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第四十一話 希望の時間
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どれくらいの間、気を失っていたのか分からなかったが、夜露で服がビショビショに濡れていた。ボンヤリと目を開けて俺は苦笑する。目の前にうっすらと黄色の花がボーと光っている――月光ユリがひっそりと咲いていた……。俺は月光ユリの根を丁寧に堀り出した。まだ薄暗い空の中、辺りを見回すと川が流れている。俺は身体に残っている酷い匂いを洗い流したかったが諦めた。ここから三日かけてタリアの街に一人で戻らないといけない。この匂いで魔物が近づかない――この臭くて刺激臭の匂いが、小さな希望だと思うとため息が出た。
崖から落ちる前に最後のポーションを飲んだとはいえ痛みは残る。それが崖から落ちた痛みか殴られた痛みか分からなかった。痛みは残るが普通に歩ける事が重要であった。獣道を一人で歩きながら笑ってしまう。昨日までビクビクしていた自分が嘘のようにいなかった。薄暗い山中、木々の間をすり抜けながら口笛を吹く。
半日歩き続けて辺りが急に暗くなる。光が余り届かないので何の準備が出来なないまま夜を迎えた。近くの木の根元に腰を下ろしてうずくまる。肩に掛けていた鞄の中から干し肉を取りだし囓る。口の中に塩味が広がり身体に栄養が行き渡る感じがした。野営する道具を失ったので、着の身着のまま森の中で泊まるのは二度目の事だった。あの時と同じ状況だが一つだけ違う事がある、辺りが暗くなっているのにも拘らず、全く恐怖を感じない冒険者になっていた。腹が満たされて俺はいつのまにか熟睡していた。
朝靄の中、よろよろとした足取りで藪をかき分け悪路を歩く。疲労が溜まりかなり歩く速度が落ちているのが分かる。それでも歩みを止める事はなく前に進む。薄い霧の向こうに人影が見えた。じっと目をこらすと人ではなく二匹の中鬼だった。向こうも俺に気がついている様子。俺は戦いを避けようと獣道を少し外したが、中鬼は威嚇しながら俺に近づいてくる。足を止め薙刀を下に構える。二匹の中鬼が薙刀の間合いに入り一匹の中鬼を切り倒した。残った中鬼は俺を襲うことなく、下草に足を取られ尻を地面につけ動かない。どうやら仲間の中鬼が一太刀にされて怯えているようだ。俺は薙刀を上から構えて振り下ろす。刃は中鬼の頭の上で止まった。中鬼の目を見ながらゆっくりと獣道に戻りタリアの街を目指す。格好をつけた訳ではない。彼を殺そうと薙刀を振り上げたとき、コジコジとホワイトイーズルの姿が自分と重なっただけのこと――。
* * *
木々の隙間から光がこぼれ落ちる。太陽の光がこれほど力強く感じた事は今までなかった。俺はようやく無事にこの森から抜け出る事を確信した。日が沈む前になるだけ距離を稼ごうと足を動かす。疲労が溜まった身体を早く湯で流したいと夢想する余裕も出てきた。俺は肩で息をしながら最後の野営地に向かった。
思った以上に体力の消耗は大きかった。野営地に着いた時には日はドップリ暮れていた。疲れで思考力が完全に欠如していた。勝手知ったる道だったので問題はなかったが、もし小鬼の群れにでも出会っていたらと思うとゾッとした。身体を横にし暗闇を見つめながら、早く明日が来るように痛切に願った。何故か美味い棒を食いながらラノベを読んでいる夢を見た……。
ようやくタリアの街に着いたのに感慨に耽る事はなかった。感性が完全にオヤジ化している自分が悔しくなって――
「俺は生きて帰ったぞ!」
道の中で大きく叫んだ。周りからイタイ人扱いされ俺を避けて人は流れていく……。そもそも、かなりキツイ臭いを振りまいていたから叫ばなくても同じだったかもしれない。
久しぶりに我が家の扉を開けるとレイラとルリが俺を呆然と見つめる。
「生きてたんだ……」
二人が俺に飛びついてきた。しかし、十日ほど家を留守にするとは伝えていたので、この歓迎に頭をひねる。――コジコジが俺が死んだと嘘の情報をギルドに伝えたと考えるとしっくり来た。
「訳は後で話すが、直ぐにテレサを呼んできてくれ。ルリはお風呂の準備をして欲しい」
そう告げると膝から崩れ落ちた……。そして掠れた声で
「ポーションも……」
十日振りの風呂が身体に染みる。身体を何回洗ってもあの臭いが取れない。仕方がないので湯船に浸かり生きている実感を感じた。温かいお湯で寝落ちしそうになったとき、部屋から大きな声が聞こえた。
「おっちゃん無事だったのか!」
テレサが風呂場に飛び込んできた。湯槽から立ち上がり
「心配かけたな」
素っ裸な俺を見た彼女は、真っ赤な顔をしてバタンと扉を閉めた――。
俺はコジコジに殺されそうになった簡単な経緯と、これからする事を三人に話し行動に移した。
俺はテレサを伴い、今回の依頼主であるゴードンの家に向かう。ゴードンはタリアの街でも屈指の大商人。大きな屋敷を構えそこで商売をしている。家の前では忙しそうに働く人が出入りしている。ゴードンに会いに来たと店の従業員に伝えると、鼻を摘んで相手にされなかった。テレサはそれを見てクスクス笑う。
「私は白薔薇騎士団の副隊長を任されているテレサというものだ、ゴードン氏に至急用件があり訪れた!」
「ハヒー、今すぐに伝えますので、しばらく待っていてくださいまし」
態度を急変させ、店の中に飛んで入っていく。しばらくして俺たちは部屋の中に通された。
崖から落ちる前に最後のポーションを飲んだとはいえ痛みは残る。それが崖から落ちた痛みか殴られた痛みか分からなかった。痛みは残るが普通に歩ける事が重要であった。獣道を一人で歩きながら笑ってしまう。昨日までビクビクしていた自分が嘘のようにいなかった。薄暗い山中、木々の間をすり抜けながら口笛を吹く。
半日歩き続けて辺りが急に暗くなる。光が余り届かないので何の準備が出来なないまま夜を迎えた。近くの木の根元に腰を下ろしてうずくまる。肩に掛けていた鞄の中から干し肉を取りだし囓る。口の中に塩味が広がり身体に栄養が行き渡る感じがした。野営する道具を失ったので、着の身着のまま森の中で泊まるのは二度目の事だった。あの時と同じ状況だが一つだけ違う事がある、辺りが暗くなっているのにも拘らず、全く恐怖を感じない冒険者になっていた。腹が満たされて俺はいつのまにか熟睡していた。
朝靄の中、よろよろとした足取りで藪をかき分け悪路を歩く。疲労が溜まりかなり歩く速度が落ちているのが分かる。それでも歩みを止める事はなく前に進む。薄い霧の向こうに人影が見えた。じっと目をこらすと人ではなく二匹の中鬼だった。向こうも俺に気がついている様子。俺は戦いを避けようと獣道を少し外したが、中鬼は威嚇しながら俺に近づいてくる。足を止め薙刀を下に構える。二匹の中鬼が薙刀の間合いに入り一匹の中鬼を切り倒した。残った中鬼は俺を襲うことなく、下草に足を取られ尻を地面につけ動かない。どうやら仲間の中鬼が一太刀にされて怯えているようだ。俺は薙刀を上から構えて振り下ろす。刃は中鬼の頭の上で止まった。中鬼の目を見ながらゆっくりと獣道に戻りタリアの街を目指す。格好をつけた訳ではない。彼を殺そうと薙刀を振り上げたとき、コジコジとホワイトイーズルの姿が自分と重なっただけのこと――。
* * *
木々の隙間から光がこぼれ落ちる。太陽の光がこれほど力強く感じた事は今までなかった。俺はようやく無事にこの森から抜け出る事を確信した。日が沈む前になるだけ距離を稼ごうと足を動かす。疲労が溜まった身体を早く湯で流したいと夢想する余裕も出てきた。俺は肩で息をしながら最後の野営地に向かった。
思った以上に体力の消耗は大きかった。野営地に着いた時には日はドップリ暮れていた。疲れで思考力が完全に欠如していた。勝手知ったる道だったので問題はなかったが、もし小鬼の群れにでも出会っていたらと思うとゾッとした。身体を横にし暗闇を見つめながら、早く明日が来るように痛切に願った。何故か美味い棒を食いながらラノベを読んでいる夢を見た……。
ようやくタリアの街に着いたのに感慨に耽る事はなかった。感性が完全にオヤジ化している自分が悔しくなって――
「俺は生きて帰ったぞ!」
道の中で大きく叫んだ。周りからイタイ人扱いされ俺を避けて人は流れていく……。そもそも、かなりキツイ臭いを振りまいていたから叫ばなくても同じだったかもしれない。
久しぶりに我が家の扉を開けるとレイラとルリが俺を呆然と見つめる。
「生きてたんだ……」
二人が俺に飛びついてきた。しかし、十日ほど家を留守にするとは伝えていたので、この歓迎に頭をひねる。――コジコジが俺が死んだと嘘の情報をギルドに伝えたと考えるとしっくり来た。
「訳は後で話すが、直ぐにテレサを呼んできてくれ。ルリはお風呂の準備をして欲しい」
そう告げると膝から崩れ落ちた……。そして掠れた声で
「ポーションも……」
十日振りの風呂が身体に染みる。身体を何回洗ってもあの臭いが取れない。仕方がないので湯船に浸かり生きている実感を感じた。温かいお湯で寝落ちしそうになったとき、部屋から大きな声が聞こえた。
「おっちゃん無事だったのか!」
テレサが風呂場に飛び込んできた。湯槽から立ち上がり
「心配かけたな」
素っ裸な俺を見た彼女は、真っ赤な顔をしてバタンと扉を閉めた――。
俺はコジコジに殺されそうになった簡単な経緯と、これからする事を三人に話し行動に移した。
俺はテレサを伴い、今回の依頼主であるゴードンの家に向かう。ゴードンはタリアの街でも屈指の大商人。大きな屋敷を構えそこで商売をしている。家の前では忙しそうに働く人が出入りしている。ゴードンに会いに来たと店の従業員に伝えると、鼻を摘んで相手にされなかった。テレサはそれを見てクスクス笑う。
「私は白薔薇騎士団の副隊長を任されているテレサというものだ、ゴードン氏に至急用件があり訪れた!」
「ハヒー、今すぐに伝えますので、しばらく待っていてくださいまし」
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