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昔の恋人、今の想い
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『政弘さん』と付き合う以前は、会社帰りに週に2度ほど一人で行きつけのバーに行って、ゆっくりお酒を飲むのが楽しみだった。
緒川支部長に『好きだから付き合ってくれ』と言われたその日に、絶対にイヤだと思ってバーのマスターに『背の高い性格の穏やかないい男を紹介して』と頼んだら、現れたのがマスターの大学時代の後輩の『政弘さん』だった。
(マスターにしばらく会ってない。近いうちに行ってみようかな……)
最近は自宅に帰ると、いそいそと二人分の食事を用意して、来るかどうかもわからない『政弘さん』を待っている。
『政弘さん』は仕事が早めに終われば会いに来て一緒に夕飯を食べるが、『政弘さん』の仕事が終わるのが遅くなった日は、作りすぎたおかずを前に、一人で遅めの夕飯を取る。
(だから最近少し太ったのか……?)
過去の苦い恋愛のトラウマで、たしかな時間も約束されずに待たされる事が苦手だった。
待っているうちに『来ないかも知れない』と不安になり、信じた人にまた裏切られるのではないかと怖くなった。
だけど『政弘さん』と付き合いだしてからは、待ってばかりいるような気がする。
待たされているのではなく、待っている。
会いたいと思いながら、なんの約束もしていない『政弘さん』が来るのを待つ。
もしかしたら会えるかもと思うと嬉しくて、待っているのもつらくない。
彼が来なかった日は、待っていた分だけ寂しくは思うけれど、約束をしていたわけではないから、彼を責めたりはしない。
忙しい人なのだから仕方ない、無理をさせてはいけないとあきらめる。
どんなに遅くなっても、毎日会いに来てくれたらいいのに。
翌日が仕事でも、朝までそばにいてくれたらいいのに。
(そんな風に思ってても……素直に言えないところが可愛くないからダメなのかなぁ、私は)
しばらく経つと、少し前まで静かだった店内は、仕事帰りのサラリーマンやOLたちで賑わい始めた。
健太郎は厨房に入って忙しそうにしている。
ジュースを飲みながら店内を見回した愛美は、客席の中に、噂好きな第一支部のオバサマ5人組を見つけた。
驚いて思わずジュースを吹き出しそうになる。
(ゲッ……!いる……!!)
声を掛けられると、まためんどくさい事になりかねない。
できるだけ目立たないようにしていようと、愛美は黙って下を向いた。
6時半前、由香と武がやって来た。
由香と武はビール、愛美はウーロン茶を飲みながら、健太郎が用意してくれた料理を食べた。
「それで……相談って何?」
「披露宴の友人のスピーチと二次会の幹事、愛美と健太郎にやってもらえないかなーって」
「二次会の幹事はともかく、スピーチは苦手かも……」
「あとね、衣装とか会場のテーブルコーディネートとか、いろいろありすぎて、迷ってなかなか決まらないんだ。写真とかパンフレット持ってきてるから、後で一緒に考えてくれない?」
「いいけど……私の意見なんて参考になるの?」
愛美は軽く首をかしげながら、取り皿の上の鶏の唐揚げにたっぷりとレモンを搾って口に運ぶ。
「いろいろ見てると、どれがいいのかわからなくなってきちゃうんだよね。これにしようって決めた後で、やっぱりあっちが良かったかも……とか。目移りって言うの?」
「ああ、あるね、そういう事」
愛美がタコとキュウリの酢の物を口に運びながらそう言うと、背後から健太郎が料理の乗った皿をテーブルの上に置いた。
「テーブルコーディネートには目移りしてもいいけど、他の男には目移りすんなよ」
「しないよ!」
健太郎の言葉を聞いて、愛美の胸にまた不安がこみ上げた。
(目移り……か……)
大方の料理を食べ終わり、飲み物と簡単なおつまみの皿だけをテーブルに残して、由香が結婚式場のパンフレットやドレスの写真などを広げ始めた。
「わぁ……綺麗だね……」
ウエディングドレスにカクテルドレス、白無垢に色打ち掛け。
いろいろな衣装を身にまとった由香の写真が並ぶ。
「最初はこれがいいって思ったんだけど……別の日に試着会があってね。いろいろ試着してるうちに、どれがいいのかわからなくなって」
「武が選んであげたら?」
「由香が気に入ってれば、俺はどれでもいいんだよ。全部似合うし」
「それはノロケなのか……?」
結婚を目前に控えた二人は、これでもかと言うほど幸せそうなオーラを放っている。
大好きな『政弘さん』と気まずい状態になってしまったままの愛美は、花嫁衣装を纏った由香の写真を眺めながら苦笑いを浮かべた。
(私とはえらい違いだよ……)
「武の意見はあてにならないから、愛美に一緒に選んでもらおうかなって。愛美だったら、自分の結婚式の時はドレスと白無垢、どっちがいい?」
「うーん……そうだなぁ……。ドレスももちろん憧れるけど、こうして見ると白無垢もいいね」
愛美は不意に、ウエディングドレス姿の自分の隣に、タキシード姿の『政弘さん』を思い浮かべた。
(政弘さん……きっと素敵だろうな……)
ぼんやりと写真を眺める愛美に、由香が不思議そうに声を描ける。
「愛美、どうしたの?」
「いや……なんでもない」
つらい恋愛ばかりを経験して、男運がない自分はきっと幸せになんてなれないと思ってきた。
だけど『政弘さん』のおかげで、愛する人に愛され大切にされる喜びや、自分もまた愛する人を大切にしたいと思う事の幸せを知った。
それと同時に、大切な人を失う怖さも覚えた。
(ずっと一緒にいようって言ってくれたけど……ホントにずっと一緒にいてくれるかな……?)
緒川支部長に『好きだから付き合ってくれ』と言われたその日に、絶対にイヤだと思ってバーのマスターに『背の高い性格の穏やかないい男を紹介して』と頼んだら、現れたのがマスターの大学時代の後輩の『政弘さん』だった。
(マスターにしばらく会ってない。近いうちに行ってみようかな……)
最近は自宅に帰ると、いそいそと二人分の食事を用意して、来るかどうかもわからない『政弘さん』を待っている。
『政弘さん』は仕事が早めに終われば会いに来て一緒に夕飯を食べるが、『政弘さん』の仕事が終わるのが遅くなった日は、作りすぎたおかずを前に、一人で遅めの夕飯を取る。
(だから最近少し太ったのか……?)
過去の苦い恋愛のトラウマで、たしかな時間も約束されずに待たされる事が苦手だった。
待っているうちに『来ないかも知れない』と不安になり、信じた人にまた裏切られるのではないかと怖くなった。
だけど『政弘さん』と付き合いだしてからは、待ってばかりいるような気がする。
待たされているのではなく、待っている。
会いたいと思いながら、なんの約束もしていない『政弘さん』が来るのを待つ。
もしかしたら会えるかもと思うと嬉しくて、待っているのもつらくない。
彼が来なかった日は、待っていた分だけ寂しくは思うけれど、約束をしていたわけではないから、彼を責めたりはしない。
忙しい人なのだから仕方ない、無理をさせてはいけないとあきらめる。
どんなに遅くなっても、毎日会いに来てくれたらいいのに。
翌日が仕事でも、朝までそばにいてくれたらいいのに。
(そんな風に思ってても……素直に言えないところが可愛くないからダメなのかなぁ、私は)
しばらく経つと、少し前まで静かだった店内は、仕事帰りのサラリーマンやOLたちで賑わい始めた。
健太郎は厨房に入って忙しそうにしている。
ジュースを飲みながら店内を見回した愛美は、客席の中に、噂好きな第一支部のオバサマ5人組を見つけた。
驚いて思わずジュースを吹き出しそうになる。
(ゲッ……!いる……!!)
声を掛けられると、まためんどくさい事になりかねない。
できるだけ目立たないようにしていようと、愛美は黙って下を向いた。
6時半前、由香と武がやって来た。
由香と武はビール、愛美はウーロン茶を飲みながら、健太郎が用意してくれた料理を食べた。
「それで……相談って何?」
「披露宴の友人のスピーチと二次会の幹事、愛美と健太郎にやってもらえないかなーって」
「二次会の幹事はともかく、スピーチは苦手かも……」
「あとね、衣装とか会場のテーブルコーディネートとか、いろいろありすぎて、迷ってなかなか決まらないんだ。写真とかパンフレット持ってきてるから、後で一緒に考えてくれない?」
「いいけど……私の意見なんて参考になるの?」
愛美は軽く首をかしげながら、取り皿の上の鶏の唐揚げにたっぷりとレモンを搾って口に運ぶ。
「いろいろ見てると、どれがいいのかわからなくなってきちゃうんだよね。これにしようって決めた後で、やっぱりあっちが良かったかも……とか。目移りって言うの?」
「ああ、あるね、そういう事」
愛美がタコとキュウリの酢の物を口に運びながらそう言うと、背後から健太郎が料理の乗った皿をテーブルの上に置いた。
「テーブルコーディネートには目移りしてもいいけど、他の男には目移りすんなよ」
「しないよ!」
健太郎の言葉を聞いて、愛美の胸にまた不安がこみ上げた。
(目移り……か……)
大方の料理を食べ終わり、飲み物と簡単なおつまみの皿だけをテーブルに残して、由香が結婚式場のパンフレットやドレスの写真などを広げ始めた。
「わぁ……綺麗だね……」
ウエディングドレスにカクテルドレス、白無垢に色打ち掛け。
いろいろな衣装を身にまとった由香の写真が並ぶ。
「最初はこれがいいって思ったんだけど……別の日に試着会があってね。いろいろ試着してるうちに、どれがいいのかわからなくなって」
「武が選んであげたら?」
「由香が気に入ってれば、俺はどれでもいいんだよ。全部似合うし」
「それはノロケなのか……?」
結婚を目前に控えた二人は、これでもかと言うほど幸せそうなオーラを放っている。
大好きな『政弘さん』と気まずい状態になってしまったままの愛美は、花嫁衣装を纏った由香の写真を眺めながら苦笑いを浮かべた。
(私とはえらい違いだよ……)
「武の意見はあてにならないから、愛美に一緒に選んでもらおうかなって。愛美だったら、自分の結婚式の時はドレスと白無垢、どっちがいい?」
「うーん……そうだなぁ……。ドレスももちろん憧れるけど、こうして見ると白無垢もいいね」
愛美は不意に、ウエディングドレス姿の自分の隣に、タキシード姿の『政弘さん』を思い浮かべた。
(政弘さん……きっと素敵だろうな……)
ぼんやりと写真を眺める愛美に、由香が不思議そうに声を描ける。
「愛美、どうしたの?」
「いや……なんでもない」
つらい恋愛ばかりを経験して、男運がない自分はきっと幸せになんてなれないと思ってきた。
だけど『政弘さん』のおかげで、愛する人に愛され大切にされる喜びや、自分もまた愛する人を大切にしたいと思う事の幸せを知った。
それと同時に、大切な人を失う怖さも覚えた。
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