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第二百二話 魔王城【其の七】

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 魔王が呪文を唱えると、目の前に魔法陣が浮かび上がる。

「一体、この魔法陣は何処に繋がっているのだ」

 空中に描かれた、魔法陣を見ながら魔王に問うた。

「とりあえず、人間国と森の境の大木に出口を設けたが、少し遠すぎたか……」

 わざとらしく頭の後ろを掻きながら魔王はつぶやき、ニヤリと俺を見て笑う。

「なっ!? 術者が現地に行かなくても、転移門を作ることが出来るなんてチートすぎやしないか」

「魔王だからとしか言いようがない。青い猫型ロボットがポケットから出す、どこでもドアだと思ってくれれば、問題なかろう」

 このとき俺はこいつに戦争を吹っかけるローランツ王国に、未来はないと確信した。

「魔王様、この度はありがとうございました」

 パトリシアが律儀にも頭を下げる。

「暗殺されぬよう、しっかりと周りは固めておけ」

 冷笑を浮かべ、冗談とも本気ともとれるアドバイスを魔王がする。

「はい……肝に銘じておきます」

 彼女は苦しそうに表情を歪め、小さな声で返事を返した。

「おっちゃんよ、また会おうぞ」

 俺は耳元で囁かれた呪いの言葉を聞かなかった振りをして、直ぐに空中に描かれた魔法陣に飛び込んだ。

 全身が緑色の光に包まれ身体が溶けていく……その光が消えると、辺りから鳥の囀りが聞こえてくる。無事にこの大木の前に戻ってこれたことを実感し心から安堵する。

「では、我が家に帰るか」

「はい、帰りましょう」

 パトリシアは嬉しそうに相槌をした。

 太陽の光をさんさんと浴びながら、勝手知ったる道を歩く。この道を最後に歩いたのが、随分昔に感じてしまう。道すがら数人の冒険者とすれ違い、彼らの顔が人間であるのを確認する自分がいた。

――我が家の呼び鈴を鳴らして、鍵を開けようとしたら扉が自然と開いた。

「姫様! 無事でしたか」

 テレサがパトリシアの元に駆け寄った。

「心配掛けましたね」

 二人は手を取り合い、喜びを表す。俺は一端部屋に戻り、上着をベッドに投げ捨て、薙刀を部屋の片隅に置いてからテーブルに戻った。テーブルの上には何も置かれて居なかったので、お茶菓子とお茶を用意する。うちの雛鳥に、これぐらいの常識は教えねばと少しだけ後悔した。

 パトリシアがお茶を啜り落ち着くと、テレサに簡単な旅の話と結果を伝えた。

「それを聞いて安心しました。ただ事が事だけに、これからの対応次第で、どう転ぶか予断が許せません」

 テレサは語気を強めて、そう進言した。

「そうですね。隊長とも交えて、話を進めようと思います」

戴冠式を終えるまで、綱渡りのような行動を強いられそうです」

 彼女たちの会話が一端切れたので、俺はおもむろに口を挟む。

「今回は、王女の依頼を無事に終えたので、依頼達成で宜しいか」

「おっちゃん様、本当に力を貸して頂きありがとうございました。ここまで上手く事が運べたのも、貴方が居てくれたからこそです」

 椅子から立ち上がり深々と頭を下げた。

「では、まず約束通り、依頼料としてこの作物を育てるプロジェクトを立ててくれ」

 そう言って、持ってきた袋を彼女に差し出した。彼女は袋の中を覗き込む。

「穀物の種ですよね」

 パトリシアは袋の中の種籾を一つかみして、それを指でいじりながら、不思議そうに眺めた。

「そうだ、餅米というドワーフ王国で作られる、穀物の種籾たねもみだな。これは水の中で育て、麦のように実る植物だ。詳しい育て方はサッパリ分からないので、これを毎年収穫して一生俺に届けて貰うぞ」

「はい、植物に精通する人物と、農家に依頼を出させて貰います」

 俺はテーブルの下で握り拳を作る。

「もう一つの依頼料だが、テレサも落ち着いて聞いて欲しい」

 テレサは突然自分の名前が振られて、目をぱちくりとした。

「俺はテレサが白薔薇騎士団から抜け出す事を条件に、王女の依頼を受けた。ようするにお前が王女に預けた剣を返して貰うことだ。この意味はぶっちゃけ、テレサが冒険者や仕事を自由に変えても、角が立たないように道を付けることを、パトリシア王女に担保させた」

「ええっ!? 私が白薔薇騎士団を抜けても……」

 その内容を聞いて、テレサはぐっと言葉を詰まらせた。

「もちろん無理強いではない。これからカティア王子の戴冠式、魔王との戦争とローランツ王国は大きく動いていく。最後にパトリシア王女が冠をかぶるまでに、ゆっくり考えて道を選べ。小さい頃から騎士を目指して、ここまで上り詰めたお前に、新たな選択権を用意した」

「おっちゃん……」

 彼女は絞るように一言発して、うつむいた……。

「テレサ、顔をお上げなさい! 白薔薇騎士団の副隊長が人前で涙を見せるものではないです」

 彼女は笑顔で、テレサを叱咤する。

「ずみまぜん……姫様」

 そこでようやく、テレサは顔を上げた。

「まあ、まだ時間はたっぷりあるのでゆっくり考えてくれ。自由に生きるといっても、どんな仕事でも制約は絶対ある。年長者のアドバイスは、宮仕えが一番楽な生き方だ」

 俺はおっちゃん風をビュービューと吹かせてやった。

「おっちゃん、恩にきる」

 彼女は小さな声で、心情を吐露した。
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