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第四十話 絶望の時間 

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 彼らに守られながら山道を進んでいるが、知らない場所に足を踏み入れることに不安を覚える。触れもしていない周りの笹が、ガサガサと大きな音がする度にビクついてしまう。

「おっさん何びびってんだよ!」

 コジコジが嘲笑する。面と向かっておっさんと言われカチンときたがおくびにも出さない。こういう奴に何を言っても得する事はないのを経験で知っていた……。しかし、この気まずい時間を、まだ続けて行かなければならないと考えたら気が重くなった。

 また周囲からバキバキと枝の折れる音がした。コジコジに嘲笑されないように、何でもないというような顔を作るが無駄に終わる――俺たちの目の前に大鬼が表れた。大きさは優に二メートルを越え、大鬼は牙をむき出しに威嚇してきた。

「ようやく魔物ちゃんが出てきたよ」

 コジコジはメンバーに指示を出し大鬼を取り囲んだ。逃げられないと感じたのか、大鬼は素早い動きでコジコジを襲う。しかし、彼はその攻撃をいとも簡単にかわし一撃を入れた。体勢を崩した大鬼は地面に膝を付ける。直ぐに立ち上がろうとするが動かない。ハルナの法力が完全に決まっていた。コジコジはそれを見てゆっくりと大鬼に近づき剣を振り下ろした。「グシュ」――肉を絶つ音とともに大鬼の悲鳴が静かな森に響く。

 俺はそれを見て目を疑う……彼が切ったのは大鬼の右腕だった。彼はもう一度剣を振る。今度は左手が肩から飛ぶ。コジコジはキシシシと笑いながら何もせず、ただ大鬼を見下ろす。怯えた表情で大鬼は尻を付けたまま後退りする。俺は刃を大鬼の心臓に差し込んだ……。

「何、美味しいとこもってくんだよ!」

 コジコジが俺を睨み付けた

「勝負は完全についていた! いたぶって何が面白い」

「仲間が助けに来たら、もっと面白いじゃないか」

 俺が注意しようとしたことを分かって彼は大鬼を嬲っていた。他の仲間を見ると、コジコジと同じ愉悦に浸った表情をしている。胸くそ悪い依頼を引き受けひどく後悔した。俺は大鬼から魔核を取り出し彼に放り投げた。

 月光ユリが生えている自生地に入っているが何も見付からない。彼らの冷ややかな視線が俺に突き刺さる。しかし、月光ユリはそこに生えているのだ。ただし、花が咲いていない。そんな理由を言っても、彼らが納得するとは到底思えないので我慢した。取り敢えず、少しでも日が当たり生育が良さそうな場所を探す。帰りの日を考慮して、まだ一日以上探し回る時間は残っているので、嫌な仕事だが最善を尽くすだけだと心に決めた。

 耳を澄ますと水が流れる音が聞こえる、近くに沢があるらしい。俺はもしかしたら開けた場所があるかもしれないと笹をかき分け進む。向かった先に光が差した小さな空間を見つけた。少し先は崖になっており大きな水流の音が下から聞こえた。月光ユリの花は咲いていないか辺りを見回す……俺たちの前にホワイトイーズルが表れた。

 俺はもとよりコジコジ達も息を飲んだ。ホワイトイーズル、別名白い悪魔と冒険者の間では恐れられている魔物である。この魔物の性格が酷く残酷で人は食べないのだが、動かなくなるまでいたぶる習性がある。噂によると知能は人並み以上あり、冒険者をわざと捜している節があった。ホワイトイーズルを狩れるぐらい、力量のある冒険者の前には決して現れない。もし出会ったとしても逃げ去ってしまうので、実際の力はほとんど知られていない。ただ、この魔物に出会って生きていた冒険者は、五体満足な身体では無くなっていた。

 イタチを少し太くしたような姿で、体長二メートルほどの身体が二本足で立つと恐ろしい圧力を感じる。俺は震える手で薙刀を握り直した。その時突然、俺の背中に衝撃が走り地面につんのめる。一瞬何が起こったのか全く分からなかったが、身体を起こしたときその意味が理解できた。コジコジが俺をおとりに逃げたのだ……。俺は魔物の前に一人取り残された。

 ホワイトイーズルはその姿を見て笑うような声を上げた。いや、口角が上がったその様は、獣ではなく正しく知能のある生物の仕草であった。見えない軌道から魔物の拳が飛んできた。腹からゴボッとした音がして胃液が逆流する。二発、三発と執拗に腹を攻撃してくる。俺は魔物の攻撃が早すぎて、薙刀を持っているにも関わらず何も出来ない。あたかも見せ物のカンガルーに殴られる道化師――。爪で俺の首を掻き切れば一瞬で終わる。しかし、魔物は重いパンチを俺の顔面に叩き付ける……何発も何発も。

 意識が飛んで朦朧としてきた。俺はこのまま死ぬのだと思った。だが、次の攻撃がこない。腫れ上がった目で魔物を見ると笑っている。俺はその隙にポーションを口に入れ、痛みがスッと消え気力が戻る。薙刀を無造作に振るが全く当たらない。そしてまた腹に衝撃が起こる。胃から生暖かいものが飛び出し、口内に酸っぱい味が広がった。

 現在の俺を例えるならサンドバック状態。マウントを取られて魔獣の重みで体が動けず頭を殴られる。これが夢なのかと疑いたくなったが、痛みが現実だと教えてくれた。意識が飛びそうになると、フッと体が軽くなった。魔物が俺のからだから離れ襲ってこなくなった。俺は気付いてしまった……ホワイトイーズルの野郎は、俺がポーションを飲むのを待っていやがったのだ! しかし、それが分かったところでどうする事も出来ない。いや、ポーションをまた飲むしかないのだ。俺は空になったポーションの瓶を魔物に投げつけた。

 魔物はそれを簡単に手で払い、また低い声で笑った。この詰んだ状態がまた繰り返されると思うとゾッとした。魔物はゆっくりと近づいてくる――。十秒、二十秒、容赦ない攻撃が頭を揺らす。腰を蹴り上げられ地面を転がる。「グハァッ!」口に落ち葉が入り、はき出すと血が混じる。

 魔物に殴られながらコジコジが大鬼をいたぶった姿を思い出す。クソッタレ……頭から血を流しながら小さく呟く。ヒューヒューと今まで聞いた事のない音が口か流れる。俺は最後のポーションを飲み干し魔物に投げつける。

「グガガァ!」

 初めて獣らしい声を聞いて俺は笑う。彼に投げつけたのは空の瓶ではなく、自家製の匂い袋。クレハンに教えて貰った匂いのする草を煮詰めて持ち歩いていた。これを相手に掛けるのではなく、自分にかけて食べられないようにする。まあ机上の空論な道具でお守り代わりに持っていた代物。ポーションを飲んだ振りをして自分に振りかけ、残った分をホワイトイーズルに投げたのだ。魔物にさほど掛かった訳ではない……此奴の鼻が良すぎるだけの事だ。舐めプレイしていた魔物に「ザマアミロ」と、言ってやるのが精一杯の攻撃で俺のターンは終わった。

 ホワイトイーズルは俺を睨み付ける。俺はもう何も出来ない。服から茶色い汁が滴り落ち、腐った臭いの刺激臭が身体から漂う。魔物はジリジリとにじり寄るが、これ以上臭いがつくのを嫌がり手を出してこない。俺は薙刀を構えながら後ろに下がる。いつ襲ってきてもおかしくない状態がしばらく続く。しかし、その均衡が大きく崩れた。俺が間を取りながら後退していた先に何もなかった。俺は身体のバランスを崩し崖から転げ落ちた……。
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