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二章 (ポーディングの街編)

13.刀の意思

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 レンとともに隣の部屋へ入る。
 そこには逃げ惑うガラルと、それを追うトロールの姿があった。
 紐が解かれ自由らしいが、丸腰では到底勝ち目はない。
 レンは助けようと走って行く。しかし、武器は既に奪われているうえに、体力が限界でなす術がない。
 トロールの後を追うことすらやっとの状況だ。
 唯一武器を持っていて戦えるのは……俺だけ?
 しかし、トロールに有効なのは物理攻撃である。魔術専門の俺が勝てるわけがない。

「その刀、貸してくれないか?」
 レンが手を差し伸べる。レンの専門武器は短剣だ。とても刀と相性が良いとは思えない。しかし、俺が持って戦うよりは……
「レン、戦えるのか?」
「あぁ、5分だ。5分だけなら戦える!」
 その言葉を聞いて、希望が見えた気がした。
 この場には合計4体のトロールがいる。レンに大きいトロールを任せて、俺が残りの3体の気を引く。
 その作戦を伝え、刀を渡す。

「おい、こんな思いものを持っていたのか?」
 驚くレンを横目に、3体のトロールの気を引く。足元を氷で固定して動けなくする程度で良いだろう。
 魔術陣を起動して氷属性の公式を描き込む。それを中級の魔法陣へ格上げした。氷塊弾の公式を描き込み、座標を固定する。そして魔力を込めて放出する。

 魔法陣から放たれた氷塊は、トロールの足元まで飛んだ後広がり、トロールの足もろとも固まった。
 よし、これで1体、片足を固定することができた。
 もう一度魔法陣を起動し、先ほどと同じ工程を繰り返す。

「おい!早くしてくれ!もう体が持たない!」
 レンが叫ぶ。
 俺は今からようやく2体目の足を止めるための魔法陣を起動するところだ。

「もう少し耐えてくれ!」
 そう叫んだ途端、バタンと音がして、レンがトロールに倒される姿が見えた。
 右の腕を骨折しているように見える。

「後は……頼む……」
 そういう言い残して、レンは目を閉じた。

 何度も名前を叫ぶが、目を覚まさない。
 トロールは倒れたレンを掴むと、火の近くに置いた。
 まるでデザートの下ごしらえかのように、塩を塗っている。
 先ほどまで逃げ惑っていたガラルも、今は倒れて動かない。
 俺が魔術で固定したはずのトロールも、あぐらをかいて座っている。

 誰一人として、こちらを見ようとはしない。
 俺のことなんて眼中に無いような感じで、レンとガラルの様子を見ている。
 2人を炙って食べるつもりだ。

 俺は……こんなに無力だったのか?心が乱れて魔法陣の形が歪む。
 何が「なぜC級から上がれない」だよ。当たり前じゃ無いか。目の前の弱っている、たった2人も守れない冒険者が、B級やA級、ましてやS級になれるはずがない。
 怒りは憎しみに変わり、やがて絶望に変わった。
 俺こそが食われるべき人間なんじゃないか?そう思った。

 どこから来たのか、脱力感が俺を襲う。倒れている2人を見ても何の感情も湧かない。
 今日会ったばかりの人。何の思い出もないし、俺は2人のことを何も知らない。命をかけて助ける意味はあるのだろうか?
 ここで見捨てることも選択肢の一つだ。トロールに単身で突撃して死ぬよりは、自分だけでも生きて帰った方が良い。命あっての人生だ。
 それに、2人はいずれ死ぬ。そうすれば死亡手当だって……


 突然脳裏に男の顔が現れて我に返る。見覚えがある。一瞬で分かった。忘れるはずがない。俺を苦しめた奴。俺を見て楽しんでいた奴。
 それは紛れもない、勇者の顔だった。

 何を……なんて酷いことを……
 あいつと同じじゃないか。あいつと同じことをしようとしている……
 決して超えてはいけない線に、いつの間にか足を掛けている。
 俺はなんて醜い奴なんだ……

 レンが落とした刀を拾う。
 刀はただの飾りじゃない。気分を高めるためでも、人に貸すためでもない。人を助けるためにあるんだ。
 刀を握りしめ、トロールに向かって走る。

 直後、刀に紋様が現れた。金色のその紋様は刀から離れ、丸く、円形に広がる。
 まさか……


 最後の望みだ。
 俺は丸く浮かんだ文字列に、魔法陣を展開した。
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