パドックで会いましょう

櫻井音衣

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「馬は臆病でデリケートな生き物やから、こんな大きい音出して怖がらせるべきじゃないんやけどな」
「そうなんですか?」
「それでもこんくらいのことでビビッとったら、大きいレースでは勝てん。これに動じんくらいじゃないと、大物にはなれんのよ」
「なるほど」

ねえさんはまた競馬を熱く語る。
知らないおじさんにこんなに熱く語られたらおそらくドン引きしちゃうんだろうけど、それがねえさんだと全然退屈じゃない。
やっぱり美人だからか?
それともねえさんには人を惹き付ける魅力みたいなものがあるのかな。
そんなことを考えているうちにゲートが開き、レースは始まった。
ねえさんの説明を聞いたせいか、女子高生がゴールを目指して必死で走っているような気がしてきた。
レースが終盤に差し掛かると、ねえさんは興奮して身を乗り出し、拳を振り上げて『わー!』とか『行けー!!』などと叫んだ。
そして最後の直線で3頭が競り合いになるとさらに興奮して、僕の頭を腕でガシッと胸に抱えた。

ね、ねえさん!!
胸っ、胸が当たってますけど!!
ねえさんの柔らかい胸に押し付けられた僕の顔の右側は、途端にカーッと熱くなる。
どうしよう?!
こんなこと初めての経験でテンパってる!!
ねえさん、こんなんでも一応僕だって男です。
いろいろヤバイから、もうやめて……。
いや、こんなオイシイこと、もう二度とないかも知れない。
やっぱりまだやめないで……。
僕の頭の中は煩悩まみれだ。
馬の女子高生の美脚より、人間の大人の女の胸の方がいいに決まってる。
ああ……もう、このままどうなってもいい……。

「ぃよっしゃあ!!」

ねえさんは大声を上げて、胸に抱えた僕の頭をボカボカ殴った。

「痛いっ、痛いです!!」

これは『ねえさんの胸にずっと顔をうずめていたい』などと、良からぬことを考えていた天罰でしょうか?
非常に痛いです、ねえさん。

「あー、ごめんな。思わず興奮してしもた」

ねえさんは僕の頭をヨシヨシと撫でて手を離した。
僕はジンジン痛む頭をさする。
あんないい思いさせてもらったことを考えたら、これくらいの痛さ、どうってことないです!!
……とは、口が裂けても言えない。
肝心のゴールを見逃してしまったけれど、まあいいか。
先輩の予想は見事に外れたらしい。

結局僕は、最終レースまで一度も自分の馬券を買うこともなく、ねえさんのそばでただひたすら競馬観戦を楽しんだ。
初めて観たけど、競馬って意外と楽しいかも。
それはやっぱり、ねえさんと一緒だったからなのかも知れない。


    
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