1 / 44
第一話 引きこもり、コンビニに行く
しおりを挟む
鳴ることを忘れた目覚まし時計が三時を指す。俺はゆっくりと椅子から立ち上がり、部屋に掛けていたスカジャンを羽織って外に出る。真っ白な吐く息が闇に溶けていく。住宅街を抜けて市道に出ると、法定速度以上で風を切って走るトラックが、歩道すれすれに通り過ぎていく。
トラックに跳ね飛ばされ異世界に行くことを願うが、もし死ねなくて障害が残ったことを考えると怖くて出来やしない。道なりに十分ほど歩くと、行き付けの青い看板のコンビニに辿り着く。入店音をピコピコと鳴らして店内に入る。
本棚の前にはまだビニールを被って開封されていない雑誌の束が無造作に並ぶ。店内に入った俺を見た店員はそのビニールをカッターで破り、何も言わずに週刊少年ジャンプを手渡してくれる。少しだけ頭を下げて雑誌を受け取り、ペヤング焼きそば超特盛りとマミーを購入して店を出る。
このルーティーンをもう長いあいだ続けていた。大学を卒業して新卒で入った会社を、六年勉めて退社した。大手ではなかったが、同じ規模の会社に転職できずに絶望する。営業職としてあまりにも激務な職場だったので、それなら少し休もうと就活を遅らせたら、ずるずると年月を失った。
二十代で両親が他界して家を相続していたので、無駄遣いをしなければ直ぐに働かなくても良いぐらいの貯蓄があった。それも引きこもり歴を延ばした要因の一つだった。通帳の残高は、そろそろデッドラインを安算で出来る数字になっている……。
市道を離れ住宅街に入ると、辺りは一挙に静かになり闇が濃くなる。ただ、家々にある玄関先の照明で、躓いて歩けないほど危険な道ではない。家の近くまで来ると、珍しく前から人が歩いてくる。少し身構えて顔を直視しないようにすれ違う
「まこちゃんだよね!」
すれ違い様、突然声をかけられた。今泉誠という名前だが、『まこちゃん』と、あだ名で呼ばれたのは学生時代しかない。訝しげに男を見ると、皮地で出来た服に、大きなリュックを背負っていた。腰には剣を納める鞘らしき物まで、ぶら下げている怪しい若者であった。男は俺の目の前まで近づき、ニコニコと笑顔を向けてくる。全く知らない人だと思ったが二度見する。
「健ちゃん! 」
中学の始めまで親友といってもはばからない――――佐川健二だった。懐かしさのあまりお互いの肩を叩き合い、久しぶりの出会いを喜びあった。ただ、冷静になって彼を見ると、佐川健二は高校で別れたままの姿であった……。
取りあえず、まだ夜も明けていない道端で話すことはご近所迷惑なので、俺の家に健ちゃんを招き入れた。
「いやー懐かしいよ、此処に来るのも何十年ぶりか!? でも、こんな夜に大丈夫かな?」
「両親は死んじゃったんで平気だぜ」
「すまない……」
「十年近く前のことなので気にするなよ」
俺は健ちゃんを自分の部屋に招き入れた。蛍光灯の下、彼の姿が照らされると、身体はかなり汚れており、衣服には泥が染みこんでいた。
「風呂は沸いてないけど、シャワーが使えるので入ってきな」
着替えとバスタオルを手渡す。
「助かるよ」
そう言って、浴室に入っていった。
健ちゃんと俺は家が近かったため、幼稚園から中学校まで一緒に連んで遊ぶ仲であった。高校に入ると彼の部活動が忙しくなり、二人だけで遊ぶことは少なくなった。しかし、偶然会えばゲームやテレビなどの話題を。普通に話せる仲ではあった。
その彼が、ある日を境に突然居なくなった――
佐川健二は高校一年の冬、サッカー部の朝練に行くと言って、六時に自宅を出たまま方向不明になった。家出をする理由も全くなかったため、誘拐と事故の線で警察は動いた。マスコミも不可思議な事件として大きく報道した。しかし彼の足取りは全くつかめず、方向不明者の仲間入りになった。
家族構成は母親と妹の三人暮らしであり、残された家族は、ビラをまいて彼の情報提供を求めた。俺も高校を卒業するまではよく手伝ったが、大学に入学後、徐々に疎遠になっていった。
「あ~気持ちよかった! 蛇口から綺麗な水が出るって、こんなに幸せだったんだ」
下らない冗談をいいながら、健ちゃんが風呂から出てくる。
「ペヤングあるけど食べるか?」
俺は出来たてのペヤングを彼に手渡した。
「旨っ! やっぱりペヤングは鉄板だ! けど……ペヤングってこんなサイズだったかな? フタにBigと書いてあったが、もっと小さかった気がするよ」
「それ特盛りだし……もうフタ無いし」
「まじ!? フタが無くてどうやって水を捨てるんだよ」
「ごちゃごちゃ言ってないで、伸びるから早く食え」
美味しそうにかっ込んでペヤングを食べる幼なじみ。咳き込んだので
「ほら、マミーやるから」
「マミー旨っ! 美味しすぎるよ……」
彼は少し下を向くと、涙を零していた。
「笑わすなよ! 健ちゃん、流石にマミー飲んでそのリアクションは無いわ~」
俺はその姿を見て、笑い転げてしまった。
お互いの現状など気にすることなく、空が白むまで当時の話で盛り上がる。
「悪いけどこの荷物を、全部預かってくれないか」
そう言って、大きなリュックサックを俺の前に置いた。
「ああいいよ、隣の部屋に置いとくぞ……。いつでも遊びに来て良いが、夜行性になっているので昼は簡便しろよな」
「了解した」
俺は彼に服を貸して、玄関で分かれた。
流石に若返った理由だけは聞けば良かったと、少しだけ後悔した――
トラックに跳ね飛ばされ異世界に行くことを願うが、もし死ねなくて障害が残ったことを考えると怖くて出来やしない。道なりに十分ほど歩くと、行き付けの青い看板のコンビニに辿り着く。入店音をピコピコと鳴らして店内に入る。
本棚の前にはまだビニールを被って開封されていない雑誌の束が無造作に並ぶ。店内に入った俺を見た店員はそのビニールをカッターで破り、何も言わずに週刊少年ジャンプを手渡してくれる。少しだけ頭を下げて雑誌を受け取り、ペヤング焼きそば超特盛りとマミーを購入して店を出る。
このルーティーンをもう長いあいだ続けていた。大学を卒業して新卒で入った会社を、六年勉めて退社した。大手ではなかったが、同じ規模の会社に転職できずに絶望する。営業職としてあまりにも激務な職場だったので、それなら少し休もうと就活を遅らせたら、ずるずると年月を失った。
二十代で両親が他界して家を相続していたので、無駄遣いをしなければ直ぐに働かなくても良いぐらいの貯蓄があった。それも引きこもり歴を延ばした要因の一つだった。通帳の残高は、そろそろデッドラインを安算で出来る数字になっている……。
市道を離れ住宅街に入ると、辺りは一挙に静かになり闇が濃くなる。ただ、家々にある玄関先の照明で、躓いて歩けないほど危険な道ではない。家の近くまで来ると、珍しく前から人が歩いてくる。少し身構えて顔を直視しないようにすれ違う
「まこちゃんだよね!」
すれ違い様、突然声をかけられた。今泉誠という名前だが、『まこちゃん』と、あだ名で呼ばれたのは学生時代しかない。訝しげに男を見ると、皮地で出来た服に、大きなリュックを背負っていた。腰には剣を納める鞘らしき物まで、ぶら下げている怪しい若者であった。男は俺の目の前まで近づき、ニコニコと笑顔を向けてくる。全く知らない人だと思ったが二度見する。
「健ちゃん! 」
中学の始めまで親友といってもはばからない――――佐川健二だった。懐かしさのあまりお互いの肩を叩き合い、久しぶりの出会いを喜びあった。ただ、冷静になって彼を見ると、佐川健二は高校で別れたままの姿であった……。
取りあえず、まだ夜も明けていない道端で話すことはご近所迷惑なので、俺の家に健ちゃんを招き入れた。
「いやー懐かしいよ、此処に来るのも何十年ぶりか!? でも、こんな夜に大丈夫かな?」
「両親は死んじゃったんで平気だぜ」
「すまない……」
「十年近く前のことなので気にするなよ」
俺は健ちゃんを自分の部屋に招き入れた。蛍光灯の下、彼の姿が照らされると、身体はかなり汚れており、衣服には泥が染みこんでいた。
「風呂は沸いてないけど、シャワーが使えるので入ってきな」
着替えとバスタオルを手渡す。
「助かるよ」
そう言って、浴室に入っていった。
健ちゃんと俺は家が近かったため、幼稚園から中学校まで一緒に連んで遊ぶ仲であった。高校に入ると彼の部活動が忙しくなり、二人だけで遊ぶことは少なくなった。しかし、偶然会えばゲームやテレビなどの話題を。普通に話せる仲ではあった。
その彼が、ある日を境に突然居なくなった――
佐川健二は高校一年の冬、サッカー部の朝練に行くと言って、六時に自宅を出たまま方向不明になった。家出をする理由も全くなかったため、誘拐と事故の線で警察は動いた。マスコミも不可思議な事件として大きく報道した。しかし彼の足取りは全くつかめず、方向不明者の仲間入りになった。
家族構成は母親と妹の三人暮らしであり、残された家族は、ビラをまいて彼の情報提供を求めた。俺も高校を卒業するまではよく手伝ったが、大学に入学後、徐々に疎遠になっていった。
「あ~気持ちよかった! 蛇口から綺麗な水が出るって、こんなに幸せだったんだ」
下らない冗談をいいながら、健ちゃんが風呂から出てくる。
「ペヤングあるけど食べるか?」
俺は出来たてのペヤングを彼に手渡した。
「旨っ! やっぱりペヤングは鉄板だ! けど……ペヤングってこんなサイズだったかな? フタにBigと書いてあったが、もっと小さかった気がするよ」
「それ特盛りだし……もうフタ無いし」
「まじ!? フタが無くてどうやって水を捨てるんだよ」
「ごちゃごちゃ言ってないで、伸びるから早く食え」
美味しそうにかっ込んでペヤングを食べる幼なじみ。咳き込んだので
「ほら、マミーやるから」
「マミー旨っ! 美味しすぎるよ……」
彼は少し下を向くと、涙を零していた。
「笑わすなよ! 健ちゃん、流石にマミー飲んでそのリアクションは無いわ~」
俺はその姿を見て、笑い転げてしまった。
お互いの現状など気にすることなく、空が白むまで当時の話で盛り上がる。
「悪いけどこの荷物を、全部預かってくれないか」
そう言って、大きなリュックサックを俺の前に置いた。
「ああいいよ、隣の部屋に置いとくぞ……。いつでも遊びに来て良いが、夜行性になっているので昼は簡便しろよな」
「了解した」
俺は彼に服を貸して、玄関で分かれた。
流石に若返った理由だけは聞けば良かったと、少しだけ後悔した――
0
お気に入りに追加
28
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
王太子さま、側室さまがご懐妊です
家紋武範
恋愛
王太子の第二夫人が子どもを宿した。
愛する彼女を妃としたい王太子。
本妻である第一夫人は政略結婚の醜女。
そして国を奪い女王として君臨するとの噂もある。
あやしき第一夫人をどうにかして廃したいのであった。
僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?
闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。
しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。
幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。
お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。
しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。
『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』
さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。
〈念の為〉
稚拙→ちせつ
愚父→ぐふ
⚠︎注意⚠︎
不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。
蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる
フルーツパフェ
大衆娯楽
転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。
一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。
そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!
寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
性欲排泄欲処理系メイド 〜三大欲求、全部満たします〜
mm
ファンタジー
私はメイドのさおり。今日からある男性のメイドをすることになったんだけど…業務内容は「全般のお世話」。トイレもお風呂も、性欲も!?
※スカトロ表現多数あり
※作者が描きたいことを書いてるだけなので同じような内容が続くことがあります
【完結】言いたいことがあるなら言ってみろ、と言われたので遠慮なく言ってみた
杜野秋人
ファンタジー
社交シーズン最後の大晩餐会と舞踏会。そのさなか、第三王子が突然、婚約者である伯爵家令嬢に婚約破棄を突き付けた。
なんでも、伯爵家令嬢が婚約者の地位を笠に着て、第三王子の寵愛する子爵家令嬢を虐めていたというのだ。
婚約者は否定するも、他にも次々と証言や証人が出てきて黙り込み俯いてしまう。
勝ち誇った王子は、最後にこう宣言した。
「そなたにも言い分はあろう。私は寛大だから弁明の機会をくれてやる。言いたいことがあるなら言ってみろ」
その一言が、自らの破滅を呼ぶことになるなど、この時彼はまだ気付いていなかった⸺!
◆例によって設定ナシの即興作品です。なので主人公の伯爵家令嬢以外に固有名詞はありません。頭カラッポにしてゆるっとお楽しみ下さい。
婚約破棄ものですが恋愛はありません。もちろん元サヤもナシです。
◆全6話、約15000字程度でサラッと読めます。1日1話ずつ更新。
◆この物語はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。
◆9/29、HOTランキング入り!お読み頂きありがとうございます!
10/1、HOTランキング最高6位、人気ランキング11位、ファンタジーランキング1位!24h.pt瞬間最大11万4000pt!いずれも自己ベスト!ありがとうございます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる