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焼け木杭に火は付けない

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「そういう嘘はいいから。恵梨奈に聞いた、付き合って3か月だって。彼氏が忙しくてなかなか会えないって言ってたけど」
「ああ、あいつか……」

ほれごらん。
あっさり認めたじゃない。
それにしても『あいつか』って……。
やっぱり恵梨奈以外にも彼女はたくさんいるようだ。

「あれ、彼女じゃない」
「は?」
「付き合うとか一言も言ってないし」
「えぇっ?!でも今日デートだったんでしょ?」
「デートじゃない。彼女じゃないから」
「でもそれ……」

私が胸元についたキスマークを指差すと、順平は悪びれもせず涼しい顔をした。

「ちょっと時間があったからホテル行って、やることやって別れたけど」
「はぁ?!」
「あいつ、なんか勘違いしてんな。こんな目立つとこにこんなもんまで付けて……。めんどくさいからもう会うのやめよ」

待て待て、ちょっと待て。
それって俗に言う……。

「もしかして……セフレ?」
「そんないいもんでもねぇ。会いたいってしつこいから会って、本人の希望通りホテル行ってやっただけなんだけど」
「……最低……。もういいわ」


お風呂から上がって床に就き、目を閉じてぼんやりと考える。
やっぱり恵梨奈は、順平に彼女扱いされていないことに気付かず勘違いしていた。
恋をすると女は、例えば悪魔のように整った顔立ちとか、スラリとした体とか、きれいな指先とか、男の美しいところだけを見ようとするものなのかも知れない。
私は……どうだったっけ?
確かに順平は誰が見てもイケメンだと思うけど、私が惹かれたのはそこじゃなくて、内側からにじみ出る優しさとかあたたかい人柄だったと思う。
少なくとも昔の順平は女の子を弄ぶようなひどい男ではなかったし、まさか順平の口からあんな最低な言葉を聞く日が来るとは夢にも思っていなかった。
できれば今の最低な順平のことは、ずっと知らないままでいたかったな。
昔の順平と今ここにいる順平はまるで別人だ。
かく言う私だって、純粋に人を好きになれたあの頃の私とは違う。
私は壮介のどこが好きだったんだろう?
壮介は順平みたいなわかりやすい美形ではなく、どこにでもいそうな普通の男だし、特別好みのタイプと言うわけでもなかったから、外見で好きになったのではないことだけは確かだ。
特別優しいとか、ものすごく面白いとか、めちゃくちゃ仕事が出来るとか、何かが突出していたわけでもない。
何もかもが極々平凡な、普通の会社員だと思う。
無理して合わせようとしたり、高い理想を追いかけたりしなくて済んだから、この人となら平凡で普通の暮らしが出来ると……当たり前のように、空気みたいにずっと一緒にいてくれると、そう思っていた。
考えれば考えるほど、壮介を『結婚相手』としか思っていなかった自分に気付く。
自尊心を傷付けられた事に対しての怒りはもちろんあるけれど、それを差し引いて壮介の事を考えても、腹が立ちこそすれ涙が出るほど胸が痛んだりはしない。
壮介との間にあった感情は、愛なんて呼べるものではなかった。
その証拠に壮介は、なんの迷いもなく私を捨てて彼女を選んだ。
一緒に暮らしていても、私の事は『タダで家事も夜の相手もする便利な女』くらいにしか思っていなかったのかも知れない。
壮介が私とのセックスで避妊を欠かさなかったのは、きっと子供が出来たら本当に困るからだったんだろう。
結局、壮介は私と一緒になる気なんか最初からなかったんだと今更気付く。
それなのに壮介は、なぜ私と3年も一緒にいたんだろう?



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