被虐の王と不義の姫君

佐倉 紫

文字の大きさ
上 下
1 / 13
プロローグ

プロローグ

しおりを挟む
「どうぞ、こちらへ」

 重々しい口調で促され、アルメリアはこくりと喉を鳴らす。
 緊張に張り詰める胸を抑えつつ、静かに扉をくぐると、そこはもう国王の執務室だった。

 ここへ立ち入るのもどれくらいぶりのことであろう。この国の王であり、アルメリアの父である方と言葉を交わしたのも、もう一年以上前のことだ。
 背後で扉が閉まる。アルメリアは覚悟を決めて、ゆっくり顔を上げた。

「久しいな、アルメリアよ」

 執務机に座る父王は、久々に見る愛娘の姿にたちまち目元を和らげた。
 だが、その隣にたたずむ青年……腹違いの兄である王太子は、忌々しいとばかりに視線を険しくしてくる。
 刺すようなそのまなざしを認めただけで、アルメリアはすくみ上がった。

 もとから苦手だった相手ではあるが、あの日……アルメリアが『不義の姫君』と呼ばれるようになった日からは、そこに恐怖が加わった。
 城から離れ一年も経った今ですら、兄の前では身体が冷たくなってしまう……。

「修道院からおまえを呼び出したのは他でもない。アルメリア、おまえに縁談があったのだ」
「え、縁談……?」

 アルメリアは耳を疑う。てっきり呼び出されたのは、身体の弱い母王妃になにかあったからだと思っていたのに。

 アルメリアとて今年で十八歳。王族の姫君としては、行き遅れと言われてもおかしくない年齢だ。
 だが彼女には普通の結婚を望めない事情がある。それは『不義の姫君』というふたつ名とともに、国中に知られていることであった。

「父上……いえ、国王陛下。それはなにかのお間違いでございましょう。わたくしを迎えようとする殿方など、いらっしゃるはずがございません。だからこそ、陛下もわたくしの修道院行きをお許しくださったのでしょう?」

 そう言われると父としても返す言葉がないのか、気まずそうに口髭くちひげをもごもごさせた。

「わたしから説明しよう」

 代わって一歩前へ出たのは王太子だ。

「おまえを所望しているのは、隣国オスベリアの国王陛下だ。まだ二十一歳と年若いが、類い希な政治の才覚を持ち、ただでさえ大国として恐れられているオスベリアを、さらに強大な国にするであろうと言われている御方だ」
「オスベリアの国王陛下ですって……?」

 ここより東に位置する大陸最大の国家の名に、アルメリアはへたり込みそうになった。

「そ、そのような大国の王陛下が、なぜわたくしなど……」
「オスベリア王はすでに大勢の姫君を後宮に迎えている。だが、未だ子をなしていない。妃となった姫君たちが、ほどなく後宮から下げられるからだ」

 アルメリアはたちまち混乱する。
 後宮はこの国にはない制度だが、その実態に関してはアルメリアも聞き知っている。
 本来、後宮に入った妃は、よほどの理由がない限りそこから出ることは叶わぬはずだ。なのに下げられているということは……

「なんでも、妃たちはことごとく身体や精神を病み、療養が必要なために後宮を追い出されたらしい。噂に聞くところでは、オスベリア王は政治の場だけではなく、ねやでも唯我独尊ゆいがどくそんを貫き、女子供相手にも平気でむちを振るうそうだ」

 淡々と騙っていた王太子は、そこでにやりと皮肉な笑みを浮かべた。

「並の姫君であれば卒倒するところだろうが、おまえはそうではないだろう、アルメリア? なにせ実の叔父とねんごろになった『不義の姫君』だ。向こうではせいぜいうまくやれ。晴れて子を為せば我が国も安泰になろう」

 あごを逸らして笑う王太子を見ながら、アルメリアの心は暗く沈んでいく。

 記憶の奥底に封じ込めていた、忌まわしい過去がい上がってくるようだ。
 気づけば視界が真っ黒になって、周囲の音がぷつりと途切れるように消えてしまった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【R18】殿下!そこは舐めてイイところじゃありません! 〜悪役令嬢に転生したけど元潔癖症の王子に溺愛されてます〜

茅野ガク
恋愛
予想外に起きたイベントでなんとか王太子を救おうとしたら、彼に執着されることになった悪役令嬢の話。 ☆他サイトにも投稿しています

マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました

東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。 攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる! そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。

腹黒王子は、食べ頃を待っている

月密
恋愛
侯爵令嬢のアリシア・ヴェルネがまだ五歳の時、自国の王太子であるリーンハルトと出会った。そしてその僅か一秒後ーー彼から跪かれ結婚を申し込まれる。幼いアリシアは思わず頷いてしまい、それから十三年間彼からの溺愛ならぬ執愛が止まらない。「ハンカチを拾って頂いただけなんです!」それなのに浮気だと言われてしまいーー「悪い子にはお仕置きをしないとね」また今日も彼から淫らなお仕置きをされてーー……。

【R18】悪役令嬢を犯して罪を償わせ性奴隷にしたが、それは冤罪でヒロインが黒幕なので犯して改心させることにした。

白濁壺
恋愛
悪役令嬢であるベラロルカの数々の悪行の罪を償わせようとロミリオは単身公爵家にむかう。警備の目を潜り抜け、寝室に入ったロミリオはベラロルカを犯すが……。

巨根王宮騎士の妻となりまして

天災
恋愛
 巨根王宮騎士の妻となりまして

公爵に媚薬をもられた執事な私

天災
恋愛
 公爵様に媚薬をもられてしまった私。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

【完結】堕ちた令嬢

マー子
恋愛
・R18・無理矢理?・監禁×孕ませ ・ハピエン ※レイプや陵辱などの表現があります!苦手な方は御遠慮下さい。 〜ストーリー〜 裕福ではないが、父と母と私の三人平凡で幸せな日々を過ごしていた。 素敵な婚約者もいて、学園を卒業したらすぐに結婚するはずだった。 それなのに、どうしてこんな事になってしまったんだろう⋯? ◇人物の表現が『彼』『彼女』『ヤツ』などで、殆ど名前が出てきません。なるべく表現する人は統一してますが、途中分からなくても多分コイツだろう?と温かい目で見守って下さい。 ◇後半やっと彼の目的が分かります。 ◇切ないけれど、ハッピーエンドを目指しました。 ◇全8話+その後で完結

処理中です...