上 下
9 / 95
やけ酒の果ての過ち

しおりを挟む
「……わからんな。泣くほど傷付くくらいなら、最初から恋愛なんてしなければいい」
「それは杏さんが恋愛した事がないから言えるんです」

また失礼な事を言っているという自覚はあるのに、自分の意志とは裏腹に勝手にこぼれ落ちる言葉を止められない。

「杏さんだってね……誰かを本気で好きになったらわかるはずです」
「わかりたいとも思わんが?」

……なんだかな。
この強気な上司のすました顔を涙でグシャグシャにしてやりたい。
これまで一度も感じたことのない欲望が僕の心の奥底から湧き上がる。

「杏さんって誰とも付き合った事ないんですか?」
「それがどうした?」
「若くで出世して大勢の人の上に立ってるのに、恋愛経験は小学生以下だ。こんな事もした事ないんでしょう?」

手を伸ばして、杏さんの頭を引き寄せた。
驚いて何かを言おうとした杏さんの唇を、僕の唇で無理やり塞ぐ。
どんなに必死で抵抗したって杏さんは女だ。
男の僕に力では敵わない。
僕は思いきり杏さんを抱きしめて、舌先で杏さんのこわばった唇をこじ開け、貪るように舌を絡めた。
柔らかく湿った舌は、少しだけウイスキーの味がした。
杏さんは息の仕方もわからなくなったのか、苦しそうにもがいて僕の背中を拳で叩く。
唇を離すと、杏さんは必死で呼吸をした。

「なっ……なんでこんな事……!」

杏さんは今まで見たこともないような慌てた顔をして、僕を睨み付けた。
その目付きになんだか身体中がゾクゾクする。

「それもわからないんですか?したかったからですよ」

僕は杏さんの腕を掴んで、思いきり体を引き寄せた。
その勢いでバランスを崩した杏さんが僕の腕の中に飛び込んでくる。
ベッドの上に押し倒すと、杏さんは顔を強ばらせた。
なんだ、かわいいじゃないか。
もっといじめてやりたい。
もう一度唇を塞いで、さっきよりも激しいキスをした。
キスをしながら杏さんの高そうなスーツのボタンを外す。
スーツの下のブラウスのボタンを外すと、杏さんは怯えた顔をした。
首筋に舌を這わせて形のいい胸に触れると、杏さんはビクリと体を震わせる。

「杏さん、なんで彼女と付き合ってたんだって僕に聞きましたよね?こういうことしたかったんですよ。いくら杏さんでも、わかるでしょ?」
「わ……から……ない……」
「だったら……わかるまで僕が教えてあげます」



目が覚めると、外はもう随分日が高く昇っていた。
ぼんやりと目を開いて部屋を見回すと、テーブルの上にはグラスが置かれていて、部屋にいるのは僕一人だ。
それにしても変な夢見た……。
夢の中で僕は杏さんを押し倒していた。
必死で抵抗する杏さんを押さえ付けて、強引にキスをして身体中を弄び、怯えて涙を流しながら『もうやめて』と僕に懇願する杏さんを這いつくばらせて何度も乱暴に突き上げた。
あれって一歩間違えば……いや、合意の上じゃないなら明らかに犯罪だろ?
酔いが醒めて冷静になった今、僕自身のしでかしたことだと考えるといやな汗がにじむ。
夢で本当に良かったと胸を撫で下ろした。

夕べの深酒のせいで、頭がガンガンして、胃の辺りがムカムカする。
寝返りを打つのも億劫で、仰向けのまま手足を投げ出し、ぼんやりと天井を眺めた。
杏さんとの事は夢だったけど、美玖との事は夢じゃない。
……あー、美玖とは終わったんだな。
昨日の今日だから、やっぱりまだ簡単に吹っ切る事はできない。
シラフの状態で一人になってみて初めて、思ったより参っている事に気付く。
地味でつまらない僕なんか誰にも必要とされないとか、誰にも愛してもらえないとか、僕という人間を全否定された気分だ。
美玖の浮気現場を目撃した上にこっぴどくフラれただけでもかなり痛いのに、夢の中とは言えその腹いせに上司の杏さんを襲うなんて、人間として最低だ。
本当に人間のクズだ。
なんかもう立ち直れそうもない。
だから今日はこのまま重力にも無気力にも逆らわず、二日酔いの重い体を横たえて大人しく反省していよう。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

糖度高めな秘密の密会はいかが?

桜井 響華
恋愛
彩羽(いろは)コーポレーションで 雑貨デザイナー兼その他のデザインを 担当している、秋葉 紫です。 毎日のように 鬼畜な企画部長からガミガミ言われて、 日々、癒しを求めています。 ストレス解消法の一つは、 同じ系列のカフェに行く事。 そこには、 癒しの王子様が居るから───・・・・・ カフェのアルバイト店員? でも、本当は御曹司!? 年下王子様系か...Sな俺様上司か… 入社5年目、私にも恋のチャンスが 巡って来たけれど… 早くも波乱の予感───

一夜限りのお相手は

栗原さとみ
恋愛
私は大学3年の倉持ひより。サークルにも属さず、いたって地味にキャンパスライフを送っている。大学の図書館で一人読書をしたり、好きな写真のスタジオでバイトをして過ごす毎日だ。ある日、アニメサークルに入っている友達の亜美に頼みごとを懇願されて、私はそれを引き受けてしまう。その事がきっかけで思いがけない人と思わぬ展開に……。『その人』は、私が尊敬する写真家で憧れの人だった。R5.1月

ダブル シークレットベビー ~御曹司の献身~

菱沼あゆ
恋愛
念願のランプのショップを開いた鞠宮あかり。 だが、開店早々、植え込みに猫とおばあさんを避けた車が突っ込んでくる。 車に乗っていたイケメン、木南青葉はインテリアや雑貨などを輸入している会社の社長で、あかりの店に出入りするようになるが。 あかりには実は、年の離れた弟ということになっている息子がいて――。

ドSな上司は私の本命

水天使かくと
恋愛
ある会社の面接に遅刻しそうな時1人の男性が助けてくれた!面接に受かりやっと探しあてた男性は…ドSな部長でした! 叱られても怒鳴られても彼が好き…そんな女子社員にピンチが…! ドS上司と天然一途女子のちょっと不器用だけど思いやりハートフルオフィスラブ!ちょっとHな社長の動向にもご注目!外部サイトでは見れないここだけのドS上司とのHシーンが含まれるのでR-15作品です!

遅咲きの恋の花は深い愛に溺れる

あさの紅茶
恋愛
学生のときにストーカーされたことがトラウマで恋愛に二の足を踏んでいる、橘和花(25) 仕事はできるが恋愛は下手なエリートチーム長、佐伯秀人(32) 職場で気分が悪くなった和花を助けてくれたのは、通りすがりの佐伯だった。 「あの、その、佐伯さんは覚えていらっしゃらないかもしれませんが、その節はお世話になりました」 「……とても驚きましたし心配しましたけど、元気な姿を見ることができてほっとしています」 和花と秀人、恋愛下手な二人の恋はここから始まった。 ********** このお話は他のサイトにも掲載しています

冷酷社長に甘く優しい糖分を。

氷萌
恋愛
センター街に位置する高層オフィスビル。 【リーベンビルズ】 そこは 一般庶民にはわからない 高級クラスの人々が生活する、まさに異世界。 リーベンビルズ経営:冷酷社長 【柴永 サクマ】‐Sakuma Shibanaga- 「やるなら文句・質問は受け付けない。  イヤなら今すぐ辞めろ」 × 社長アシスタント兼雑用 【木瀬 イトカ】-Itoka Kise- 「やります!黙ってやりますよ!  やりゃぁいいんでしょッ」 様々な出来事が起こる毎日に 飛び込んだ彼女に待ち受けるものは 夢か現実か…地獄なのか。

隣人はクールな同期でした。

氷萌
恋愛
それなりに有名な出版会社に入社して早6年。 30歳を前にして 未婚で恋人もいないけれど。 マンションの隣に住む同期の男と 酒を酌み交わす日々。 心許すアイツとは ”同期以上、恋人未満―――” 1度は愛した元カレと再会し心を搔き乱され 恋敵の幼馴染には刃を向けられる。 広報部所属 ●七星 セツナ●-Setuna Nanase-(29歳) 編集部所属 副編集長 ●煌月 ジン●-Jin Kouduki-(29歳) 本当に好きな人は…誰? 己の気持ちに向き合う最後の恋。 “ただの恋愛物語”ってだけじゃない 命と、人との 向き合うという事。 現実に、なさそうな だけどちょっとあり得るかもしれない 複雑に絡み合う人間模様を描いた 等身大のラブストーリー。

あまやかしても、いいですか?

藤川巴/智江千佳子
恋愛
結婚相手は会社の王子様。 「俺ね、ダメなんだ」 「あーもう、キスしたい」 「それこそだめです」  甘々(しすぎる)男子×冷静(に見えるだけ)女子の 契約結婚生活とはこれいかに。

処理中です...