恋人同士だった頃の事だ。
入社して1年半が経った頃、同じ部署の先輩だった勲と付き合い始めた。
付き合い始めてから1年が経った頃、私は子会社の工場の事務員として半年間出向する事になった。
その工場が本社から車で3時間ほどもかかる場所だったので、住まいを工場の寮に移して生活した。
最初のうちこそ、たまに電話やメールで連絡を取ったりもしていたけれど、次第にその頻度は減り、メールをしても返事がない事も珍しくなかった。
その頃勲は新商品の開発チームに入ったと言っていたので、仕事が忙しいのかもと思った私は、あまり返事を催促したりはしなかった。
なんの疑いもなく、元の部署に戻ればまた前のように毎日会えると思っていた。
だけど、半年後に元の部署に戻った時には、勲は七海と結婚していた。
一体なんの冗談かと思ったけれど、知らなかったのは私だけだった。
社内恋愛が禁止されているわけではないけれど、同じ部署の者同士が付き合っていると暗黙の了解でどちらかが異動になるので、他の人たちには私たちが付き合っている事は知らせていなかった。
だからって、彼女の出向中に専務の娘と結婚するなんて、いくらなんでもひどすぎる。
それがわかった時点で別れようと思った。
けれど、3年経った今も私は勲の嘘に溺れている。
『本当に好きなのは芙佳だ』という、愛のない見え透いた嘘に。
0
お気に入りに追加
125
あなたにおすすめの小説
社長室の蜜月
ゆる
恋愛
内容紹介:
若き社長・西園寺蓮の秘書に抜擢された相沢結衣は、突然の異動に戸惑いながらも、彼の完璧主義に応えるため懸命に働く日々を送る。冷徹で近寄りがたい蓮のもとで奮闘する中、結衣は彼の意外な一面や、秘められた孤独を知り、次第に特別な絆を築いていく。
一方で、同期の嫉妬や社内の噂、さらには会社を揺るがす陰謀に巻き込まれる結衣。それでも、蓮との信頼関係を深めながら、二人は困難を乗り越えようとする。
仕事のパートナーから始まる二人の関係は、やがて揺るぎない愛情へと発展していく――。オフィスラブならではの緊張感と温かさ、そして心揺さぶるロマンティックな展開が詰まった、大人の純愛ストーリー。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
Promise Ring
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
浅井夕海、OL。
下請け会社の社長、多賀谷さんを社長室に案内する際、ふたりっきりのエレベーターで突然、うなじにキスされました。
若くして独立し、業績も上々。
しかも独身でイケメン、そんな多賀谷社長が地味で無表情な私なんか相手にするはずなくて。
なのに次きたとき、やっぱりふたりっきりのエレベーターで……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる