57 / 60
いつの日かまた、パドックで
3
しおりを挟む
最終レースの払い戻しが終わってしばらく経った頃。
場内には僕たち以外の人の姿は、ほとんどなくなった。
涙の少し落ち着いたねえさんは、僕の肩にもたれ掛かって、涙で濡れたハンカチを握りしめていた。
「お別れもできんかった……。人間いつか死ぬんやから泣くことなんかないて思てたけど、なんでこんなに哀しいんやろ……。ここに来ても、もうおっちゃんに会われへんって思うと、やっぱり寂しいな……」
「おじさんは最期までねえさんの心配してたんですよ。どうしても会いたくて、ねえさんの夢にまで会いに行っちゃったんですね……。おじさんらしいです」
「パドックで待ってるでって言うたくせに、おっちゃん待ってへんやん……。待ってたんはアンチャンやんか……」
ねえさんはそう言ってから、首をかしげた。
「今度こそ幸せになれよって、どういう意味やろ?誰にも遠慮なんかせんでええとか……。なんか、前から知ってる人みたいな……」
「さあ……どういう意味なんでしょうね……」
僕にはおじさんがねえさんに伝えたかった気持ちが、痛いほどわかった。
おじさんはきっと、記憶をなくしてもいつもパドックで待っていたねえさんに、自分の正体を明かして『今も愛してる』と言えない代わりに、せめて遠い日に交わした『はぐれたらパドックで待ってる』という二人しか知らない約束の言葉を伝えたかったんだ。
「おじさんは優しいですね……」
「ん?ようわからんけど……。アタシな、おっちゃんはアタシに、アンチャンに会いに行けって言うたんやと思う」
「……どうしてですか?」
「ん……?うん……。アタシ、もうここには来んつもりやったって、言うたやん?」
「……そうですね……」
ねえさんはゆっくりと立ち上がった。
「そろそろ出よか。ちゃんと話すからさ……」
僕が立ち上がると、ねえさんは右手を差し出した。
「歩きながら話すから、手ぇ繋いでくれる?」
「あ……はい……」
僕は差し出されたねえさんの手をそっと握って、ゆっくりと歩き出した。
「あのさ……アタシな……あの時のこと、後悔しててん」
後悔していたと言うことは、もうこれきりにしようって言うつもりなのかな?
変な汗が僕の背中を伝って行く。
「アンチャンの気持ちわかってたくせに、アタシはそれ無視して、今だけって言うたやん?」
「……わかってたんですか……」
「うん……。ホンマはアタシになんもせんとこうって、思ってくれてたんやろ?」
「まぁ……」
僕の気持ちって……そっち?
確かにそれも嘘じゃないけど……なんか話がずれてないか?
場内には僕たち以外の人の姿は、ほとんどなくなった。
涙の少し落ち着いたねえさんは、僕の肩にもたれ掛かって、涙で濡れたハンカチを握りしめていた。
「お別れもできんかった……。人間いつか死ぬんやから泣くことなんかないて思てたけど、なんでこんなに哀しいんやろ……。ここに来ても、もうおっちゃんに会われへんって思うと、やっぱり寂しいな……」
「おじさんは最期までねえさんの心配してたんですよ。どうしても会いたくて、ねえさんの夢にまで会いに行っちゃったんですね……。おじさんらしいです」
「パドックで待ってるでって言うたくせに、おっちゃん待ってへんやん……。待ってたんはアンチャンやんか……」
ねえさんはそう言ってから、首をかしげた。
「今度こそ幸せになれよって、どういう意味やろ?誰にも遠慮なんかせんでええとか……。なんか、前から知ってる人みたいな……」
「さあ……どういう意味なんでしょうね……」
僕にはおじさんがねえさんに伝えたかった気持ちが、痛いほどわかった。
おじさんはきっと、記憶をなくしてもいつもパドックで待っていたねえさんに、自分の正体を明かして『今も愛してる』と言えない代わりに、せめて遠い日に交わした『はぐれたらパドックで待ってる』という二人しか知らない約束の言葉を伝えたかったんだ。
「おじさんは優しいですね……」
「ん?ようわからんけど……。アタシな、おっちゃんはアタシに、アンチャンに会いに行けって言うたんやと思う」
「……どうしてですか?」
「ん……?うん……。アタシ、もうここには来んつもりやったって、言うたやん?」
「……そうですね……」
ねえさんはゆっくりと立ち上がった。
「そろそろ出よか。ちゃんと話すからさ……」
僕が立ち上がると、ねえさんは右手を差し出した。
「歩きながら話すから、手ぇ繋いでくれる?」
「あ……はい……」
僕は差し出されたねえさんの手をそっと握って、ゆっくりと歩き出した。
「あのさ……アタシな……あの時のこと、後悔しててん」
後悔していたと言うことは、もうこれきりにしようって言うつもりなのかな?
変な汗が僕の背中を伝って行く。
「アンチャンの気持ちわかってたくせに、アタシはそれ無視して、今だけって言うたやん?」
「……わかってたんですか……」
「うん……。ホンマはアタシになんもせんとこうって、思ってくれてたんやろ?」
「まぁ……」
僕の気持ちって……そっち?
確かにそれも嘘じゃないけど……なんか話がずれてないか?
0
お気に入りに追加
13
あなたにおすすめの小説
季節外れのサクラの樹に、嘘偽りの花が咲く
櫻井音衣
恋愛
──結婚式の直前に捨てられ
部屋を追い出されたと言うのに
どうして私はこんなにも
平然としていられるんだろう──
~*~*~*~*~*~*~*~*~
堀田 朱里(ホッタ アカリ)は
結婚式の1週間前に
同棲中の婚約者・壮介(ソウスケ)から
突然別れを告げられる。
『挙式直前に捨てられるなんて有り得ない!!』
世間体を気にする朱里は
結婚延期の偽装を決意。
親切なバーのマスター
梶原 早苗(カジワラ サナエ)の紹介で
サクラの依頼をしに訪れた
佐倉代行サービスの事務所で、
朱里は思いがけない人物と再会する。
椎名 順平(シイナ ジュンペイ)、
かつて朱里が捨てた男。
しかし順平は昔とは随分変わっていて……。
朱里が順平の前から黙って姿を消したのは、
重くて深い理由があった。
~*~*~*~*~*~*~*~
嘘という名の
いつ沈むかも知れない泥舟で
私は世間という荒れた大海原を進む。
いつ沈むかも知れない泥舟を守れるのは
私しかいない。
こんな状況下でも、私は生きてる。
ペンキとメイドと少年執事
海老嶋昭夫
ライト文芸
両親が当てた宝くじで急に豪邸で暮らすことになった内山夏希。 一人で住むには寂しい限りの夏希は使用人の募集をかけ応募したのは二人、無表情の美人と可愛らしい少年はメイドと執事として夏希と共に暮らすこととなった。
挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました
結城芙由奈@12/27電子書籍配信
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】
今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。
「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」
そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。
そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。
けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。
その真意を知った時、私は―。
※暫く鬱展開が続きます
※他サイトでも投稿中
叶うのならば、もう一度。
野菜ばたけ@既刊5冊📚好評発売中!
ライト文芸
今年30になった結奈は、ある日唐突に余命宣告をされた。
混乱する頭で思い悩んだが、そんな彼女を支えたのは優しくて頑固な婚約者の彼だった。
彼と籍を入れ、他愛のない事で笑い合う日々。
病院生活でもそんな幸せな時を過ごせたのは、彼の優しさがあったから。
しかしそんな時間にも限りがあって――?
これは夫婦になっても色褪せない恋情と、別れと、その先のお話。
夕陽が浜の海辺
如月つばさ
ライト文芸
両親と旅行の帰り、交通事故で命を落とした12歳の菅原 雫(すがわら しずく)は、死の間際に現れた亡き祖父の魂に、想い出の海をもう1度見たいという夢を叶えてもらうことに。
20歳の姿の雫が、祖父の遺した穏やかな海辺に建つ民宿・夕焼けの家で過ごす1年間の日常物語。
さよなら、真夏のメランコリー
河野美姫
青春
傷だらけだった夏に、さよならしよう。
水泳選手として将来を期待されていた牧野美波は、不慮の事故で選手生命を絶たれてしまう。
夢も生きる希望もなくした美波が退部届を出した日に出会ったのは、同じく陸上選手としての選手生命を絶たれた先輩・夏川輝だった。
同じ傷を抱えるふたりは、互いの心の傷を癒すように一緒に過ごすようになって――?
傷だらけの青春と再生の物語。
*アルファポリス*
2023/4/29~2023/5/25
※こちらの作品は、他サイト様でも公開しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる