上 下
36 / 116
己の欲せざるキスは人に施す勿れ

しおりを挟む
それから順平は何も言わずに車を運転して、部屋に荷物を運ぶのを手伝ってくれた。
荷物を運び終えて、私は大きく息をつく。
これで壮介とは、完全に終わったんだな。
順平は冷蔵庫からペットボトルを取り出し、ソファーに座って水を飲んだ。

「あの……ありがとね」
「ん?ああ」
「すごく助かった」
「なんだよ。珍しく素直じゃん」

順平は少し意地悪く笑った。

「おまえ、男見る目ないな」
「そう?……だね」

確かに順平の言う通りだ。
嘘だとわかっているけれど、正直言うと順平が壮介の目の前で言ってくれた言葉は嬉しかった。
壮介は私を綺麗になんてしてくれなかったし、私も壮介のために綺麗になろうなんて思わなかった。
壮介に愛されていなかったとハッキリわかった事は、私にとっては良かったのかも知れない。

「男も女も、付き合う相手でいくらでも変わるだろ。今度はもっといい男選ぶんだな」
「うん、そうする」
「念のため言っとくけど、服買ってやるとか嘘だからな」
「わかってるよ。嘘でも嬉しかったけどね」

普段なら言わないような言葉が、自分の口からさらりと出てきて少し驚いた。
ああ……平気だって思っていたけど、少しは参ってるんだな。

「嘘でも嬉しいって……。相当あいつに大事にされてなかったんだな」
「そうみたいだね。誰でも良かったんなら、我慢しないでもっと早く別れようって言えば良かったって言われた。壮介はね、私には壮介しかいないと思ったから、私を見捨てる事ができなかったんだって。自惚れてるよね。優しさのつもりだったのかな?」
「ふーん……。めんどくせぇ男だな。そんなの優しさじゃねぇじゃん。優しさって言うなら、むしろ早く解放してやるべきだろ」
「うん、そうだね」

いつになく順平の口数が多い。
もしかして慰めてくれてるつもりなのかな?

「面倒な事に付き合わせてごめんね。たいした事はできないけど、何かお礼しないとね」
「ホントにな。じゃあ、腹減ったからなんか飯作れ」
「そんなんでいいの?」
「まずかったら許さん」

いつも通り、どこまでも偉そうな順平の態度が少し笑える。
私は冷蔵庫を開けて、思わず吹き出した。

「飯作れはいいけど……冷蔵庫の中、食材が何もないね」

順平はわかっていたはずだ。
冷蔵庫の中に入っているのはほんの少しの酒のあてと、水とビールと、私が買った牛乳だけだと言うことを。

「買い物に行かないと何も料理なんてできないよ。でも今から買い物して料理作ってたら、バイト行くのもっと遅くなるね。どうする?」


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

社長室の蜜月

ゆる
恋愛
内容紹介: 若き社長・西園寺蓮の秘書に抜擢された相沢結衣は、突然の異動に戸惑いながらも、彼の完璧主義に応えるため懸命に働く日々を送る。冷徹で近寄りがたい蓮のもとで奮闘する中、結衣は彼の意外な一面や、秘められた孤独を知り、次第に特別な絆を築いていく。 一方で、同期の嫉妬や社内の噂、さらには会社を揺るがす陰謀に巻き込まれる結衣。それでも、蓮との信頼関係を深めながら、二人は困難を乗り越えようとする。 仕事のパートナーから始まる二人の関係は、やがて揺るぎない愛情へと発展していく――。オフィスラブならではの緊張感と温かさ、そして心揺さぶるロマンティックな展開が詰まった、大人の純愛ストーリー。

身分差婚~あなたの妻になれないはずだった~

椿蛍
恋愛
「息子と別れていただけないかしら?」 私を脅して、別れを決断させた彼の両親。 彼は高級住宅地『都久山』で王子様と呼ばれる存在。 私とは住む世界が違った…… 別れを命じられ、私の恋が終わった。 叶わない身分差の恋だったはずが―― ※R-15くらいなので※マークはありません。 ※視点切り替えあり。 ※2日間は1日3回更新、3日目から1日2回更新となります。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

深愛の恋人たち

五嶋樒榴
恋愛
想い出は美しく切なくて。 決して結ばれることがなかった2人が、時を超え、手紙からまた繋がりを持ち始めた。 そして、その恋は、愛へと変わる。

ひとひらの恋

流誠
恋愛
食品会社に勤める二ノ宮優斗。 あるイベントの派遣アルバイトで来ていた本条かなでに惹かれていき、やがて交際するようになる。だが彼女には決して踏み込めない心の領域があった……

美しい公爵様の、凄まじい独占欲と溺れるほどの愛

らがまふぃん
恋愛
 こちらは以前投稿いたしました、 美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛 の続編となっております。前作よりマイルドな作品に仕上がっておりますが、内面のダークさが前作よりはあるのではなかろうかと。こちらのみでも楽しめるとは思いますが、わかりづらいかもしれません。よろしかったら前作をお読みいただいた方が、より楽しんでいただけるかと思いますので、お時間の都合のつく方は、是非。時々予告なく残酷な表現が入りますので、苦手な方はお控えください。 *早速のお気に入り登録、しおり、エールをありがとうございます。とても励みになります。前作もお読みくださっている方々にも、多大なる感謝を! ※R5.7/23本編完結いたしました。たくさんの方々に支えられ、ここまで続けることが出来ました。本当にありがとうございます。ばんがいへんを数話投稿いたしますので、引き続きお付き合いくださるとありがたいです。この作品の前作が、お気に入り登録をしてくださった方が、ありがたいことに200を超えておりました。感謝を込めて、前作の方に一話、近日中にお届けいたします。よろしかったらお付き合いください。 ※R5.8/6ばんがいへん終了いたしました。長い間お付き合いくださり、また、たくさんのお気に入り登録、しおり、エールを、本当にありがとうございました。 ※R5.9/3お気に入り登録200になっていました。本当にありがとうございます(泣)。嬉しかったので、一話書いてみました。 ※R5.10/30らがまふぃん活動一周年記念として、一話お届けいたします。 ※R6.1/27美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛(前作) と、こちらの作品の間のお話し 美しく冷酷な公爵令息様の、狂おしい熱情に彩られた愛 始めました。お時間の都合のつく方は、是非ご一読くださると嬉しいです。 *らがまふぃん活動二周年記念として、R6.11/4に一話お届けいたします。少しでも楽しんでいただけますように。

上司は初恋の幼馴染です~社内での秘め事は控えめに~

けもこ
恋愛
高辻綾香はホテルグループの秘書課で働いている。先輩の退職に伴って、その後の仕事を引き継ぎ、専務秘書となったが、その専務は自分の幼馴染だった。 秘めた思いを抱えながら、オフィスで毎日ドキドキしながら過ごしていると、彼がアメリカ時代に一緒に暮らしていたという女性が現れ、心中は穏やかではない。 グイグイと距離を縮めようとする幼馴染に自分の思いをどうしていいかわからない日々。 初恋こじらせオフィスラブ

10 sweet wedding

国樹田 樹
恋愛
『十年後もお互い独身だったら、結婚しよう』 そんな、どこかのドラマで見た様な約束をした私達。 けれど十年後の今日、私は彼の妻になった。 ……そんな二人の、式後のお話。

処理中です...