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第百七十三話 亡国の姫君【其の十六】

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 「ほら、ピカピカに研いでやったぞ」

 武器屋の親父から、昨日預けた薙刀を受け取る。刀身を確認すると、自分の顔が映るぐらい刃が綺麗に磨かれていた。

「いい仕事っぷりだ」

 ちょっと格好をつけて言ってみた。

「そんなの当たり前だ」

 親父がむすっと不機嫌そうな顔で答えた。スカーレットと二人で店から出るとき、彼女に声を掛けた。

「リーダーと遊ぶ予定はあるか?」

「リーダー!? ああテリー君のことね。今からみんなの所に遊びに行くから、たぶん彼もいると思うわ」

 大きな空き地に差し掛かったとき、近所のガキたちが薪を蹴って遊んでいる。その中の一人がスカーレットを見付けて、大きく手を振った。彼女も嬉しそうにしながら、空き地に走っていくと、ゲームの途中なのに、スカーレットの周りにはガキたちが集まってきた。

「いつの間にか、人気者になっているんだな」

 と、一人の保護者として、顎に手を当てて呟いた。暫くすると、一人の少年がこちらに向かって走ってくる。

「おっちゃん、俺に何のようだ?」

 近所のガキをまとめている、リーダーのテリーだった。

「食べられる魚が釣りたいのだが、近所でいい穴場を知らないか?」

「うーん……どうだかな」

 テリーはわざと考えた振りをしながら、右手を俺に差し出した。

「ちゃっかりしているな」

 懐から小銭を出し、彼に情報料を支払った。

「ライヌ川がお勧めだよ、結構大物のグリーンフィッシュが釣れるし脂がのって美味しいんだ。ただ、近所の川じゃ沢山釣れることはあまりないので、数を狙うのは難しいよ」

「そうか……そこに行きたいんだが、案内できるか?」

「情報料も貰ったことだし、お昼ご飯を食べたらおっちゃんに付き合うよ」

「それは助かる」

 そんな会話を彼としていると、いつの間にかガキたちが「俺たちも行く」と言ってはしゃいでいた。

「お前たち、ルールは知っているだろう! あの川は危険なんで、十歳以下は付いてきても追い返すぞ!!」

 歓声と悲鳴が入り交じった声が、周囲から沸き上がった。

                        *      *      *

 ライヌ川は聞いてた話しより、流れがきつくないように見えた。淺場と深場がほどよく混じり合って、大物が釣れそうな予感がする川だった。俺とスカーレットはリーダーと一緒に河原に近づくと、何故かレミが大きな岩場から飛び出してきた。

「遊びに来ちゃった」

 小さな可愛い舌をぺろっと出した。

「ここに来ては駄目だと言っただろう!」

 テリーは眉間に皴を寄せ、レミを叱咤する。しかしこのまま彼女に家に帰れとも言えず

「絶対に川には、一人で近づいては駄目だからな!」

 と、不機嫌そうな表情でレミを睨みつけながら注意する。叱られてしまったレミは、テリーが去っていく後ろから、あっかんべーをして溜飲を下げていた。 

「さあ、釣りを始めますか」

 俺はお気に入りの竿に仕掛けと餌を付けて、水の中に投げ込んだ。目印の玉浮きは思ったより早く、流されてしまう。見た目以上に流れの強い川だと実感する。

 その流れを見ながら、スカーレットの仕掛けを用意してあげた。

「うひぃぃぃ!?」

 スカーレットが隣で変な声を上げている。彼女は自分で餌が付けられず、俺の顔をじっと見ていた……。

「しかたがないな……」

 そうぼやきながら、釣り針にうにょうにょと動く生き餌を付けてやる。彼女は川の中に仕掛けを投入した。俺はそんな近場に入れても、釣れる訳はないと思いながら、これ以上かまうのが面倒臭いので何も言わなかった。

「はわわわわっ! 何かが引っ張ります」

 彼女の竿が大きな弧を描く。(うそーーーーーん!)

「ゆっくり後ろに下がるんだ」

 俺は大きな声で、スカーレットにアドバイスを送った。

「さ、竿が折れてしまいますわ!」

 竿先から伸びた糸からヒュンヒュンと音が鳴り、彼女が悲鳴ともとれる声を出す。思った以上の大物が掛かっているので、代わってやることも出来る。しかし釣りというのは、自分で釣り上げてこそ、楽しめるというものだ。

「竿はすぐには折れやしない。竿を大きく立てて、反発力を生かすんだ」

「ふあい」

 変な声で返事が返ってきた。魚の抵抗は暫く続き、スカーレットはワーキャー言いながら竿だけは離さなかった。次第にヒキは弱まり、水中から大きな魚体が現れた。魚は最後の抵抗とばかりに、水面をバチャバチャと水しぶきを上げ暴れ、遂には尽きたのか腹を見せた。テリーはすかさず、大きく開けた魚の口を掴んで水から引き上げた。

「つ、釣れましたわ」

 最初にグリーンフィッシュを釣り上げたのは、なんとスカーレットだった。彼女は肩から大きく息をする。魚のサイズは優に八十センチを超えていた。

「立派な魚だな……これ一匹で全員のおかずが満たせそうだ」

「おっちゃん、何を言っているの。もっと釣らないと足りませんわ」

 スカーレットは鼻を高くし、上機嫌にそう言い放つ。

「そ、そうだよな……」

 その後も、彼女の竿はしなりっぱなしで、沢山のグリーンフィッシュが釣り上がる。初心者のビギナーズラックに、俺は目を丸くするしかなかった……。

 スカーレットがまた魚を掛けた……そのとき川上から大きな悲鳴が聞こえた。

「レ、レミが流された!!!!」

 声のする方を向くとガキの一人が、川を指差しながら助けを呼んでいる。

 川の中央でレミが藻掻きながら、急流に持って行かれていた。溺れたレミは水中から顔を出したり、消したりしながら俺たちの前を通過する。服を脱ぎ捨て、川に跳び込もうとした時、俺より早くに水の中に跳び込んだ人物がいた。

 スカーレットだ――

 彼女は助けにいったものの、レミはもうかなりの距離まで流されていた。しかも水の中に跳び込んだスカーレットの姿さえ見えなくなった。最悪の展開だ……そう思った瞬間、レミの前にスカーレットが現れた。彼女は川の流れに合わせて、レミを抱えながら岸まで泳ぎ着いた。

 俺たちは歓喜の声を上げながら、全速力で下流まで走っていく。

「ひいーーーー、怪物が!!怪物が私を沈めるの!!!!」

 レミが泣き叫んでいる。

「おちつけ……お前は川で溺れたんだ」

 テリーは軽く、彼女の頬を平手で殴る

「違うの!! トカゲの怪物が私をつかんで、私を溺れさせたの」

 どうやらレミは溺れたことで、混乱していると仲間たちは思っていた。しかし、俺とスカーレットだけは真実を知っていた。横目で彼女を見ると、顔が真っ青になり震えていた。

「レミ……ご免なさい」

 俺にしか聞こえないぐらい、か細い声で彼女は言った。

 少し時が経つとレミも落ち着き、静かになった。レミはスカーレットが助けてくれたのを教えられ、彼女にお礼を言おうとした。

「スカーレットありが……ひいいいいいいいいいいいいいか、怪物うううううううううううううううううううううううううううううううううううう!!!」

 彼女の悲鳴が河原全体に鳴り響いた。そうしてレミは白目を向いて気を失った。

「それにしてもレミのやつ、助けて貰った友人に怪物とは、まだ混乱していたとはいえ、失礼な奴だな」

 テリーがその場を和ませようと、おどけた口調に一同は爆笑した。もちろんこの場にいる二人を除いてだが――

 家に帰った俺は、スカーレットの冷え切った心と体を温めるため、真っ先にお風呂を用意した。彼女は傷心しきった姿で、のろのろとお風呂に向かった。彼女が風呂に入っている間に、今日捕ってきた魚を、全力でご馳走に変えた。テーブルの上には、煮魚、フライ、鍋、天ぷらなど、俺が作れるレシピ全部をテーブルに並べた。スカーレットはいつの間にか、お風呂から上がっており、自分の部屋に戻っていた。

「晩飯の用意が出来たぞ」

 俺はスカーレットの部屋の扉を叩いた。

「今日は要りません」

 扉の向こうから小さな声が返ってくる。

 俺は何も言えずに扉から離れて食卓に戻る。テーブルの上には、誰にも食べられない魚料理が寂しく並んでいた……。
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