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それも悪くない

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お昼前に愛美の部屋で軽い食事をした後、『政弘さん』は一度自宅に戻って着替えを済ませ、会社の駐車場に向かった。
車に乗り込むと同時に、仕事用の携帯電話が着信を知らせた。
電話は高瀬FPからだった。
高瀬FPは『今日出社している職員は森さんと金井さんと宮本さんだけだし、自分も峰岸主管もいるから、支部長はゆっくり休んで下さいね』と言った。

「夕べ、あれから誤解は解けましたか?」
「誤解って……。高瀬、あれがただの噂だって気付いてたのか?」
「当然です。少し考えたらわかるでしょう」

噂は単なる噂だとわかっていながら、わざとあんな言い方をして不安を煽ったのだと『政弘さん』は気付く。

「高瀬……なかなかいい性格してるな」

ため息混じりにそう言うと、高瀬FPは電話の向こうで小さく笑った。

「ありがとうございます、誉め言葉ですね。僕も心底お節介だなとは思うんですけどね、いい加減見てられなかったんです」
「見てられなかったって……何を?」
「支部長ですよ。わざと佐藤さんとの関係を疑わせるようなそぶりを菅谷さんに見せてたでしょう。菅谷さんは顔色ひとつ変えませんでしたけどね」
「まぁ……そうだな」

8つも歳下の高瀬FPに、子どもみたいに意地を張っていた事を見透かされていたのかと思うと恥ずかしくて、『政弘さん』はバツが悪そうな顔をした。

「でもね、ホントは不安だったんだと思いますよ。職場だからそういうとこ見せなかっただけで。菅谷さんの様子がちょっとおかしいって、金井さんが心配してました」
「金井さんが?」
「世話焼きの金井さんですからね。見てる人は見てるんです。支部長と佐藤さんが昔付き合ってた事を知った時、菅谷さん、動揺してマグカップ割ったらしいですよ」
「そんな事があったのか?」

自分の知らないところで佐藤さんとの過去が知られていた事にも驚いたが、愛美がそれに動揺して粗相をした事にはかなり驚いた。

「それに菅谷さんは捻挫した次の日も普通に歩いてたけど、ホントは足が痛いの我慢して仕事してた事も、金井さんは気付いてたんです」
「そうなのか……」

愛美がいつも通りにしていたのは、捻挫が軽かったからなのだと思い込んでいた自分が、今更ながら恥ずかしい。
あんなに腫れていたのだから、翌日に腫れがひいて痛みもないなんて有り得ない。
冷静に考えればわかるはずなのに、どこまでも自分の事しか考えていなかったと反省した。
黙り込んでしまった『政弘さん』に、高瀬FPは優しい声で話を続ける。

「菅谷さんはすごいですね」
「うん……」
「今、菅谷さんがいなくなったら、うちの支部は成り立ちませんからね。職場ではどれだけこき使っても、プライベートな時は目一杯大事にしてあげてください」
「わかってるよ」

『政弘さん』個人にとってだけでなく、支部のみんなにとっても、愛美はなくてはならない存在だ。
愛美の仕事ぶりや、愛美という人間を認められている事が、自分の事のように嬉しかった。

「支部長はいつも、一人でなんでも背負い過ぎです。僕も峰岸主管もいるんですから、たまには自分の事を優先して休んで下さいよ。そうでないと菅谷さんがかわいそうです」

愛美に対して、もっと甘えて欲しいとか頼って欲しいと思っていたけれど、仕事をしている時の自分に対しても、それを求めてくれる人がいる事は、悪い気がしない。

「わかった。頼りにしてる」
「じゃあ、今日は安心して休んでくださいね」
「ありがとう、そうするよ」

高瀬FPが歳の割に落ち着いていて、ちょっと大人びているのは、父子家庭を支えてきた長男だからだろうか?
もしかしたら、根っから面倒見が良い性格なのかも知れない。
自分よりずっと歳下の高瀬FPが、後輩としても一人の人間としても、やけに頼もしく感じられた。

   (頼りになるお節介な後輩も、悪くないな)



『政弘さん』は携帯電話をジャケットの内ポケットにしまい、ゆっくりと車を発進させた。
駐車場を出て少し車を走らせたところで、『政弘さん』は大事な事を思い出し、愛美のマンションとは反対の方向に向かった。
昨日は愛美の誕生日だったのに、祝ってあげるどころかプレゼントもできなかった。
愛美はプレゼントは要らないと言ったけど、やっぱり愛美の喜ぶ顔が見たい。

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