上 下
34 / 57
独り歩きする噂

しおりを挟む
緒川支部長は半ば強引に、ほろ酔いの職員たちに押しきられる形で、カラオケボックスでの二次会に参加していた。

   (みんなたまには羽目はずしたいんだな。会社では仕事を頑張って、家に帰ると家族のために頑張って、なかなかこんな機会ないから……)

ウイスキーの水割りを飲みながらオバサマたちの歌を聞いていると、隣に高瀬FPが座った。

「みんな意外と選曲が若いですねぇ」
「そうだな……。俺の方がついて行けてないよ、最近の曲はあまり聞かないから」

唯一参加した新人の佐藤さんは、先輩たちに囲まれて頻繁にマイクを握っている。

「菅谷さん、帰っちゃいましたね」
「ん?ああ……」
「本当に良かったんですか?二次会優先しちゃって」
「まぁ……みんな、いつも頑張ってくれてるからな。たまには付き合わないと」

オバサマたちに取り囲まれ、緒川支部長が気付いた時には、愛美はもう帰った後だった。

「それにしてもあの押し寿司、美味しかったですね」
「ん?ああ、うまかったな」

高瀬FPが唐突にそう言ったので、あの押し寿司がよほど気に入ったのかと、緒川支部長は首をかしげた。

「オーナーがね、菅谷さんは甘い物が苦手だからって、ケーキに見立てた押し寿司作ったそうですよ。今日、菅谷さんの誕生日なんですよね」
「あっ……!」

ここ最近、愛美が何も言ってこない事で意地になりすぎて、今日が愛美の誕生日だった事をすっかり忘れていた。
緒川支部長は自分の不甲斐なさに頭を抱える。

   (そうだ、今日は愛美の誕生日じゃないか!!彼女の誕生日を忘れるなんてバカか、俺は?誕生日祝うどころか、結局あれから何も話してない!!)

何も言わず一人で帰ってしまったのは、支部長である自分に対して遠慮したからなのか、それとも恋人としての自分に愛想をつかしたからなのか。
緒川支部長は焦りながら、まとまらない思考を巡らせる。
今頃愛美はどうしているだろう。
怒っているだろうか。
それとも泣いているだろうか。
今からでも愛美のところへ行かなくてはと緒川支部長が慌て始めると、高瀬FPがまた口を開いた。

「でもまぁ、支部長も佐藤さんとよりが戻っていい感じなんでしょ?」
「はぁっ?なんだそれ?!」

高瀬FPの思いがけない言葉にうろたえた緒川支部長が、思わず大声をあげた。
オバサマたちはカラオケに夢中で、まったく気付いていないようだ。

「仕事中に佐藤さんと二人でジュエリーショップに行って、指輪を選んでるところを第一支部の職員が見たそうですよ。支部長と佐藤さん、第一支部ですごい噂になってます」

緒川支部長は、あの時の事かと額を押さえてため息をついた。

「よりも戻ってないし、指輪も選んでない。同行したついでにお客さんの店に挨拶に行って、ショーケースの中を眺めてただけだ」

慌てて否定する緒川支部長に、高瀬FPはしれっとした顔で話し続ける。

「そうなんですか?支部長と佐藤さんが仲良さそうにしてたから、僕はてっきり本当の事なんだと思ってました。じゃあ支部長の噂はガセなんですね」
「当たり前だ」

たしかに、愛美の反応を見るために、佐藤さんとはわざと親しげにしていた。
しかしいつの間にそんな噂が立っていたのか。
誤解を招くような事をしたのだから自業自得とは言え、もしその噂が愛美の耳に入っていたらと思うと背筋が寒くなる。

   (噂って恐ろしいな……。しかし……『俺の噂は』ってことは、まだ他にもあるのか?)

「じゃあ、あの噂は本当なんですかね?」
「あの噂?」

緒川支部長が聞き返すと、高瀬FPはビールの入ったグラスを傾けながら、チラリと緒川支部長を見た。

「知らないんですか?菅谷さん、『やまねこ』のオーナーと結婚するんですって」
「えっ?!」

緒川支部長は愕然として目を見開いた。
高瀬FPは淡々とした口調で話を続ける。

「ドレスとか会場のお花がどうとか、結婚式の話も進んでるそうですよ。菅谷さんと『やまねこ』のオーナーが、友人を交えて仲睦まじく相談している所を見たって、第一支部の職員が言ってました」

信じられない、信じたくない言葉が容赦なく緒川支部長の耳に流れ込む。

   (そんな……)

「それに……菅谷さん、今日お酒飲んでなかったでしょう?やっぱりあれも本当なのかなぁ。オーナーが責任取るって」
「責任って……」

イヤな予感に、緒川支部長の胸がざわつく。
高瀬FPはテーブルの上にグラスを置いて、緒川支部長の耳のそばに口元を寄せた。

「菅谷さんね、妊娠してるんですって。お腹の子の父親は、もちろん『やまねこ』のオーナーです」

頭の中が真っ白になり、言葉も出なかった。
どうやって息を吸えばいいのかもわからない。

   (妊娠……?愛美が?!……あいつの子を……?!)




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

時間を止めて ~忘れられない元カレは完璧な容姿と天性の才能を持つ世界一残酷な人でした 【完結】

remo
恋愛
どんなに好きになっても、彼は絶対に私を愛さない。 佐倉ここ。 玩具メーカーで働く24歳のOL。 鬼上司・高野雅(がく)に叱責されながら仕事に奔走する中、忘れられない元カレ・常盤千晃(ちあき)に再会。 完璧な容姿と天性の才能を持つ世界一残酷な彼には、悲しい秘密があった。 【完結】ありがとうございました‼

極道に大切に飼われた、お姫様

真木
恋愛
珈涼は父の組のため、生粋の極道、月岡に大切に飼われるようにして暮らすことになる。憧れていた月岡に甲斐甲斐しく世話を焼かれるのも、教え込まれるように夜ごと結ばれるのも、珈涼はただ恐ろしくて殻にこもっていく。繊細で怖がりな少女と、愛情の伝え方が下手な極道の、すれ違いラブストーリー。

元カノと復縁する方法

なとみ
恋愛
「別れよっか」 同棲して1年ちょっとの榛名旭(はるな あさひ)に、ある日別れを告げられた無自覚男の瀬戸口颯(せとぐち そう)。 会社の同僚でもある二人の付き合いは、突然終わりを迎える。 自分の気持ちを振り返りながら、復縁に向けて頑張るお話。 表紙はまるぶち銀河様からの頂き物です。素敵です!

恋煩いの幸せレシピ ~社長と秘密の恋始めます~

神原オホカミ【書籍発売中】
恋愛
会社に内緒でダブルワークをしている芽生は、アルバイト先の居酒屋で自身が勤める会社の社長に遭遇。 一般社員の顔なんて覚えていないはずと思っていたのが間違いで、気が付けば、クビの代わりに週末に家政婦の仕事をすることに!? 美味しいご飯と家族と仕事と夢。 能天気色気無し女子が、横暴な俺様社長と繰り広げる、お料理恋愛ラブコメ。 ※注意※ 2020年執筆作品 ◆表紙画像は簡単表紙メーカー様で作成しています。 ◆無断転写や内容の模倣はご遠慮ください。 ◆大変申し訳ありませんが不定期更新です。また、予告なく非公開にすることがあります。 ◆文章をAI学習に使うことは絶対にしないでください。 ◆カクヨムさん/エブリスタさん/なろうさんでも掲載してます。

ロマンティックの欠片もない

水野七緒
恋愛
27歳にして処女の三辺菜穂(みなべ・なほ)は、派遣先で元カレ・緒形雪野(おがた・ゆきの)と再会する。 元カレといっても、彼の気まぐれで高校時代にほんの3ヶ月ほど付き合っただけ──菜穂はそう思っていたが、緒形はそうでもないようで……

溺愛なんてされるものではありません

彩里 咲華
恋愛
社長御曹司と噂されている超絶イケメン 平国 蓮 × 干物系女子と化している蓮の話相手 赤崎 美織 部署は違うが同じ会社で働いている二人。会社では接点がなく会うことはほとんどない。しかし偶然だけど美織と蓮は同じマンションの隣同士に住んでいた。蓮に誘われて二人は一緒にご飯を食べながら話をするようになり、蓮からある意外な悩み相談をされる。 顔良し、性格良し、誰からも慕われるそんな完璧男子の蓮の悩みとは……!?

【完結】maybe 恋の予感~イジワル上司の甘いご褒美~

蓮美ちま
恋愛
会社のなんでも屋さん。それが私の仕事。 なのに突然、企画部エースの補佐につくことになって……?! アイドル顔負けのルックス 庶務課 蜂谷あすか(24) × 社内人気NO.1のイケメンエリート 企画部エース 天野翔(31) 「会社のなんでも屋さんから、天野さん専属のなんでも屋さんってこと…?」 女子社員から妬まれるのは面倒。 イケメンには関わりたくないのに。 「お前は俺専属のなんでも屋だろ?」 イジワルで横柄な天野さんだけど、仕事は抜群に出来て人望もあって 人を思いやれる優しい人。 そんな彼に認められたいと思う反面、なかなか素直になれなくて…。 「私、…役に立ちました?」 それなら…もっと……。 「褒めて下さい」 もっともっと、彼に認められたい。 「もっと、褒めて下さ…っん!」 首の後ろを掬いあげられるように掴まれて 重ねた唇は煙草の匂いがした。 「なぁ。褒めて欲しい?」 それは甘いキスの誘惑…。

隣人はクールな同期でした。

氷萌
恋愛
それなりに有名な出版会社に入社して早6年。 30歳を前にして 未婚で恋人もいないけれど。 マンションの隣に住む同期の男と 酒を酌み交わす日々。 心許すアイツとは ”同期以上、恋人未満―――” 1度は愛した元カレと再会し心を搔き乱され 恋敵の幼馴染には刃を向けられる。 広報部所属 ●七星 セツナ●-Setuna Nanase-(29歳) 編集部所属 副編集長 ●煌月 ジン●-Jin Kouduki-(29歳) 本当に好きな人は…誰? 己の気持ちに向き合う最後の恋。 “ただの恋愛物語”ってだけじゃない 命と、人との 向き合うという事。 現実に、なさそうな だけどちょっとあり得るかもしれない 複雑に絡み合う人間模様を描いた 等身大のラブストーリー。

処理中です...