季節外れのサクラの樹に、嘘偽りの花が咲く

知らぬ顔をやめた順平

１

ドアを開けると、リビングは真っ暗だった。
順平は留守のようだ。
バーは定休日で休みだから、友達とでも遊んでいるのかな。
そう思ってリビングの電気をつけようとスイッチに手を伸ばしかけた時、順平の部屋のドアの隙間から明かりが漏れていることに気付いた。
明かりがついていると言うことは部屋にいるのだろうから、声くらいはかけておくべきか。

「あっ……んんっ……」

順平の部屋から女の声らしきものが聞こえてきて、私はスイッチに伸ばした手を止め、思わず首をかしげた。
ん……？もしかしなくてもこれは……。
私のいない時を見計らってアダルトビデオでも観ているのか？

「ああん……いいっ……！もっと……！」

女の喘ぎ声に混じって漏れ聞こえるベッドの軋む音や肌のぶつかり合う音が、やけに近いし生々しい。
これは偽物ではなく本物のやつだ……！
部屋の中で何が繰り広げられているのか、ドア越しにでも容易に想像がつく。
私は電気をつけるのをやめて忍び足でリビングを横切り、そっと自分の部屋に入って音をたてないようにドアを閉めた。
それと同時に、押し殺していた息を一気に吐き出す。
何やってんのよ、順平のやつ……!!
私には男を連れ込むなとか言っておいて、自分は女連れ込んでしっかりやる事やってるんじゃないか!!
そりゃ確かにここは順平の契約している部屋ではあるけれど、今は私の生活空間でもあるわけだから、私の留守中だったとは言え、そんな事をされたら気持ちのいいものではない。
部屋から出たくても一歩も出られず、なんとなく遠慮して明かりも灯さず、物音をたてないように布団の中で息を潜めた。
時折微かに聞こえてくる声に耳を塞ぎ、何も考えないように目を閉じる。
何やってるんだろう、私……。
こんな事なら、もう少し早苗さんと一緒にいれば良かった。
順平のせいで早苗さんとの楽しい時間の余韻もぶち壊しだ。
結局……誰でもいいんだな、順平は。
そんな事を言ったら『おまえに言われたくない』って言われそうだけど……。
順平が誰と何をしたって自由だし、どうでもいいと言えばどうでもいい。
私と順平はなんの関係もないんだから。
そもそもなんの関係もない男女が同じ部屋で生活しているのが不自然なんだ。
やっぱり少し無理をしてでも、早くこの部屋を出よう。
私にとっても順平にとっても、きっとその方がいいはずだ。
今一緒に暮らしているのは、私の好きだった順平じゃない。
もし同一人物だったとしても、もうあの頃の順平じゃない。
私ももう、あの頃の私じゃない。
過ぎた時間はもう戻らないという事は、イヤというほどわかっている。
思い出は思い出として今の現実を見なければ、私は一歩も前には進めない。
そろそろ現実に向き合うべきなのかも知れない。