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まな板の上の鯉の気持ち~逃げられない鯉と逃げない鯉の違いはなんだ?~

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『好きでもない男の前で無防備に目なんか閉じるなって言っただろ?モモはホントにそれでいいのか?』

私の頭の中で尚史は呆れた顔をしてそう言った。
覚悟を決めたはずなのに、私はとっさに顔をそむけ、八坂さんにつかまれた両手をなんとか動かそうと体をのけぞらせた。

「ま……待って……まだ心の準備が……」
「モモちゃん、優しくするからそんなに怖がらないで」

ちゃんと返事も聞かないうちに酔った女を押し倒して、『優しくする』ってなに?! 
もう最後までやる気しかないじゃん!
八坂さんってこんな人だったの?!

「いや、あの、ちょっと……!」

八坂さんはさらに強い力で私の手をつかみ、もう片方の手であっという間に私のジャケットのボタンを外して、ブラウスのボタンに手を掛けた。
肩口に顔をうずめられ、私の頬に八坂さんの頬が触れて耳に生温かい息遣いを感じると、とてつもない不快感と嫌悪感がゾワゾワと全身を駆け巡り、息が止まりそうになる。
ダメだ……この人気持ち悪い!
もう無理、耐えられない!!

「や……やめて……」
「ここまで来てそれはないよ。モモちゃんだってその気で来たんでしょ?」

八坂さんは獣のように私に覆い被り、私の胸元に口付けながら太ももに手を這わせ、下着をずらそうとした。
ダメダメダメダメ!
そんなとこ尚史にも誰にも触らせたことないのに!
私はなんとか八坂さんから逃れようと足をバタつかせる。

「イヤッ!触らないで!!」
「大丈夫だよ、ちゃんと痛くないように可愛がってあげるから」

精一杯抵抗しても力では男の八坂さんに敵わない。
『すぐに結婚できれば誰でもいい』なんて甘く考えていたけれど、好きでもない人に自由を奪われて体を触られるって、こんなに怖いことだったんだ。
怖くて気持ち悪くて泣きながら必死で身をよじったとき、玄関のドアが開く大きな音がした。
八坂さんは私の体の上で驚いて身を起こし、玄関の方を振り返る。

「えっ、遥香?!なんでここに……」

八坂さんがあわてた様子でそう呟くと、背の高いきれいな女の人がツカツカとこちらに近づいてきてテーブルの上のグラスを掴み、目を大きく見開いてフリーズしている八坂さんの顔に思いきりワインをぶちまけた。
その滴が私の上にもポタポタと落ちてくる。

「あんた……自分が何やってるかわかってんの?警察に突き出そうか?」
「あっ……いや、これは合意の上で……」
「言い訳するな!どこが合意の上よ、この子泣いてるじゃない!とにかく早くどきなさい!」

その人は八坂さんの襟首をつかんで私の上から引きずり下ろした。
そしてゆっくりと私の体を起こし、ブラウスのボタンを留めて優しく背中をさすってくれた。

「大丈夫?ごめんね、このバカがひどいことして。怖かったでしょう?」

目の前で何が起こっているのか、そしてこの女の人は一体誰なのか。
何がなんだかさっぱりわからないけれど、私はこの人に助けられ、なんとか乙女のピンチを免れたらしい。
ホッとしたらまた涙が溢れてこぼれ落ちた。

「こ……怖かった……」
「無理やりしようとしたことに関してはもちろんこの男が悪いけど、あなたももうちょっと自分を大事にした方がいいね」

この人の言うことはもっともだ。
断ることだってできたのに、こうなる可能性があることを最初からわかっていて、私は私の意志でここに来た。
あわよくばそれが結婚への近道になればいいとさえ思っていた。
だけどいざとなると怖くなって拒んだ。

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