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片木
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これはフィクションである。
今、私、ジョーンマクシー(仮名)はアメリカ大陸の荒野に居る。
空から大地を見つめる鷲やコンドル・・・、彼らはこの土地のネイチャーそのもの。我々がストレンジャーなのかも知れない。風が吹き荒んでいる。私はここで思い出を肴に遅いランチを摂る。このところの日課だ。初めてこの土地に来たのは二十歳前だった。当時、此処では二十一歳をビッグバースデーと呼び、その日から成人として数えられた。私は放浪の末、この荒野へと辿り着いた。人生には逃亡という選択しか無い時だってある。そんな時は躊躇せず逃亡すべきだ。
逃亡者の行き着く先はアメリカの荒野だ・・・、それは昔から決まってる。車もボロボロだ。
其処には安くて旨いダイナーがあるのさ。それが此処だ。この国はバーガーとコーヒー、そしてコークがあれば、なんとかなる。そうさ、エルビスだって、そんなときもあったんだ。
赤茶けてるけど、からっとして、いいかんじの空気だ。バーガーとコーヒーが旨いはずだ。此処にやって来る迄には色々あったんだ。出身が出身だけに追手も居た。自衛の為ムエタイ修行もした。
あれはいい意味で運動になったよ・・・。追手に追われて、ダーティハリーまがいなこともやった。
ゆっくりバーガーを味わえる今、ちょっと心は安らいでる。
同じ時間いつも此処でランチを食べる知り合いも出来た。彼らも多くは語らない。それが暗黙の了解だ。アメリカンダイナーの約束事さ。
今の私はロングヘアのバックパッカーの様に見えるだろう。アメリカンダイナーでハンバーガーを食べているバックパッカーの男、・・・ふふっ・・・よくある風景だ。ふん、・・・・・・・アメリカ南部の、『カナディアン&チャイニーズのスマイル・レストラン』というダイナーに居た。
南部のその辺りには北米先住民の血を引く人々も多かった。北米先住民たちは、カナダ圏ではファーストネーションと呼ばれる。私は彼らの文化を知るためにかつてポート・アルバーニで人類学を学んでいた事がある。一昔前だ。あの日ダイナーで或る男に出会ってから不思議と冒険の日々が始まった。彼がカナダの方から南部に来た事が私にはすぐ分かった。その人は『ファーストネーションの長老』だった。ダイナーのテレビジョンを見ていた時、長老も同じテーブルでチャイティーを飲んでいた。彼はカナダ、バンクーバー島ナナイモの生れだと云った。ダイナーが職場のようなものだという。其処で、ものを読み、ものを書き世界へ発信している、と。
私はファーストネーションの長老と真摯に話した、「今私は何に向かって生きるべきでしょうか、貴方ならその答えを知って居る気がする。」
ファーストネーションの長老はちょっと席を離れると、車に戻り、暫くして帰って来た。
熊のハンドプリントの絵柄のネックレスを持って・・・。
長老は言う、「君は、・・・これから私たちの仲間だよ。これはその印だ。」
彼は私にネックレスを渡した。南部には面白い放浪者が居る。乾いた空気を浴びて人生を思い巡らすには、いい場所だ。だから私は一周して戻って来たんだ、この荒野へ。人生に於ける不思議な出会いがあった、この荒野へ。店の中にはアナログ盤のボンジョビ、ブレイズ・オブ・グローリーが流れていた。荒野に響き渡る。
長老はそこに居た。あの最初に出会った日と何も変わらないかのような風貌で。
長老は、君の話を聞く準備は出来た、そう言った。
私は彼に話し始めるのだった。
・・・・・・・・・・あの頃は若かった。右も左も分からない若造だった。
人類学を修める前だった。
国を離れ、アメリカ西部のストリートをうろついていたばかりの時だ。ストリートにはサイドショップから漏れるサウンドがいつも聴こえていた。『アメリカン・パイ』が聴こえるカフェに入った。カリフォルニア州ノースビーチ。カフェ・グレコキッチンか。入店したところで、サウンドが切り替わった。流行りのシェリル・クロウだ。『オール・アイ・ワナドゥ』・・・いい曲だ。私のような根無し草には向いている。この辺には流れ者ばかりだが。
そこでは誰しもが、ストーリーテラーだった。信じるか信じないかは君次第さ、みんなそう言ってホラを吹く。真面目に信じちゃいけないのさ。だが、有益な大ぼらもある。 私は微笑した。
サウンドはUB40『レッド・レッド・ワイン』に変わった。いいカフェじゃないか。
あの時代、行き先のない者はカナダへ向った。七十年代のヒッピーと同じだ。私はバンクーバー島で人類学に出会う。ファーストネーションという人類集団に出会い、私はトリッパーとなる。
信じるか信じないかは君次第さ、フフッ。
それからはアメリカの幾つかの町でリサーチをしていた。やがて音楽が私の故郷となった。その頃に初めて『長老』と出会った。あの時代の僕らの気持ちを的確に代弁していたのは『ミスター・ジョーンズ』を唄ったカウンティング・クロウズだったろう。シスコを出たり、シスコに戻ったりを繰り返していた頃、ノースビーチ・ワシントンスクエアにある聖ペトロ&パウロ教会によく行った。入口の近くにあった、復活のキリスト像を何故か何度も見たくなったのだ。シスコは当時、日系人が非常に多く、母方のルーツにモンゴル系がある私は、どこか日本人にも見え、日系人社会に入り込んだ。そこでは、彼らが私を『片木』と呼んだ・・・・・・・・・・。
京都&JAPON
伝手が出来、私は『片木』を名乗り、京都などを旅した。十代の終わり頃の私は、デフレパードの『レッツ・ゲット・ロックト』的サウンドに入れ込んでいて、多少パンクだった。ミュージシャン片木と自称し、ライブハウスに飛び入り参加した。古都とパンクはどういう訳か相性が良かった。現代によくありがちな、音楽を志す男性ってところだったろう。自分では若きエルビスのつもりでいた。何十万という音楽青年がフィーバーするロックワールドだ。ロック、人類学、旅、わたしはそれだ。
大学の学園祭に呼ばれ、舞台に立った。私は其処で、讃岐のイトウ・ナオコに出会う事となった。
熱い声援!
スポットライト!
エキサイトメント!
ロックミュージックの舞台で、熱い込み上げる何かを感じた。
ストリートロックの時代でもあった。ストリートというストリートには夜な夜な自称ミュージシャンが出没!
そこからメジャーレーベルへと昇華する者も居る。私も又、学園祭、ストリートを馴らす。
デモリールをレーベルに何度も送付。反応は今一つ。
私は気が付く、自分のMUSICには『源流』が無いと。ロックは東洋では表層的な文化になりがちだ。その源流を求める旅が不可欠だ。
イトウ・ナオコは柳川行きを促した。
私はマリアッチのようにギターを担ぎ、出発。
柳川、ソウルのある町だ。
柳川SPIRIT、この土地は、古くは田中バルトロメオ吉政が開拓。バルトロメオはキリシタン大名で、イタリアからのパードレを楽しくもてなしたという。ここは、ジャポンのベネチアとも呼ばれる。
そしてROCKはUSAで生まれた。ELVIS、JACKSON、ミートローフ、そんなソウルだって理解する、この土地、YANAGAWA。異国を融合し、自分のものにして、どっしりしたヒストリーになっていく其の町。 ROCKは生き方なのだ。ELVISやJACKSONは、まさにそれを教えてくれた。柳川といえば鰻料理、これもロック。
かつてLONDONテムズリバーでは、ウナギ料理が盛んだった。おそらく、かの地がまだロンドニウムと呼ばれし時代は、重要なタンパク質だったろう。そんなロンドナーソウルも此処に漂う。久々のウナ丼。いける。そして考えた。
「LONDONはアメリカからROCKを輸入したが、かれらは、それを都会的なクールなものに変換した。LONDONのソウルは、其れをハイパーサイケデリックなCULTUREにしたって、言える。まるでシナソバからラーメンが生まれたように。だけど、それって、源流がわかってないとできないことさ。大切なのは、源流なんだ。」
川下りの船頭は言う、「片木さん、だっけ? 柳川はさ、実はラーメンもうまいって、評判さ。そうさ、ラーメンも又、ROCK、全てROCKなんだ。兄ちゃんはそれを極めたいんだろ?」
舟の船頭は饒舌だ。もう今日は仕事も終わりだから、とラーメン店を紹介してくれた。一緒にラーメンを食べながら彼の哲学が語られた、「にいさん、君ね、ROCKを分かった気になっちゃいけねえ。黒澤さんでさえ、八十歳のときに、こういったんだ。『私はまだ映画が分かっちゃいない』ってね。分かったと思った時には、まだ何も分かってないんだ。そういうことさ。ROCKってのは、アバタールの舞なんだよ。ジョージ・マイケルって天才がいたろ、彼はもうひとりの自分、自分が夢見たヒーロー、ジョージ・マイケルを舞台で演じたんだ。アバタールさ。それがROCKさ。」
私はマリアッチのようなケースを開けてギターを取り出し、前口上を言う、「船頭さん、あなたはよく知っている。僕は教えていただきました。そうなんです、そのとおりです。ロッカーは、アバタールなんです。グリークのジョージ・マイケルの本名はエオルイオス・パナイオトゥ。少年時代、内気だった。架空のヒーローを空想し続け、その名をジョージ・マイケルとしたんです。そして彼自身が、そのジョージ・マイケルになった!」私はギターを奏でた、曲はジョージ・マイケル『FAITH』だ。
船頭は最高の拍手を贈った。
「二日目。」
エアポート。
私、アメリカン・トリッパー片木はそこに居た。エンターテインメント音楽の魂の源流を辿ると決意するや否や、私はエアラインに乗り込んだ。
そして十八時間後、ニューオリンズ。
ここは古来、エンターテインメント音楽の聖地。
私はニューオリンズに降り立った。私をその衝動に走らせたエンターテインメントの息吹はニューオリンズの空港にさえ、すでに漂って居た。ニューオリンズはフランス人が入植し開拓した街。フレンチコロニアルとブラックミュージックが独特のアトモスフィアを作り出して居る。
異国情緒ばっちりのストリート。ビルディング。ブルースの店もある。
私は思うのだ、「ブラックは日常の生活、些細な自然の変化、時の過ぎ行く様、人生への感謝、神への賛美、恋人との時間、そういう全てを音楽にした。一日の初め、太陽がただ昇ると云うだけでも彼らはそこにエンターテインメントを見出すのだ。天才だ。」
私の目に映るニューオリンズ。私は、ニューオリンズの人々から人間の生の本質にある源流が音楽と連動した時に生まれるフリーダムを感じた・・・。
「三日目。」
片木・ザ・ワンダラー・ミーツ・ザ・レジェンド。
フレンチコロニアル・オブ・ニューオリンズ。
私はニューオリンズの風通しの良いフレンチコロニアル街を歩いた。百年前から在る緑と白のペンキで塗装されたウッドゥンの簡素な建物に挟まれたSTREETは、アメリカの移民の歴史を感じさせる。ふと見ると日本人が経営して居るのか、寿司屋も見える。中華系のショップもわりとある。私はフレンチコロニアルを歩いて居る中に、アメリカ音楽の源流の一つであるニューオリンズJAZZを聴かせるホールを見付けた。
六十年代ビートルズや七十及び八十年代VIRGINレコーズから出て来たブリティッシュ・ロックの動きが盛んだったので、アメリカの音楽の源流は忘れ去られた感が在った。音楽の歴史家はよくアメリカン・ロックは『風が吹き抜ける様なサウンド』だと言う。
アメリカ・・・それは風。広大な土地を自由に吹く風、それがアメリカの音楽の伝説を創って来たのさ。アメリカの広大な土地と空が私の頭をよぎるのだった。そして、様々な文化の結晶がアメリカのサウンドとなる!
私はウォークマンでカセットテープを再生した。レニー・クラビッツ『ビリーブ』が多様な文化都市と広すぎるほどの広大なランドスケープに響いた。
「四日目。」
ブルースマスターZ
ストリートタウン・オブ・ニューオリンズ。アメリカの魂、アメリカンブルースを自分のものにしようと町の音楽ホールに通い、ニューオリンズのストリートでブルースを奏でてみる。聴衆は厳しい。
「アメリカの魂がまだ分っちゃ居ないね」リスナーは去ってゆく・・・。
私のギターはパワフルな音色に到達せずに居た・・・。私はしばし、近くの町をまわりストリートで奏でる日々をおくった。ニューオリンズの夏はあつい。私がニューオリンズの暑さの中でフォーク・ギターを地面に置いたまま安いアイスクリームを舐めて居ると、ギターの前に人影が止まった。私は見上げた。そこに不思議な東洋人(の様に見える男)が居た。彼は言うのだ、「ブルースの魂を理解したいようだね。」
私は頷いた。彼は少し額を撫でて一瞬、空を見て言った、「アメリカ南部のブルースはアフロアメリカンの歴史と共に在る、それを簡単に理解する事は出来ない。すごく難しい。又、音楽は理解では無い、FEELだ。」
東洋人は地図を差し出した。そして去っていった。
地図が示していたのはルイジアナの外れ、荒野の中のログハウスだ。
地図の端に「このログハウスに、八時だ」と書いて在った。
「彼は何者なのか、敵なのか、味方なのか?」私は、去ってゆく男の姿が段々小さくなるのを見送った。しかし、ハッとしてASKするのだった。
「ヘイ、ユー、ブルース・ガイ! あなたを何と呼べば?」
「ブルースマスターZ。」そう彼は答えた。
「五日目。」 アメリカ南部
アメリカの大地、アメリカの荒野。
アメリカのウィルダネス。アメリカのリバー。
ミシシッピ。
アメリカの雲。
アメリカの風。
ランドクルーザーは、そこをいく。
ランクルのステレオからは珍しくジャパニーズ・ロック特集が響いていた。山下達郎『僕らの夏の夢』か・・・。
「ログハウス・イン・ザ・グレートフィールド」
そこは、風が吹き荒れる荒野だ。アメリカの荒野には、アメリカの魂がある。
どこまでも続いている荒野。
濃い青の空。
つぎつぎに形を変えてゆく雲。
永遠と無常の土地。
人間の存在を軽く超えてしまう大地。
それがアメリカ。
ログハウスはそんな荒野の真っ只中に在った!
アルフィーの『風曜日、君をつれて』のサウンドが赤い大地を流れて行った。
ログハウスを見つけた私。ランクル、ハウスの前に停車。私は、TOYOTAランドクルーザーの助手席を出た。ランドクルーザーを運転してくれたのはネイティブアメリカン男性だった。彼は言った。
「ミスター。ミスター・片木。この土地には、古代からのネイティブアメリカンの荒ぶる魂が吹き荒れて居る。 アイ・フィール・イット、気をつけて!」ランドクルーザーの男は、私に別れ際の挨拶で敬礼の真似をした。「じゃあ一ヶ月後、この場所この時間にミスターを又迎えに来るよ。」
そう言うと彼はそそくさとエンジンを始動し、去った・・・。
私のショルダーにポン、と誰かの手が載った。私は振り返る。先程まで何の気配も感じられなかったのに、日焼けして色黒になった東洋人がそこに居た。(山野という男だ。)
「私は山野忠一朗です、ニッポン人です」東洋人は言う。私は苦笑いをした。山野氏はマスターの使いらしい。
「マスターは貴方を待っております。」
「六日目。」 ブルース・レッスン
ログハウス。
山野忠一朗は私をログハウスの中へ案内した。
山野がドアを開けた。
ブルースマスターZは木彫りネイティブアメリカン人形を彫りながら、山野忠一朗が開けた扉の方をジロリと見た、「来たな。」
マスターZは脇に置いていたギターを掴むと、ほい、と私に投げた。私は咄嗟にそれをキャッチ。
マスターZはニヤリ、「何か弾いてみな。」
マスターZは満面の笑みで要求。
私は、「では、アメリカの大地と永遠の時間、そしてアフロの魂を一つにした新曲をいきます」と申し、自己流のブルースを奏で始めた。マスターZは目をつぶり耳を傾ける・・・。
それを聴き終えると、彼はクリティックするのだった、「いい線いっとるな。(私はほっとした)・・・しかし、君はシステムが完備された社会に毒されている部分がある。それが君の曲の中に見える。それはアメリカのフリーダムの魂、『NATURE』の魂にうまくなじまない。君は今から一週間、この荒野でキャンプをするべきだ。それでは少な過ぎるかも知れないが、素早くアメリカ大地の魂を理解するには、荒野の夜を越えねば!」
マスターZは素朴な笑顔を浮かべ、言う、「私は実は東洋生れ。アメリカの魂を学んだのは十五の時。」
「七日目。」 ソウル・フォー・ブルース
マインド
サンハウスのMUSICが流れ、私の見て来たアメリカが心に去来する。
私は片木。日本人社会ではそう呼ばれ、それが私のアイデンティティになった。それ以前は、ジョーンマクシーという人生を歩んでいた。
多層な私のマインドは、何故かアメリカの大地に呼ばれた。気付くと此処に居た、そんな感じだった。アメリカは一見単純に見えるが実は複雑だ。それを肌で感じて居た。そう、この国には世界のあらゆる文化が集合しているのだ。そしてアメリカの大地は、それら全てを受け入れてきた。だからこそ、この土地は自由の土地なのだ。ものを言う市民の国。それがアメリカだ。ジャポンに居た頃に読んだ本を思い出した。文明開化時代、多くのジャパニーズがアメリカに学んだ。多くの文筆家たちが『開かれたジャポン』を模索し、この土地を旅した。その旅は今日、この国を訪れるジャパニーズにも繋がって居る。
「八日目。」 ソング・フォー・グレートフィールド&インサイド・ザ・ロック
アメリカ南部の大地。
USA南部の大地と空をながめる私。すこし赤茶けた大地。
その土。
風。
自由な風。
私の元に、あゆみよるマスターZ。私に話しかける・・・。「カタギ。当然、知っているだろうが、ロックはアメリカで誕生した。ロックはUSAの音楽なんだ。ブルースがその源流の1つだが、ブラックカルチャーがその原動力だった。」
「ヒストリーですね、マスターZ。」
「そうだ。アメリカンヒストリーなんだ。ロックはね。USAの輝かしいヒストリーさ。まず、このことを魂で真摯に受け取らないといけないんだ。」(そうだ、これは重みのあるこの土地のソウル。)
魂、ソウル、ミュージック・ソウル。
突然の雷鳴。
稲妻。
また稲妻。
大風。
マスターZは突然、「片木、うたってみろ。挑んできた。大地が、挑んできたんだ」そう、言った。
(ロックは自由を歌う。だが、自由の重さとも共にある。そんな大地のチャレンジをしっかりと受けとめる。それはある種神聖なものだ。自由とは神聖な何かでもある。感じるんだ。)
全力で歌った。だが、大風と稲妻がそれをかき消す。大風はさらに激しくなる。
その時、マスターZはサックスをカバンから出すと、前奏を奏でた。そして、歌いだす。
大風は凪になる。大地は鎮まる。
マスターZの姿に驚愕だ・・・。
嵐が晴れる、太陽が差す。
虹が・・・。
曲は、エルビス、『好きにならずにいられない』
空を見上げた。
そこに幻想の視覚を見た。
アメリカ南部の赤茶けた大地の真っ青な空にELVISの大きな幻影がふとフワリと浮かんでくる。ELVISは笑っている。
「ELVIS・・・・・・」
憧憬が去来する・・・。マスターZは語り始めた、「ELVISは愛の男だった。ELVISは小さい頃から讃美歌を歌うのが好きだった。ELVISのサウンドに漂う愛は、そこから来るんだ。愛なんだよ。」
マスターZは目を輝かせて、「ELVISは若い頃から黒人教会の讃美歌に夢中でもあった」そう教えてくれた。「ELVISの両親はELVISを愛し、かわいがったが、彼の父のちょっとした間違いから、ELVISの家は傾いて、お金に困るようになった時期がある。しかし、ELVISはいつも正義感があったし、信仰のひとでもあった。歌には自信があったようだな。当時、教会は白人教会と黒人教会が別々で、ELVISは黒人教会に入ることが出来なかったが、彼は黒人霊歌ゴスペルに非常に魅かれたそうだ。黒人教会の窓から、そのゴスペルを聴いていたという。ロックのレジェンドのはじまりさ。分かるだろう、ロックはアメリカで生まれ、全ての人に開かれている。」
そう云って、マスターZは立ち上がり歩き去った。光る大地。アメリカン・グレートフィールド・・・・。
私はアメリカの、果ての見えぬグレートフィールドを讃える歌を演奏し始めた。荒野の犬たちがその音楽を聴いて遠吠えを始めた。風に舞い、賛歌はフィールドを被っていった・・・・。
荒野のウタ。
山野氏はそのウタに涙し、私の元にやって来た、という。
「すばらしいです、すばらしいです、あなたは、私には不可能な業をする事が出来る!」
山野氏の表情はいつも謎めいていた。私は彼に尋ねた、「山野さん、あなたは何故ここに居るのか、あなたもやはりミュージシャンなのか?」
山野氏は語り始めた。
「私のひいおじいさんは、文明開化の頃ジャポンより、このアメリカに来たりし小説家だったのです。その名は山野鏡花。ミスター・片木、あなたもその名はご存知でしょう?」
そうだ、あの人物だ、誰もが知っている。山野鏡花、そうだ、あの山野鏡花だ。十九世紀の終り、ジャポン・神戸より出航し、アメリカの西海岸シアトル港に到着した、あの作家だ。山野鏡花・・・、彼は、しかし謎の人物だ。東洋文学史の怪人・・・。そう教えられた。山野鏡花の著作は幾つかベストセラーとなった。彼は文明開化時期に西洋的個人主義を書いた男でも在った。大正デモクラシイとも縁が深い。しかし、当時の多くのジャポン国民は彼が肌で感じたものを理解しようはずも無かった。幾つかの名作を文明開化時期のジャポンに残し、彼自らは国を出た。伝説からは、彼は自らの財産でアメリカに土地を買いアメリカの地でその後の生涯を過ごした、と聞く。彼のアメリカ生活をトレースする者は無かった。この山野忠一朗氏が、まさかあの山野鏡花の子孫だなんて!
僕は此処で伝説と交叉する事に為ったのだ!
山野は云った、「片木、君の音楽に心打たれて居た。君のウタは言葉に為らない人間のサガを音にして居たのだ。言葉が全てではない。ソウルは言葉に為らないものが有る。しかし人は言葉にしたがる存在だ。言葉を紡げば、それは確かに洗練されるだろう。」
そうだ、洗練された言葉が在るはずだ。が、私は限界も感じて居た。
私は旅の中にいつも答えがあると思っていたし、旅の中で答えを見つけてきてもいた。
僕は山野に確認した、「僕らは旅人ですね。」
「そうです、わたしたちはみな旅人なんです。」
山野はにっこり笑い、すこしカンフーのポーズを取った。そして彼は「縁がありましたね、それでは、・・・ひいおじいさんの遺した彼の全てのライティングを、いま、あなたに見せよう」・・・そう云うのだった。氏は、満面の笑みだ、「来なさい。」
山野氏は私をグレートフィールドの中に在る湖に連れて行った。
ビッグレイク。
「ひいおじいさん山野鏡花は、じつはアメリカに莫大な財産を残しました。私共はその一部を使って、超近代化されたストレージをこの湖の地下に建造しました。実の処、此の建造物に使われた技術は地球のものではありません。世界の多くの人々が、伝説的に知っているように、アメリカ政府は極秘ですが地球外の民との接点を持っています。」
私は山野氏の発言に目をまるくした。しかし、じっと立って聴いた。
「アメリカ人の中の、又はアメリカ永住者の中の一部、それもごく少数の者たちだけが彼らにアクセス可能なパスを持って居ます。基本的には、もはや世界中で伝説的に囁かれているエリア・フィフティーワンが、そのアクセス本拠地なのです。我々はその地球外技術を導入して、地下ストレージを設計建造した。そんなわけです」・・・そう言う山野氏の目がキラリと光った。
「そして其処に、ひいおじいさん山野鏡花の未発表のライティングが保存されています。」
山野氏はそう言うと空に手をかざす・・・。「これは手相認証システムです。そして、ボイスサウンド認証システムを作動させます。オープンセサミ!」
湖の中央から巨大な岩がしぶきを揚げて出て来た。そして岩の中央に、穴が開いた。これは、まさしく地球外のテクノロジーだ。山野は「さあ、あそこへ入ります!」と叫んだ。私は唖然として居た・・・、「どうやって湖を渡ってゆくんだい?」
山野氏は答える、超然と。
「水の上を歩けます。この岸から、あの穴まで、エレクトロマグネティック・フィールドによって橋が出来てます。目には見えませんが・・・。」
山野氏は、さっさと見えない橋に乗り、水の上を歩き始めるのだった。
「さあ、ミスター・片木、カモン。インサイド・ザ・ロックへ!」
岩の奥へ・・・・・・。
われわれ二人は巨大な岩の内部へと入って行った。
中はチタン蒸着コーティングの超現代型ストレージだ。山野は自慢げに説明した。
「ここのコンストラクションとハイテク・コンピューティングには、トキオの技術も導入しています。」
山野氏はそう言うとホログラムスクリーンを作動させて、彼の曾祖父の立体映像を映し出した。
曽祖父・山野鏡花さん・・・。ホログラムフィギュアはリアルだ・・・。「このホログラムは曾祖父のDNAによって作成された彼の分身なのです」・・・山野氏の解説だ。
そしてホログラムの曾祖父は私を見ると驚きの表情を浮かべ、云った、「この男、この男は百年に一人の男。世界のスーパースターに成る素質の男、フェスティバル・エンターテイナーよ、私は待って居たのだ、私は・・・!」
* * * * *
山野は私を見つめる。
「やはり貴方か。」
そこへマスターZが入って来る。
「ふふふ、やはり君だったのか。実は一年前、星を読むインド人と出会った。」
「九日目。」 フレンチ・コロニアル・エリア・ワン・イヤー・アゴー
一年前のニューオリンズ・・・。
ニューオリンズ。
ニューオリンズは特殊な町だ。アメリカ合衆国の建国の魂が今も感じられる開拓地の雰囲気を持ち続けて居る。馬車が行き交い、蹄鉄が石畳を踏みつける音が木霊する。そしてフレンチコロニアル・ハウス、ストリートとプラザは雑踏で賑う。そこでブラック・ジャズが流している。ストリート・パフォーマーと云っても、世界でも一流のミュージシャンのレベル。フランス系移民とネイティブのミックスカルチャー。女性はフレンチ風オールドスタイル・ワンピースとパラソルで通りを闊歩。サザンステート・パリジェンヌ。そんなフレンチプラザをブルースマスターZは歩いていた・・・・・・。ヨーロッパからの観光客、アジアからの商人、様々な肌の色を持つ国際色豊かな人々、此処は素晴らしい場所だ。
ブルースマスターZは軽やかに一年前の出来事を語るのだった。
「あの日、プラザの入口に『スターリーダー』の看板を掲げたインド風男性が居た。目がぱっちりしていて濃い黒髪と眉、そして口髭を蓄え、白いターバンを頭に巻いていた。わしを見るとインド風の男は口を開いた。彼は、スターリーダーだという。彼は、私が探している、と知っていた。そうだ、私は、ブルースの星を探していた。彼は分かる、という。彼は、一年後、『ここへ、この場所へ、ここ、この同じ場所へまた来なさい』と言った。彼は、インドから来たスターリーダー、星を読む男だという。彼は出会いを知っていた。『ここで出会いが起こる事を星が示して居る。ここで星同士が出会うのだ!』そう、彼は言ったんだ。」
アメリカ南部の夏は暑い。けだるい空気も漂う・・・。香港に似ているというひとも居る。マスターZは額の汗を拭いて、ギラギラに照りつける太陽を一瞬見たそうだ。そして、インド人のスターリーダーの方へ目を下ろすと、もう其処には誰も居なかったという・・・。
白昼夢・・・?
「十日目。」
**山野ホログラムシステム**
片木に天国の天使の声のようなSOUNDがスパークしながら入ってくる。
見た事もないような様々な色の光の帯が、片木の周囲でスパークする。
片木の顔はスパークの光で、様々に彩られ光かがやく。
片木は、いつのまにかインサイドで、宙に浮かんでいる。
重力などないかのようだ。
スパークに囲まれ、宇宙をたびしていた。
月。
水星。
金星。
地球、アース・・・。
火星。
木星。
土星。
天王星。
ハレー彗星。
海王星・・・・・・・。
ボイジャー・・・・・。
オリオン・・・・・・・・・・。
片木はそれらを横目に飛ぶ。
スターゲート!
生命の誕生!
ポーカーシップ・オン・ミシシッピ。ミシシッピ大河。荒野を流れる巨大な川・・・。ミシシッピ。そこにゆったりと浮かぶ客船・・・。客船の甲板に我々は居た。我々三人はフエルト帽を被っていた。我々は三人の男たち。ブルースマスターZ、山野忠一朗、そして私、片木。
「十一日目。」 ソウルフル・デイズ・アンド・ドリームズ
ミシシッピ客船。マスターZは甲板から更けてゆく夜を見ていた。彼は言う。
「なあ、山野君、片木君、我々三人は、ひょんな事から、今ここにこうして一緒に居る。この船はポーカーシップ。ここでポーカーでな、私の資本を数十倍にする。私は生まれつきのギャンブラーでもある。此処で作った資金を使ってアミューズメント界へ乗り込むのだよ。アミューズメントとは・・・、アミューズメントとは、人々を楽しませるビジネスなのだ。私はショウマンだった。私にも、観客を取り込み人々に時間を忘れさせるようなショウを見せて居た時も在った。今は少し歳を取り過ぎた。」
山野氏は悲しい顔を見せ、言った。
「マスターZ、そんな悲しい事をおっしゃって・・・。」
「いや、悲しいストーリーではない。私は、じょじょに現代に響く言葉を失いつつある。それが分かるのだ。時代はかわる。今のヤングたちには、ヤングの言葉がある。その時代は、その時代の者によってつくられてゆく。わかるかね、山野君。そして、・・・片木君、君はいいモノを持って居るよ。君に此処で増やした資本の一部を渡そう。それでアミューズメントの世界の扉を開いてくれ。私は君を見守って居るよ。それに、・・・片木君、きみは山野君の曾祖父の遺産であった奇跡のライティングも手に入れた。君の人生は試練も有るだろうが、きっと輝く。」
そのマスターの言葉に私は涙した。
「ありがとうございます、マスターZ。しかし、まだまだ貴方の力には及びません。貴方は私に多くの音楽の技を見せてくださった。その技に驚き、私は吹き飛ばされそうなパワーさえ感じました。荒ぶる風をも、貴方の音楽は簡単に鎮めた。数日前の荒野のレッスンの時・・・、貴方は大風を鎮めた。あの我々の前に突然吹いてきた大風、私はその挑戦に面喰いました・・・。南部サザンステートの荒ぶる大風は魂を持って居ます。貴方は、それを素晴らしい音と言葉で鎮めたではないですか。ネイティブアメリカンの勇敢な男でも恐れる、あの荒野の荒ぶる風・・・。私など、ちびりそうになりました。なんの言葉もおもいつかず、ただ佇みました。その大風の挑戦を貴方は受けて立ち、音楽によってその心と魂を鎮めました!」
マスターZは少し空を見ると私に、応答した。
「片木君、きみはまだ場数を踏んで居ないから、そう思うのだよ。君は十分な才能、タレントを秘めて居るよ。そう君は確かに魂の言葉を学んできた。君は百年に一人の男だ。君は、アミューズメント・キングだよ。」
私は困惑。「しかし、マスター、私はこのブルースの大地に来てそれほども経ちません。私はもっと貴方に教えをいただかねばならないのでは?」
「片木君。いや、君は無意識に多くの事を学んだはずだ。あとは、選択するのだ。君自身の本来の姿に成る為に、君は君の得たものから選択せねばならないのだ。私は一瞬のきっかけでしかなかった。君はこのポーカーシップに乗る前の一週間、荒野でキャンプしながらそのトレーニングの中で学んでしまっている。君はそれほどの男だよ。私には分かる。だから、私は安心して去る。私は実はここで資本を増やしたら、多少の社会奉仕をしたあと南ヨーロッパに移り住むのだ。そこで隠居しながら少しばかりアミューズメントビジネスをやる。山野君も今までよく私の為に仕事してくれた。ありがとう。」
マスターの言葉だった。この僕らのやり取りを見ていた一人の女性が居た。
「十二日目。」 ザ・ウーマン
ポーカー・ON・ポーカーシップ。
ポーカーシップ客船は、ゆるやかに大河を進んでいるところだった。私はまだ甲板にいた。
私のそばに女性が歩いてきた。茶色の煌く髪、生命力のある表情、いい笑顔だ。
「私はサンセット。あなたに一目惚れ!」女性はそう言うと私に寄り添うのだった。私も彼女をかわいいと思った。サンセットはシップのショウダンサーで乗りこんでいた。
山野は彼の船室に居た。彼は自分の船室で天井を見ながら、すこし涙を浮かべて居た。
バンドマンたちの音楽が響いていた。
それが、突然鳴りやんだ。
大きなベルが鳴った。
船内アナウンスだ。
「優勝者が決まりました!」 アナウンスが流れた。
ポーカー会場へ。
私はポーカーシップのセンターに在るポーカー会場にやってきた。
マスターZが一億ドルの小切手を三つもらっているところだった。
マスターZはその一つを私に渡した、「君のものだ。」
私は少し困った顔をしていたかもしれない。
マスターZはぐいっと私の手を引っ張り、小切手を掴ませた。
「受け取りなさい。私は君の才能、そのタレントにこれだけ出すのだ。遠い南ヨーロッパでいつも君を見ている。私をたのしませてくれ。これは準備金だよ。」
「十三日目。」 ワン・オブ・ア・ハンドレッド・イヤー
私は深く一礼し小切手を受けた。
傍にはサンセット。
「もう、ガールフレンドができたのか、それもいいことだ」と、マスター。
マスターZは楽しく笑うのだ、「片木君、君は強く歩いてゆける。君は、私が音楽と言葉で、ネイティブアメリカンの荒野に吹く荒ぶる風を鎮めたのを見ただけで多くを学んだのだから! 今、きみの顔は輝いている。」
マスターZは更に肩をたたき、元気づけてくれた。
「それにもっと深いオリジナリティを見付ける事が出来れば、もっと素晴らしい創造が君のマインドに訪れる。私は、私のサウンドと私のライティングで荒ぶるSOULを鎮めたが、君は君自身の技を多くのヒントから見つけ、創造してゆけ。それがとてもいい。」
「はい」私は頷いた。
「カタギ、君は、私のサウンドと言霊、そしてライティングからヒントを得る事も出来る。アメリカ南部の旅で受けた魂のインスピレーション、そして山野曾祖父のライティングからもヒントを得られるのだ。それに君の時代の息吹を重ねてゆけ。君は百年に一人の男。君が選択し、君の道をゆけ。」
「十四日目。」 ソウルフルブック
山野システム(メモリー)。
私のマインドは、あの日、山野曽祖父の忘れがたみであった魂の言葉が綴られたライティング本、ソウルフルブックを得た時の光景を思い出していた。
それは、湖の中央に突然そそり立った電子モノリスの中・・・。
山野家は地球外から、数世紀先のハイテクをすでに得ていた。
その一族の曾祖父のSPIRITとの出会い・・・。
SPIRITを遺す事に成功した山野氏。
山野氏はハイテクにハイテクを重ね、常に前進していたのだ。
そのハイテクが山野曾祖父と私を結びつけたのだ。
あの日、ホログラムでよみがえった山野曾祖父のSPIRITは、私を見て驚きの表情を浮かべたのだ。
バッファローの群れが岸辺を走り渡っていた。
甲田曾祖父の言葉が去来。
「この男、この男は百年に一人の男。世界のスーパースターになる素質の男。フェスティバル・エンターテイナーよ!」
*** *** *** スパーク *** *** ***
あの日、SPIRITは究極の光を放ったのだ。
片木は光に包まれ視界は真っ白になったのだ。
スパーク、星雲、惑星、宇宙、スターゲート、・・・目を凝らすと、その光の中にあらゆる「魂の言葉」が浮かび上がったのだ。
魂の言葉、それは生命の言葉、いのちを生き生きとさせる光の言葉。音楽が聴こえ始めソウルフルワードがつぎつぎに姿を現し、音となって片木を貫いた、あの体験。
スパーク。目の前は真っ白になる。
真っしろ。
そこに大きなELVISの顔が。
ネオンのように彩られたELVIS。
スパーク。
光のあらし。
片木は気づくと晴天のホライゾンに居たのだった。
その傍には山野氏が立って居たのだった。
山野の言葉がリコールする。
「ソウルフルブックは君を選んだ。」「ソウルフルブックは君を選んだ。」「ソウルフルブックは君を選んだ。」「ソウルフルブックは君を選んだ。」
*** *** *** スパーク *** *** ***
(あの日)魂の言葉が記されたソウルフルブックは私の頭上でくるくる回っていた。「とりなさい」山野さんは言った。私はパッと、ソウルフルブックを掴む・・・。開いて中を見る・・・。命のワードが無数に並んでいる・・・。ロック。ソウル。命のワード。ロゴス。「言は神であった」(聖書)・・・山野は言う、「君のものだ、本が君を選んだのだから。その本をつかまえる事が出来た人間は君だけだ、そう、君だけなんだよ、片木君、・・・」山野氏はそう言うとホライゾンの空を見た。きらきら雲が流れていた。
マインド・トリップから覚め、ハッと気づく私。
ポーカーシップの甲板ではダンスパーティが始まっていた。マスターZも居る、「ミスター・片木、君はソウルフルブックが選んだワンハンドレッド・イヤーズに一人のマンなんだよ。」
ヨー・メーン!
ダンス。
ダンス。
ダンス。
「十五日目。」 ネオホライゾン
アメリカ南部。晴天のホライゾンに私とサンセットがソウルフルブックを持って立っていた。
遠くから砂煙をあげて、ランドクルーザーが見えてくる・・・。
僕らはランドクルーザーに乗り込んだ。私はドライバーに言う、「一番近い空港に行ってくれるかな。」
「十六日目。」 ネオライフ
マイアミ。
片木とサンセットの新生活(ネオライフ)が始まる。
片木とサンセットは大いなる生命と愛を感じ、激しく愛し合う。
サンセットとテーブルで食事をする。
ベッドで目覚めた片木は、独りなのに気付く。サンセットは居なくなる。
ある日。
サンセットの置手紙。
『しばらく居なくなるわ』
片木は、家や外をきょろきょろさがしてみる。
マングローブの林があるだけだ。
夜。
マングローブが月明かりに照っている。
片木は風通しの良いテーブルで、ものかきをはじめる。
サンセットの写真を見る片木・・・。
ふたたび、ものかきをする片木・・・。
机についたまま、寝てしまう。
朝。
夜。
月光に光るマングローブ。
月。
サンセットがふと帰ってくる。
月に照らされているサンセット。
片木はにっこり迎え入れる。
サンセットとキスする。
サンセットを抱く。
朝。
またサンセットはいない。
庭のマングローブ林をすこし探す片木だった・・・。
片木はその数ヵ月後、再び戻って来たサンセットを見た。又すぐにサンセットは居なくなった。そしてさらに数ヵ月後、片木の元に戻って来たサンセットは小さな赤ちゃんを連れて来た。驚いた事に、その子は片木の子だと云う・・・。片木は受け入れ、しばらく三人で暮らした。片木には、この事で何か気持ちの変化が芽生えて居た。それは何かワンダフルな事だという気がした。
ある日、サンセットは又居なくなった。片木は残された子と、楽器を奏で楽しんだ。
マイアミ・コーラルゲーブルズ・マングローブの家・・・。
楽器で遊ぶ片木の子。
片木の子はまだ難しい事は当然わからないが、楽器から出る音を楽しんでいる様だ。
「十七日目。」 アメリカ、北米、ジョイ
花咲く時期のマイアミ・・・。
南国の花々。生命あふれるネイチャー。
花々の香りがするような風通しの良い家。
ネイチャーアパルトマン。
そのガーデンで私、片木は子と遊ぶ・・・。
そこから外に見えるのは緑の美しいマングローブと、虹の様な花々だった。
南国の色とりどりのネイチャーだった。
サンセットが花の中でダンスしながら登場した・・・。
私は、彼女に気が付いた・・・。
サンセットのほほ笑みが目に入った・・・。
時がしばらく経った。
愛が戻って来た。そうだ、サンセットだ。サンセットが戻って来た。サンセットは暫し微睡み、そして眠った。溢れる愛を片木は思い出していた。片木の子は音楽と共に育った。サンセットはトランペットのテクニックを持っていた。片木のギター、サンセットのトランペット、そして二人の子ロームシーの歌。三つが相まって新しいサウンド、神への賛美が生まれた。
「十八日目。」 あたらしい時代へ
それから暫くはマケドニアに住んでいた。
そこのサウンドが気に入ったからだ。
文明の交差点バルカンでサウンドはミックスされる。
キリル・ジャイコフスキーのサウンドが木霊するスコピエで・・・。
光。無量光。無量寿。
東洋で、光、無量光、無量寿へと祈る。光はアミダと、かつてこの文明の十字路で呼ばれた。
アミダという名の町があった。そこには、光の聖母、ホーリーメアリーの寺院があった。
それで光をアミダと呼ぶようになったという説も在る。漢字では阿弥陀と表記されるようになった。東洋における阿弥陀はホーリーメアリー、そう聖母マリアと同じであるとも言われている。
私はそんな文明の十字路に居た。
『片木、サンセット&ロームシーのライブ』を始めた。
ショウを行う。観客の熱狂!
人気のショウと為った。バンドは、ホールでのショウで成功した。
『君も片木だ!』そう私はショウを締めくくった。
巡り巡ってアメリカの荒野。
アメリカンダイナー。私。ノートを読んでいる。髭をすこしさわる。
窓の外を見る。晴天だ。
サボテンが日光で光っている。
もう一度ノートに向き直る。
コーヒーカップに手をだす。すこしコーヒーを飲む。
ハンバーガーが食べかけのままだ。
ハンバーガーを掴む。ひとくちかじる。
ファーストネーションの長老は私の目を見つめていた。
私に、しかし語り掛けて来る様な気がした。
君の物語に希望を与えられた。そう言われたような気がした。
ファーストネーションの長老は言った、「君には又会うだろう。」
そう言い、支払いを済ますと先にダイナーを出て行った。
私は長老を追いかけ、店のドアを出る。長老はどこにも居なかった。
ただ、南部の荒野だけが広がり、空は濃いブルーだった。
「TIME TO SAY GOOD BYE」がどこからか聴こえていた。(完)
今、私、ジョーンマクシー(仮名)はアメリカ大陸の荒野に居る。
空から大地を見つめる鷲やコンドル・・・、彼らはこの土地のネイチャーそのもの。我々がストレンジャーなのかも知れない。風が吹き荒んでいる。私はここで思い出を肴に遅いランチを摂る。このところの日課だ。初めてこの土地に来たのは二十歳前だった。当時、此処では二十一歳をビッグバースデーと呼び、その日から成人として数えられた。私は放浪の末、この荒野へと辿り着いた。人生には逃亡という選択しか無い時だってある。そんな時は躊躇せず逃亡すべきだ。
逃亡者の行き着く先はアメリカの荒野だ・・・、それは昔から決まってる。車もボロボロだ。
其処には安くて旨いダイナーがあるのさ。それが此処だ。この国はバーガーとコーヒー、そしてコークがあれば、なんとかなる。そうさ、エルビスだって、そんなときもあったんだ。
赤茶けてるけど、からっとして、いいかんじの空気だ。バーガーとコーヒーが旨いはずだ。此処にやって来る迄には色々あったんだ。出身が出身だけに追手も居た。自衛の為ムエタイ修行もした。
あれはいい意味で運動になったよ・・・。追手に追われて、ダーティハリーまがいなこともやった。
ゆっくりバーガーを味わえる今、ちょっと心は安らいでる。
同じ時間いつも此処でランチを食べる知り合いも出来た。彼らも多くは語らない。それが暗黙の了解だ。アメリカンダイナーの約束事さ。
今の私はロングヘアのバックパッカーの様に見えるだろう。アメリカンダイナーでハンバーガーを食べているバックパッカーの男、・・・ふふっ・・・よくある風景だ。ふん、・・・・・・・アメリカ南部の、『カナディアン&チャイニーズのスマイル・レストラン』というダイナーに居た。
南部のその辺りには北米先住民の血を引く人々も多かった。北米先住民たちは、カナダ圏ではファーストネーションと呼ばれる。私は彼らの文化を知るためにかつてポート・アルバーニで人類学を学んでいた事がある。一昔前だ。あの日ダイナーで或る男に出会ってから不思議と冒険の日々が始まった。彼がカナダの方から南部に来た事が私にはすぐ分かった。その人は『ファーストネーションの長老』だった。ダイナーのテレビジョンを見ていた時、長老も同じテーブルでチャイティーを飲んでいた。彼はカナダ、バンクーバー島ナナイモの生れだと云った。ダイナーが職場のようなものだという。其処で、ものを読み、ものを書き世界へ発信している、と。
私はファーストネーションの長老と真摯に話した、「今私は何に向かって生きるべきでしょうか、貴方ならその答えを知って居る気がする。」
ファーストネーションの長老はちょっと席を離れると、車に戻り、暫くして帰って来た。
熊のハンドプリントの絵柄のネックレスを持って・・・。
長老は言う、「君は、・・・これから私たちの仲間だよ。これはその印だ。」
彼は私にネックレスを渡した。南部には面白い放浪者が居る。乾いた空気を浴びて人生を思い巡らすには、いい場所だ。だから私は一周して戻って来たんだ、この荒野へ。人生に於ける不思議な出会いがあった、この荒野へ。店の中にはアナログ盤のボンジョビ、ブレイズ・オブ・グローリーが流れていた。荒野に響き渡る。
長老はそこに居た。あの最初に出会った日と何も変わらないかのような風貌で。
長老は、君の話を聞く準備は出来た、そう言った。
私は彼に話し始めるのだった。
・・・・・・・・・・あの頃は若かった。右も左も分からない若造だった。
人類学を修める前だった。
国を離れ、アメリカ西部のストリートをうろついていたばかりの時だ。ストリートにはサイドショップから漏れるサウンドがいつも聴こえていた。『アメリカン・パイ』が聴こえるカフェに入った。カリフォルニア州ノースビーチ。カフェ・グレコキッチンか。入店したところで、サウンドが切り替わった。流行りのシェリル・クロウだ。『オール・アイ・ワナドゥ』・・・いい曲だ。私のような根無し草には向いている。この辺には流れ者ばかりだが。
そこでは誰しもが、ストーリーテラーだった。信じるか信じないかは君次第さ、みんなそう言ってホラを吹く。真面目に信じちゃいけないのさ。だが、有益な大ぼらもある。 私は微笑した。
サウンドはUB40『レッド・レッド・ワイン』に変わった。いいカフェじゃないか。
あの時代、行き先のない者はカナダへ向った。七十年代のヒッピーと同じだ。私はバンクーバー島で人類学に出会う。ファーストネーションという人類集団に出会い、私はトリッパーとなる。
信じるか信じないかは君次第さ、フフッ。
それからはアメリカの幾つかの町でリサーチをしていた。やがて音楽が私の故郷となった。その頃に初めて『長老』と出会った。あの時代の僕らの気持ちを的確に代弁していたのは『ミスター・ジョーンズ』を唄ったカウンティング・クロウズだったろう。シスコを出たり、シスコに戻ったりを繰り返していた頃、ノースビーチ・ワシントンスクエアにある聖ペトロ&パウロ教会によく行った。入口の近くにあった、復活のキリスト像を何故か何度も見たくなったのだ。シスコは当時、日系人が非常に多く、母方のルーツにモンゴル系がある私は、どこか日本人にも見え、日系人社会に入り込んだ。そこでは、彼らが私を『片木』と呼んだ・・・・・・・・・・。
京都&JAPON
伝手が出来、私は『片木』を名乗り、京都などを旅した。十代の終わり頃の私は、デフレパードの『レッツ・ゲット・ロックト』的サウンドに入れ込んでいて、多少パンクだった。ミュージシャン片木と自称し、ライブハウスに飛び入り参加した。古都とパンクはどういう訳か相性が良かった。現代によくありがちな、音楽を志す男性ってところだったろう。自分では若きエルビスのつもりでいた。何十万という音楽青年がフィーバーするロックワールドだ。ロック、人類学、旅、わたしはそれだ。
大学の学園祭に呼ばれ、舞台に立った。私は其処で、讃岐のイトウ・ナオコに出会う事となった。
熱い声援!
スポットライト!
エキサイトメント!
ロックミュージックの舞台で、熱い込み上げる何かを感じた。
ストリートロックの時代でもあった。ストリートというストリートには夜な夜な自称ミュージシャンが出没!
そこからメジャーレーベルへと昇華する者も居る。私も又、学園祭、ストリートを馴らす。
デモリールをレーベルに何度も送付。反応は今一つ。
私は気が付く、自分のMUSICには『源流』が無いと。ロックは東洋では表層的な文化になりがちだ。その源流を求める旅が不可欠だ。
イトウ・ナオコは柳川行きを促した。
私はマリアッチのようにギターを担ぎ、出発。
柳川、ソウルのある町だ。
柳川SPIRIT、この土地は、古くは田中バルトロメオ吉政が開拓。バルトロメオはキリシタン大名で、イタリアからのパードレを楽しくもてなしたという。ここは、ジャポンのベネチアとも呼ばれる。
そしてROCKはUSAで生まれた。ELVIS、JACKSON、ミートローフ、そんなソウルだって理解する、この土地、YANAGAWA。異国を融合し、自分のものにして、どっしりしたヒストリーになっていく其の町。 ROCKは生き方なのだ。ELVISやJACKSONは、まさにそれを教えてくれた。柳川といえば鰻料理、これもロック。
かつてLONDONテムズリバーでは、ウナギ料理が盛んだった。おそらく、かの地がまだロンドニウムと呼ばれし時代は、重要なタンパク質だったろう。そんなロンドナーソウルも此処に漂う。久々のウナ丼。いける。そして考えた。
「LONDONはアメリカからROCKを輸入したが、かれらは、それを都会的なクールなものに変換した。LONDONのソウルは、其れをハイパーサイケデリックなCULTUREにしたって、言える。まるでシナソバからラーメンが生まれたように。だけど、それって、源流がわかってないとできないことさ。大切なのは、源流なんだ。」
川下りの船頭は言う、「片木さん、だっけ? 柳川はさ、実はラーメンもうまいって、評判さ。そうさ、ラーメンも又、ROCK、全てROCKなんだ。兄ちゃんはそれを極めたいんだろ?」
舟の船頭は饒舌だ。もう今日は仕事も終わりだから、とラーメン店を紹介してくれた。一緒にラーメンを食べながら彼の哲学が語られた、「にいさん、君ね、ROCKを分かった気になっちゃいけねえ。黒澤さんでさえ、八十歳のときに、こういったんだ。『私はまだ映画が分かっちゃいない』ってね。分かったと思った時には、まだ何も分かってないんだ。そういうことさ。ROCKってのは、アバタールの舞なんだよ。ジョージ・マイケルって天才がいたろ、彼はもうひとりの自分、自分が夢見たヒーロー、ジョージ・マイケルを舞台で演じたんだ。アバタールさ。それがROCKさ。」
私はマリアッチのようなケースを開けてギターを取り出し、前口上を言う、「船頭さん、あなたはよく知っている。僕は教えていただきました。そうなんです、そのとおりです。ロッカーは、アバタールなんです。グリークのジョージ・マイケルの本名はエオルイオス・パナイオトゥ。少年時代、内気だった。架空のヒーローを空想し続け、その名をジョージ・マイケルとしたんです。そして彼自身が、そのジョージ・マイケルになった!」私はギターを奏でた、曲はジョージ・マイケル『FAITH』だ。
船頭は最高の拍手を贈った。
「二日目。」
エアポート。
私、アメリカン・トリッパー片木はそこに居た。エンターテインメント音楽の魂の源流を辿ると決意するや否や、私はエアラインに乗り込んだ。
そして十八時間後、ニューオリンズ。
ここは古来、エンターテインメント音楽の聖地。
私はニューオリンズに降り立った。私をその衝動に走らせたエンターテインメントの息吹はニューオリンズの空港にさえ、すでに漂って居た。ニューオリンズはフランス人が入植し開拓した街。フレンチコロニアルとブラックミュージックが独特のアトモスフィアを作り出して居る。
異国情緒ばっちりのストリート。ビルディング。ブルースの店もある。
私は思うのだ、「ブラックは日常の生活、些細な自然の変化、時の過ぎ行く様、人生への感謝、神への賛美、恋人との時間、そういう全てを音楽にした。一日の初め、太陽がただ昇ると云うだけでも彼らはそこにエンターテインメントを見出すのだ。天才だ。」
私の目に映るニューオリンズ。私は、ニューオリンズの人々から人間の生の本質にある源流が音楽と連動した時に生まれるフリーダムを感じた・・・。
「三日目。」
片木・ザ・ワンダラー・ミーツ・ザ・レジェンド。
フレンチコロニアル・オブ・ニューオリンズ。
私はニューオリンズの風通しの良いフレンチコロニアル街を歩いた。百年前から在る緑と白のペンキで塗装されたウッドゥンの簡素な建物に挟まれたSTREETは、アメリカの移民の歴史を感じさせる。ふと見ると日本人が経営して居るのか、寿司屋も見える。中華系のショップもわりとある。私はフレンチコロニアルを歩いて居る中に、アメリカ音楽の源流の一つであるニューオリンズJAZZを聴かせるホールを見付けた。
六十年代ビートルズや七十及び八十年代VIRGINレコーズから出て来たブリティッシュ・ロックの動きが盛んだったので、アメリカの音楽の源流は忘れ去られた感が在った。音楽の歴史家はよくアメリカン・ロックは『風が吹き抜ける様なサウンド』だと言う。
アメリカ・・・それは風。広大な土地を自由に吹く風、それがアメリカの音楽の伝説を創って来たのさ。アメリカの広大な土地と空が私の頭をよぎるのだった。そして、様々な文化の結晶がアメリカのサウンドとなる!
私はウォークマンでカセットテープを再生した。レニー・クラビッツ『ビリーブ』が多様な文化都市と広すぎるほどの広大なランドスケープに響いた。
「四日目。」
ブルースマスターZ
ストリートタウン・オブ・ニューオリンズ。アメリカの魂、アメリカンブルースを自分のものにしようと町の音楽ホールに通い、ニューオリンズのストリートでブルースを奏でてみる。聴衆は厳しい。
「アメリカの魂がまだ分っちゃ居ないね」リスナーは去ってゆく・・・。
私のギターはパワフルな音色に到達せずに居た・・・。私はしばし、近くの町をまわりストリートで奏でる日々をおくった。ニューオリンズの夏はあつい。私がニューオリンズの暑さの中でフォーク・ギターを地面に置いたまま安いアイスクリームを舐めて居ると、ギターの前に人影が止まった。私は見上げた。そこに不思議な東洋人(の様に見える男)が居た。彼は言うのだ、「ブルースの魂を理解したいようだね。」
私は頷いた。彼は少し額を撫でて一瞬、空を見て言った、「アメリカ南部のブルースはアフロアメリカンの歴史と共に在る、それを簡単に理解する事は出来ない。すごく難しい。又、音楽は理解では無い、FEELだ。」
東洋人は地図を差し出した。そして去っていった。
地図が示していたのはルイジアナの外れ、荒野の中のログハウスだ。
地図の端に「このログハウスに、八時だ」と書いて在った。
「彼は何者なのか、敵なのか、味方なのか?」私は、去ってゆく男の姿が段々小さくなるのを見送った。しかし、ハッとしてASKするのだった。
「ヘイ、ユー、ブルース・ガイ! あなたを何と呼べば?」
「ブルースマスターZ。」そう彼は答えた。
「五日目。」 アメリカ南部
アメリカの大地、アメリカの荒野。
アメリカのウィルダネス。アメリカのリバー。
ミシシッピ。
アメリカの雲。
アメリカの風。
ランドクルーザーは、そこをいく。
ランクルのステレオからは珍しくジャパニーズ・ロック特集が響いていた。山下達郎『僕らの夏の夢』か・・・。
「ログハウス・イン・ザ・グレートフィールド」
そこは、風が吹き荒れる荒野だ。アメリカの荒野には、アメリカの魂がある。
どこまでも続いている荒野。
濃い青の空。
つぎつぎに形を変えてゆく雲。
永遠と無常の土地。
人間の存在を軽く超えてしまう大地。
それがアメリカ。
ログハウスはそんな荒野の真っ只中に在った!
アルフィーの『風曜日、君をつれて』のサウンドが赤い大地を流れて行った。
ログハウスを見つけた私。ランクル、ハウスの前に停車。私は、TOYOTAランドクルーザーの助手席を出た。ランドクルーザーを運転してくれたのはネイティブアメリカン男性だった。彼は言った。
「ミスター。ミスター・片木。この土地には、古代からのネイティブアメリカンの荒ぶる魂が吹き荒れて居る。 アイ・フィール・イット、気をつけて!」ランドクルーザーの男は、私に別れ際の挨拶で敬礼の真似をした。「じゃあ一ヶ月後、この場所この時間にミスターを又迎えに来るよ。」
そう言うと彼はそそくさとエンジンを始動し、去った・・・。
私のショルダーにポン、と誰かの手が載った。私は振り返る。先程まで何の気配も感じられなかったのに、日焼けして色黒になった東洋人がそこに居た。(山野という男だ。)
「私は山野忠一朗です、ニッポン人です」東洋人は言う。私は苦笑いをした。山野氏はマスターの使いらしい。
「マスターは貴方を待っております。」
「六日目。」 ブルース・レッスン
ログハウス。
山野忠一朗は私をログハウスの中へ案内した。
山野がドアを開けた。
ブルースマスターZは木彫りネイティブアメリカン人形を彫りながら、山野忠一朗が開けた扉の方をジロリと見た、「来たな。」
マスターZは脇に置いていたギターを掴むと、ほい、と私に投げた。私は咄嗟にそれをキャッチ。
マスターZはニヤリ、「何か弾いてみな。」
マスターZは満面の笑みで要求。
私は、「では、アメリカの大地と永遠の時間、そしてアフロの魂を一つにした新曲をいきます」と申し、自己流のブルースを奏で始めた。マスターZは目をつぶり耳を傾ける・・・。
それを聴き終えると、彼はクリティックするのだった、「いい線いっとるな。(私はほっとした)・・・しかし、君はシステムが完備された社会に毒されている部分がある。それが君の曲の中に見える。それはアメリカのフリーダムの魂、『NATURE』の魂にうまくなじまない。君は今から一週間、この荒野でキャンプをするべきだ。それでは少な過ぎるかも知れないが、素早くアメリカ大地の魂を理解するには、荒野の夜を越えねば!」
マスターZは素朴な笑顔を浮かべ、言う、「私は実は東洋生れ。アメリカの魂を学んだのは十五の時。」
「七日目。」 ソウル・フォー・ブルース
マインド
サンハウスのMUSICが流れ、私の見て来たアメリカが心に去来する。
私は片木。日本人社会ではそう呼ばれ、それが私のアイデンティティになった。それ以前は、ジョーンマクシーという人生を歩んでいた。
多層な私のマインドは、何故かアメリカの大地に呼ばれた。気付くと此処に居た、そんな感じだった。アメリカは一見単純に見えるが実は複雑だ。それを肌で感じて居た。そう、この国には世界のあらゆる文化が集合しているのだ。そしてアメリカの大地は、それら全てを受け入れてきた。だからこそ、この土地は自由の土地なのだ。ものを言う市民の国。それがアメリカだ。ジャポンに居た頃に読んだ本を思い出した。文明開化時代、多くのジャパニーズがアメリカに学んだ。多くの文筆家たちが『開かれたジャポン』を模索し、この土地を旅した。その旅は今日、この国を訪れるジャパニーズにも繋がって居る。
「八日目。」 ソング・フォー・グレートフィールド&インサイド・ザ・ロック
アメリカ南部の大地。
USA南部の大地と空をながめる私。すこし赤茶けた大地。
その土。
風。
自由な風。
私の元に、あゆみよるマスターZ。私に話しかける・・・。「カタギ。当然、知っているだろうが、ロックはアメリカで誕生した。ロックはUSAの音楽なんだ。ブルースがその源流の1つだが、ブラックカルチャーがその原動力だった。」
「ヒストリーですね、マスターZ。」
「そうだ。アメリカンヒストリーなんだ。ロックはね。USAの輝かしいヒストリーさ。まず、このことを魂で真摯に受け取らないといけないんだ。」(そうだ、これは重みのあるこの土地のソウル。)
魂、ソウル、ミュージック・ソウル。
突然の雷鳴。
稲妻。
また稲妻。
大風。
マスターZは突然、「片木、うたってみろ。挑んできた。大地が、挑んできたんだ」そう、言った。
(ロックは自由を歌う。だが、自由の重さとも共にある。そんな大地のチャレンジをしっかりと受けとめる。それはある種神聖なものだ。自由とは神聖な何かでもある。感じるんだ。)
全力で歌った。だが、大風と稲妻がそれをかき消す。大風はさらに激しくなる。
その時、マスターZはサックスをカバンから出すと、前奏を奏でた。そして、歌いだす。
大風は凪になる。大地は鎮まる。
マスターZの姿に驚愕だ・・・。
嵐が晴れる、太陽が差す。
虹が・・・。
曲は、エルビス、『好きにならずにいられない』
空を見上げた。
そこに幻想の視覚を見た。
アメリカ南部の赤茶けた大地の真っ青な空にELVISの大きな幻影がふとフワリと浮かんでくる。ELVISは笑っている。
「ELVIS・・・・・・」
憧憬が去来する・・・。マスターZは語り始めた、「ELVISは愛の男だった。ELVISは小さい頃から讃美歌を歌うのが好きだった。ELVISのサウンドに漂う愛は、そこから来るんだ。愛なんだよ。」
マスターZは目を輝かせて、「ELVISは若い頃から黒人教会の讃美歌に夢中でもあった」そう教えてくれた。「ELVISの両親はELVISを愛し、かわいがったが、彼の父のちょっとした間違いから、ELVISの家は傾いて、お金に困るようになった時期がある。しかし、ELVISはいつも正義感があったし、信仰のひとでもあった。歌には自信があったようだな。当時、教会は白人教会と黒人教会が別々で、ELVISは黒人教会に入ることが出来なかったが、彼は黒人霊歌ゴスペルに非常に魅かれたそうだ。黒人教会の窓から、そのゴスペルを聴いていたという。ロックのレジェンドのはじまりさ。分かるだろう、ロックはアメリカで生まれ、全ての人に開かれている。」
そう云って、マスターZは立ち上がり歩き去った。光る大地。アメリカン・グレートフィールド・・・・。
私はアメリカの、果ての見えぬグレートフィールドを讃える歌を演奏し始めた。荒野の犬たちがその音楽を聴いて遠吠えを始めた。風に舞い、賛歌はフィールドを被っていった・・・・。
荒野のウタ。
山野氏はそのウタに涙し、私の元にやって来た、という。
「すばらしいです、すばらしいです、あなたは、私には不可能な業をする事が出来る!」
山野氏の表情はいつも謎めいていた。私は彼に尋ねた、「山野さん、あなたは何故ここに居るのか、あなたもやはりミュージシャンなのか?」
山野氏は語り始めた。
「私のひいおじいさんは、文明開化の頃ジャポンより、このアメリカに来たりし小説家だったのです。その名は山野鏡花。ミスター・片木、あなたもその名はご存知でしょう?」
そうだ、あの人物だ、誰もが知っている。山野鏡花、そうだ、あの山野鏡花だ。十九世紀の終り、ジャポン・神戸より出航し、アメリカの西海岸シアトル港に到着した、あの作家だ。山野鏡花・・・、彼は、しかし謎の人物だ。東洋文学史の怪人・・・。そう教えられた。山野鏡花の著作は幾つかベストセラーとなった。彼は文明開化時期に西洋的個人主義を書いた男でも在った。大正デモクラシイとも縁が深い。しかし、当時の多くのジャポン国民は彼が肌で感じたものを理解しようはずも無かった。幾つかの名作を文明開化時期のジャポンに残し、彼自らは国を出た。伝説からは、彼は自らの財産でアメリカに土地を買いアメリカの地でその後の生涯を過ごした、と聞く。彼のアメリカ生活をトレースする者は無かった。この山野忠一朗氏が、まさかあの山野鏡花の子孫だなんて!
僕は此処で伝説と交叉する事に為ったのだ!
山野は云った、「片木、君の音楽に心打たれて居た。君のウタは言葉に為らない人間のサガを音にして居たのだ。言葉が全てではない。ソウルは言葉に為らないものが有る。しかし人は言葉にしたがる存在だ。言葉を紡げば、それは確かに洗練されるだろう。」
そうだ、洗練された言葉が在るはずだ。が、私は限界も感じて居た。
私は旅の中にいつも答えがあると思っていたし、旅の中で答えを見つけてきてもいた。
僕は山野に確認した、「僕らは旅人ですね。」
「そうです、わたしたちはみな旅人なんです。」
山野はにっこり笑い、すこしカンフーのポーズを取った。そして彼は「縁がありましたね、それでは、・・・ひいおじいさんの遺した彼の全てのライティングを、いま、あなたに見せよう」・・・そう云うのだった。氏は、満面の笑みだ、「来なさい。」
山野氏は私をグレートフィールドの中に在る湖に連れて行った。
ビッグレイク。
「ひいおじいさん山野鏡花は、じつはアメリカに莫大な財産を残しました。私共はその一部を使って、超近代化されたストレージをこの湖の地下に建造しました。実の処、此の建造物に使われた技術は地球のものではありません。世界の多くの人々が、伝説的に知っているように、アメリカ政府は極秘ですが地球外の民との接点を持っています。」
私は山野氏の発言に目をまるくした。しかし、じっと立って聴いた。
「アメリカ人の中の、又はアメリカ永住者の中の一部、それもごく少数の者たちだけが彼らにアクセス可能なパスを持って居ます。基本的には、もはや世界中で伝説的に囁かれているエリア・フィフティーワンが、そのアクセス本拠地なのです。我々はその地球外技術を導入して、地下ストレージを設計建造した。そんなわけです」・・・そう言う山野氏の目がキラリと光った。
「そして其処に、ひいおじいさん山野鏡花の未発表のライティングが保存されています。」
山野氏はそう言うと空に手をかざす・・・。「これは手相認証システムです。そして、ボイスサウンド認証システムを作動させます。オープンセサミ!」
湖の中央から巨大な岩がしぶきを揚げて出て来た。そして岩の中央に、穴が開いた。これは、まさしく地球外のテクノロジーだ。山野は「さあ、あそこへ入ります!」と叫んだ。私は唖然として居た・・・、「どうやって湖を渡ってゆくんだい?」
山野氏は答える、超然と。
「水の上を歩けます。この岸から、あの穴まで、エレクトロマグネティック・フィールドによって橋が出来てます。目には見えませんが・・・。」
山野氏は、さっさと見えない橋に乗り、水の上を歩き始めるのだった。
「さあ、ミスター・片木、カモン。インサイド・ザ・ロックへ!」
岩の奥へ・・・・・・。
われわれ二人は巨大な岩の内部へと入って行った。
中はチタン蒸着コーティングの超現代型ストレージだ。山野は自慢げに説明した。
「ここのコンストラクションとハイテク・コンピューティングには、トキオの技術も導入しています。」
山野氏はそう言うとホログラムスクリーンを作動させて、彼の曾祖父の立体映像を映し出した。
曽祖父・山野鏡花さん・・・。ホログラムフィギュアはリアルだ・・・。「このホログラムは曾祖父のDNAによって作成された彼の分身なのです」・・・山野氏の解説だ。
そしてホログラムの曾祖父は私を見ると驚きの表情を浮かべ、云った、「この男、この男は百年に一人の男。世界のスーパースターに成る素質の男、フェスティバル・エンターテイナーよ、私は待って居たのだ、私は・・・!」
* * * * *
山野は私を見つめる。
「やはり貴方か。」
そこへマスターZが入って来る。
「ふふふ、やはり君だったのか。実は一年前、星を読むインド人と出会った。」
「九日目。」 フレンチ・コロニアル・エリア・ワン・イヤー・アゴー
一年前のニューオリンズ・・・。
ニューオリンズ。
ニューオリンズは特殊な町だ。アメリカ合衆国の建国の魂が今も感じられる開拓地の雰囲気を持ち続けて居る。馬車が行き交い、蹄鉄が石畳を踏みつける音が木霊する。そしてフレンチコロニアル・ハウス、ストリートとプラザは雑踏で賑う。そこでブラック・ジャズが流している。ストリート・パフォーマーと云っても、世界でも一流のミュージシャンのレベル。フランス系移民とネイティブのミックスカルチャー。女性はフレンチ風オールドスタイル・ワンピースとパラソルで通りを闊歩。サザンステート・パリジェンヌ。そんなフレンチプラザをブルースマスターZは歩いていた・・・・・・。ヨーロッパからの観光客、アジアからの商人、様々な肌の色を持つ国際色豊かな人々、此処は素晴らしい場所だ。
ブルースマスターZは軽やかに一年前の出来事を語るのだった。
「あの日、プラザの入口に『スターリーダー』の看板を掲げたインド風男性が居た。目がぱっちりしていて濃い黒髪と眉、そして口髭を蓄え、白いターバンを頭に巻いていた。わしを見るとインド風の男は口を開いた。彼は、スターリーダーだという。彼は、私が探している、と知っていた。そうだ、私は、ブルースの星を探していた。彼は分かる、という。彼は、一年後、『ここへ、この場所へ、ここ、この同じ場所へまた来なさい』と言った。彼は、インドから来たスターリーダー、星を読む男だという。彼は出会いを知っていた。『ここで出会いが起こる事を星が示して居る。ここで星同士が出会うのだ!』そう、彼は言ったんだ。」
アメリカ南部の夏は暑い。けだるい空気も漂う・・・。香港に似ているというひとも居る。マスターZは額の汗を拭いて、ギラギラに照りつける太陽を一瞬見たそうだ。そして、インド人のスターリーダーの方へ目を下ろすと、もう其処には誰も居なかったという・・・。
白昼夢・・・?
「十日目。」
**山野ホログラムシステム**
片木に天国の天使の声のようなSOUNDがスパークしながら入ってくる。
見た事もないような様々な色の光の帯が、片木の周囲でスパークする。
片木の顔はスパークの光で、様々に彩られ光かがやく。
片木は、いつのまにかインサイドで、宙に浮かんでいる。
重力などないかのようだ。
スパークに囲まれ、宇宙をたびしていた。
月。
水星。
金星。
地球、アース・・・。
火星。
木星。
土星。
天王星。
ハレー彗星。
海王星・・・・・・・。
ボイジャー・・・・・。
オリオン・・・・・・・・・・。
片木はそれらを横目に飛ぶ。
スターゲート!
生命の誕生!
ポーカーシップ・オン・ミシシッピ。ミシシッピ大河。荒野を流れる巨大な川・・・。ミシシッピ。そこにゆったりと浮かぶ客船・・・。客船の甲板に我々は居た。我々三人はフエルト帽を被っていた。我々は三人の男たち。ブルースマスターZ、山野忠一朗、そして私、片木。
「十一日目。」 ソウルフル・デイズ・アンド・ドリームズ
ミシシッピ客船。マスターZは甲板から更けてゆく夜を見ていた。彼は言う。
「なあ、山野君、片木君、我々三人は、ひょんな事から、今ここにこうして一緒に居る。この船はポーカーシップ。ここでポーカーでな、私の資本を数十倍にする。私は生まれつきのギャンブラーでもある。此処で作った資金を使ってアミューズメント界へ乗り込むのだよ。アミューズメントとは・・・、アミューズメントとは、人々を楽しませるビジネスなのだ。私はショウマンだった。私にも、観客を取り込み人々に時間を忘れさせるようなショウを見せて居た時も在った。今は少し歳を取り過ぎた。」
山野氏は悲しい顔を見せ、言った。
「マスターZ、そんな悲しい事をおっしゃって・・・。」
「いや、悲しいストーリーではない。私は、じょじょに現代に響く言葉を失いつつある。それが分かるのだ。時代はかわる。今のヤングたちには、ヤングの言葉がある。その時代は、その時代の者によってつくられてゆく。わかるかね、山野君。そして、・・・片木君、君はいいモノを持って居るよ。君に此処で増やした資本の一部を渡そう。それでアミューズメントの世界の扉を開いてくれ。私は君を見守って居るよ。それに、・・・片木君、きみは山野君の曾祖父の遺産であった奇跡のライティングも手に入れた。君の人生は試練も有るだろうが、きっと輝く。」
そのマスターの言葉に私は涙した。
「ありがとうございます、マスターZ。しかし、まだまだ貴方の力には及びません。貴方は私に多くの音楽の技を見せてくださった。その技に驚き、私は吹き飛ばされそうなパワーさえ感じました。荒ぶる風をも、貴方の音楽は簡単に鎮めた。数日前の荒野のレッスンの時・・・、貴方は大風を鎮めた。あの我々の前に突然吹いてきた大風、私はその挑戦に面喰いました・・・。南部サザンステートの荒ぶる大風は魂を持って居ます。貴方は、それを素晴らしい音と言葉で鎮めたではないですか。ネイティブアメリカンの勇敢な男でも恐れる、あの荒野の荒ぶる風・・・。私など、ちびりそうになりました。なんの言葉もおもいつかず、ただ佇みました。その大風の挑戦を貴方は受けて立ち、音楽によってその心と魂を鎮めました!」
マスターZは少し空を見ると私に、応答した。
「片木君、きみはまだ場数を踏んで居ないから、そう思うのだよ。君は十分な才能、タレントを秘めて居るよ。そう君は確かに魂の言葉を学んできた。君は百年に一人の男だ。君は、アミューズメント・キングだよ。」
私は困惑。「しかし、マスター、私はこのブルースの大地に来てそれほども経ちません。私はもっと貴方に教えをいただかねばならないのでは?」
「片木君。いや、君は無意識に多くの事を学んだはずだ。あとは、選択するのだ。君自身の本来の姿に成る為に、君は君の得たものから選択せねばならないのだ。私は一瞬のきっかけでしかなかった。君はこのポーカーシップに乗る前の一週間、荒野でキャンプしながらそのトレーニングの中で学んでしまっている。君はそれほどの男だよ。私には分かる。だから、私は安心して去る。私は実はここで資本を増やしたら、多少の社会奉仕をしたあと南ヨーロッパに移り住むのだ。そこで隠居しながら少しばかりアミューズメントビジネスをやる。山野君も今までよく私の為に仕事してくれた。ありがとう。」
マスターの言葉だった。この僕らのやり取りを見ていた一人の女性が居た。
「十二日目。」 ザ・ウーマン
ポーカー・ON・ポーカーシップ。
ポーカーシップ客船は、ゆるやかに大河を進んでいるところだった。私はまだ甲板にいた。
私のそばに女性が歩いてきた。茶色の煌く髪、生命力のある表情、いい笑顔だ。
「私はサンセット。あなたに一目惚れ!」女性はそう言うと私に寄り添うのだった。私も彼女をかわいいと思った。サンセットはシップのショウダンサーで乗りこんでいた。
山野は彼の船室に居た。彼は自分の船室で天井を見ながら、すこし涙を浮かべて居た。
バンドマンたちの音楽が響いていた。
それが、突然鳴りやんだ。
大きなベルが鳴った。
船内アナウンスだ。
「優勝者が決まりました!」 アナウンスが流れた。
ポーカー会場へ。
私はポーカーシップのセンターに在るポーカー会場にやってきた。
マスターZが一億ドルの小切手を三つもらっているところだった。
マスターZはその一つを私に渡した、「君のものだ。」
私は少し困った顔をしていたかもしれない。
マスターZはぐいっと私の手を引っ張り、小切手を掴ませた。
「受け取りなさい。私は君の才能、そのタレントにこれだけ出すのだ。遠い南ヨーロッパでいつも君を見ている。私をたのしませてくれ。これは準備金だよ。」
「十三日目。」 ワン・オブ・ア・ハンドレッド・イヤー
私は深く一礼し小切手を受けた。
傍にはサンセット。
「もう、ガールフレンドができたのか、それもいいことだ」と、マスター。
マスターZは楽しく笑うのだ、「片木君、君は強く歩いてゆける。君は、私が音楽と言葉で、ネイティブアメリカンの荒野に吹く荒ぶる風を鎮めたのを見ただけで多くを学んだのだから! 今、きみの顔は輝いている。」
マスターZは更に肩をたたき、元気づけてくれた。
「それにもっと深いオリジナリティを見付ける事が出来れば、もっと素晴らしい創造が君のマインドに訪れる。私は、私のサウンドと私のライティングで荒ぶるSOULを鎮めたが、君は君自身の技を多くのヒントから見つけ、創造してゆけ。それがとてもいい。」
「はい」私は頷いた。
「カタギ、君は、私のサウンドと言霊、そしてライティングからヒントを得る事も出来る。アメリカ南部の旅で受けた魂のインスピレーション、そして山野曾祖父のライティングからもヒントを得られるのだ。それに君の時代の息吹を重ねてゆけ。君は百年に一人の男。君が選択し、君の道をゆけ。」
「十四日目。」 ソウルフルブック
山野システム(メモリー)。
私のマインドは、あの日、山野曽祖父の忘れがたみであった魂の言葉が綴られたライティング本、ソウルフルブックを得た時の光景を思い出していた。
それは、湖の中央に突然そそり立った電子モノリスの中・・・。
山野家は地球外から、数世紀先のハイテクをすでに得ていた。
その一族の曾祖父のSPIRITとの出会い・・・。
SPIRITを遺す事に成功した山野氏。
山野氏はハイテクにハイテクを重ね、常に前進していたのだ。
そのハイテクが山野曾祖父と私を結びつけたのだ。
あの日、ホログラムでよみがえった山野曾祖父のSPIRITは、私を見て驚きの表情を浮かべたのだ。
バッファローの群れが岸辺を走り渡っていた。
甲田曾祖父の言葉が去来。
「この男、この男は百年に一人の男。世界のスーパースターになる素質の男。フェスティバル・エンターテイナーよ!」
*** *** *** スパーク *** *** ***
あの日、SPIRITは究極の光を放ったのだ。
片木は光に包まれ視界は真っ白になったのだ。
スパーク、星雲、惑星、宇宙、スターゲート、・・・目を凝らすと、その光の中にあらゆる「魂の言葉」が浮かび上がったのだ。
魂の言葉、それは生命の言葉、いのちを生き生きとさせる光の言葉。音楽が聴こえ始めソウルフルワードがつぎつぎに姿を現し、音となって片木を貫いた、あの体験。
スパーク。目の前は真っ白になる。
真っしろ。
そこに大きなELVISの顔が。
ネオンのように彩られたELVIS。
スパーク。
光のあらし。
片木は気づくと晴天のホライゾンに居たのだった。
その傍には山野氏が立って居たのだった。
山野の言葉がリコールする。
「ソウルフルブックは君を選んだ。」「ソウルフルブックは君を選んだ。」「ソウルフルブックは君を選んだ。」「ソウルフルブックは君を選んだ。」
*** *** *** スパーク *** *** ***
(あの日)魂の言葉が記されたソウルフルブックは私の頭上でくるくる回っていた。「とりなさい」山野さんは言った。私はパッと、ソウルフルブックを掴む・・・。開いて中を見る・・・。命のワードが無数に並んでいる・・・。ロック。ソウル。命のワード。ロゴス。「言は神であった」(聖書)・・・山野は言う、「君のものだ、本が君を選んだのだから。その本をつかまえる事が出来た人間は君だけだ、そう、君だけなんだよ、片木君、・・・」山野氏はそう言うとホライゾンの空を見た。きらきら雲が流れていた。
マインド・トリップから覚め、ハッと気づく私。
ポーカーシップの甲板ではダンスパーティが始まっていた。マスターZも居る、「ミスター・片木、君はソウルフルブックが選んだワンハンドレッド・イヤーズに一人のマンなんだよ。」
ヨー・メーン!
ダンス。
ダンス。
ダンス。
「十五日目。」 ネオホライゾン
アメリカ南部。晴天のホライゾンに私とサンセットがソウルフルブックを持って立っていた。
遠くから砂煙をあげて、ランドクルーザーが見えてくる・・・。
僕らはランドクルーザーに乗り込んだ。私はドライバーに言う、「一番近い空港に行ってくれるかな。」
「十六日目。」 ネオライフ
マイアミ。
片木とサンセットの新生活(ネオライフ)が始まる。
片木とサンセットは大いなる生命と愛を感じ、激しく愛し合う。
サンセットとテーブルで食事をする。
ベッドで目覚めた片木は、独りなのに気付く。サンセットは居なくなる。
ある日。
サンセットの置手紙。
『しばらく居なくなるわ』
片木は、家や外をきょろきょろさがしてみる。
マングローブの林があるだけだ。
夜。
マングローブが月明かりに照っている。
片木は風通しの良いテーブルで、ものかきをはじめる。
サンセットの写真を見る片木・・・。
ふたたび、ものかきをする片木・・・。
机についたまま、寝てしまう。
朝。
夜。
月光に光るマングローブ。
月。
サンセットがふと帰ってくる。
月に照らされているサンセット。
片木はにっこり迎え入れる。
サンセットとキスする。
サンセットを抱く。
朝。
またサンセットはいない。
庭のマングローブ林をすこし探す片木だった・・・。
片木はその数ヵ月後、再び戻って来たサンセットを見た。又すぐにサンセットは居なくなった。そしてさらに数ヵ月後、片木の元に戻って来たサンセットは小さな赤ちゃんを連れて来た。驚いた事に、その子は片木の子だと云う・・・。片木は受け入れ、しばらく三人で暮らした。片木には、この事で何か気持ちの変化が芽生えて居た。それは何かワンダフルな事だという気がした。
ある日、サンセットは又居なくなった。片木は残された子と、楽器を奏で楽しんだ。
マイアミ・コーラルゲーブルズ・マングローブの家・・・。
楽器で遊ぶ片木の子。
片木の子はまだ難しい事は当然わからないが、楽器から出る音を楽しんでいる様だ。
「十七日目。」 アメリカ、北米、ジョイ
花咲く時期のマイアミ・・・。
南国の花々。生命あふれるネイチャー。
花々の香りがするような風通しの良い家。
ネイチャーアパルトマン。
そのガーデンで私、片木は子と遊ぶ・・・。
そこから外に見えるのは緑の美しいマングローブと、虹の様な花々だった。
南国の色とりどりのネイチャーだった。
サンセットが花の中でダンスしながら登場した・・・。
私は、彼女に気が付いた・・・。
サンセットのほほ笑みが目に入った・・・。
時がしばらく経った。
愛が戻って来た。そうだ、サンセットだ。サンセットが戻って来た。サンセットは暫し微睡み、そして眠った。溢れる愛を片木は思い出していた。片木の子は音楽と共に育った。サンセットはトランペットのテクニックを持っていた。片木のギター、サンセットのトランペット、そして二人の子ロームシーの歌。三つが相まって新しいサウンド、神への賛美が生まれた。
「十八日目。」 あたらしい時代へ
それから暫くはマケドニアに住んでいた。
そこのサウンドが気に入ったからだ。
文明の交差点バルカンでサウンドはミックスされる。
キリル・ジャイコフスキーのサウンドが木霊するスコピエで・・・。
光。無量光。無量寿。
東洋で、光、無量光、無量寿へと祈る。光はアミダと、かつてこの文明の十字路で呼ばれた。
アミダという名の町があった。そこには、光の聖母、ホーリーメアリーの寺院があった。
それで光をアミダと呼ぶようになったという説も在る。漢字では阿弥陀と表記されるようになった。東洋における阿弥陀はホーリーメアリー、そう聖母マリアと同じであるとも言われている。
私はそんな文明の十字路に居た。
『片木、サンセット&ロームシーのライブ』を始めた。
ショウを行う。観客の熱狂!
人気のショウと為った。バンドは、ホールでのショウで成功した。
『君も片木だ!』そう私はショウを締めくくった。
巡り巡ってアメリカの荒野。
アメリカンダイナー。私。ノートを読んでいる。髭をすこしさわる。
窓の外を見る。晴天だ。
サボテンが日光で光っている。
もう一度ノートに向き直る。
コーヒーカップに手をだす。すこしコーヒーを飲む。
ハンバーガーが食べかけのままだ。
ハンバーガーを掴む。ひとくちかじる。
ファーストネーションの長老は私の目を見つめていた。
私に、しかし語り掛けて来る様な気がした。
君の物語に希望を与えられた。そう言われたような気がした。
ファーストネーションの長老は言った、「君には又会うだろう。」
そう言い、支払いを済ますと先にダイナーを出て行った。
私は長老を追いかけ、店のドアを出る。長老はどこにも居なかった。
ただ、南部の荒野だけが広がり、空は濃いブルーだった。
「TIME TO SAY GOOD BYE」がどこからか聴こえていた。(完)
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