上 下
1 / 25

「いつかそのうち話すよ」

しおりを挟む
「料理を作り始めたのは社会人になってから?」

結婚する数日前、 のちに妻となる志織シオリは何気なく俺に尋ねた。
そのとき俺は、ある一人の女性のことを思い出していた。
かなり険しい顔をしていたのだろう。
志織は『まずいことを聞いてしまったのかも』という顔をして、黙り込んでしまった俺の様子を窺っていた。
歳下のいとこの玲司レイジ志岐シキ、そして当時志岐と婚約中だった木村 葉月キムラ ハヅキと一緒に5人でお好み焼きパーティーをしようとしていたので、楽しい雰囲気に水を挿してはいけないと慌てて取り繕った。
そしてなぜ料理をするようになったのかという細かい事情は話さず、いつ始めたのかだけを簡単に説明した。

「またいつか、そのうち話すよ」

俺がそう言うと、志織はそれ以上は何も聞かなかった。

結婚してからもうすぐ3か月になろうとしている。
志織はあのときの何気ない一言を忘れてしまっただろうか。
もし忘れているのなら、話さない方がいいのかも知れない。
だけど俺は誰にも話したことのない『あの人』と過ごしたほんの短い間の出来事を、志織なら何も言わずに受け止めてくれるような気がしている。
そんなものは志織に対する甘えだと言ってしまえばそれまでだけど、もう自分自身も忘れかけていた、14年ほども前の恋とも呼べないような苦い経験を、志織にだけは知っていて欲しいと思う。
それは俺が女性が苦手になった原因が、俺を捨てて出ていった母や、志織と出会う前に付き合っていた芽衣子との社内恋愛で傷付いたことだけではなかったからだ。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

季節外れのサクラの樹に、嘘偽りの花が咲く

櫻井音衣
恋愛
──結婚式の直前に捨てられ 部屋を追い出されたと言うのに どうして私はこんなにも 平然としていられるんだろう── ~*~*~*~*~*~*~*~*~ 堀田 朱里(ホッタ アカリ)は 結婚式の1週間前に 同棲中の婚約者・壮介(ソウスケ)から 突然別れを告げられる。 『挙式直前に捨てられるなんて有り得ない!!』 世間体を気にする朱里は 結婚延期の偽装を決意。 親切なバーのマスター 梶原 早苗(カジワラ サナエ)の紹介で サクラの依頼をしに訪れた 佐倉代行サービスの事務所で、 朱里は思いがけない人物と再会する。 椎名 順平(シイナ ジュンペイ)、 かつて朱里が捨てた男。 しかし順平は昔とは随分変わっていて……。 朱里が順平の前から黙って姿を消したのは、 重くて深い理由があった。 ~*~*~*~*~*~*~*~ 嘘という名の いつ沈むかも知れない泥舟で 私は世間という荒れた大海原を進む。 いつ沈むかも知れない泥舟を守れるのは 私しかいない。 こんな状況下でも、私は生きてる。

元社長令嬢は御曹司の家政婦

春音優月
恋愛
何不自由なく育った社長令嬢は、自尊心が強く、自己中心的。 このまま悠々自適なセレブ人生を満喫するつもりだったが、父親の会社の倒産で全てを失ってしまう。 父親の昔の知り合いのコネで有名企業の一社員として何とか雇ってもらえたが、世間知らずでろくにスキルもないくせにプライドだけは高い元社長令嬢は、厄介者以外の何者でもない。 「使えない。クビ」 次期社長のクールな御曹司から非情にも解雇を言い渡されてしまったけど、今度は住み込みで御曹司の家政婦として働くように言われて!? 「元社長令嬢のこの私が、家政婦!?」 「他に使い道がないのだから仕方ない」 クールな御曹司とワガママな元社長令嬢が家庭内(職場)で繰り広げる非情でエゴイスティック、だけど本当は甘い攻防戦の行方は……? 2021.01.29〜2021.02.15 絵:いなほしさま

友情結婚してみたら溺愛されてる件

鳴宮鶉子
恋愛
幼馴染で元カレの彼と友情結婚したら、溺愛されてる?

キミガ ウソヲ ツイタ

櫻井音衣
恋愛
『女の子にはうんと優しくしなきゃダメよ』 母からそう言われて育った俺は 誰にでも親切に、女の子には特に優しくした。 だけど恋はいつもうまくいかなかった。 君と出会って初めて本気で恋をした俺は 君に嘘をついた。 すぐにバレるような嘘をついてでも、 俺は君に近づきたかった。 *。゜。゜*。゜。゜*。゜。゜*。゜。゜* 『社内恋愛狂想曲』番外編。 伊藤 志岐の生い立ちと葉月に出会うまで、葉月との恋の始まり、そして結婚してから3か月半が経った二人の新婚生活と、挙式を終えた日に届いた手紙から志岐が衝撃の事実を知るお話。

パドックで会いましょう

櫻井音衣
ライト文芸
競馬場で出会った 僕と、ねえさんと、おじさん。 どこに住み、何の仕事をしているのか、 歳も、名前さえも知らない。 日曜日 僕はねえさんに会うために 競馬場に足を運ぶ。 今日もあなたが 笑ってそこにいてくれますように。

憧れのあなたとの再会は私の運命を変えました~ハッピーウェディングは御曹司との偽装恋愛から始まる~

けいこ
恋愛
15歳のまだ子どもだった私を励まし続けてくれた家庭教師の「千隼先生」。 私は密かに先生に「憧れ」ていた。 でもこれは、恋心じゃなくただの「憧れ」。 そう思って生きてきたのに、10年の月日が過ぎ去って25歳になった私は、再び「千隼先生」に出会ってしまった。 久しぶりに会った先生は、男性なのにとんでもなく美しい顔立ちで、ありえない程の大人の魅力と色気をまとってた。 まるで人気モデルのような文句のつけようもないスタイルで、その姿は周りを魅了して止まない。 しかも、高級ホテルなどを世界展開する日本有数の大企業「晴月グループ」の御曹司だったなんて… ウエディングプランナーとして働く私と、一緒に仕事をしている仲間達との関係、そして、家族の絆… 様々な人間関係の中で進んでいく新しい展開は、毎日何が起こってるのかわからないくらい目まぐるしくて。 『僕達の再会は…本当の奇跡だ。里桜ちゃんとの出会いを僕は大切にしたいと思ってる』 「憧れ」のままの存在だったはずの先生との再会。 気づけば「千隼先生」に偽装恋愛の相手を頼まれて… ねえ、この出会いに何か意味はあるの? 本当に…「奇跡」なの? それとも… 晴月グループ LUNA BLUホテル東京ベイ 経営企画部長 晴月 千隼(はづき ちはや) 30歳 × LUNA BLUホテル東京ベイ ウエディングプランナー 優木 里桜(ゆうき りお) 25歳 うららかな春の到来と共に、今、2人の止まった時間がキラキラと鮮やかに動き出す。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

サディスティックなプリテンダー

櫻井音衣
恋愛
容姿端麗、頭脳明晰。 6か国語を巧みに操る帰国子女で 所作の美しさから育ちの良さが窺える、 若くして出世した超エリート。 仕事に関しては細かく厳しい、デキる上司。 それなのに 社内でその人はこう呼ばれている。 『この上なく残念な上司』と。

処理中です...