バカな元外交官の暗躍

ジャーケイ

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第二章 日本編一

荒美音 美しすぎる看護師

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 午後六時を少し回った頃、屋上に彼女は現れた。いわゆるイマドキ女子のファッションに身を包んでいた。違いを見つけるとすれば、職業上ネイルはやっていない。看護師と聞いていたので、何となく白衣を想像していた。

「ページ、遅くなってごめん、あ、こちらがカズさん?」丁寧に、でもよそよそしくもない挨拶から始まった。

「初めまして、荒美音と申します。音と書いてタヨって読みます」

 私はすでにページが言っていた通りの美貌に正直圧倒されていた。努めて冷静さを装って話した。

「タヨさんですか。ページから大体のことは聞いています。早速ですがあなたの歌声を聞かせて頂けますか? 曲はなんでもいいです」

 「タヨと呼び捨てで結構です」

 タヨはリアーナの代表曲をアカペラで歌い出した。第一ヴァースを歌い終え、いきなりダンスを始めた。まるですごい競争率で最終オーディションに残る者が懸命に表現する、その域を超えたうまさであった。

 生まれ持った才能を見せつけられた気分だった。歌もあたり前のように魅力がほとばしっていた。自分でいいのかと恐ろしくなったが、もう一度、世界で勝負できる可能性があるこの若者たちに出会えた喜びで、心の震えが止まらなかった。

「メロディーとハーモニィー、八小節でいいから、二人で歌ってくれませんか?」

 今度はアリアナ・グランデの曲でコーラス部分をページがメロディー、タヨはハーモニィーを歌い始めた。ほぼ完璧であった。

「歌声、ルックスその他諸々、ページとタヨ、あなたたちは世界に通用します」

 場所を院内の静かなカフェに移した。

「タヨ、今までスカウト多かったでしょう?もちろんちゃんとした大手のプロダクションも含めて」

「はい、至る所からのスカウトがありました。でも私はモデルをやりたいのではない。タレントにも興味にはない。レゲエを歌いたいだけだと言い続けました」

「でも、みんなレゲエに抵抗があるのですね。レゲエは売れないとか、麻取に目をつけられやすいとか。だから私、どこの事務所にも興味が湧かなくて。ページと一緒に韓国の門をたたけば、開けてくれるかもしれないって話もしました」

「うまく行けば、国際的なデビューもあるし、お金もかけてくれると思います。レッスンに時間がかかるでしょうが、その後は割と早い時期に国際的認識を得られる確率は日本でやるより高いと思います。でもそこでレゲエだけを歌えるか、はなはなだ疑問です」

 決して自慢するようなトーンではない。

「大きなプロダクションは彼らはきっと君たちを有名にしてくれますよ。特に韓国は日本とは全く違ったアプローチで世界を虜にしてきています。国が後押ししているとはいえ、韓国文化の海外戦略はすばらしいものがありますね」

「日本は日本市場だけで数字の完結を目標にし、世界に力を入れなかったのか、アーティスト、制作側にその気と、そもそもの力がなかったのか、日本政府がやっているクールジャパンがうまく働いていないのか」

「アジアにはたどりついたアーティストはいますが、欧米諸国でチャートをにぎわせて、スタジアム級のコンサートをやれるには至っていません」

「映画にしても韓国に差をつけられた感はありますね。まあ、アニメだけは別格ですけど。アニソンも世界戦略を考えると今よりも大きくなると思います。もう一度聞きますが、本当に私でいいのですか?私は音楽的には理論派のプロデューサーじゃありませんよ」

 タヨからは間を開けずに答が帰って来た。

「ページから話は聞きました。すべてお任せです。一年間はどっぷりでお願いします。理事長とは話がついています。一年間の有給休暇扱い、これは他の看護師には秘密ですけど」

 二人の決意は固いようであった。いきなりで、少し早いとは思ったが、私の考えを聞いてもらった。

「私は、こんなすばらしい君たちと一緒に仕事ができる。そのうえ資金も提供してもらえる。楽しくて仕方ありません。先ずは、私が今考えていることを聞いて下さい。時間の制約があるので、小さなチームで始めたいと思います」

「物事の決定を速めて、それを速やかに実行に移す必要が有ります。チームですが、スライとロビーは当然として、彼ら以外に私の恩人で、実際二人でずっとグラミーを追っかけてきて来たかたがいます」

「青山で老舗のプロモーターをやっている、AT・ミュージックの中田社長。業界で知らない人はいないし、君たちを守ってもくれます」

「もう一人は東郷将生さん。作曲家、プロデューサー、マルチクリエイターで、最近ロスから帰国したばかりです。何人ものビッグネームに楽曲を提供しています。そして彼もグラミークレイジーです。いかがでしょう? みんな信頼のおける人達です」

 二人とも微笑んでいた。

「全くノープロブレムです」彼らも決断が早い。

「では、少しだけ私のレゲエに対する考えを聞いてください。今のレゲエ、つまらないです。自分の所も含めてですが、あまりにも簡単に楽曲を作り過ぎています」

「ツーコード、スリーコードのループで、キャッチーなメロディーが生まれるのは十年に一曲あるかないか。曲の構成もほほ同じ。テンポも似かよっている。基本的にワンドロップとダンスホールの二つのリズムしかない。十分な制作費がないのも事実です」

「当分、ジャマイカ経済の低迷と同じようにレゲエの経済的低迷も続くと思われています。ただ、それでもレゲエがいいのは、タイミングの微妙なズレという揺れが、ジャマイカの固有種として存在している。気持ちのいい音楽です」

「日本でも結構コマーシャル、テレビの挿入歌で、インストが多いですが、使われていますね。さて今回のプロジェクトですが、六曲入りのミニアルバムでどうでしょうか」

「心配しないで下さい、ミニアルバムでもグラミーにエントリーできます。それに限られた時間しか残っていません」

「先ずはジャマイカで一曲作りましょう。それから先はリモートでの制作になると思います。曲風は、アメリカでも聞かれる、ブルーノ・マーズやマルーン5なんかが作ってビルボードチャートにも一位になる様なポップでお洒落なレゲエ」

「アメリカのネームアーティストをフィーチャーできれば、それもいいかなと思います。アメリカのトップアーティストにも伝手があります。アリアナやリアーナをフィーチャーすることも可能かもしれません。時間が出来ればボーナストラックとして、公開レコーディングも行いたいですね。簡単ですが、こんな方向でどうでしょうか?」

「今聞いただけでも楽しそうなプロジェクトだと思います。ミニアルバムの中で、オリジナルの日本語曲もやりますか?」

「僕たちよく二人で、日本語の歌詞を書いてみてはいるのですが、なかなかこれと言ったのが出来ません。レゲエって何かタイミングというか、小節ごとの頭の間というか、日本語がうまくはまりません」

「まあレゲエだけじゃないと思うのですが、ヒップホップ、R&Bにも日本語がなかなか上手くはまらない。結局黒っぽいリズムが日本語に合わないような気がします」

 タヨが続けた。
「話は違いますが、レゲエのカバーはうまく歌えます。練習も兼ねてよく二人でカラオケに行きます。ボブ・マーレィの曲なんか、ほぼ全曲、さーて何点だ、出た百点満点」

「でもデュエットする時は、ページにはジャマイカ人の血が入っているし、私には入ってない、なんか、本当微妙なところで完璧にユニゾンで歌えてません。機械が読み取れない程度ですけど」

「凄いことだと思います。そこまで違いを感じ取れるなんて。戦略としては、グラミー狙いなので、基本全曲英語がいいと思います。曲はジャマイカの作家に書いてもらって、作曲の微妙なところを将生さんに調整してもらいましょう」

「ただシングルはやっぱり日本語バージョンも欲しいですね、ミニアルバムに入れるかは別としても。コード進行もやや多めで、ただあまり多過ぎるとロビーがベースを弾きたがりません。いいベースラインが出ないと。コード数は少なめだけど、メロディー重視のお洒落なポップなレゲエでどうですか?」

「できればメロディーありきで歌詞を二人で書いてもらいたいです。君たちが言うように難しいとは思いますが。それと当然こってり系レゲエも入れましょう」

「こってり系と言っても、飾りは多めに付けましょう。将生さんの得意とするところです。大至急、中田社長と、将生さんに連絡を取ります。ページはお父さん、叔父さんと今日のこと話して下さい」

「タヨの詳しい生い立ちはまた今度として、写真、ビデオ、声、あるだけメールして下さい。来年グラミーにエントリーするには、来年九月末までにアメリカでリリースしなければなりません。少しの時間しか残っていません」

「配信リリースだけでも準備期間に最低一ヶ月かかります。ジャケット撮影、ビデオも同時に進めるとしても時間が足り無いかもしれなません」

「タヨは引継ぎがうまく終われば、すぐにでもフルタイムでプロジェクトに没頭できるでしょうが、ページは学期末までは、休学しない方が賢明だと思います。空き時間は有効に使いますが、とにかく急ぎましょう」


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