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はじめてのプロデュース成功!

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「はい、はい、いえいえ、いや、違うんですよ。ただちょっと、はあ、どうも、あの、はい。わかりました。すいません、はい。失礼します」
 …………ガチャン!
「ふざけやがって!」
「なんスかなんスか。備品は丁寧に扱ってくださいよ」
「どうもこうもあるか! 昨日のあいつの件で天使に電話したんだよ! 『もうちょっと転生者に説明しといてもらえませんか』って」
「あー、あのマイナス野郎っスね」
「そう! そしたら『じゃあそっちに斡旋すんの辞めます』だってよ! ふざけんな足元見やがって!」
「んで、どうしたんスか?」
「おう! たとえ零細でもワシにだって魔王の意地がある。言ってやったよ! 『説明とか面倒な事は全部こっちでやりますんでどんどん送ってください』ってな!」
「賢明ス」
「ちくしょ~、貧乏が憎い!」
「何言ってんスか、こんな立派なお城やら何やら相続しといて」
「あのね! お金は稼がないと減っちゃうの! 君が一生タダ働きしてくれるなら話は変わるけどね!?」
「イヤっス」
「だろう!? 今いくら持ってたって意味ないんだよ。ワシら寿命めちゃくちゃ長いしすぐなくなっちゃうよこんなの」
「資産運用とかしないんスか?」
「し、さ、ん、運用~? 悪魔や他の魔王にお金預けてちゃんと返ってくると思う!?」
「まあそれもそっスね」
「お金は地道に労働で稼ぐのが一番! 欲張ったってろくな事にならんよ」
「地道に働く魔王様ってなんかウケるっスね」
「雇用主を笑わないで!」


「お客様っス」
 同時に入り口の扉が開く。
「あのー、すいません」
「はい! 勇者ご希望の方ですね! こちらへどうぞ!」
………………
「と言うわけで生前ポイントの方測らせて頂きます~」
 秘書子がバーコードのアレを向けてスイッチを入れる。
「プラスっス」
「おお! それで数値は?」
「3っス」
「3!?」
「3っス」
 まじかよ……、電車で席を一回譲ったことがあるかどうかぐらいの数字じゃねえか……。
「あの~? なんかまずかったですかね?」
「いえいえとんでもございません! お客様は生前ポイントを3ポイントお持ちですので、もし勇者をご希望でしたらひらがな3文字までご利用頂くことが可能です!」
「……え? すみません意味がよくわからないのですが」
「ええ、ですので次の転生した世界では、例えば『あ』『い』『う』の3つのひらがながお使い頂けます!」
「え……?じゃあ自分の名前とか村の名前とかは?」
「はい! モンスターや技名なども全て『あ』と『い』と『う』でお造りします! お客様のお名前が『たかし』なら、次の世界では『ああい』になります!」
「いやいや、ストーリーとかはどうするんです? 全部あいうで進めるんですか?」
「さすが勇者ご希望の方はご理解が早い! あいああうあいあうああいいういあ、などでストーリーをご理解頂きます!」
「できるか! 帰ります!」
「ああ、そんな! お客様! お待ちくださーい!」



「ワシのせいじゃないじゃん!」
「そっスね」
「あいつが生前電車で毎日お年寄りの方と椅子取りゲームしてたのが悪いんじゃん!」
「そっスね」
「まあお年寄りの方から席奪ってたらマイナスになってるだろうけどさ! それにしたって可もなく不可もなくみたいな生活してたら勇者になんかなれるわけないじゃん!」
「そっスね」
「……なんか反応冷たくない?」
「愚痴の相手は通常業務範囲外ス」
「はー! つら! 辛い! この世知辛い世の中!」
「うざいっス」
「……すいません」


「魔王様」
「なになに? 珍しく丁寧だね」
「マニュアルちゃんと読みました?」
「そりゃ読んだよ。起業なんて一世一代の大博打だからね。隅から隅までちゃんと読みました」
「裏もちゃんと読みました?」
「…………裏?」
 秘書子から渡されたマニュアルの束を裏返す。
「ゲゲゲー! 全部裏にもなんか書いてあるじゃん! そういやでページ番号とか話がすぐ飛び飛びになってて読みにくいなあと思ってたんだよ!」
「…………」
「ククク、この魔王を謀りよるとは見事よのお」
「カッコつけてもダメっス」
「…………すいません…………」
 改めてマニュアルをきちんと読み直す。
「こ……これは!」
 そこには「低ポイント者を転生させるコツ」と箇条書きで書かれた今のワシ達にピッタリのアドバイスが書いてあったのだ!


「と、いうわけでですね、お客様が使えるのは『あ』一文字だけということに……」
「えええ! 名前とかどうするんですか!」
「そりゃもう『あ』が何文字あるかで判別するしかないですね。後になればなるほど『あ』が伸びていく感じで」
「やだよそんなの! ラスボスとか『あ×1000』とかになっちゃうじゃん! 名乗ってる間に倒せちゃうよ!」
「とどめの一撃の技名も『あ×798』とかですからね。逆にありでは?」
「なしだよ! 技名叫んでるのか最後の力を振り絞って叫んでるのかわかんないよ! 叫んでるとしても長すぎるよ!」
 こういうノリのいい相手は嫌いではない。生前ポイントが低いのは芸人でもしていたのだろうか? ワシは芸人に限らず芸能人はみんなスケベな悪いことをしているという先入観を持っている。
「とにかくなんかいい方法ないの? まともに勇者できるようなやつ」
 そら来た! マニュアルを役立てる時だ!
「ございますとも! ポイントが足りないお客様にはバッドステータスをお付けさせて頂く事で、ポイントの増加を行なっております!」
「バッドステータス?」
「はい! 特定の属性に弱点をつけたりステータスを低くしたりすることで代わりにポイントを付与させて頂きます!」
「ええ~、ステータス下がっちゃうのはなあ。クリアできなくない?」
「通常より長くレベル上げをしてもらう必要はありますがクリアはできますよ!」
「う~ん」
「ステータス以外なら、肉類を食べると必ず胃もたれするとかもありますけど……」
「えええ……、それってどんな肉でもダメなの? 赤身とかタンとか鶏肉でも?」
「ダメですね」
「じゃあきついなあ……。なんか一気にポイントどかっと貰えるようなのはないの?」
「あるにはありますけど……マジできつそうなんでお勧めしませんよコレは」
「あるの? 聞くだけ聞かせてよ。ダメそうならやめるからさ」
「わかりました。一番ポイントが高いのはですね……『旅立ちの朝に誰も起こしてくれない』です」
「え……?」
「極寒の冬の朝、目覚ましもなしに一人で王のところまで行かないといけません。二度寝は勿論のこと起きてからベッドで20秒以上グズグズしても失格です」
「起きれなかったり失格だとどうなるの…?」
「その場で勇者転生終わりです。成仏することになります」
「ぐぬぬ」
「起きることさえできれば後は薔薇色の勇者人生を送れますが、今まで多くの人が挑戦しては失敗しています。素直に他のにした方がいいと思いますよ」
「……らぁ!」
「え? すみませんよく聞こえませんでした」
「やってやらぁ! 俺も男だ! ばっちり起きてやるよ!」
「いやしかし……」
 勢いだけでクリアできるような生半可な試練ではない、何とか思いとどまらせようとするワシに、後ろから呟くほどの小さな声が聞こえた。
「斡旋料……」
「そうですよお客様! ガツンとやってやりましょう!」
 秘書子の声で正気を取り戻したワシは、この後細々としたことをスムーズに決めて、ようやく一人目の勇者を送り出す事に成功したのだった。

今日の魔王様の収入 1000ゴールド(斡旋料として)
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