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独り歩きする噂
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緒川支部長は半ば強引に、ほろ酔いの職員たちに押しきられる形で、カラオケボックスでの二次会に参加していた。
(みんなたまには羽目はずしたいんだな。会社では仕事を頑張って、家に帰ると家族のために頑張って、なかなかこんな機会ないから……)
ウイスキーの水割りを飲みながらオバサマたちの歌を聞いていると、隣に高瀬FPが座った。
「みんな意外と選曲が若いですねぇ」
「そうだな……。俺の方がついて行けてないよ、最近の曲はあまり聞かないから」
唯一参加した新人の佐藤さんは、先輩たちに囲まれて頻繁にマイクを握っている。
「菅谷さん、帰っちゃいましたね」
「ん?ああ……」
「本当に良かったんですか?二次会優先しちゃって」
「まぁ……みんな、いつも頑張ってくれてるからな。たまには付き合わないと」
オバサマたちに取り囲まれ、緒川支部長が気付いた時には、愛美はもう帰った後だった。
「それにしてもあの押し寿司、美味しかったですね」
「ん?ああ、うまかったな」
高瀬FPが唐突にそう言ったので、あの押し寿司がよほど気に入ったのかと、緒川支部長は首をかしげた。
「オーナーがね、菅谷さんは甘い物が苦手だからって、ケーキに見立てた押し寿司作ったそうですよ。今日、菅谷さんの誕生日なんですよね」
「あっ……!」
ここ最近、愛美が何も言ってこない事で意地になりすぎて、今日が愛美の誕生日だった事をすっかり忘れていた。
緒川支部長は自分の不甲斐なさに頭を抱える。
(そうだ、今日は愛美の誕生日じゃないか!!彼女の誕生日を忘れるなんてバカか、俺は?誕生日祝うどころか、結局あれから何も話してない!!)
何も言わず一人で帰ってしまったのは、支部長である自分に対して遠慮したからなのか、それとも恋人としての自分に愛想をつかしたからなのか。
緒川支部長は焦りながら、まとまらない思考を巡らせる。
今頃愛美はどうしているだろう。
怒っているだろうか。
それとも泣いているだろうか。
今からでも愛美のところへ行かなくてはと緒川支部長が慌て始めると、高瀬FPがまた口を開いた。
「でもまぁ、支部長も佐藤さんとよりが戻っていい感じなんでしょ?」
「はぁっ?なんだそれ?!」
高瀬FPの思いがけない言葉にうろたえた緒川支部長が、思わず大声をあげた。
オバサマたちはカラオケに夢中で、まったく気付いていないようだ。
「仕事中に佐藤さんと二人でジュエリーショップに行って、指輪を選んでるところを第一支部の職員が見たそうですよ。支部長と佐藤さん、第一支部ですごい噂になってます」
緒川支部長は、あの時の事かと額を押さえてため息をついた。
「よりも戻ってないし、指輪も選んでない。同行したついでにお客さんの店に挨拶に行って、ショーケースの中を眺めてただけだ」
慌てて否定する緒川支部長に、高瀬FPはしれっとした顔で話し続ける。
「そうなんですか?支部長と佐藤さんが仲良さそうにしてたから、僕はてっきり本当の事なんだと思ってました。じゃあ支部長の噂はガセなんですね」
「当たり前だ」
たしかに、愛美の反応を見るために、佐藤さんとはわざと親しげにしていた。
しかしいつの間にそんな噂が立っていたのか。
誤解を招くような事をしたのだから自業自得とは言え、もしその噂が愛美の耳に入っていたらと思うと背筋が寒くなる。
(噂って恐ろしいな……。しかし……『俺の噂は』ってことは、まだ他にもあるのか?)
「じゃあ、あの噂は本当なんですかね?」
「あの噂?」
緒川支部長が聞き返すと、高瀬FPはビールの入ったグラスを傾けながら、チラリと緒川支部長を見た。
「知らないんですか?菅谷さん、『やまねこ』のオーナーと結婚するんですって」
「えっ?!」
緒川支部長は愕然として目を見開いた。
高瀬FPは淡々とした口調で話を続ける。
「ドレスとか会場のお花がどうとか、結婚式の話も進んでるそうですよ。菅谷さんと『やまねこ』のオーナーが、友人を交えて仲睦まじく相談している所を見たって、第一支部の職員が言ってました」
信じられない、信じたくない言葉が容赦なく緒川支部長の耳に流れ込む。
(そんな……)
「それに……菅谷さん、今日お酒飲んでなかったでしょう?やっぱりあれも本当なのかなぁ。オーナーが責任取るって」
「責任って……」
イヤな予感に、緒川支部長の胸がざわつく。
高瀬FPはテーブルの上にグラスを置いて、緒川支部長の耳のそばに口元を寄せた。
「菅谷さんね、妊娠してるんですって。お腹の子の父親は、もちろん『やまねこ』のオーナーです」
頭の中が真っ白になり、言葉も出なかった。
どうやって息を吸えばいいのかもわからない。
(妊娠……?愛美が?!……あいつの子を……?!)
(みんなたまには羽目はずしたいんだな。会社では仕事を頑張って、家に帰ると家族のために頑張って、なかなかこんな機会ないから……)
ウイスキーの水割りを飲みながらオバサマたちの歌を聞いていると、隣に高瀬FPが座った。
「みんな意外と選曲が若いですねぇ」
「そうだな……。俺の方がついて行けてないよ、最近の曲はあまり聞かないから」
唯一参加した新人の佐藤さんは、先輩たちに囲まれて頻繁にマイクを握っている。
「菅谷さん、帰っちゃいましたね」
「ん?ああ……」
「本当に良かったんですか?二次会優先しちゃって」
「まぁ……みんな、いつも頑張ってくれてるからな。たまには付き合わないと」
オバサマたちに取り囲まれ、緒川支部長が気付いた時には、愛美はもう帰った後だった。
「それにしてもあの押し寿司、美味しかったですね」
「ん?ああ、うまかったな」
高瀬FPが唐突にそう言ったので、あの押し寿司がよほど気に入ったのかと、緒川支部長は首をかしげた。
「オーナーがね、菅谷さんは甘い物が苦手だからって、ケーキに見立てた押し寿司作ったそうですよ。今日、菅谷さんの誕生日なんですよね」
「あっ……!」
ここ最近、愛美が何も言ってこない事で意地になりすぎて、今日が愛美の誕生日だった事をすっかり忘れていた。
緒川支部長は自分の不甲斐なさに頭を抱える。
(そうだ、今日は愛美の誕生日じゃないか!!彼女の誕生日を忘れるなんてバカか、俺は?誕生日祝うどころか、結局あれから何も話してない!!)
何も言わず一人で帰ってしまったのは、支部長である自分に対して遠慮したからなのか、それとも恋人としての自分に愛想をつかしたからなのか。
緒川支部長は焦りながら、まとまらない思考を巡らせる。
今頃愛美はどうしているだろう。
怒っているだろうか。
それとも泣いているだろうか。
今からでも愛美のところへ行かなくてはと緒川支部長が慌て始めると、高瀬FPがまた口を開いた。
「でもまぁ、支部長も佐藤さんとよりが戻っていい感じなんでしょ?」
「はぁっ?なんだそれ?!」
高瀬FPの思いがけない言葉にうろたえた緒川支部長が、思わず大声をあげた。
オバサマたちはカラオケに夢中で、まったく気付いていないようだ。
「仕事中に佐藤さんと二人でジュエリーショップに行って、指輪を選んでるところを第一支部の職員が見たそうですよ。支部長と佐藤さん、第一支部ですごい噂になってます」
緒川支部長は、あの時の事かと額を押さえてため息をついた。
「よりも戻ってないし、指輪も選んでない。同行したついでにお客さんの店に挨拶に行って、ショーケースの中を眺めてただけだ」
慌てて否定する緒川支部長に、高瀬FPはしれっとした顔で話し続ける。
「そうなんですか?支部長と佐藤さんが仲良さそうにしてたから、僕はてっきり本当の事なんだと思ってました。じゃあ支部長の噂はガセなんですね」
「当たり前だ」
たしかに、愛美の反応を見るために、佐藤さんとはわざと親しげにしていた。
しかしいつの間にそんな噂が立っていたのか。
誤解を招くような事をしたのだから自業自得とは言え、もしその噂が愛美の耳に入っていたらと思うと背筋が寒くなる。
(噂って恐ろしいな……。しかし……『俺の噂は』ってことは、まだ他にもあるのか?)
「じゃあ、あの噂は本当なんですかね?」
「あの噂?」
緒川支部長が聞き返すと、高瀬FPはビールの入ったグラスを傾けながら、チラリと緒川支部長を見た。
「知らないんですか?菅谷さん、『やまねこ』のオーナーと結婚するんですって」
「えっ?!」
緒川支部長は愕然として目を見開いた。
高瀬FPは淡々とした口調で話を続ける。
「ドレスとか会場のお花がどうとか、結婚式の話も進んでるそうですよ。菅谷さんと『やまねこ』のオーナーが、友人を交えて仲睦まじく相談している所を見たって、第一支部の職員が言ってました」
信じられない、信じたくない言葉が容赦なく緒川支部長の耳に流れ込む。
(そんな……)
「それに……菅谷さん、今日お酒飲んでなかったでしょう?やっぱりあれも本当なのかなぁ。オーナーが責任取るって」
「責任って……」
イヤな予感に、緒川支部長の胸がざわつく。
高瀬FPはテーブルの上にグラスを置いて、緒川支部長の耳のそばに口元を寄せた。
「菅谷さんね、妊娠してるんですって。お腹の子の父親は、もちろん『やまねこ』のオーナーです」
頭の中が真っ白になり、言葉も出なかった。
どうやって息を吸えばいいのかもわからない。
(妊娠……?愛美が?!……あいつの子を……?!)
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