上 下
93 / 95
さよならプリテンダー

しおりを挟む
「そう言ってもらえると嬉しいです。ついこの間まで向かい合って食事してたのに、なんだかもうずっと前の事みたいですね」
「そうだな……」

杏さんはまた黙り込んだ。
本当は聞きたい事があるのに聞きづらいっていう顔をしている。
やっぱりさっきの事が気になっているんだろう。
僕がまたお祖父様に嘘をついたと思っているのかな?
今を逃したらもう伝えられないんだから、あれは嘘じゃなくて僕の本心だって、僕の口からちゃんと伝えなきゃ。
僕が思いきって気持ちを伝えようとすると、杏さんはひとつ息をついて僕の方を見た。
だけど目が合った途端にまた慌てて目をそらす。

「……さっきお祖父様の言った事なんだが……」

杏さんが先に口を開いた。
もう迷ってる場合じゃない。

「……ホントですよ」
「鴫野はあの子が好きで、二人は付き合ってるんじゃなかったのか?」
「付き合ってません。好きだから付き合って欲しいとは言われたけど、断りました」
「そんなはずはないだろう……。私は彼女からそう聞いた」

杏さんは渡部さんが言った事をまだ信じているようだ。
渡部さんの言葉じゃなくて、今、目の前にいる僕の言葉を信じて欲しい。
もう嘘をつくのはやめる。
都合よく自分の汚さを隠したりしない。
本音をさらけ出せばきっときれいごとだけじゃ済まないけれど、杏さんには本当の僕を知って欲しいし、できれば好きになって欲しい。
偽物の僕とはさよならだ。

「いつも彼女と一緒にいたじゃないか」
「いましたね。会社帰りに待ち伏せされたり、強引に昼休みの約束をさせられて」
「私が外で会うなと言ったから……人に見られるとまずいような事を、会社で人目を忍んでしていたんだろう?」
「ええ……しましたよ、好きでもないのに。杏さんとの関係を下手に勘ぐられるのが面倒で、黙らせるために彼女の望むようにしてただけです」

本音をぶっちゃけすぎたのか、杏さんはかなり戸惑っている。
もしかして僕が渡部さんにどんなことをしていたのかと考えたけれど、杏さんには経験がないことだからよくわからないのかも知れない。

「一度は断ったのに気を持たせるような事したのは確かです。でも僕はどうしても渡部さんのことを好きにはなれなかったから、好きでもないなのにそんな事をするのが苦痛になってきて……そういういい加減な関係を無理やり終わらせたんです。結果的にそれが渡部さんを傷付けてしまって、あの盗作騒動に繋がったんですけど……」
「そ……そうか……」

ほんの少し、杏さんの口元がゆるんだ。
杏さん、今少しホッとした?
僕が渡部さんを好きじゃないとか付き合ってないってわかって、良かったって思ってる?

「僕はホントは、杏さんに僕の作った弁当を食べてもらいたかったし、一緒に食べたかったんです」
「そうか……。余計な気遣いだったな……」
「もしかして杏さんは、僕が渡部さんと付き合ってると思ったから昼休みは別々に過ごそうとか弁当は要らないとか言って、僕と距離を取ろうとしたんですか?」
「……それもある」
「他に何があるんです?」
「……言わない」

言わないってなんだ?
言えないような事なのか?
こうなったら絶対に、意地でも言わせてやる。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

オフィスにラブは落ちてねぇ!! 2

櫻井音衣
恋愛
会社は賃金を得るために 労働する場所であって、 異性との出会いや恋愛を求めて 来る場所ではない。 そこにあるのは 仕事としがらみと お節介な優しい人たちとの ちょっと面倒な人間関係だけだ。 『オフィスにはラブなんて落ちていない』 それが持論。 ある保険会社の支部内勤事務員で 社内では評判の “明るく優しく仕事の速い内勤さん” 菅谷 愛美 、もうすぐ27歳、独身。 過去のつらい恋愛経験で心が荒み、 顔で笑っていつも心で毒を吐く。 好みのタイプは 真面目で優しくて性格の穏やかな 草食系眼鏡男子。 とにかく俺様男は大嫌い!! ……だったはず。 社内でも評判の長身イケメンエリートで 仏頂面で無茶な仕事を押し付ける 無愛想な俺様支部長 緒川 政弘、33歳、独身。 実は偽装俺様の彼は仕事を離れると 従順な人懐こい大型犬のように可愛く、 とびきり甘くて優しい愛美の恋人。 愛美と“政弘さん”が付き合い始めて4か月。 仕事で忙しい“政弘さん”に 無理をさせたくない愛美と 愛美にもっとわがままを言って 甘えて欲しい“政弘さん”は お互いを気遣い遠慮して 言いたい事がなかなか言えない。 そんなある日、 二人の関係を揺るがす人物が現れて……。

【R18】豹変年下オオカミ君の恋愛包囲網〜策士な後輩から逃げられません!〜

湊未来
恋愛
「ねぇ、本当に陰キャの童貞だって信じてたの?経験豊富なお姉さん………」 30歳の誕生日当日、彼氏に呼び出された先は高級ホテルのレストラン。胸を高鳴らせ向かった先で見たものは、可愛らしいワンピースを着た女と腕を組み、こちらを見据える彼の姿だった。 一方的に別れを告げられ、ヤケ酒目的で向かったBAR。 「ねぇ。酔っちゃったの……… ………ふふふ…貴方に酔っちゃったみたい」 一夜のアバンチュールの筈だった。 運命とは時に残酷で甘い……… 羊の皮を被った年下オオカミ君×三十路崖っぷち女の恋愛攻防戦。 覗いて行きませんか? ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※ ・R18の話には※をつけます。 ・女性が男性を襲うシーンが初回にあります。苦手な方はご注意を。 ・裏テーマは『クズ男愛に目覚める』です。年上の女性に振り回されながら、愛を自覚し、更生するクズ男をゆるっく書けたらいいなぁ〜と。

孕むまでオマエを離さない~孤独な御曹司の執着愛~

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「絶対にキモチイイと言わせてやる」 私に多額の借金を背負わせ、彼氏がいなくなりました!? ヤバい取り立て屋から告げられた返済期限は一週間後。 少しでもどうにかならないかとキャバクラに体験入店したものの、ナンバーワンキャバ嬢の恨みを買い、騒ぎを起こしてしまいました……。 それだけでも絶望的なのに、私を庇ってきたのは弊社の御曹司で。 副業がバレてクビかと怯えていたら、借金の肩代わりに妊娠を強要されたんですが!? 跡取り身籠もり条件の愛のない関係のはずなのに、御曹司があまあまなのはなぜでしょう……? 坂下花音 さかしたかのん 28歳 不動産会社『マグネイトエステート』一般社員 真面目が服を着て歩いているような子 見た目も真面目そのもの 恋に関しては夢を見がちで、そのせいで男に騙された × 盛重海星 もりしげかいせい 32歳 不動産会社『マグネイトエステート』開発本部長で御曹司 長男だけどなにやら訳ありであまり跡取りとして望まれていない 人当たりがよくていい人 だけど本当は強引!?

お前を必ず落として見せる~俺様御曹司の執着愛

ラヴ KAZU
恋愛
まどかは同棲中の彼の浮気現場を目撃し、雨の中社長である龍斗にマンションへ誘われる。女の魅力を「試してみるか」そう言われて一夜を共にする。龍斗に頼らない妊娠したまどかに対して、契約結婚を申し出る。ある日龍斗に思いを寄せる義妹真凜は、まどかの存在を疎ましく思い、階段から突き落とす。流産と怪我で入院を余儀なくされたまどかは龍斗の側にはいられないと姿を消す。そこへ元彼の新が見違えた姿で現れる。果たして……

【R18】星屑オートマタ

春宮ともみ
恋愛
付き合う男にはことごとく裏切られて振られる。 30代、未婚、彼氏無し。崖っぷちのアラフォーライターの私の前に現れたのは、年下の男の子。誰かに振られるたびに心も身体も慰めて貰うようになり、いつの間にかセフレとなってしまった。 一念発起し、そのセフレとの関係を断ち切り新たな一歩を踏み出した。けれども実はその男の子がとある企業の御曹司だったことが発覚し、思わぬ邂逅から激しく執着されて――!? 「僕はずっと、あなたを探してた」 「もう逃がさない」 歪な過去を否定したくて淡い恋心を見ないふりをしてきたやよい。そして、ついに。 『やよい。俺じゃ、だめか?』  --- 過去の経験から拗らせて恋に臆病になってしまったふたりが紡ぐ、切なめオフィスラブ。  --- *印=R18 ◎全38話+番外編SS1話 ◎初出:ムーンライトノベルズ。こちらは細かい部分を加筆修正した改稿版です。 ◎作中に出てくる企業名、情報、登場人物が持つ知識等は創作上のフィクションです ◎本作は作者の他作品「愛と快楽に溺れて(『俺様エリートは独占欲全開で愛と快楽に溺れさせる/エタニティブックス』)」と同じ世界観の物語です。前述作品の完結より5年の月日が経っている設定ですが、若干名の登場人物の被りがあるだけで本作単体のみでもお楽しみいただけます。 ️ただし『外伝』完結後のネタバレが含まれております。ご興味のある方は元になった作品も覗いていただけたら幸いです。 ※表紙はpixabay様よりお借りし、SS表紙メーカー様にて加工しております

社長とは恋愛しません!

日下奈緒
恋愛
景子の新しい職場が決まった。 真田コーポレーションの若き社長の秘書だ。 社長と言っても、25歳で最近会社を継いだばかり。 景子の秘書としての能力が試される!? 「良いパートナーに巡り合えた」「社長とは恋愛しません。」

ワケあり上司とヒミツの共有

咲良緋芽
恋愛
部署も違う、顔見知りでもない。 でも、社内で有名な津田部長。 ハンサム&クールな出で立ちが、 女子社員のハートを鷲掴みにしている。 接点なんて、何もない。 社内の廊下で、2、3度すれ違った位。 だから、 私が津田部長のヒミツを知ったのは、 偶然。 社内の誰も気が付いていないヒミツを 私は知ってしまった。 「どどど、どうしよう……!!」 私、美園江奈は、このヒミツを守れるの…?

あの夜をもう一度~不器用なイケメンの重すぎる拗らせ愛~

sae
恋愛
イケメン、高学歴、愛想も良くてモテ人生まっしぐらに見える高宮駿(たかみやしゅん)は、過去のトラウマからろくな恋愛をしていない拗らせた男である。酔った勢いで同じ会社の美山燈子(みやまとうこ)と一夜の関係を持ってまう。普段なら絶対にしないような失態に動揺する高宮、一方燈子はひどく冷静に事態を受け止め自分とのことは忘れてくれと懇願してくる。それを無視できない高宮だが燈子との心の距離は開いていく一方で……。 ☆双方向の視点で物語は進みます。 ☆こちらは自作「ゆびさきから恋をする~」のスピンオフ作品になります。この作品からでも読めますが、出てくるキャラを知ってもらえているとより楽しめるかもです。もし良ければそちらも覗いてもらえたら嬉しいです。 ⭐︎本編完結 ⭐︎続編連載開始(R6.8.23〜)、燈子過去編→高宮家族編と続きます!お付き合いよろしくお願いします!!

処理中です...