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プロローグ
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「どうぞ、こちらへ」
重々しい口調で促され、アルメリアはこくりと喉を鳴らす。
緊張に張り詰める胸を抑えつつ、静かに扉をくぐると、そこはもう国王の執務室だった。
ここへ立ち入るのもどれくらいぶりのことであろう。この国の王であり、アルメリアの父である方と言葉を交わしたのも、もう一年以上前のことだ。
背後で扉が閉まる。アルメリアは覚悟を決めて、ゆっくり顔を上げた。
「久しいな、アルメリアよ」
執務机に座る父王は、久々に見る愛娘の姿にたちまち目元を和らげた。
だが、その隣にたたずむ青年……腹違いの兄である王太子は、忌々しいとばかりに視線を険しくしてくる。
刺すようなそのまなざしを認めただけで、アルメリアはすくみ上がった。
もとから苦手だった相手ではあるが、あの日……アルメリアが『不義の姫君』と呼ばれるようになった日からは、そこに恐怖が加わった。
城から離れ一年も経った今ですら、兄の前では身体が冷たくなってしまう……。
「修道院からおまえを呼び出したのは他でもない。アルメリア、おまえに縁談があったのだ」
「え、縁談……?」
アルメリアは耳を疑う。てっきり呼び出されたのは、身体の弱い母王妃になにかあったからだと思っていたのに。
アルメリアとて今年で十八歳。王族の姫君としては、行き遅れと言われてもおかしくない年齢だ。
だが彼女には普通の結婚を望めない事情がある。それは『不義の姫君』というふたつ名とともに、国中に知られていることであった。
「父上……いえ、国王陛下。それはなにかのお間違いでございましょう。わたくしを迎えようとする殿方など、いらっしゃるはずがございません。だからこそ、陛下もわたくしの修道院行きをお許しくださったのでしょう?」
そう言われると父としても返す言葉がないのか、気まずそうに口髭をもごもごさせた。
「わたしから説明しよう」
代わって一歩前へ出たのは王太子だ。
「おまえを所望しているのは、隣国オスベリアの国王陛下だ。まだ二十一歳と年若いが、類い希な政治の才覚を持ち、ただでさえ大国として恐れられているオスベリアを、さらに強大な国にするであろうと言われている御方だ」
「オスベリアの国王陛下ですって……?」
ここより東に位置する大陸最大の国家の名に、アルメリアはへたり込みそうになった。
「そ、そのような大国の王陛下が、なぜわたくしなど……」
「オスベリア王はすでに大勢の姫君を後宮に迎えている。だが、未だ子をなしていない。妃となった姫君たちが、ほどなく後宮から下げられるからだ」
アルメリアはたちまち混乱する。
後宮はこの国にはない制度だが、その実態に関してはアルメリアも聞き知っている。
本来、後宮に入った妃は、よほどの理由がない限りそこから出ることは叶わぬはずだ。なのに下げられているということは……
「なんでも、妃たちはことごとく身体や精神を病み、療養が必要なために後宮を追い出されたらしい。噂に聞くところでは、オスベリア王は政治の場だけではなく、閨でも唯我独尊を貫き、女子供相手にも平気で鞭を振るうそうだ」
淡々と騙っていた王太子は、そこでにやりと皮肉な笑みを浮かべた。
「並の姫君であれば卒倒するところだろうが、おまえはそうではないだろう、アルメリア? なにせ実の叔父と懇ろになった『不義の姫君』だ。向こうではせいぜいうまくやれ。晴れて子を為せば我が国も安泰になろう」
顎を逸らして笑う王太子を見ながら、アルメリアの心は暗く沈んでいく。
記憶の奥底に封じ込めていた、忌まわしい過去が這い上がってくるようだ。
気づけば視界が真っ黒になって、周囲の音がぷつりと途切れるように消えてしまった。
重々しい口調で促され、アルメリアはこくりと喉を鳴らす。
緊張に張り詰める胸を抑えつつ、静かに扉をくぐると、そこはもう国王の執務室だった。
ここへ立ち入るのもどれくらいぶりのことであろう。この国の王であり、アルメリアの父である方と言葉を交わしたのも、もう一年以上前のことだ。
背後で扉が閉まる。アルメリアは覚悟を決めて、ゆっくり顔を上げた。
「久しいな、アルメリアよ」
執務机に座る父王は、久々に見る愛娘の姿にたちまち目元を和らげた。
だが、その隣にたたずむ青年……腹違いの兄である王太子は、忌々しいとばかりに視線を険しくしてくる。
刺すようなそのまなざしを認めただけで、アルメリアはすくみ上がった。
もとから苦手だった相手ではあるが、あの日……アルメリアが『不義の姫君』と呼ばれるようになった日からは、そこに恐怖が加わった。
城から離れ一年も経った今ですら、兄の前では身体が冷たくなってしまう……。
「修道院からおまえを呼び出したのは他でもない。アルメリア、おまえに縁談があったのだ」
「え、縁談……?」
アルメリアは耳を疑う。てっきり呼び出されたのは、身体の弱い母王妃になにかあったからだと思っていたのに。
アルメリアとて今年で十八歳。王族の姫君としては、行き遅れと言われてもおかしくない年齢だ。
だが彼女には普通の結婚を望めない事情がある。それは『不義の姫君』というふたつ名とともに、国中に知られていることであった。
「父上……いえ、国王陛下。それはなにかのお間違いでございましょう。わたくしを迎えようとする殿方など、いらっしゃるはずがございません。だからこそ、陛下もわたくしの修道院行きをお許しくださったのでしょう?」
そう言われると父としても返す言葉がないのか、気まずそうに口髭をもごもごさせた。
「わたしから説明しよう」
代わって一歩前へ出たのは王太子だ。
「おまえを所望しているのは、隣国オスベリアの国王陛下だ。まだ二十一歳と年若いが、類い希な政治の才覚を持ち、ただでさえ大国として恐れられているオスベリアを、さらに強大な国にするであろうと言われている御方だ」
「オスベリアの国王陛下ですって……?」
ここより東に位置する大陸最大の国家の名に、アルメリアはへたり込みそうになった。
「そ、そのような大国の王陛下が、なぜわたくしなど……」
「オスベリア王はすでに大勢の姫君を後宮に迎えている。だが、未だ子をなしていない。妃となった姫君たちが、ほどなく後宮から下げられるからだ」
アルメリアはたちまち混乱する。
後宮はこの国にはない制度だが、その実態に関してはアルメリアも聞き知っている。
本来、後宮に入った妃は、よほどの理由がない限りそこから出ることは叶わぬはずだ。なのに下げられているということは……
「なんでも、妃たちはことごとく身体や精神を病み、療養が必要なために後宮を追い出されたらしい。噂に聞くところでは、オスベリア王は政治の場だけではなく、閨でも唯我独尊を貫き、女子供相手にも平気で鞭を振るうそうだ」
淡々と騙っていた王太子は、そこでにやりと皮肉な笑みを浮かべた。
「並の姫君であれば卒倒するところだろうが、おまえはそうではないだろう、アルメリア? なにせ実の叔父と懇ろになった『不義の姫君』だ。向こうではせいぜいうまくやれ。晴れて子を為せば我が国も安泰になろう」
顎を逸らして笑う王太子を見ながら、アルメリアの心は暗く沈んでいく。
記憶の奥底に封じ込めていた、忌まわしい過去が這い上がってくるようだ。
気づけば視界が真っ黒になって、周囲の音がぷつりと途切れるように消えてしまった。
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