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うれしはずかし日曜日、開き直った新妻はご近所で愛を叫ぶ~そうだ、不動産屋へ行こう~

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世間には大人っぽい美人なんて腐るほどいるし、見た目も中身もなんの取り柄もないヲタクの私なんて、いつかそのうち飽きられて捨てられるんじゃないか。
そんな最悪の事態を思い浮かべながら黙ったまま歩いていると、尚史がためいきをついた。

「そんなにイヤならいい」
「えっ?」
「俺はずっとモモが好きだったから結婚できてマジで嬉しいし、そこらじゅうの人に誰彼かまわず自慢したいくらいだって思ってるけど……モモは強引に俺の嫁にされたから、嬉しいとかそういう気持ちはないんだよな。ごめんな、調子に乗って」

尚史は悲しそうな顔をして自信なさげな声でそう言うと、踵を返して元来た道を足早に戻り始めた。

「尚史、なんで戻るの?」
「新居探すの、やっぱやめとくか。モモは俺と一緒に暮らしたいなんて、ホントは思ってないだろ?」

ええぇ?!
私、ちゃんと『尚史が好き』って言ったよね?
尚史と一緒に暮らしたくないなんて、これっぽっちも思ってないんですけど?!
ご近所さんに見られると恥ずかしいから『近所で手を繋ぐのは恥ずかしい』と言っただけなのに、なんでそこまで飛躍したの?
私も人のことは言えないけど、尚史ってもしかして、見かけに似合わずかなり気が小さくて、ネガティブでめんどくさい?
幼馴染みだったときにはまったく気付かなかったということは、尚史はずっと私の前では、自分の弱さとか脆さを見せないようにしていたってこと?
逆に言えば、今は私に素の自分をさらけ出してくれていると、そういうことだよね?
尚史が私に甘えたり弱音を吐いたりするのは、それだけ私のことを信頼してくれている証拠なんじゃないか?
自問自答をした結果、今はとにかく私の気持ちを尚史に伝えなくてはという結論に至った。
私が呆然と立ち尽くして尚史の後ろ姿を眺めながらあれこれ考えているうちに、尚史は来た道をずいぶん先まで戻っている。
私は急いで尚史を追いかけ、思いきり尚史の手をつかむ。
尚史は立ち止まってつかまれた手をじっと見たあと、もう片方の手で私の手をほどこうとした。

「だから……もういいって」
「全然よくないよ!私、そんなこと全然思ってないもん!」

思いのほか大きな声が出た。
尚史は驚いた顔で私を見たあと、周りをキョロキョロ見回して、通りかかった人たちが不思議そうに私たちの方を見ていることに気付き、あわてて私をなだめようとした。

「モモ……人が見てるから……」
「そりゃ最初は戸惑ったよ、急だったから。だけど今は私だって尚史が好きだし、早く一緒に暮らしたいって思ってる。尚史の両親とも家族になれて嬉しいし、尚史と結婚して良かったと思ってるよ!」

尚史の手を強く握って、大きな声で正直な気持ちを伝えると、尚史は少し赤くなった顔に笑みを浮かべた。

「……ありがとう。すげぇ嬉しい……けど、これはさすがに恥ずかしいかな……」
「それは相手が私だから?」

私がさっきの尚史と同じように尋ねると、尚史はあわてて首を横に振る。

「んなわけないじゃん!俺はモモのことを恥ずかしいなんて思ったことないよ!ただジロジロ見られてるのが恥ずかしいなと……」
「それは私も同じ。手を繋いでるところを近所のオバチャンたちに見られて、冷やかされたら恥ずかしいなって思っただけ。尚史と一緒にいるのが恥ずかしいなんて、一度も思ったことないよ」
「なんだ……そっか。ごめん、勝手に勘違いして落ち込んで……」

尚史は申し訳なさそうな顔をして、少し照れくさそうに笑った。
その顔を見た途端、私はまたハートをズキュンと撃ち抜かれ、今すぐ尚史を思いきり抱きしめたい衝動に駆られた。

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