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サクラの樹の下にはオバケがいるんだよ

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「……と、いうわけなんです」

私はバーのカウンター席に座り、モスコミュールを飲みながら、佐倉代行サービスで起こった出来事をマスターに話していた。
結局、私が偽壮介役をしてくれる人を依頼した日には、あの順平しかスケジュールが空いていなかった。
どこぞの裕福な家庭の息子がゴージャスな結婚披露宴を予定しているのだが、良家のお嬢様である花嫁の家柄と釣り合うような友人がほとんどいないとかで、新郎の友人役として大勢の代行サービス、つまりサクラを依頼したらしい。
その日は他にも何件か依頼があって、特に男性のサクラがほとんど出払ってしまうのだそうだ。
依頼するのを辞めようかとも思ったけれど、挙式を予定していた日まで、もう時間がない。
他にもやらなきゃならない事があるし、順平が失礼な事を言ったお詫びに格安料金にしておくと社長に言われたので、不本意ではあるけれど仕方なく依頼する事にした。
たった1日、ほんの数時間の辛抱だ。
その日をなんとかうまくやり過ごせば、あとはどうにでもなる。
マスターには『若いサクラの男に失礼な事を言われた』とは話したけれど、その男と昔付き合っていた事は話さなかった。
二人が会う事なんてないのだから、余計な事を話す必要はない。
そう思っていた。


順平と出会ったのは5年前。
そのとき私はまだ24歳だった。
知り合ったきっかけは『幼馴染みが舞台の主役をするから一緒に観に行こう』と、半ば強引に友人に誘われ、その舞台を観に行った事だ。
友人と一緒に誘われ出席した打ち上げで、偶然隣に座ったのが3つ歳下の椎名 順平しいな じゅんぺいだった。
その頃の順平は役者を目指していて、アルバイトで生計を立てながら、小さな劇団の活動に打ち込んでいた。
『今はまだほんのわずかな出番しかないチョイ役ばかりの下っ端だけど、いつかは大きな舞台でたくさんの観客を前に主役を演じたい』と、順平は目をキラキラさせて夢を語っていた。
その後も何度か舞台を観に行き、打ち上げに誘われて一緒にお酒を飲んだ。
初めてから4度目の舞台の打ち上げの後、駅までの道のりを送ってもらっていた時に『好きです、付き合ってください』と言ったのは順平の方だった。
私は初めて会った時から順平の事が気になっていたし、次第に次に会うのが楽しみになり、会うほどにもっと会いたいと思うようになっていた。
だから、素直に嬉しかった。
それから2年後、私はなんの前ぶれも別れの言葉もなく、順平の前から姿を消した。
ただひたすらに夢に向かっていた順平は、現実にしか未来を見出だせない私には眩しすぎた。
どんなに好きでも、順平と同じ未来に向かって歩く事はできなかった。
過ぎて行く時の流れは、決して待ってはくれないのだから。


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