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幼馴染みは料理のできる男

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「それより、幼馴染みの彼に毎日お弁当作ってもらえば?」
「結婚したらお昼だけじゃなくて朝も晩も作ってくれるんじゃない?」

結局そこかと、愛美は大きなため息をついた。

「何言ってるんですか……。ホントにそういうんじゃないです」

   (さっさと食べ終わって自分の席に戻った方が良さそう……)

愛美が宮本さんと竹山さんに散々ひやかされながら急いでお弁当を食べていると、緒川支部長が休憩スペースに近付いてきた。
緒川支部長はポケットから小銭を出しながら、チラリと宮本さんと竹山さんを見た。

「二人とも、今日はまだ一件も訪問してないのにいつまで飯食ってんの。食べるよりしゃべる方で口が忙しそうに見えるけど?」
「すみませーん。これ食べ終わったらすぐ職域に行きまーす」
「私も地区をまわりまーす」
「さっさとしないと日が暮れるよ」

自販機で缶コーヒーを買うと、緒川支部長は支部長席に戻って行った。

「支部長は料理なんてしなさそうね」

残りのおかずを口に運びながら宮本さんが呟くと、竹山さんもふりかけのかかった御飯を口に入れてうなずいた。

「亭主関白になりそう。奥さんが具合悪くても『飯はまだか!』とか言ってね」

宮本さんは食べ終わったお弁当箱をナフキンで包みながら、支部長の方をチラッと見た。

「夫にするならやっぱり、料理上手な優しい人がいいわね、菅谷さん」
「ええっ……」

   (だから私に振るなってば!)

さっきまで小声で話していた宮本さんに突然大きな声で話しかけられた愛美は、からになった弁当容器を思わず落としそうになった。

「そりゃまあ……できないよりは、できるに越した事はないですけど……」
「ねーっ、そうよね!今時、男の人だって料理くらいはできないとね!共働きなら尚更よ!」
「外に出て働いてるのは同じなのに、主婦は家に帰れば家事も育児もしなきゃいけないのよ。せめて具合が悪い時くらいは食事の用意して欲しいでしょ?」
「そう……ですね……?」

   (そんなのよくわかんないよ、私まだ独身だし……)

「菅谷さんも結婚相手はちゃんと選んだ方がいいわよー!」
「間違っても、一人じゃなんにもできない人は選んじゃダメだからね!」
「はぁ……。覚えておきます……」

独身の自分にはまだよくわからないけれど、これが世の中の仕事を持つ主婦の本音なのかも知れないと思いながら、愛美はコーヒーを淹れて内勤席に戻った。


コーヒーを飲んで一息ついた後、愛美はいくつかの封書と支部の財布を持って席を立った。
緒川支部長が顔を上げる。

「菅谷、出掛けるのか?」
「郵便局に行ってきます。何かついでがあれば……」
「いや……俺も昼飯買いに行こうと思ったんだけど……。高瀬、まだもう少し支部に居るか?」

緒川支部長に声を掛けられ、お茶を飲んでいた高瀬FPがニコリと笑った。

「ハイ。留守番してますから、どうぞ行ってきて下さい」

お弁当くらい頼めばいいのにと、愛美が首をかしげた時。

「失礼しまーす」

大きな声に振り返ると、支部の入り口に健太郎が立っていた。

   (げっ、健太郎!!一体なんの用だ?!)

「あ、愛美!もう飯食った?」
「食べたけど……」
「そっかぁ、一足遅かったな」
「何が?」

愛美が尋ねると、健太郎は手に持っていたビニール袋を差し出した。

「これ、ランチの試作。愛美に味見してもらおうかと思って持って来たんだけど……。さすがにもう食えないよなぁ」
「うん、無理。お腹いっぱい」
「どうしようか……。誰か昼飯まだの人、いないかな」
「あ、それなら支部長が……」

愛美は振り返って緒川支部長を見上げた。

「支部長、あれもらったらどうですか?」
「え……俺が?」

健太郎はニコニコしながら近付いてきて、緒川支部長にランチの試作品の入ったビニール袋を差し出した。

「良かったらどうぞ!」
「えっと……いくらかな?」
「試作品なんでお金はいいです。その代わりと言ったらなんですけど、感想聞かせてもらえたら助かります」
「わかった。それじゃあ遠慮なくいただきます」

健太郎から試作品を受け取り、出掛ける必要がなくなった緒川支部長は、それを持って休憩スペースに向かった。

「じゃあ、私は郵便局に行ってきます」

愛美が支部を出ようとすると、健太郎がその後に続く。

「愛美、俺も店に戻るからそこまで一緒に行こう。それじゃあ失礼します」


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