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オフィスを離れて、少しだけ

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前日の怒濤の業務を終えた木曜日。
川南第二支部の職員たちは、無事に全員そろって慰安旅行に参加した。
目的地は国内有数の温泉街にある、老舗の温泉旅館。
旅館に行く前に、有名な神社を参拝する事になっている。


貸し切りバスの一番前の席で、愛美は峰岸主管と並んで座っていた。

「いろいろあったけど、なんとかまるく収まったのね」
「えーと……なんの事でしょう?」

なんの事だろうと愛美は首をかしげた。

「とりあえず、菅谷さんも支部長も、噂はただの噂だったみたいだし」
「それですか……」
「次はガセじゃない結婚とかオメデタの話が聞きたいわね。今日行く神社、縁結びで有名なんですって。本宮じゃなくて、敷地内の小さいお社が、良縁で結ばれるパワースポットで話題なんだって。二人で行ってみたら?」
「はぁ。……え?二人で、って……」
「もちろん、一番大事な人と一緒に、よ」

含みを持たせた峰岸主管の言葉で、愛美は急にドキドキし始めた。

   (あれ……?峰岸主管、まさか知ってる……?)



サービスエリアでの休憩時間、愛美がコーヒーを飲んでいると、隣に佐藤さんが座った。

「菅谷さん、そのネックレス素敵ですね」

佐藤さんは愛美の襟元で揺れる猫のネックレスを見て微笑んだ。

「大事な人からのプレゼントですか?」
「ええ……まぁ……」

愛美が照れくさそうにうなずくと、佐藤さんはニコッと笑った。

「良かった、片想いじゃなかったんだ」
「え?」

小さく呟いた佐藤さんの言葉が聞き取れず、愛美は尋ね返した。

「いえ。その猫がかわいいなぁって。菅谷さんにすごく似合ってます」

猫のネックレスがよほど気になるのか、佐藤さんがしきりに誉めるので、愛美は少し照れくさくなる。

「ありがとうございます……。佐藤さんのその指輪も素敵ですね。やっぱり、大事な人からのプレゼントですか?」
「ええ。あっ、支部長じゃないですよ」

佐藤さんの唐突な言葉に、愛美はドキッとしてうろたえるのを必死で抑えた。

「えっ、ああ……そうなんですね……」
「なんだかおかしな噂が独り歩きしてたみたいだけど、この指輪をくれたのは、海外赴任中の婚約者です」
「婚約者……」
「あ、そろそろ時間ですね。私、そこの自販機でお茶を買ってから戻りますね」

愛美は佐藤さんの後ろ姿を見ながら、コーヒーを飲み干した。

   (佐藤さん……なんで急にあんな話をしたんだろう?支部長との噂を否定したかったのかな?)

なんにせよ、佐藤さんには婚約者がいると聞いてホッとした。
佐藤さんとはなんでもないと『政弘さん』から聞いてはいたけれど、佐藤さんが緒川支部長をどう思っているのかがわからなかったからだ。

   (婚約者がいるなら尚更、元カレでもある上司と噂になるのはまずいよね)

ほんの少し気掛かりだった事から解放されて、愛美は上機嫌でバスに戻った。


バスに戻ると、愛美が座っていたはずの席には、なぜか金井さんが座っていた。

   (あれ……?そこ、私の席なんですけど……)

「あっ、ごめんね菅谷さん。しばらく席変わってくれない?話が盛り上がっちゃって……」

最前列を陣取って、峰岸主管と金井さんは娘の話、通路をはさんで宮本さんと高瀬FPは、どうやら美味しいパン屋さんの話で盛り上がっているらしい。

   (高瀬FPって女子力高いのか?それともオバサマの心を掴むのがうまいのか?)

高瀬FPと健太郎は人懐こいところが、どことなく似ているかも知れない。

「はあ……。いいですけど。席、どこですか?」
「一番後ろ」

仕方なく一番後ろの空いている席を目指した。
席が近付いて来ると、愛美は前の座席の背もたれの向こうに見えたその人の姿に戸惑い、顔をひきつらせて立ち止まる。

「しっ……支部長……」
「なんだ……。菅谷もか」

そこには緒川支部長が座っていた。
いくらなんでも隣同士で座るのは抵抗がある。
無言で立ち尽くす愛美の顔を緒川支部長がチラリと見た。
愛美は緒川支部長と目を合わさないように顔をそむけ、慌ててクルリと背を向ける。

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