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思うに別れて泣き、思わぬに添うて愁う

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イヤとも言えず、仕方なくトレイに乗せた試作ランチを手に事務所に向かった。
事務所のドアの前で深呼吸をして、ドキドキしながらノックする。

「ハイ」

ドア越しに早苗さんの声が聞こえた。
やや間があってからゆっくりとドアが開く。

「あ……早速来てくれた」
「えっ?」
「さっき、待ってるって言っただろ」
「あ……」

確かに早苗さんはそう言った。
ちょっと意味が違うんじゃないかと思うと少しおかしくなって、自然と笑みがこぼれる。

「あの……新作ランチメニューの試作をしたのでお持ちしました」
「うん、そこに置いてくれる?」

中に入ってテーブルの上にトレイを置いた。
そのまま事務所を出ようとすると、早苗さんに腕を掴まれ引き寄せられる。

「ちょっと待って。メニューの説明してよ」
「え?あ……ハイ……」

早苗さんに後ろから抱えられるようにしてソファーに座らされ、鼓動がどんどん速くなる。
このまま料理の説明をしろってこと?
いくらなんでもこれはまずすぎる。
私の心臓がもたない。

「あの……この体勢はちょっと……」
「ダメだった?」
「仕事中です……」
「ああ、そうだった」

早苗さんはイタズラっぽく笑いながら、私の耳元に唇を寄せた。

「仕事中じゃなかったら良かったかな?」
「そういう問題じゃ……」

更にドキドキして、身体中が熱くなる。
きっと私、耳まで真っ赤だ。
熱くなった私の耳に柔らかい物が触れた。

「朱里、耳まで真っ赤。首も、顔も、熟れたトマトみたいで美味そう」

早苗さんは私の耳を何度も甘咬みして、耳から首筋へゆっくりと唇を這わせる。
本当にこのまま残さず食べられてしまうのではないかと思うと、更に鼓動が早くなった。

「やっ……ダメ……早苗さん!」

慌てて身をよじると、早苗さんは少し笑って私の頬に軽く口付けた。

「ごめん、仕事中だったね」

早苗さんは私から手を離して、向かいのソファーに座った。
私はバクバクと大きな音をたてて暴れる心臓をなんとか落ち着けようと、大きく深呼吸した。

「じゃあ、メニューの説明して」
「あ、ハイ……。このハンバーグソースは……」

私が必死で平静を装ってメニューの説明をしている間、早苗さんは愛しそうに私を見つめていた。
私はそれがあまりにも恥ずかしくて、目を合わせないように視線を料理の方に向け続けた。
なんとかメニューの説明を終えると、早苗さんは料理を一口ずつ口に運んだ。
それから早苗さんの感想と評価を聞いてメモを取り、ようやく役目を果たすことができた。

「じゃあ……私はこれで。あとはゆっくり召し上がって下さい」

ソファーから立ち上がってドアに向かおうとすると、早苗さんは私を見て優しく笑った。


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