パドックで会いましょう

櫻井音衣

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いつの日かまた、パドックで

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最終レースの払い戻しが終わってしばらく経った頃。
場内には僕たち以外の人の姿は、ほとんどなくなった。
涙の少し落ち着いたねえさんは、僕の肩にもたれ掛かって、涙で濡れたハンカチを握りしめていた。

「お別れもできんかった……。人間いつか死ぬんやから泣くことなんかないて思てたけど、なんでこんなに哀しいんやろ……。ここに来ても、もうおっちゃんに会われへんって思うと、やっぱり寂しいな……」
「おじさんは最期までねえさんの心配してたんですよ。どうしても会いたくて、ねえさんの夢にまで会いに行っちゃったんですね……。おじさんらしいです」
「パドックで待ってるでって言うたくせに、おっちゃん待ってへんやん……。待ってたんはアンチャンやんか……」

ねえさんはそう言ってから、首をかしげた。

「今度こそ幸せになれよって、どういう意味やろ?誰にも遠慮なんかせんでええとか……。なんか、前から知ってる人みたいな……」
「さあ……どういう意味なんでしょうね……」

僕にはおじさんがねえさんに伝えたかった気持ちが、痛いほどわかった。
おじさんはきっと、記憶をなくしてもいつもパドックで待っていたねえさんに、自分の正体を明かして『今も愛してる』と言えない代わりに、せめて遠い日に交わした『はぐれたらパドックで待ってる』という二人しか知らない約束の言葉を伝えたかったんだ。

「おじさんは優しいですね……」
「ん?ようわからんけど……。アタシな、おっちゃんはアタシに、アンチャンに会いに行けって言うたんやと思う」
「……どうしてですか?」
「ん……?うん……。アタシ、もうここには来んつもりやったって、言うたやん?」
「……そうですね……」

ねえさんはゆっくりと立ち上がった。

「そろそろ出よか。ちゃんと話すからさ……」

僕が立ち上がると、ねえさんは右手を差し出した。

「歩きながら話すから、手ぇ繋いでくれる?」
「あ……はい……」

僕は差し出されたねえさんの手をそっと握って、ゆっくりと歩き出した。

「あのさ……アタシな……あの時のこと、後悔しててん」

後悔していたと言うことは、もうこれきりにしようって言うつもりなのかな?
変な汗が僕の背中を伝って行く。

「アンチャンの気持ちわかってたくせに、アタシはそれ無視して、今だけって言うたやん?」
「……わかってたんですか……」
「うん……。ホンマはアタシになんもせんとこうって、思ってくれてたんやろ?」
「まぁ……」

僕の気持ちって……そっち?
確かにそれも嘘じゃないけど……なんか話がずれてないか?

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